夢世10
バスを降りショッピングモールに入ると、俺は脇目も振らずエスカレーターで最上階のゲームコーナーへと向かった。
このショッピングモールには俺が高校生の時、大衆向けではなかったが、一部のゲーマーに支持された『電脳武道伝』というゲームが未だ置いてあるからだ。
ある事件をきっかけに多くのゲームセンターから姿を消してしまったが、このショッピングモールのように、ゲームの価値が分かっているオーナーも結構いるため、同世代だけでなく、幅広い世代で話が通じるゲームとして今も根強い人気がある。
基本ランダムで決まるフィールドで、1対1やチーム戦を行う対戦型格闘ゲームだ。
1プレイ500円とかなり割高だが、勝てば次の対戦は無料でプレイ出来る。
VRゴーグルが付いたヘッドギアを装着するだけで、あとは自身のアクションに思いを巡らせれば、キャラクターがその通りに反応してくれる優れものだ。
発売元の公式発表には、ヘッドギア部分にある脳波を読み取る特殊センサーの開発が、この画期的なゲームへと導いてくれたとの記述がある。
この機能により、コントローラーを使った操作が苦手なプレイヤーであったり、グローブやシューズに触感センサーを使用した、身体能力に左右されやすいゲームを嫌うプレイヤーが、格闘ゲームに参加しやすくなった。
俺は特にそのどちらも苦手と言うわけではなかったが、プレイヤーの個性までもが反映されるこのゲームに魅せられて、小遣いのほとんどを費やしてしまう程ハマってしまった。
その甲斐あってと言うべきか、『電脳武道伝』の大会イベントで準優勝し、雑誌に掲載されたこともあった。
このゲームを通じて、様々な経験をさせてもらったし、多くの友人を得ることが出来た。
俺にとって『電脳武道伝』はまさに夢を見させてくれる数少ないゲームの1つと言える。
ゲームコーナーに着くと早速、隠すかのように最奥の隅に置いてある『電脳武道伝』へと向かった。
が、1台しかないゲームブースの中に人影が見える。平日の昼間っからゲームセンターに入り浸るとは、考えられないほどの穀潰しに違いない。
……中にいる奴と俺とでは状況が違う。
俺は過密なスケジュールの間に、不意に出来た時間を心身の安定に活用しようとやって来ただけで、決して暇を持て余して此処にいる訳ではない。
自分に言い聞かせるように心の中で呟きながら、早くこのブースから出てくる奴の面を拝んでやりたいと切に願った。
だが待てど暮らせど奴が出てくるそぶりを見せない。
ブースに取り付けられた観戦モニターに目をやると、奴はすでに9人まで勝ち抜いていた。
あと1人勝ち抜くと強制的にゲーム終了となる。
これはゲームの独占を阻止するための最終手段であるとともにこの『電脳武道伝』の免許皆伝メダルをゲットできる唯一の方法でもある。
不確定要素が多いこのゲームにおいて、10人連続で勝ち抜くことは、この俺でも結構骨が折れる。
奇跡的に9人勝ち抜くことが出来たとしても、最後の1人は全国でプレイしているプレイヤーの中から、最も勝率が良く相性の悪い者が当てられるため、かなりの狭き門となる。今まで対戦相手に恵まれてきたとしても、流石に厳しい戦いとなるだろう。
などと色々と考察しているうちに、試合のカウントダウンが始まった。
見るとこちら側が、中距離戦闘向きのキャラクターに、スピード強化中心の装備を付加しているのに対し、相手側は、遠距離を得意とするキャラクターに、同じくスピード強化装備を施している。
この場合互いのスピード強化効果はほぼ相殺されるため、遠距離型はただひたすら遠方から攻撃を繰り返せば、勝つ可能性が高い。
一方、中距離型は遠方からの攻撃を回避しつつ近づき、自身の攻撃範囲内に相手をおびき寄せた上で、攻撃しなければならない。
どちらの操作の難易度が高いか、火を見るよりも明らかだ。
試合開始のブザーが鳴り、両者一斉に動き出した。相手は距離を取るため、こちらは距離を詰めるため。
だがやはりほぼ同じスピードの両者の距離は縮まらない。
相手側は、さらに遠方からでも攻撃ができる追尾型ミサイルで侵攻を阻む。
こちら側は、そのミサイルを紙一重でかわしながら追跡する。相手の操作ミスの間に距離を詰めようと試みるが、ミサイルを避ける動作が入る度に再び距離が離れてしまう。まるで賽の河原で石を積み上げているみたいで、攻める方の精神的なダメージは計り知れない。
また、ミサイルをギリギリで躱そうとするため、どうしても無理が出て、爆風によるダメージが蓄積されていく。
試合開始からほぼ一定の距離を保ったままの状態が数分続いたが、ダメージの差は歴然だ。
相手を惑わす何か変化を付けたいところだが、こちら側の追跡方法は相変わらず、一直線に相手へと向かい続けるものだ。
どうやら当初の予想通り、遠距離型のプレイヤーの勝利となりそうだ。
諦めずに向かって行くジリ貧プレイヤーを見つめながら、どこか世の中の縮図を見ているようで切ない気持ちになった。
9人勝ち抜くこと自体、なかなかできることではない。奴がブースから出てきたら、拍手でねぎらってやることに決めた。
だが、次の瞬間ゲーム展開が一転した。
相手側の追尾型ミサイル残量がゼロになったのだ。
こうなると約30秒間、ミサイル残量を回復させるための時間が必要となる。
この機を待っていたのだろう、追いかけていたプレイヤーの動きが明らかに変わった。
追突すれば大ダメージになりかねない山岳フィールドの木々を、スピードを緩めず縫うように進み、相手との距離を一気に詰めていく。
あまりの変貌に慌てふためく相手をよそに、距離がガンガン縮まっていく。
そしてついに射程範囲に相手が入った刹那、溜めに溜めたエネルギーをガトリングガンに充填しぶっ放した。
相手は装備を根こそぎ刈り取られた上、数十メートル先まで吹っ飛ばされていった。
ここまで痛快な大逆転劇を見たのは初めてだった。
モニターにはcongratulationsの文字が踊っていた。