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夢世  作者: 花 圭介
104/120

夢世104

「話は後だ!」

 俺は叫ぶと同時に後ろに飛び退き、シヴァから距離を取る。

 皆も同様にシヴァから距離を取りつつ、それぞれの得物を構えた。

 シヴァを知らない人々も、その異質な容姿に危機感を覚え、その場から逃げ出す。

「餌は大人しくその身を捧げろ!」

 シヴァは全身を覆うように生えた触手を四方八方に撒き散らす。

「うわっ!」

「きゃぁーっ!」

 仲間がどうにかシヴァの触手を躱す中、何人かの男女がその触手に絡み取られ、マグロの一本釣りのように上空高く跳ね上げられた。

 跳ね上げられた人々は、シヴァの頭上で触手から解放されると、そのまま落下していく……。

「いただきまーす!」

 シヴァは頭頂部を5等分に分断すると、桃の花さながら緩やかに咲かせる。

 仲睦まじく寄り添う丸みのある花びらは、薄桃色に色付いていたが、そこに愛らしさを感じる者は誰もいない。

 花びらの内側に鋭く尖った犬歯を思わせる突起物が無数に突き出し、その間を滑る液体が中央へと流れ込んでいる……。

「ぐへっ!」

「うぎゃっ!」

 本来ならば残虐な光景には自動的にエフェクトがかかり、その惨劇が目に映る事は無い。それはバトルエリアの『Dead or Alive』での出来事がきっかけとなり、改良された結果だった。

 だが今、目の前には、胃や腸を鷲掴みにされたと錯覚する程の吐気を催す地獄絵図が展開されている……。崩壊し始めた夢の世界から制御する力が失われてきている証拠と言ってよいだろう。

 落下した人々の身は、まずその鋭く尖った突起物からの洗礼を受ける。

 背中から腹にかけてこじ開けられた者や四肢の先が吹き飛ばされた者、中には、うつぶせの格好で落下したために、後頭部から角が生えたかのような格好で、既にその命を終えようとしている者もいた……。

 各々から流れ出た艶やかな鮮血は、シヴァの滑る液体と混じり合いながら中央部へと吸い込まれていく……。

 息のある者は、突起物を足場にして、どうにかその地獄から這い出そうと試みるが、粘液に足を取られ先に進めない。

「ああ……」

 何度かの試みが失敗に終わると、人々は絶望が満ちた心の器から嘆声を溢れさせた。

 望むことすら諦めた瞳は、不思議と上空へと向けられる。

 変わることのない結末を知りつつも、その瞳は、無意識に光を求めるのかもしれない……。

 しかし当然のように、花びらは次第にその光すらも奪うために、静かに閉じられていった。

 花は外界との繋がりを完全に断ち切ると、何度も収縮と膨張とを繰り返した。

 噛み砕かれる骨と絞り出される血液の音が混じり合い、不快な音色を奏でる……。

「っかー! たまんねぇーな!」

 ゴクリゴクリと喉を震わせているかのように、肉塊が脈打つ度に、シヴァがその甘美さ故か表情を緩ませ悦に浸る。

 まるで仕事後の一杯に、幸せを噛み締めるサラリーマンのようだ。

「シヴァ! 徹人兄さんはどうした!」

 俺は、眼前の信じがたい悪夢を受け止めきれないままそこにあり続け、不本意にも、一連の成り行きを見届けてしまった。だが、快楽に浸るシヴァの醜悪な表情を目にしたとき、対極の存在である徹人兄さんを思い出し、ハッとなった。

 徹人兄さんならば、こんな凶行を見過ごすはずがない。

「徹人? ……誰だそいつは? ヒヒヒッ! もうそんな奴いやしねぇーよ! もし今も存在すると位置付けるなら……そうだなぁ……神にその身を捧げ、血肉として存在しているってところか?」

 シヴァは思いもよらないところから言葉を投げつけられたことにより、一瞬驚きの表情を見せたが、俺の反応から徹人兄さんとの強い結びつきに勘づくと、その表情に更に卑俗な笑みを加えた。

「シヴァァッー!」

 体の中心から熱が広がっていくのを感じながら、俺は目の前の醜穢な生物をバラバラに切り裂いてやろうと走り出していた。

「おいっ! 待て! 早まるな!」

 仲間の誰かの叫ぶ声が聞こえたが、俺は振り返ることすらしなかった。

「おっ! 神である俺様とやり合おうっていうのか? 面白れぇ! 格の違いを見せつけてやるぜっ!」

 シヴァは舌なめずりをしつつ、向き直ると、次々と触手を飛ばしてきた。

 雨さながらに飛んでくる触手を加速しながら掻い潜り、俺はシヴァとの距離を詰めていった。

「!」

 すぐに捕まえられると踏んでいたのだろう、シヴァの表情からは笑みが消え、代わりに苛立たしげな光が目を染める。

 天候は急変し、雨は豪雨へと変わった……。

 視界の大半が触手で埋められ、掻い潜る隙間を見つけ出すことすらままならなくなると、俺の体は触手に削られ始める。

 体中に擦り傷を作りながら、それでもシヴァまであと数メートル……。

「ぐわっ!」

 だが、あと一息で手が届くと思ったのも束の間、後頭部を強い衝撃が貫いた。俺の体を掠めた触手のうちの数本が反転し、スピードの鈍った俺を追ってきた結果らしい。

 数にものをいわせた当てずっぽうの攻撃が、不運にもヒットした形だ。

 景色が浪打ち、意識が混濁する。その隙をつかれ、俺の左足にシヴァの触手が巻きついた。触手は俺を無理矢理引っ張り上げると、そのまま逆さに吊るし上げ、シヴァの元まで運んでいく……。

「ヒヒヒヒッ、残念だったな!」

 シヴァが勝ち誇った表情で俺の目を覗き込む。奴の顔は、朦朧とした意識の中であっても、逆さに映る顔であっても、変わらずに醜悪な印象を抱かせる。

「お前も徹人と同様に俺様の血肉としてやる。ありがたく思えよ、このシヴァ様の血肉、『神』の糧となるんだからな。ヒヒヒヒッ」

 シヴァは俺の表情に浮かぶ屈辱を探ろうと、何度も舐めるように視線を動かした。

「……チッ、つまらない野郎だ」

 シヴァはいくら覗き込んでも望んだ表情とならない俺に、関心がなくなると不満を呟きながら、そのまま触手を上方へと持ち上げていく……。

 逆さに吊られ、高く運ばれていく中、俺の目には、いつの間にか鳥の巣のように縦横無尽に張り巡らされたシヴァの触手と格闘している仲間たちの姿が映る。

 皆必死の形相で、触手を退けながら何かを叫んでいるようだ。

「雄彦ー!」

 最初に意識に引っかかったのは、耳に突き刺さる遥の金切声だ。

「目を覚ませっ! 雄彦!」

 次いで聴き慣れない修平の叫び声。

「おいっ! 雄彦! しっかりしやがれっ!」

「タケさん!」

「雄彦兄ちゃん!」

「雄彦! そんな奴に食われてやるつもりか!」

 様々な声がぶつけられ、俺の意識を揺り動かす。

 だが、どうにもこうにも、ぼんやりとした意識から抜け出せず、手足にも力が通わない……。

 そうこうしているうちに、俺の体はシヴァの頭上へと運ばれていた。

 眼下には、先ほど人々を飲み込んだ蕾が、再び大輪の花を咲かせようと膨らみ始めている。

 きっと自分も同じ末路を辿るのだなと、半ば他人事のように思いながら、成り行きを見守っていると、にわかに周囲の景色が一段明るく色づいたように感じられた。


 ゴォォォッー!


「あちちちちっ!」

 突如、シヴァの顔が苦悶に歪む。

 目を向けると、シヴァの左背面が炎に覆われているのが分かった。

「助太刀いたします! 雄彦殿!」

 涼やかな声色が、自分の名を呼んでいる……。

 その声に反応し、顔を向けると、そこには軽やかに揺れる金色の髪を靡かせ、猛獣ムシュフシュを駆るマルドックの姿があった。

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