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グローリ・ワーカ  作者: 川柳えむ
第6章:未来の記憶
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悪夢と一時の再会

 先程の様子が気になって、けれど、やはり恐ろしい気もして――アリスは少しだけマニュアと距離を置く。

 マニュアもこのままではいけないと、考え込む。

 ほかの仲間達も、薄らと二人の様子がおかしい事に気付いてはいたが、聞いていいものかどうかもわからず……あまり気にしないようにしていた。

 ゆっくりと日が落ちる空を見て、マニュアの心は馳せていた。


(……今日は満月……。なんだか嫌な予感がするなぁ……何も悪い事が起きなければいいけど……。そしてたぶん、次の満月は……)


 ―-そして。

 夜が訪れた。心が騒ぐ。

 力強く輝く満月に、眠れない夜を過ごしている――かと思いきや、マニュアはしっかりと眠っていた。


「くぉー……」


 そして、夢を見た。

 ――それは、遠い、昔の記憶だった……。


   ***


(……ここは、どこ? 私は誰? ……っていうのは冗談で)


 夢の中でもボケている余裕のあるマニュア。この方がいつものマニュアらしいというかなんというか……しかし、前回のアルトの事は言えない気がする。


 マニュアはある空間に佇んでいた。そして、見た。もう1人のマニュアを。


(あれは、私……? ……あれは、昔の私だ!)


 そのマニュアは、耳が尖っていて肌は浅黒く、牙も見えている。――そう。コープスの町外れで出会ったあの一家のように、彼女の姿は魔族そのものをしていた。

 更に今のマニュアよりも……僅かだが、背が高いように見える。つまり、今よりも成長しているという事であろう。それなのに『昔の』マニュアとはどういう事だろうか?


 そのマニュアは手に青い玉のようなものを持っていた。

 立っている世界の空は、黒い雲に覆われていた――いや、真っ黒だった。まるで闇の世界のような……。


(覚えてる……。この後、私は、この玉の色が黒く変わるのを見るんだ……)


 マニュアの思った通り、玉の色は黒に変わっていった。


(……そして辺りを見回すんだ。そこでティルちゃんとアルトちゃんを見つける……)


 その後もすべて思った通りだった。

 もう1人のマニュアは辺りを見回し、ティルとアルトを見つけると2人の元へと駆け寄っていった。


「ティルちゃん……世界が…………」


 魔物の頭を撫でていたティルは、そう呼び掛けたマニュアの言葉を遮るように言った。


「人間界が。……滅んで、魔界になっちゃったよ……。そう。ここなら、ずっと魔物と一緒……」


 そう言うティルを見ていられないのか、アルトの方を向く。


「アルトちゃん……!」

「おめでとう。……明日は、結婚式なんだってね。……の魔王と一緒に――」

(――『魔界となった人間界を支配し、そして、君は1人前の魔女になれるんだ……』)


 マニュアはその先の言葉を頭の中で呟いていた。もう、わかっていたからだ。

 アルトの言葉に、もう1人のマニュアは目蓋を閉じてゆっくりと頷いた。

 2人の目は虚ろで、声にも感情などなく、もうどこか壊れてしまったのだと感じさせる。


(…………これは、未来。この先の未来。……未来を、変えなきゃ……!)


 マニュアは思い出していた。これは『未来』の記憶だと。

 真っ暗な世界を見つめた。空だけじゃない。この世界の何もかも全てが闇に覆われていた。


(……人々が滅んでしまうくらいなら……私が滅んでやる。命に代えても、護らなきゃ……)


 その時、空から聞き覚えのある声が響いた。


「……ミリア……」

「……お母……さん……っ!?」


 もう1人のマニュアが、それに反応して叫んだ。

 母と呼ばれたその声は続けた。


「過去に戻るのです……。そして、人間界を救うのです。この道からなら、今から13年程前――あなたが産まれた頃にまで戻れます……。この星を護る為にも……さぁ、早く!」


 母がマニュアの隣に光に包まれた空間を作る。

 母と短く会話を交わすと、もう1人のマニュアは躊躇することなく、それに飛び込んだ。

 マニュアの姿は消え、そこには黒ずんだ玉が1つ転がっているだけだった……。


「……ミリア……。……いえ、マニュア……」


 いつの間にか。マニュアの隣にはその母が立っていた。懐かしい、とても懐かしい姿……。

 今、母はここにいるマニュアに向かって話し掛けていた。


「お、お母さん……わ、私……私に言ったの? 私が、見えるの……?」


 母親は微笑んで頷いた。


「お母……さん……!」


 マニュアは幼い頃に母を失っていた。

 いなくなった筈のその母が、そこで微笑んでいた。

 その気持ちは言葉にならず、唯々涙を零す事しかできなかった。

 そんなマニュアの姿を見ながら母は少し寂しそうに微笑んで、今度は強い口調で言った。


「マニュア……聞きなさい。この夢は、あなたの昔の記憶。それは、わかっていますね……」

「うん……」

「この夢は、私が見せたものです」

「え?」


 涙を拭って母の方に向き直った。母の足元には、ピュウが立っているというのか座っているというのか――いた。


「え、ピュウ……どうして……」

「マニュア、聞きなさい」


 母が続けた。


「あなたは、この空間を抜けて、小さな体の過去に戻り、もう1度人生をやり直しました。……しかし、今のところまだ未来が変わっている様子はありません。このままでは、また同じこの未来が繰り返されてしまいます……」


 母の言葉に、マニュアは視線を落とした。


「わかってる……」

「……あなたの睨む通り、この次の満月は特殊な満月。今度はきっと、その夜が決戦となることでしょう」

「……それまで、生き延びられれば、ね……」

「……あなたは、まだ……我が家の秘宝だったあの水晶を持っていますね?」

「うん。持ってる……」


 マニュアは腰に提げたシザーバッグから1つの玉を取り出した。それは、先程青から黒に変色したその玉と同じ物だった。

 しかし、彼女の手に持っているそれは、青かった。


「過去に戻った時――その水晶は青く輝いていましたね?」


 母の問いに頷く。


「うん。青く戻ってた。真っ青で綺麗だった」

「そうですね……。でも、その水晶は、もう、黒く濁り始めています」

「えっ……!?」


 マニュアは青いその玉を覗き込んだ。

 ボールの奥のほうに、黒く淀んだ闇が見える。


「……! ……もう、時間がありません」


 母が空を見上げて言った。

 マニュアは驚いて顔を上げた。


「えっ!? どっか……行っちゃうの!?」


 母は寂しそうに言う。


「……えぇ。もう、戻らなくては……。マニュア、どうか未来を頼みます……」


 そうして、姿は少しずつ薄れていった……。


「あっ……! 待って! お母さ――――――――――――ん!!」


 叫び声は空しく。もう母の声は聞こえず、姿も消えてしまった。

 マニュアが乾いた大地を見つめた時――……辺りが真っ白になり……そして、目が覚めた。

 一粒の雫が顔を伝っていく。


「――お母さん…………」


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