表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢世  作者: 花 圭介
100/117

夢世100

「うぐぐぐっ……」

柊一秋の口元から黒煙が立ち昇る。

どうやらジャックナイフを覆っていた黒煙が体内を通じて柊一秋の口から漏れだしているようだ。


修平がその有様に警戒し距離をとる。


「うぎぎぎぎっ、うがっうがぁっ!」

程なく柊一秋はその身を激しくくねらせながら奇怪な声を上げ始めた。


その関節はありえない方向へと折れ曲がり、体躯を真ん中に巻きついていく。血走る2つのその瞳は弾き合うクラッカーのように引き寄せられてはまた離れるを繰り返す奇妙な軌跡を描いていた。


肌の色は注ぎ込まれる黒煙の影響からか次第に黒ずんでいく。

髪もまた黒煙に押し出されるようにしてニョキニョキと四方へと伸びていき、そこかしこへと張り付いた。出来上がったそれはまるで枝葉に張り付く繭のようだ。


そこに人間であることを肯定できる要素はもはや見当たらない。

皆悍ましきものを見るように眉を顰める。


「……どうなってる! なぜ苦しげな声を上げる! 煙と共に薄らぎ無に還るだけじゃなかったのか!」

そんな叫び声をあげたのは聡だった。


不気味さに顔を顰める皆と異なり、その表情には戸惑いの色が浮かんでいる。憎む相手ではあるとはいえ、自身の父親が苦しむ様は見たくはなかったはずだ。


「ががっ!がっ!がっ……が……がっ………………」

奇声は次第に弱まりやがて途絶えた。怪異的な動きも共に治っている。


静まり返った時が積まれ、物言わぬ骸に成り果てたと思われたとき、黒色の肌がゆで卵の殻を剥ぐようにパラパラと崩れ始めた。

枯れ落ちた肌の下には生命力溢れる桃色の肌が脈動していた。


「ははっ、ははははっ! なんてこった! これは思いがけない嬉しい誤算だ! 寄生虫の如く宿木の命で食い繋ぐ日々とはもうおさらばだ! 」

瞳を爛々と輝かせ、黒色の殻を破り出でたその生物は、流暢に人間の言葉を発した。


その外観には確かに人間のものとよく似た部位が見受けられる。

5指に分かれた指先。状態を支えるために床へと伸ばされた脚部。それらを意に即して操る頭部。そしてそのすべてを結びつける胴体。

しかしどう見ても人間のそれではない。

長い指先をまとめ上げた手は整斉と左右に3本ずつ突き出ており、胴体を支える足は前方に2本、後方にも2本と計4脚あった。

頭部の端から端までを真横に裂くほどに大きく広げられた口元には収まりきらなかった牙が溢れ、喜びに潤ませた瞳は眉間のものを含めると3つとなった。


「お前らよくやってくれた! あいつのコアに取り憑いたまでは良かったんだが、あいつから出られなくなっちまってよ。 はははっ、中からあいつの精神を蝕んでいくのも面白かったんだが……まどろっこしくてなぁ」

自由に動く手足の感覚を楽しみながらまるで親しい友人に語りかけるように思いのまま言葉を口にする。


「お前は誰だ?」

怖気立つほどの鋭い視線で睨みつけ、聡が低い声で問い掛ける。


「おっかねぇ顔すんなよ聡、つれねぇ〜な。まあいい……俺か? 悪いが俺には人間だった頃の記憶があまり残ってねぇんだ……だから誰だと言われても俺自身よく分からねぇ……昔、俺はある研究所で本物の『神』になる実験に携わっていてよ。俺より先を行ってた奴を出し抜こうと、ちと焦っちまってな……実験途中なのに外界に出てよ、心も体も霧散しちまったんだ……流石にこりゃ終わったなと思ったんだが、運良く俺の意識が此処に絡まってよ。ほんとラッキーだったぜ……それからここで少しずつその切れ端を集めてだいぶマシにはなったがそれでも記憶が断片的で定かじゃねーんだ…………まあ、そうだよなぁ……何にしても呼び名がないっていうのも寂しいよな……。この際、新しい名前を作っちまうか! そうだな……破壊と再生を司る神『シヴァ』なんてのはどうだ? この俺にぴったりだろう?」

異形の者はそう言うと嬉しそうに笑った。


「本物の『神』だと? お前も『神』を信じる輩か……馬鹿げた思い込みだな。『神』なんかいやしない」


「ほー、お前は柊一秋の息子のくせに『神』を信じないのか? あいつはずっと前から信じていたようだぞ」


「……知ってるさ、そんなこと。だが親父は親父。俺は俺だ」


「面白いな。じゃあお前はこのアナザーワールドをどう位置付けているんだ?」


「全ては解明できる自然の理の範疇にある。このアナザーワールドもいずれ証明される理の積に過ぎない」


「はははっ、そっか、そっか。お前らが相容れないのは当然だったわけだな」

異形の者は目を見開き、聡をまじまじと見つめた。




ピシッ、ピシピシッ!


「何? この音?」

美希が周囲から聴こえてくる不快な音に反応する。


「始まったか……」

美希の横で修平が静かに呟く。


「アナザーワールドの崩壊だよ……この世界はもうじき消える」

塔矢が怪訝な表情を浮かべる美希と視線を合わせる。


「……消える」

美希の顔が沈鬱な表情へと塗り替えられていく。


「そう悲しげな目をしなくていい。短い間ではあったが美希達のお陰で俺はこの世を楽しめたよ。修平が言うように俺達はそれぞれの役目を果たせたのかもしれない。やるべきことはやれた。皆を守れたっていう自負もある。今はそれなりに満足している」

そう言うと塔矢は美希へ穏やかに微笑んでみせた。


その笑みは美希の心を強固にするどころか容易に溶かし、止めどなく涙を溢れさせた。


「おっと悪いな、確かにアナザーワールドの崩壊は『宿木』である柊一秋がいない今、決まり事だ。もうお前らをモルモットにする計画はおじゃんだ。……けどな、その代わり俺が誕生した。俺は『神』になる。破壊と再生を司る『シヴァ』だ。ヒヒヒッ、神として力をつけるためには生贄が必要だろう? 俺はお前らを全て喰らってその力を手に入れる。これも決まりごとだ」

言い終わると異形の者は大きく裂かれた口角を上げ、不気味な三日月型へと変形させた。バラバラと崩れ始めた夢の世界の様相と混じり合い、その者の姿は誰の目にも破壊の権化そのものに映る。


「俺達を喰らうだと? 神が守るべき人間を喰らうのか? 本末転倒だな。そんなものは『神』ではない! 神であってたまるか!」

聡が侮蔑を込めて吐き捨てる。


「……何か勘違いしちゃいねーか? 『神』は脆弱で愚かな人間を守るために存在してるわけじゃねーんだぜ。神だって草木や虫や動物、人間と同率の命を繋ぐ生命体なんだよ。生き残るために力を尽くすんだ。ただし、この星のあらゆる命の頂点に立つ万物の理を知る唯一無二の生命体だ。当然大した力も持ち得ない『神』以外の生命はおまけでしかない。お前らを含め、この星の全ては新たな『神』を生み出すための『糧』でしかないんだ……分かったら大人しくその命を差し出せ」

異形の者は近くにいた聡に狙いを定め、舌なめずりをしながら徐々に距離を詰めていく。


パシュッーン!


そして残り数歩となった間合いで1発の弾丸が異形の者の首筋を突き通った。


「……てめえ、この俺に……神に……引き金を引きやがったな!」

禍々しい光を宿した瞳は弾丸が放たれた軌道を辿り、1人の男を捉えていた。


異形の者は首筋から噴き出す金色の体液をそのままに、踏み出す方角を転換し、次の瞬間にはその男の目前に立っていた。

人智を超えた移動速度に誰もがそこへ辿り着いた行程を追えなかったらしい。

虚をつかれた男は呆然と無防備に立ち尽くす。


「てめえにも風穴を開けてやらぁ……とびっきりのやつをな!」

異形の者はその言葉を体現しようと躊躇なく激しい一撃をその男の胸元に繰り出す。


バッギャッーン!


「ったく、面倒くせえ奴だなぁ!」

異形の者の一撃はその男を確実に捉えたが、その男に絡み付く金属をも凌ぐ百足の硬い甲羅が盾となり、思惑通りの結果は得られなかった。だがその衝撃は凄まじく脆くなった天井ごとその男を高々と宙へと舞い上げた。


「しゃーねぇ、喰らいやすい奴から処理していくか!」

異形の者は目を走らせ、対象者を絞り込む。


「いやっ! 何で? 来ないでっ!」

目が合ったのは美希だった。異形の者はまるで心の奥までも見透かせるかのように対象者の中から迷いなく美希に照準を合わせると薄ら笑いを浮かべた。


「させるかっ!」

慌てて塔矢が間に入り、両手を激しく乱舞させる。

その動きに同調し、塔矢の指先から無数の細い糸が放たれた。

糸は塔矢の意思を汲み取り正確に異形の者の手足に巻き付いていく。


その間に美希はあたふたしながらも異形の者から距離をとる。


何重にも()られた糸はもう縄に近い。

塔矢の能力ではその糸1本1本にピアノ線と同等の強度とゴムのような弾力性まで付加できる。

常識で考えれば縄ほどにまで太くなったこの糸を単体の生物が引きちぎることなど不可能だ。


「ほーこりゃ面白いな。……『マリオネット』って言うのか……使い方次第で色々と活用出来そうだな……だがこのシヴァ様には効かねぇーぜ!」

異形の者は澄まし顔でそう言うと繁々と自身に巻き付く糸を見た後、体の表面を金色に輝かせる。


すると幾重にもきつく巻き付いていた糸が嘘のように緩み、細切れとなってパラパラと床へ落ちていった。

塔矢だけでなく、聡や亜花梨も目の前で展開された光景が信じられず、床に散乱する糸を見つめ続けた。

共に戦い、互いの能力も含め信頼してここまで辿り着いた。

どの戦いにおいても塔矢の紡ぐ糸はその信頼を裏切らず、その特性を遺憾無く発揮してきた。

だからこそ受け入れ難い状況を目の当たりにした今、そこに僅かだが思考の停滞が生まれてしまった。


「ほんじゃ、いただいちまうぜー!」

その間隙を見逃さず異形の者は再び美希へと向きなおると間髪入れずに飛び掛かった。その口は全てを呑み込むためか今度は限界まで大きく開かれていた。美希はそれをまるで他人事のように眺めつつ、夜空に鈍く輝く満月のようだと感じていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ