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グローリ・ワーカ  作者: 川柳えむ
第5章:ペンダント
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知らない名、聞き慣れない声

 ティルが部屋の前まで来た時だ。


『――リ……ミリ……! い…………げ……に…………』

(……誰の声……?)


 中から聞き慣れない声がした。


「……もう……わ…………」

『…………と……に…………!』


 だが、はっきりと聞き取れない。

 今度は、ドアに耳を付けてみた。神経を集中させる。


『……ミリア! おまえ! まだ逆らう気なのか!』

「そんな事はありません!」

『嘘を吐け!』


 マニュアと――どこから発せられているのだろうか、知らない声。

 一体この会話は何なのか。


(マーと……誰?『ミリア』って……?)


 ティルは更に全神経を耳へと集中させた。


『わかっているのか!』

「……はい。わかっています……。私が、魔族だということは。わかっています……お父さん」

(――え?)


 そう言ったのは、確実にマニュアの声だった。

 思わぬマニュアの言葉に、一瞬ティルの思考は停止した。


(魔族……お父さん……!? どういう事……?)


 すぐさま我に戻り、次の会話を待つ。


『そうだ。おまえは魔族なんだ。人間ではないのだ。忘れるな。おまえは魔界の住人なのだから……魔王を裏切るな』

「はい……」

(マーが……魔族!?)


 驚きに身動きが取れないまま、マニュアと何者かの会話を聞き続けるティル。


「お父さん、報告があります」

『なんだ?』

「魔族の血が流れている者を見つけました。魔族と人間の……両方の血が流れています」


 淡々と喋り続けるマニュア。

 その言葉に、もう1つの声が尋ねる。


『ほう? 興味深いな。誰だ、そいつは?』

(魔族と人間の血が流れている者……? マーは、一体何の話をしているの?)


 中の様子を窺いたいところだが、扉を開けて気付かれるわけにもいかず、ティルはただ立ち尽くすばかりだった。

 何者かの声に、マニュアがゆっくりと返事をするのが聞こえた。


「それは――……名前は『ティル・オレンジ』です」

(えっ……!?)


 ガチャ……!


 さすがに、もう立って聞いているだけにはいかなかった。思わず扉を開けていた。

 マニュアは、はっとして扉の方を見た。


「あ……マー……」


 何が何だかわからないまま、ティルはそこに立っていた。


「ティ、ティルちゃん……」


 マニュアはペンダントらしき物を持って、そこに座っていた。

 ティルはなんて言ったらいいのかわからないまま……とりあえず、声を発する。


「あの……散歩の行かないって言うから……調子悪いのか、様子を見に……」

「あ、あぁ……大丈夫、だよ……」


 気まずい空気が流れる。

 ティルが再度口を開く。ゆっくりと……。


「ねぇ……マー……」

「え……?」

「私とマーが魔族なんて……嘘でしょっ!?」

「!! ティル……!」


 ティルは涙目でマニュアを見つめた。

 マニュアは耐えきれず、ふっと視線を逸らした。


「嘘だよね? 何……? お父さんって……? 魔族なんて……魔王を裏切らないって……??」

「……消して……!」


 マニュアがぼそりと囁く。

 ティルにはよく聞こえず、涙目のまま訊く。


「え……!?」

「こいつの記憶を……消して!!」


 マニュアが叫んで立ち上がり、ティルに向けてペンダントを翳した!


「マー……っ!?」


 ペンダントから、何か聞いたことのない言葉が聞こえてくる。


「記憶を消してぇ!!」

「マー!」


 マニュアとティルの叫び声が響く。

 ペンダントから響く声が益々大きくなる。そして――


「ティルちゃん……ごめん……!」


 ゆっくりと、ティルがその場に崩れ落ちた。

 マニュアは翳していた手をゆっくりと下ろすと、ぼーっとその場に立っていた。

 それから少しして、


 ガチャ!


 勢い良く扉が開いた。


「遅いから見に来たんだけど……ティーちゃん、どーしたの?」


 アリスが顔を覗かせる。

 マニュアは苦笑いを浮かべて、


「あ……えーっと……なんかティルちゃんも疲れてるみたいだよ? 眠っちゃったの」

「まーったく。何しに来たんだか」


 ストームが入ってきて、ティルを抱え上げた。

 マニュアはその様子を見ながら、消え入るような声で呟いた。


「……ティルちゃん……。本当に、ごめん……」


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