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夢世  作者: 花 圭介
103/119

夢世103

 ボロボロと崩れていく世界を前に、人々は滑稽なまでに慌てふためき、彷徨い歩く……。

 だがそんな人々であっても、その一角だけには立ち入れない。

 そこには、仁王像を思わせる巨躯の男が、凝然として重々しく構えていたからだ。

 人々は、その者の威容と放たれる圧迫感ゆえに、思わずその場から離脱する。

 そんな巨躯の持ち主は、目前に立ち並ぶ5人の男女を見据えていた。

 隆起した力こぶをさらに強調するかのように腕組みをし、見下ろすその体躯は、険しい山嶺を連想させ、その麓にさえも、踏み入れ難く感じさせている。

 その状況を作り出したのは、他ならぬ自分たちであると理解している5人は、その者の足元を見つめ続けるしかできない……。

 つい先刻まで、その者の呼ぶ声を耳にするまで、空中遊泳を優雅に楽しみ、風に揺られていたはずだったのだが……それ以降は、儚く枯れ散る木の葉の如く、力なくはらはらと地上へ舞い降りた。

「しょげた面、見せられたところで、俺は何も感じねぇ。魔法使いのお嬢ちゃんと美希にゃ先があるが、俺が知りてぇーのは、お前らの心の声だ。この期に及んで、格好付けて吐き出しきれてねぇもんがあったりしねぇーか? ……もうそれほど、時間は残ってねぇんだろ?」

 仁王と見紛われた竜馬は、修平、塔矢、聡の順に視線を移す。

「……」

 俯いていた顔を上げ、皆が竜馬の瞳の色を探る。

 すると、想像に反して、その瞳には怒りや悲しみなど無く、空を映す鏡さながらの静かな湖面を思わせる真っ新で無垢な光が、宿っているだけだった。

 きっとそれは、皆の吐き出せていない心の丈を受け止めるためなのだろう……。

「竜馬……お前がそんな目で人を見れるとは思わなかったよ。いつだってお前は、真夏の太陽を思わせるほどギラギラした目で、ついて来られる奴しか相手にしない、労りや慈しむ心なんて不要だ、と考えている奴だと思っていたから……」

 修平は、驚きの眼差しを竜馬に向けた後、物珍しいものを見れたと言わんばかりに相好を崩す。

「……修平。前から何となく気付いてはいたが……俺はそこらのバトル好きの単細胞じゃねーぞ! ただウジウジした奴と無能な奴が嫌いなだけだ! この世には、そんな奴が多いってだけなんだぜ。……分かれよ、まったく……」

 竜馬は、修平の反応に舌打ちした後、大きな溜息とともに、そう言葉を吐き捨てた。

 だがその表情は、かねてより言ってやりたいと思っていた事を言えたという、どことなくほっとした表情に見えた。

「……で、どうなんだよ。お前は、思い残す事は無いのか?」

 竜馬は、調子が崩された事で、半ば投げやりに先を促す。

「そうだな……ないとは言えない。まだまだお前らとバトルを楽しみたいし、現世では旅をしたいと思うし、うまい物だって食いたい。……やりたいことは山ほどある。それに……こんな状態の中でも、年齢を重ねたとしたら、自分がどうなってたのか……結婚して家庭を持ち、幸せってやつを手にしているのか、それとも落ちぶれて、飲んだくれて、誰にも相手にされないようなクズになっているのか、なんて未来を想像してしまう自分がいるんだ。語りだしたらキリがない。……だが、それでもやり切った、という思いも確かにあるんだ。俺は、自分の体の状態を知ってから、『生』に固執して、なりふり構わず命を繋ぐ方法を探り続けてきた。自分なりに治療法を調べてみたり、十中八九眉唾物だろうと感じた民間療法にも縋ってみたりもした。……そんな中、夢の世界に誘われ、活路を見いだし、お前らと出会った。結局、計画は頓挫してしまったが、目紛しく変わっていく状況に翻弄されながらも、この数ヶ月は充実した日々を送れた。楽しかったよ。毎日が刺激に満ちていて……」

 修平はそう言うと、徐に上空へ目を向ける。

 空の大半が剥げ落ち、その残骸が粉雪のように舞っている。その様子を眺める修平の顔は、確かに満足そうに見えた。

 竜馬は、修平と共に、しばらくその様子を眺めた。

 それは、修平の心がどのような形を象ったのか、知りたい気持ちになったからだろう。

 しかし残念ながら、長く時間を共有してきた竜馬であっても、その形を理解するまでには至らなかった……。

「……そうか」

 竜馬は修平の心根まで辿り着けなかったことに寂しさを感じつつも、満足げな表情を湛える修平への理解を示した。

「……塔矢、お前はどうなんだ」

 竜馬は寂しい心を引きずりながらも、今度は塔矢に向き直り問いかける。

「……」

 塔矢は竜馬の問いかけに反応し、一度はその目を合わせたが、何も言えずまた目を逸した。

「……おい、塔矢」

「……俺は……俺の記憶には、架空の人生が刻み込まれている。居もしない弟の記憶や両親の記憶、様々な思い出。どれも鮮明で、今刻まれている記憶となんら遜色はない。……だがそれは、俺の中にあるだけだ。真実ではない。お前らとの関わり合いや目的を果たした充足感から、それらを押し込めて自分という存在を受け入れるべき、本望だと考えるべきだと思った……。それでも……やはり納得がいかない。俺の存在は、薄っぺらい。本当はもっともっと真実を刻みたい。悔しいよ……」

塔矢は潤む瞳をそのままに、無理に笑顔を作ってみせた。

「お前の思いは俺の心に刻まれた。俺だけじゃない。ここにいる仲間全員に刻まれたんだ。お前の人生は確かにここで終わっちまうかもしれない。架空の人生を取り除けば、たった数ヶ月の人生だったかもしれない。だがな、お前の人生は俺たちに刻み込まれた。どんだけ長生きしたって、誰の記憶にも残らない奴もいる。俺たちは死ぬまで、お前を忘れない。『生きている』ってのはきっと、そういうことなんだと俺は思うぜ」

 竜馬はそう言うと、何の気なしに塔矢へ笑顔を向ける。

 その笑顔に、塔矢の大きな瞳はさらに大きく見開かれる。

 気づくとぎこちない塔矢の笑顔が、スッと自然な笑顔へと切り替わっていた。

「其方のあんちゃんは、どうなんだ?」

 竜馬が聡へと向き直り、問いかける。

「……俺は、自分に課せられた使命を全うできたと思っている。親父は得体の知れない奴の影響を受けていたとはいえ、自我を保ちながら、人々を地獄へと陥れる計画を進め続けた。それは許される行為ではない。……思い描いた形ではなかったにしろ、親父を止めることができただけで十分だ。親父の創ったこのアナザーワールドと運命を共にすることにも悔いはない……」

 竜馬の瞳に促されるようにして、聡が自身の心根を探りながら言葉にしていく。

「だが……」

 一度そこで言葉を切ったあと、聡は心の隅に追いやっていた思いに気付き、それを寂しげに吐露した。

「俺の心残りは……母をひとりこの世に残してしまうことだ……。母は忍耐強い女性だが、それは俺がいるからに違いない。ひとりとなってしまったことを知れば、弱さに抗うことをやめてしまうかもしれない……」

 言い終わると、聡は俺に視線を移し、笑ってくれと言わんばかりに口元を歪めた。

「……だそうだ、雄彦」

 竜馬が俺を振り返る。

「……ああ」

 俺は抑揚のない声で返事をすると、聡に吠えるために、大きく息を吸う。




 ドッ! バババババーッツ!

 口を開きかけたタイミングで、バベルの塔の上方から、激しい爆発音が鳴り響いた。

「こらぁー! てめーら! 俺様を蚊帳の外にしやがって!」

 そして、大口を開けた外壁の穴から、異形の者『シヴァ』が姿を現した。

 その様相は、初めて『シヴァ』を目にした時に抱いた、人間を逸脱した者に対する何とも言えない拒絶感を、さらに増大させるほど、グロテスクに進化していた。

 丸々と肥大化した肉塊をコアとして、うねうねと動く触手のような手足が、無数に突き出ている。

 それはまるで、他者の命を苗床にして、増殖を繰り返す病原体のようだった。

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