第7話 帝都
俺はエリザの発言を聞いて、真っ先におっさんを睨みつける。
おっさんは俺の射抜くような視線で、自分が疑われている事に気付いたようだ。
しかし、意外にもおっさんは首をすごい勢いで横に振る。
どういう事だ?
おっさん以外に結婚の事は話はしていないはずだ。
……しかし、おっさんが嘘をついているようにも見えない。
必死に考えていると、答えは意外な所からもたらされた。
「ごめんなさい……私、あのお話聞いてしまいました」
「な……なんですと?」
思わず口調が変になるが、それよりもどういう事だ?
「もう隠す意味はないですね」
そう言ってエリザはすっぽり被っていたローブのフードを自らめくり、その顔を現した。
エ、エルフ!?
俺は一目見た瞬間それがエルフだと思った。
俺が元の世界で得ていたエルフに対するイメージと完全に一致したからだ。
美しい金色の髪、そして尖った耳、何もかもがイメージ通りだ。
そのあまりの美しさに俺は一瞬にして心を奪われそうになる。
しかし、それも一瞬のことだ。
いまは見とれている場合ではない。
先程の話をエリザに聞かれていた?
エルフの尖った耳は遠くの音まで拾うというのか?
そんな話は聞いたことがないが……。
「私はエルフの中でも特に耳が良いんです。お二人が私の方を見ながら話をしていましたので、気になってしまい、つい魔法で聴力の強化をしてしまいました……ごめんなさい」
魔法で聴力を強化できるのか。
なんて便利な……。
い、いや……いま大事なのはそんなことではない。
あの話を聞かれた事がマズイ……。
どうする? エリザが返事をする前ならまだ冗談ということにもできたかもしれない……。
だがエリザはもうOKと返事してしまっている。
さすがに、いま冗談と言う事はためらわれた。
どうするべきか必死に考えていると、いつの間に近づいたのか、ロイスが頭を掻きながら、エリザの方を見て言う。
「こりゃ王子には諦めてもらわんといかんな……」
「ごめんなさい……こんなことになってしまって……」
「いや……仕方ないさ、そういう運命だったんだろう」
俺抜きで話が進む……。
王子? どういう事だ?
俺は2人に説明を求めた。
ロイスがこちらの方を見ながら言う。
「そうだな……もうカイトは事情を知るべきだろう。それに恩もあるしな」
ロイスの説明を要約するとこうだ。
なんと……エリザはエルフ国の姫らしい。まあ本当は長ったらしい国の名前があるみたいだが、人間は基本的にエルフ国と呼ぶらしい。
エルフ国の王族は、中級ダンジョンを突破し称号を獲得して、初めて一人前と認められる。
しかし、今エルフ国には中級ダンジョン攻略に連れて行けるような、前衛がほとんどいない。
そこで友好国であるこの国にエリザが頼みに来たのが始まりだそうだ。
この国の王様は気前良くロイスとライカとおっさんと他一名の貸し出しを約束したが、条件を出した。
それはこの国の王子とお見合いをするということだ。
難色を示したエリザだったが、会うだけでいいというので了承した。
それから中級ダンジョンの中では、比較的易しいと言われるこのダンジョンにたびたび攻略に来ていた……というわけらしい。
エリザに対する言葉遣いや態度などは、周りの冒険者等に怪しまれないように普通のパーティーメンバーとして接すると全員で決めていた……という話だ。
「なるほどな……」
俺は、時々感じていた違和感の正体も分かりスッキリした。
だが、俺にとっては何にも解決になっておらず。再び1人で頭を悩ませ始める。
そしてロイスとエリザも再び会話を始める。
「まあ、王には俺から言っておくから、あまり気にしないことだ」
「私もダンジョン攻略を手伝って頂いたお礼を、他の形でしなくてはいけませんね……」
「それはそうと、俺達も式に呼んでくれるんだろう?」
「はい、もう少し先の事になると思いますが……皆様には是非来て頂きたいです!」
「しかし、王子は残念がるだろうな……エルフの中でも1番の美貌を持つと言われている君との会談を楽しみにしていたのだが……」
「ごめんなさい……でも私にはもう心に決めた人がいるので」
会話に参加できない……。
俺に何が言えるというのか。
不意にポンと両肩が叩かれる。
ライカとおっさんだ。
「2人は似合ってると思うぞ」
ライカがぎこちなく言う。
もしかして事情を知っているのか?
俺は第一容疑者であるおっさんを締め上げて吐かせる。
どうやらロイスとライカにはおっさんが話してしまったらしい。
「わかいもんはいいのう」
おっさんがニヤニヤと話しかけてくるので、殴り倒したくなったが……絶対に負けるのでやる勇気は無い。
「じゃあ、そろそろ帰るか?」
ロイスが全員に向かって言う。
ライカとおっさんとエリザが返事をする。
「姫、転移はできるか?」
ダンジョンをクリアした事で呼び名も元に戻ったのかロイスが姫と呼びかける。
「はい、1回は大丈夫かと思います」
「1回か……だったら今日は城に泊ってもらう事になるか……姫は大丈夫か?」
「はい、よろしければお世話になります」
「じゃあ、カイトも来いよ! お礼としちゃもの足りないだろうがとりあえず城でたらふく食わしてやるからさ」
魅力的な提案だ……だが俺は1人で早急に考えたい事がある。
謹んで辞退しようとしたが、エリザが寂しそうな表情を見せた。
それを見たライカから、
「こういう時カイト殿ならどうすればいいか分かっていると思うが?」
と言われてしまい、不本意ではあるが帝都に向かう事になった。
もちろんエリザの事は嫌いじゃない、むしろ好ましいとさえ思ってはいる。
しかし……なんか外堀がどんどん埋まっていくような……。
エリザの転移で帝都の入り口付近にたどり着く。
帝都には防衛の為に結界が張ってあるらしく、直接中に入る事はできないらしい。
中から外へは行けるようだがな。
俺達は入り口の門に近づき帝都に入るための手続きをする。
ロイス達なら顔パスかと思ったんだがな……。
規則はしっかりとしているらしい。
通行時にステータスカードを見せなければならないようだ……。
俺は念のため、称号を変えておこうとカードを出す。『ダンジョン最速記録保持者』の称号と、『中級ダンジョン攻略者』の称号を入れ替えようとする。ロイス達の称号と一緒の方が良いだろう。
だが……。
「ん……?」
称号が入れ替わらずに中級ダンジョン攻略者の称号が追加される。
あれ?
称号を二個同時に付けられた。
どういうことだ?
……ちゃんと二個分の補正も効いているみたいだ。
たしか教官は一個しか選択できないと言っていたような……。
俺は試しに三個目にチャレンジしてみるが……。
その試みは失敗に終わる。
さっきのダンジョンを攻略する前まではたしかに1個しか付けられなかった筈だ。
色々と検証したいが、今は時間がない。
とりあえず『ダンジョン最速記録保持者』の称号は外しておいた。
門番の兵士は俺達が門を通過する際、見覚えのない俺を露骨に見てきたが、ロイス達と同じ称号を付けているのが分かると、一緒にダンジョンを攻略したパーティーだと理解したらしく、興味を無くした様子だ。
称号を入れ替えたのは正解のようだな。
ちなみに称号は1個でも取得してしまうと必ず表示されてしまう。つまり称号なしの状態にはできないわけだ。
表示なしにできれば、こういう時に助かるんだけどな……。
全員で門を抜けると、そこにはもう帝都の街並みが見える。
ちなみにエリザはもうフードを被り直している。まあそのままじゃ目立つだろうからな。
「さすがに人が多いな」
「まあ、あの街に比べればな」
俺の独り言にロイスが反応する。
続けて聞いてみる。
「城まではどのくらいかかるんだ?」
「ん~まだ結構かかるな……まあ気になるところがあれば言ってくれれば多少の案内はするぞ。時間もあるしな」
俺はロイス達に色々案内してもらいながら、城を目指した。
武具屋等、覗いてみたがさすがに帝都だけあって品揃えも豊富だ。
1度帝都に買い物に来るか……。お金も入ったしな。
俺達はそのまま歩き続け、少し薄暗くなってきた頃、城に到着した。
俺達が城に近寄って行くと兵士達が話しかけてきた。
「聞きましたぞ閣下。見事中級ダンジョンを攻略したそうで」
「まあな、楽勝だったぞ」
ライカはロイスを軽く睨む。
俺はもうロイスのキャラだと思って諦めることにした。
「して、このお方は?」
兵士達の視線が俺に集中する。
「ああ、そいつは……俺の友人だな」
友人といえば対等な関係だ。
ロイスと友人という事で兵士達の間に俺に対する敬意が生まれたようだ……。
しかし。
「私の友人でもあるな」
ライカも悪ノリしたのか、笑みを浮かべながらそんな事を言った。
ライカが友人と言った事で兵士達の目が少し厳しくなった気がする。
ライカは兵士の間で人気が有るのかもしれないな……。
美人だし。
「わしの……」
おっさんは俺としてはどうでもよかった。
そもそも俺がこの状態になったのはおっさんのせいでもあるからな。
「私の旦那様でもあります」
「…………」
場を沈黙が支配する。
兵士達は聞かなかった事にしたようだ。
いや、単に信じなかっただけか?
では中へどうぞ……と促してくる。
リアクションの薄さにエリザは少し首をかしげているが、心臓に悪い発言は正直やめて欲しい。
「じゃあ、俺はさっそく王に報告してくることにする」
「私も同席してよろしいでしょうか? 約束を反故にする形になってしまいましたし、何も言わない訳にもいきません」
「わしも行こうかの」
3人はどうやら王様に会いに行くようだ。
ロイスに俺も誘われたがもちろん断った。王様に謁見するなんてとんでもないし、偉い人に合う時のマナーも良く知らないからな。
「じゃあまたあとでな。ライカ、カイトの相手をしていてくれ。食事の時間になったら合流しよう」
ライカはその言葉に頷くと、俺についてくるように言った。
わりと豪華な部屋に通されたがどうやらここはライカの私室らしい。
一目見て、ただの一兵卒に与えられる類の部屋ではないことは感じ取れる。
ライカの城での地位を否が応にも再確認させられる。
椅子に座って待つように言われ、しばらく経つとお茶を運んできてくれる。
どうやら自分で淹れてくれたようだ。
俺は丁度良い機会だと思ったので、ライカにマナーや礼儀作法について聞いた。
「たしかにカイト殿はこれからマナーが必要な場面が多くなりそうだ、では私が基本的な事を教えよう」
二つ返事でOKを貰った俺はライカにマナーや礼儀作法の指導をしてもらう事になった。
しばらくライカからレクチャーを受けていると、部屋の扉がノックされた。
「ライカ? 戻っているの?」
若い女性の声だ。
「は、はい。先程戻りました。ですが今は……」
ライカの声を確認すると返事も待たずに扉が開かれる。
「戻っていたのね。少し頼みたい事が……あら?」
入ってきたのはドレスを着た、いかにも身分が高そうな女性だ……。
何か言うべきなのだろうか……?
こういう場面に使えそうな礼儀作法はまだ教わった記憶がないが……。
仕方ない元の世界で見たやり方でいくか。
俺は彼女に近づき、恭しく頭を下げる。
そして片膝をつき、手を取りその甲にキスをした。
その瞬間、された女性は真っ赤になり。
ライカは頭を抱える。
あれ……俺、何か間違えたかな?
俺が自分の行為の意味を知ることになるのは、もう少し後の事だった――
たくさんのブックマークや評価、本当にありがとうございました。
本人が一番ビックリしました。