第8話 女神のダンジョン
「カイト殿!!」
俺はライカに腕を掴まれて強引に扉の前まで連れて行かれる。
「姫様……私はこの者と少し話が有りますので、少々ここでお待ち下さい」
「え、ええ……」
姫様と呼ばれた女性はコクコクと頷く。
少し混乱しているようだ。
間違いなく原因は俺だ。
雰囲気から察するに、何かしでかしてしまったということは想像に難くない。
部屋から連れだされると、早速ライカからお小言を頂戴することになった。
「カイト殿、あなたがこの国における一般的な礼儀作法に欠ける事は、先程教えている時にはもう気が付いていましたが、さすがにあれは困る」
「スマン……あれは俺の生まれた地方では、偉い人に敬意を示す行為なんだ。どうやらこっちでは意味が違うようだな?」
まさか映画で見た事あるとか、意味も良く分からずに使ったと言う訳にもいかず、適当に話を並べたてる。
「やはりカイト殿はこの国の生まれでは無いのですね? それならば説明いたしますが、先程カイト殿の行為は、こちらでは相手に好意を伝えるために使うのが一般的です。人によってはプロポーズの時に使うこともあります」
「え!?」
これはマズイ。
俺は自分の迂闊さを呪った。
聞き間違いじゃなければ、ライカは彼女の事を姫様と呼んだ。
まさか不敬罪とかいうやつで処刑されたりなんて……。
さ、さすがにないと思いたいが……。
「とりあえず、私は姫様をフォローしてきます。カイト殿は遠い異国の出身と言えばおそらく大丈夫でしょう」
ライカの言葉を聞き、俺は胸を撫で下ろす。
俺は余計な事をせず素直にライカにまかせた方が良さそうだ。
「ただし、今後はこういったことがないようにないようにして下さい」
安心したのも束の間、ライカに再度釘を刺される。
「わかった。次から気をつける」
とりあえず、初対面の人間に迂闊なことはしないように気をつけよう……。
些細なことでも俺のいた世界とは全く意味の異なる可能性があるしな。
彼女が再び部屋に入って行く。
俺は邪魔にならないようにライカの部屋の前で静かに待っている事にする。
しばらく部屋の外で時間を潰していると、不意に声をかけられる。
「失礼ですが……どちら様でしょうか?」
ずっと一ヶ所に留まっていた俺を不審に思ったのか、いつの間にかメイドの様な格好をした若い女性が近くにいた。
さて、なんと答えるべきか……。
変なことでも言って、人でも呼ばれたら説明が面倒だな。
「ここは我が国の近衛隊長を務めていらっしゃる、ライカ様のお部屋です。何かご用がおありですか?」
俺への視線が、いかにも怪しい者を見る目つきだ。
使用人にしてはやけに横柄な態度にも見えるが、どっから見ても俺は若い冒険者だ。ライカと親交があるようには見えないのだろう。
とりあえず、俺は正直に話すことにした。
「俺はライカの……友人だ」
嘘は言っていない。
ライカも自分で言ってたしな。
「ラ、ライカ?」
メイドは友人という言葉よりも、俺がライカを呼び捨てにしたところに反応を示す。
「あ、あの失礼ですが、お客様は何か特別な……」
最後まで聞かずともメイドが何を言いたいのかがわかった。
たしかに年上の女性……しかもかなりの地位にいるライカを呼び捨てにするというのは不自然に見えるのかもしれない。
「俺は特別な地位にあるものじゃない、一介の冒険者だ」
「ですが、今ライカ様のお名前を……」
もちろん俺からすれば、レベリングする上でのロイスらとの上下関係を意識させるために、あえてやったことだ。
つまりは演出。
しかし、一度固定した呼び名を直すのも案外難しい。
俺はミスを装い、ライカの名前を敬称を付けて言い直そうか考えたが、結局やめることにする。
この場は適当にごまかしたとしても、結局本人を前にしたら呼び捨てになるだろうからな……ヤブヘビになる可能性もある。
だが、それはそれとしてなんて説明したものか……。
俺は脳内で、チャートを作りいくつかの案をシミュレートしてみる。
ライカの方からそう呼べって言われたことにするか?
いや……規律には厳しそうなライカが年下の冒険者にそんなことをするとも思えない、却下だ。
いっそ身内ということに……。
駄目だ。
俺とライカは似てないしそれこそヤブヘビになる可能性が高い。
結局、俺は頭に残った一番堅実と思える案でいくことにする。
「さっきも言ったが俺とライカは友人なんだ。つまり仲良しってことだ。だから名前を呼び捨てても問題ない」
メイドはあからさまに疑惑の視線を向けてくる。
まあ、信用してもらえるとは思ってないさ。
最終的にライカ自身に証明してもらうとしよう。
「あんまり信用していないようだな……わかった、ライカがもう少ししたら部屋から出てくると思うからそれまでここにいるといい。ライカが俺のことなど知らないと言ったら、その時は調べでもなんでもするんだな」
「そんなことは……」
明らかに彼女の顔にはそんなことあります、と書いてあるが立場上もし本当に客人だったらと危惧しているのだろう。不用意なことは言わないようだ。
その時、俺の背にしている扉が開き、待ち望んでいた人物が顔を出す。
「カイト殿、どうぞ部屋の中へ」
すぐさま中へ行きたいが、誤解は解いておいた方がいいだろうな。
「ライカ、少し問題ができた」
「む? どういう意味ですか?」
「ちょっと嫌疑をかけられているんだ……とにかくちょっと来てくれ」
「嫌疑……? わかりました」
この会話のやりとりだけで、少なくとも知り合いということは信じてくれたはずだ。そう思い、俺はメイドへと視線を向ける。
「し、私室の中に若い男性を……? あのライカ様が……? 本当に呼び方も許容されているように見えるし……」
何やら驚いた表情で独り言を呟いている。
「一体どうしたというのです」
近くまで来たライカが俺とメイドの顔を見ながら事情を聞こうとする。
「いや、こちらの仕事熱心なメイドさんに何処の誰かと聞かれたんだが、生憎と城の関係者の知り合いだと証明する手立てがなくてな」
「……なるほど。そうでしたか」
「ライカの友人と言っても信じてくれなくてな、ほとほと困ってたところなんだ……暴れるわけにもいかないしな」
「カイト殿に暴れられたら、城がどうなるかわからないのでご遠慮願いたいですね」
事情はすべて理解したのだろう、ライカはメイドへと向き直り言葉をかける。
「リン、お仕事ご苦労様です。しかし、こちらのカイト殿は私の大切な客人でもあります。失礼のないように」
「は、はい」
メイドはそう答え、頭を下げる。
これで誤解も解けただろう。
「カイト殿、それでは部屋の中へ」
「ああ、わかった」
俺とライカが部屋に入ろうとすると、先程のメイド再び声をかけてくる。
「あ、あの……よろしかったら、紅茶でもお持ち致しましょうか?」
ライカは少し考える素振りを見せるが、却下する。
「気持ちはありがたいですが、必要ありません。客人は私がもてなします」
「……ラ、ライカ様が自らですか?」
「ええ」
あまりライカは部屋に客人を呼ばないのだろうか?
メイドの反応を見るに、そう感じる。
しかし、お茶はメイドに入れさせたって問題ない気もするが……。
そこまで考えて、ふとあることを思い出す。
そういえば、部屋には姫様がいる。もしかしてそれが関係しているのかもしれない。
確証はないがな。
「リン、あとひとつだけ。私の部屋にはしばらく誰も近づかないよう使用人たちに言っておいて下さい」
その言葉に、リンというメイドが動揺したように感じられた。
何故か俺とライカの顔を交互に見ている。
「ど、どうしてですか?」
「質問は許可しません。あなたはただ伝えればいいのです。わかりましたね」
ライカがはっきりと告げる。
こう言われては、メイドは従うしかないだろう。
「は、はい……」
メイドは勢いよくは頭を下げ、失礼しますと告げて去っていく。
去り際にたまたま表情を見たら、嬉しそうに、そしてにこやかに去って行ったのがとても印象的だった。
むしろ怒られて落ち込んでいてもおかしくないと思ったんだけどな。
それにしても先程の推理が確信に変わった。さっきのライカの言葉は間違いなく姫がいるから言った言葉だろう。
しかし、姫がライカの部屋に来たらマズイのだろうか……? 流石にここらへんの細かい事情まではわからないな。
「時間を取られました。取り急ぎ姫様に挨拶してもらえますか? 誤解は解けたと思いますので」
なんとか首は繋がったらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとう、助かったよ」
ライカを伴って部屋の中に入ると姫様が椅子に座って待っていた。
「私の名はカイトと申します。先程はすみませんでした」
とりあえず開口一番に謝る。
「いえ、構いません。どの国にも独自の文化や風習というのは有る物でしょうから」
どうやら怒ってはいないようだ……。ライカに感謝だな。
「私はリンスと申します。ライカ達がお世話になったようで、お礼申し上げます」
「い、いえ大した事はしていません。俺の方がむしろ助けてもらったくらいで……」
これは本当の事だ。なにせレベル2だったしな……。
まあライカは信じないかも知れないが。
「それはご謙遜を。ライカの話だと随分なご活躍だったと聞きましたが?」
「そんな、たまたまですよ」
しばらく俺はリンス様とライカと三人で談笑する。
最初は緊張していたが、ライカがうまく会話を誘導してくれたおかげで徐々に慣れていった。
「そういえば、今日はここでお食事を食べていかれるとか?」
「ええ、ロイスに誘われまして」
「私は、同席できませんがどうか楽しんでいって下さいね」
「はい、ありがとうございます」
良かった。さすがに王族と一緒の食事では無いらしい。話くらいは良いが食事まで一緒だと息がつまりそうだ。それにまだ、食事のマナーも分かっていないし。
「そういえばそろそろ時間か……姫、私とカイト殿はこれから食事ですのでそろそろ失礼致します」
「もうそんな時間なのね……楽しかったわカイト。また今度お話しましょう」
まあ社交辞令だろうと判断し、適当に返事をして、俺とライカは部屋を後にする。
「どうやらカイト殿は姫様に気に入られた様ですね」
「えっ? 最初のあれはどう見ても失敗だったと思うが……」
「まあ、たしかにあれ自体は良かったとはとても言えません……印象には残ったかもしれませんが」
「じゃあ、どうして気に入ったなんて?」
「姫様の態度からなんとなくですが……」
なんとなくか……。
仮に本当だとしたら、ライカが俺を信用していた事が大きかったんじゃないかと俺は分析をした。
ライカに気に入られるのは大変そうだからな。
そんな事を考えていたら先程ロイス達と別れた場所までたどり着いていた。
すでに他の3人は来ている。
早速ロイスが、声をかけてくる。
「おお、丁度良かった。これから迎えに行こうかと思っていたところだ」
どうやら行き違いにならず済んだ様だ。
「3人は王様に会ってたんだよな? 怒ってなかったか?」
特に俺の事に対して怒ってなかったかが気になったが、どうやら杞憂だったみたいだ。
「怒ってはいなかったけどな……ただ残念そうではあった」
エリザが申し訳なさそうな顔をしているが、元々ノリ気じゃなかったみたいだし、仕方ないだろう。
「そういえば、食事はどこでするんだ?」
「カイトは堅苦しいの嫌いそうだったからな、兵舎の食堂で食べようと思ってる。うまいし、おかわり自由だしな」
「そいつはいいな!!」
「だが姫も俺達と一緒でいいのか? あまり気のきいた場所とは言えないんだがな……人も多いし」
「ええ、私も皆さんと一緒の方が良いです」
エリザが答える。
ロイスも、もうそれ以上言わない事にしたようだ。
俺達が食堂に入ると空気が変わる。
かなり注目されてるな……。
まあロイスやライカやおっさんのお偉いさん連中プラス、エルフのエリザだもんな。そりゃ注目されるだろうさ。
だがさすがに話しかけてくる者はいないか。
変に注目されたまま俺達は食事をすませた。
全員で食休みしていたが、ふと思い出した事があったのでロイスに尋ねる。
「少し出かけても大丈夫か?」
「ん、今からか? どこへ行くんだ?」
「ちょっと帝都のダンジョンに入ってみようと思ってね」
その言葉にみんな驚いた様子だ。
「いくらカイトでもさすがにそれは無茶じゃないか? ミルと比べたら、こちらのダンジョンは難易度が高いしな」
他の皆もロイスと同意見の様だ。
「別に中級ダンジョンに潜ろうって訳じゃないんだ。少し初級ダンジョンを覗いてくるだけだ」
「初級なら特に止める理由は無いが……なぜカイトが今更初級なんだ?」
「少し確かめたい事があってな……」
「私もお供致しましょうか?」
「いや、エリザは今日魔力をたくさん消費して疲れただろう。今日はゆっくり休むといい」
エリザも疲れている自覚はあるのか、わかりましたと言ってそれ以上は特に何も言ってこなかった。
早速俺は出かける事にした。
まず最初の目的地であるギルドに到着すると、とりあえず受付で座っている職員に話しかける。
「どうも」
「はい、どんな御用でしょうか?」
「初級ダンジョンの資料を閲覧できるか?」
「ええ、できますよ。初級ダンジョンの資料ならギルドカードを提示して頂ければお貸しできますが?」
「いや、ここで読んでいくから大丈夫だ」
職員が奥から戻って来て、資料を手渡してくる。
「それにしてもこんな時間に熱心ですね。もしかして女神様狙いとか?」
「さすがギルド職員……察しがいいな。次にいつ帝都に来れるかわからないからな……折角の機会だから運試しがしたくてね」
「はは、そういう理由でここに来る人は意外と多いんですよ。まあ会えなくてもがっかりしない事ですね。滅多に現れないらしいんで」
帝都の初級ダンジョンは、通称女神のダンジョンと呼ばれる特別なダンジョンだ。
最深部にボスがいない代わりに低確率で人型の精霊、通称女神様がいるという訳だ。
女神様に会えると、きまぐれで装備品やアクセサリの類を貰える事があるらしい。
どれも特殊な効果付きで、使って良し、売っても高額の物ばかりとの噂だ。
まあ会えるのは同じダンジョンでは一度だけとか、ここの初級ダンジョンだとレベル10以上だと現れないとか、様々な制約があるらしいが、条件を満たした者は運試しとして挑戦することも多いようだ。
エリザの同行を断ったのもこれが理由だ、俺のレベルはまだ9だが、彼女はたしか20だった筈だしな。
俺は資料を頭の中に叩き込み、早速ダンジョンへ向かう。
ダンジョンの難しさによっては追加でいろいろ準備が必要かと考えていたが、難易度はミルダンジョンの初級より少し上くらいのようだ。
どうやら、このまま攻略開始しても問題はなさそうだ。
「さて、女神のダンジョン初見RTA、挑戦してみるかな」
俺はそう独り言を呟きながら、ダンジョンへと入って行った――