目的のない男
呪子と言われた頃の記憶を、男はもう思い出せなかった。ただその時にはもう自分が他の人間とは形が同じなだけで、まったく違う別のイキモノであることを理解できた。
殴れば死ぬ。
蹴れば殺せる。
少なくとも十年も生きれば、そんな脆さが自身にないことは簡単に理解できた。
何故こんなに自分は強いのだろうか?
考えても答えはなかった。
寧ろ片手間に誰かを殺しているまであった。
世界の何処其処で誰かが死んでいる。
けれどその輪から男は外れていた。
虚無。男には生きる意味や目的がなかった。しかし死ねない。死なない。
何処かの誰かが強いと聞けばすぐに殺してくれと向かった。誰かが死んだ。
最強を名乗る者がいれば死なせてくれと願った。足元に死体が転がった。
弱いなあ、と男は呟く。
その声は何も震わせなかった。
死の淵に立つと生物は時に思わぬ力を見せることを男は知り始めた。
人だろうが化け物だろうが、お構いなく男は壊せた。ただ人が多くなる傾向が見え始めた。
意思の疎通が図れる方が次の相手に辿り着くのが楽だという、ただそれだけの思惑だった。お前より強いのは誰だ?と聞けば皆知らない次の誰かに願いを託すように答えるから。加えて言えば人は複雑な感情を、力に変える術を持ち得ていることが理由であった。
そうして辿る先にいた英雄を、龍を、或いは神と呼ばれるそれを、倒し続けた。
そこまできて男は自分の歩いた道筋を振り返った。
やはりなにもなかった。
そしてなにもかもなくなった。
それでも男は死ななかった。