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夢世  作者: 花 圭介
101/117

夢世101

私は幼い頃もっと勝気な女の子だった。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり自己主張できるようなそんな子だった。

休み時間になれば我先にと教室を飛び出し校庭で、男の子に混じってドッジボールを楽しんだりしていた。


でもある時クラスで人気の男の子から告白されたことによって状況が一変する。


翌日教室に来てみたら女の子は皆私と目を合わそうとせず、何を話しかけても答えてはくれなくなっていた。

私もその頃はそんな性格だったから『私は何も悪くない。悪いのは皆の方だ』と強気の姿勢をとっていた。


しかし日が経つにつれて、無視だけではなく陰湿な嫌がらせも積み重なっていった。ノートや教科書への落書き、物の紛失、座席の上に画鋲が置かれていたこともあった。


日に日に私の心は削られ、弱って、萎んでいった。

そんな私の心に決定的なダメージを負わせたのは私自身だった。


いじめが始まってから半月ほど経った頃、いつものように皆に気づかれないように教室の後ろの扉から出来る限り音を立てず忍び込むように入り、座席につくと、辺りから忍び笑いが漏れているのに気がついた。

今日の侵入は失敗だった。

見つかってしまったスパイは拷問を受けるしかない。授業が始まるまでの我慢だと思い、じっと机を見つめていた。


すると「あれ、消した方がいいんじゃね」と男の子から肘のあたりを小突かれた。恐る恐る顔を上げると黒板の中央に私の名前が、そしてそれを取り囲むように様々な悪口が、でも何よりも目立っていたのが何重にも重ね書かれた『死ね』という色鮮やかで太い文字だった。


私は震える足を両手で支えなんとか立ち上がると、ぼやける視界もそのままにヨロヨロと黒板へと歩きだした。

足枷を引きずっているのかと錯覚するくらい足が重く、黒板までの距離が遠く感じられた。


やっとの思いで黒板まであと半分の距離まで来たとき、急に私の進路を遮るようにして誰かが割り込んできた。


それは私に告白してきた男の子だった。


男の子は私の前をずんずんと歩き、黒板までたどり着くと一生懸命落書きを消してくれた。

私には心強い王子様がついている。そう思えたとき、悲しみの涙を喜びの涙が押し流した。


……でもそこで次に待っていたのは、その男の子への攻撃だった。

最初に飛んできたのは丸めたノートの切れ端、次に消しゴム……その後は縄跳びの紐だったり、尖った鉛筆まで飛んできた。

男の子はそれでも構わず落書きを消し続けてくれた。


嬉しかった……でも耐えられない。

目の前で私の王子様が傷つけられていく……。


どうにかしなければと私は必死になって考えた。


「やめてよ! あんたのせいでこうなったんでしょ! もう私に関わらないで!」

出した答えがこれだった。


王子様は私に驚きの眼差しを向けた後、絶望をたたえた顔で自分の席に戻っていった。

こうして心を閉ざした私が出来上がった。


中学以降は決して目立たず、皆の顔色を伺い、同調することを覚え、いじめられる事はなくなった。




バチバチバチッツバババババッ!


突然蘇った過去の記憶を遮って、稲妻が私の前をかけていった。

それと同時に今まさに私を喰らおうと開かれていた異形の者の大きな口が遠ざかる。


「クソッ! 何だってんだ!」

異形の者が苛立たしげに言葉を飛ばす。


「いやいや、流石の僕も驚いたよ。君とまた会えると思わなかったからね。姿は……いや中身もだいぶ変わったけど、中核にいるのは須藤君、きみだよね?」

そこに立っていたのは全身を神々しく輝かせた見覚えのある青年だった。


目鼻立ちの整った賢そうなその青年は心の奥底にしまい込んだ王子様に経過した月日を注ぎ込んだ、そんな姿に思えた。

当時の淡い気持ちが蘇り、心の中に桃色の風を巻き起こす。

周囲の景色からは色が薄れて、青年の容姿だけが鮮やかに浮かび上がる。

瞳を満たすものはもはやその青年のほかになく、この世にあるのは自分とその青年だけだとさえ感じた。


……だが青年の輪郭をなぞれるほどに高められた瞳の力は、記憶との差異さえも的確に導き出し伝達する。


そしてその正確な情報は、目の前の青年が遠い日の王子様であることを否定していた。


そこには確かに恋心を寄せてくれた少年を思わせる均整のとれた顔立ちの青年が立っていたが、どこにも当時の面影と重なる部分は見当たらなかった。

西洋人的な少し茶色がかった瞳であったり、シャープな顎のラインであったり、少し頼りない細長い手足もその青年は有していなかった。


きっと蘇ったつらく切ない思い出と今ある心情とが絡み合ったところにたまたま願望が覆い被さり、有りもしない幻影を創り出した。それだけのことだったのだろう。


美希の心は瞬きをするたびに現実へと引き戻され、人智を超えた者達が飛ばし合う言葉を把握するために動き始める。


「須藤? 知らねぇーな。俺はそんな平凡な名前じゃねぇーよ。俺様は神。破壊と創造の神『シヴァ』だ……てめーなんかに興味はねーが……その面は気に食わねー嫌な面だな」

異形の者は顔を顰めると唾を地面に吐き捨てた。


「だいぶ素直な気持ちを吐き出せるようになったじゃないか、須藤君。以前の君は僕に対して本当の気持ちをぶつける事はなかったのに……」


「うるせぇー! 何上から目線でものを言ってやがるんだ! 今は俺様の方がてめーの先を行ってるんだ!」


「なるほど『今は』か、するとあの頃は僕の方が神に近い存在だと認めてくれるんだね。 それで当時は僕に強くは出れなかったと、そういうことかい?」


「……この野郎! ベラベラと御託を並べやがって……俺様はもう人間を超越した存在、神なんだ! お前ら雑魚とは違うんだ!」


「ハハハ、もう神になったつもりでいるのかい? そんな脆弱な神はいやしないさ」


「てめー! いい加減にしとけよ!」

異形の者は矛先を青年に変えると狂った様に手足をばたつかせながら猛進していく。だがその動きは珍妙で寄せ集めのパーツで組み上げたロボットを連想するほど連携が取れていない。

きっと乱された精神が各パーツの円滑な連携を妨げているのだろうと、その場にいる誰もが思った。

明らかに修平との距離を詰めたあの時の速さは感じられない。


『今のうちに早くこの世界から抜け出すんだ。 彼はまだ手に入れた能力を使いきれていない。 僕が彼の相手をしている間に』

脳内に直接響き渡る声がする。

優しく語りかけるその声を以前どこかで聞いた気がする……。


『ほら早く! 僕であってもそうそう彼を抑え続けることはできない。君らに何かあればきっと雄彦が悲しむ。それは避けたいんだ』

その声が光を纏う青年から届けられているだろうことは、直感的に誰もが理解していた。

怒りに我を忘れて只ひたすらに追いかけ回す異形の者の追跡をかわしながらもその意識は皆を包み守ってくれている。


「……あっ、あの観覧車の時の」

美希の頭の中で語りかける声の主と記憶の中の人物とが結びついた。

彼は確か雄彦が兄と慕う大切な存在……。


『分かりました』

美希は頭の中で了解した旨を言葉に紡ぐ。

自分の心の声が届いているかどうかは関係ない。

信頼している雄彦が慕う彼に対して自分なりの敬意をはらいたいとそう思ったから。

そして仲間達と順に視線を合わせるとその都度ゆっくりと頷き、声の主の指示を受容れるよう促した。

仲間達はいつもと違う美希の強い意思表示に、今選ぶべき選択はこの場からの離脱であることを理解した。


各々が異形の者の意識が向かないように部屋の中心地から少しずつ後退する。そして今や廃墟同然となった一室から手頃な抜け穴を見付けると、呼吸が揃ったタイミングで一斉に反転し抜け出した。


「うわっ!」

飛び出したと同時に誰かが思わず発した驚きの声が聞こえたような気がする。


そしてそれはきっと空耳ではなかったのだろう。

なぜなら部屋の外は中とは比べものにならないほど崩壊が進んでおり、踏み出した先の足場さえ無かったからだ。


当てが外れた皆のつま先は、虚しく空を切った。

勢いよく飛び出した美希達はしばらくの間重心を安定させることが出来ずにクルクルと綿毛さながら回り続けた。


そんな中でも状況を把握しようと必死に周囲に注意を向ける。

目に映る景色は空色が大半を占めていた。

どうやら足場だけでなく周囲の壁もほとんどが崩れ落ちてしまったらしい。

眼下に広がる景色はひっくり返したオモチャ箱さながらで、バベルの塔の各層がその形式すら保てずごちゃ混ぜとなって積まれているように見える。

だが把握できるものはそれぐらいが限界だった。

下から間断なく突き上げる風と時折たたきつけるように吹く横風に翻弄され、重心を安定させられず視界が確保できない。


色々と姿勢を工夫してみるのだが、バランスが取れたと思った矢先に横風が吹くため一向に体勢が安定しないのだ。

めげずに試行錯誤を繰り返すも改善が見られず、フラストレーションが溜まっていく。地に触れるまで回り続けるのかと心が折れ、諦めかけたそのとき、不意に風が凪いだ。


瞬間無重力空間に転送されたような感覚を得て、驚いた体が強張る。

そこへ今度は温かな大気が周囲に流れ込み全身を包む。

刻々と変わる感覚に戸惑いながらも直感的に状況は好転していると皆感じていた。

落下速度は緩やかとなり、シャボン玉がそよ風に運ばれるようにゆっくりと降りていく。

重心が安定し、視界も保たれたことで心も平静を取り戻す。


そんな中次第に近づいてくる地に目を向けると、そこには現状を把握できずに只々右往左往する人々の姿があった。

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