迫害
「ここはコープスの町です。町の中央には美しい噴水広場がありますよ」
男性の奥さんがお茶とお菓子を出しながら言った。彼女も2人に同じく、浅黒い肌に尖った耳をしている。更には3人共、口からは時折牙が覗いた。
「ありがとうございます」
「お菓子おいしいー!」
早速お菓子に手を付けながらお礼を言う。
そんな屈託ない様子に、男性が、少し躊躇しながら、訊いた。
「あの……あなた方、その――何も言わないのですか?」
5人が「ん?」とした様子で見る。
「その――この、見た目とか……その……」
「あぁ……魔族、ってこと?」
マニュアが言った。
男性は頷く。
他の4人は――
「えぇぇぇぇぇぇ!?」
「これが魔族!?」
……慌てている。
その様子を見て、マニュアは溜め息混じりに言った。
「でも、悪い人達じゃないよ。突然現れた冒険者に、丁寧にお茶とお菓子まで用意してくれたんだから」
その言葉に、騒ぐのを止める4人。
少し不安は残るものの、確かに、笑いながら招き入れてくれた男性に悪い印象などなかった。
「でもよ……魔族がなんでこんなとこにいるんだ? 魔族って魔界に棲んでるもんだろ?」
ストームが尋ねる。
他のメンバーも頷いた。
***
そう。ここには色々な世界が存在している。
一般的に知られているのは、人間界、天界、魔界、霊界、神界の5つの世界。
人間界には主に人間や動植物。天界には天使。そして、魔界には魔族や悪魔、魔物が棲んでいる。
霊界はその3つの世界で失われた命――死人が訪れる、霊魂だけの世界だと言われている。
更に、神界はどの世界よりも上層にあり、世界を作り上げた神々が住んでいるとされている。
先程ストームが言った通り、魔族は魔界に棲んでいるのが普通である。更に言えば、魔物も本来は魔界に棲む生き物なのだ。
だが現在、魔界を統べる王である魔王が、人間界の支配を企み、手始めに魔物を人間界に放った。
人間界の生態は崩れ、壊滅した町も幾つかあった。
それぞれの生活、そして野望の為、人間と魔物は日々争い続けているのだ。
もし、魔族も人間界に放たれたとなれば、争いが激化の一途を辿るのは必至である……。
***
誰かが「ごくり」と喉を鳴らした。
この人達が仮に良い人だったとしても――魔王が更に人間界を攻め出したとすれば、笑っているような事態ではない。
男性は言った。
「私は――人間界が好きなんです」
「……へ?」
思いも寄らない言葉に、ストームは間抜けな声を上げた。
「人間が好きなんです。自然に囲まれ、感情のままに笑い、泣き、時に傷付け、助け合って生きている……。そんな人間が、大好きなんです」
そのセリフに、思わず皆顔が赤くなった。
「そ、そんな大したもんじゃないですよぉ」
ティルが手をぱたぱたと振って言う。
男性はにっこりと笑った。
「この世界は魔界とは違う。もっと、愛が溢れている。そんな世界に私も住んでみたくて……妻と2人、魔界を出たんです」
そこまで言って、男性の顔が少し曇った。
マニュアが、男の言葉に続けるように言った。
「――そして、人間界に来たのは良いものの、魔族だからと迫害された?」
俯く男性。
「そんな…………」
ティルが言葉を失う。
マニュアが続ける。
「そうだよね。人間を苦しめる魔界の住人を、人間が喜ぶわけがない。それでも人間界にいたいから? だから、町の外れに住んでいる?」
男性は、ゆっくりと頷いた。
マニュアは再び溜め息を吐いた。
そして、何を思い付いたか、ぱんと手を叩いて言った。
「よし! お茶とお菓子のお礼をしようじゃあないか!!」




