第58話 強化
扉の奥は、思っていたよりも狭い部屋だった。少なくともあの白い部屋ではない。
ん? 奥に何かあるな……あれは祭壇か?
入って来た時と明らかに違う場所に出たので、ボスの登場を警戒したが、一向に現れる気配はなかった。
俺は一旦胸を撫で下ろす。
リューネ様も緊張を解き、周囲を見回している。
「ここは……どうやらまだ、城には戻れていないようですね」
「そのようですね。それに後ろをご覧ください」
リューネ様は振り向き後方を確認する。
「なるほど、この部屋で何かする必要があるのですね」
扉の消失を確認したリューネ様は、冷静にそう呟く。
現状を認識した俺たちは、部屋の奥に見える祭壇の元へ行ってみる。細かい装飾を施されていてとても目を引きつける。
だが、その上には何も置かれていなかった。
なんだろうこれは? やけに意味あり気だが……。
リューネ様にもよくわからないみたいで、しきりに首を捻っている。
「この場所に意味はあるのでしょうか?」
俺が聞きたいくらいだ。
「ないとは思えませんね……いやもしかすると『あった』と言った方が正しいのかもしれません」
「一体どういうことですか?」
俺には一つの心当たりが浮かんだ。あまり考えたくない想像だが、確率はかなり高い気がする。
「つまり、報酬が――」
俺が説明をしようとしたその時、どこからともなくあの音声が流れてくる。
「攻略成功おめでとうございます。報酬として、手持ちのアイテムをどれでも一つ強化できます。一人づつアイテムを台座に置いて下さい」
言葉の意味を理解するまでに、少しの時間がかかった。
どうやら攻略した報酬として、アイテムの強化ができるらしい。
台座というのは目の前の怪しげな祭壇だろう。どうやらここにアイテムを置けばいいみたいだが……。
だが一つ疑問がある。
「どうやらこれが報酬のようですが……強化とは一体?」
「私にも見当がつきません。単純な強度の問題なのかもしれませんし、性能値が上昇するのかもしれませんね」
報酬が単純な強度アップとは考えにくい気もする。
だが、別に難易度が高いダンジョンを攻略した訳でもないしな。リューネ様が言った性能値が上昇というのが一番確率が高そうな気がする。
だが、実際に性能値が上がったとしても俺には調べる術がない。たしか性能値を鑑定できるスキルが存在すると聞いたことはあるが俺はもちろん所持していない。
「リューネ様は装備品の性能を鑑定できますか?」
駄目元で聞いてみる。
「いえ……私にはアイテムの鑑定眼はありません。国に戻れればスキルを持つ者がいるのですが……」
リューネ様は申し訳なさそうに告げる。
どうやら無理らしい。だが、エルフ国に行けば鑑定はしてもらえるということか。覚えておこう。
俺は改めて自分の所持している装備品の類を確認する。
手持ちの武器はバスタードソード。これは冒険者としては初級者から中級者になりたての者が好んで使うクラスの武器だ。つまり評価はごく普通、良くも悪くもない。
身につけている防具は軽さ重視でこちらも品質はごく普通。
しまったな……こういうのはレアなアイテムをさらに強化すれば価値が跳ね上がったりするものなんだが……。だが、その対象のアイテムを今持っていないのだから仕方がない。
無難に武器にしておくべきか? 折角の機会なのに少しもったいない気もするが……。
「カイトさんは強化するアイテムを決めましたか?」
「正直少し迷っています」
「では、私から強化してよろしいでしょうか?」
リューネ様はどうやら決まったらしい。何を強化するんだろう。
俺は興味津々で、ことの成り行きを見守った。
王妃様が選択したアイテムはイヤリングだった。
俺が露骨に視線を向けていたためか、リューネ様がイヤリングを選んだ理由を説明してくれる。
「これは、昔エリザが私にプレゼントしてくれた物です。仮に性能が変わらなくても、強化され壊れにくくなるだけで十分なのです」
なるほどな、装飾品でなおかつ壊れてほしくない物か……。
俺は装備品にばかり目が行っていたが、そういう選択肢も有りだな。
台座にイヤリングが置かれると、そこから眩い光が発せられる。
だが、その光は瞬時に収まり、台座にはイヤリングが、置いた時と変わらぬままそこにあった。どうやら強化が完了したようだ。
彼女は台座からイヤリングを手に取り、再び自身の耳へと戻す。
ん……そうだ!
そういえば、装飾品と呼べる物ならば俺も持っているじゃないか。しかも、とても重要な物だ。
天啓のように浮かんだそれを、俺は台座へと置く。
イヤリングの時と同じように、刹那の時間で強化が完了する。
俺は外した装飾品を再び腕へと付け直す。
俺が強化したアイテムはルカから貰った腕輪だ。ある意味俺が持っているアイテムの中で最重要と呼べる物であることは間違いない。たとえ強化の効果が耐久性のみの上昇だとしても、アイテムの優先順位から考えるに、武器や防具を強化するよりよっぽどいいだろう。
「その腕輪……すごい魔力を感じます。どういった物なのでしょうか?」
別に手に入れた方法を話すのは問題ないだろう。
「これは、精霊から譲り受けた物です」
「なるほど、それならば魔力を感じるのは当然ですね。精霊からアイテムを貰えるのはとても運が良い者だけという話です。さすがはカイトさんです」
まあ、運が良かったという点は全面的に同意だ。
その後リューネ様に腕輪の効果などを尋ねられるが、正直自分でもこの腕輪の力をすべて把握している訳じゃないのでごまかしておくことにする。確実にわかっているのは、この腕輪をしていると会話ができるということだけだ。それと、ルカが俺の前に出て来られるのも腕輪の力なのかもしれない。機会があれば腕輪をくれた張本人に聞いてみるのもいいな。
二人とも報酬の受け取りを終えると、再びどこからともなく声が響いてくる。
「攻略成功者に次のダンジョンへの攻略資格が与えられます。推奨攻略レベル10以上、必要人数は五人です。攻略成功の報酬は特殊効果が付与された装備品となります」
やはりここもダンジョンだったのか。なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、わりと違う部分も多かったので半信半疑ではあったんだが……。
それと今の音声を聞いていくつか確信ができた。
難易度の高いダンジョンへ挑むためには、まずは簡単な方から攻略しなくてはいけないらしい。やはりリューネ様の考察通り推奨レベルとはあくまで推奨であって必須ではないのだろう。要は順番に攻略していけばいいということだ。あくまですべてのダンジョンを攻略する場合の話だが……。
しかし、次の報酬の話も出たが、装備品は魅力的だ。称号はあるものの、武器防具はごく普通のものしか持っていない俺にとっては、特殊効果のある武具は喉から手が出るほど欲しい。それらの武具は値段もさることながらそもそも売りに出ていることが少ない。
しかも次のダンジョンの推奨レベルは10だ。称号の補正を含めれば十分に対処できる範囲だろう。これは行くべきか……? ただ一つネックがある……それは人数だ。
五人は厳しい、だが本気で攻略するなら集めるしかないが……。
「カイトさん、出口が!」
リューネ様の声に振り向くと、さっきまで消えていた扉が再び出現していた。
俺とリューネ様は扉に近づき、そして慎重に触れる。
扉の先で俺とリューネ様が見たのは……あの白い部屋だった。
俺は城に戻れることに安堵を覚える。
「これで、城へと戻れますね」
リューネ様も同じことを考えていたらしい。
「ええ、よかったです」
「……それにしてもあの場所は結局何だったのでしょうか?」
たしかにその疑問は残る。なぜそもそも城の地下にこんな場所があるんだ?
ダンジョンというのは間違いがなさそうだが、ギルドは知っているのだろうか? そして知らなかった場合は知らせた方がいいのだろうか?
様々な疑問が浮かぶが自身では判断がつかないため俺の見解も交え、リューネ様に意見を聞いてみる。
「……そうですね。たしかにあのようなダンジョンの存在を知ったのは私も初めてです。カイトさんのあまり人に話すべきじゃないという判断は正しいと思います」
「やはりそうですか」
「ええ、話すとしてもカイトさんが信頼している人のみに限定するべきでしょうね」
信頼できる人……ね。現状この国にそんな人物はごくわずかだ。来たばかりだから無理もないが。
「ギルドへの報告に関してはどう思いますか? 正直、あまり気は進まないのですが……」
リューネ様は少し考える素振りを見せる。
「カイトさんがお望みでないのなら報告はしなくても良いのではないでしょうか? 報告しようものならすぐにギルドはこの城へ調査に飛んで来ると思います。その後の結果としてどうなるのか私でも予想がしにくいです。最悪の場合、城を徴収されるなんてこともないとは言えません」
話を聞く限り。どうやらまだ報告は控えた方がいいな。
「もっとも、いかにギルドといえどカイトさん相手に無茶はできないとは思いますが……」
だといいんだけどな……。
「先程も言いましたが、仮にカイトさんが地下のダンジョンの攻略を考えているのだとしたら、信用の置ける人物のみを城に招き入れた方が良いと思います」
さすがはリューネ様、俺の行動は既に予測済みのようだ。
しかし、信用の置ける人物か……一番近いのはやっぱりあいつらかな。
一度組んだことのある面子が三人ほどすぐに浮かぶ。
その時リューネ様から意外な申し出があった。
「カイトさん、よろしければ私も攻略をお手伝いしましょうか?」
「え!?」
考え込んでいた俺を見るに見かねたのか、リューネ様が驚きの提案をしてくる。
だが、王妃様に手伝ってもらう訳にも……。
いや、冷静に考えろ。折角申し出てくれているんだ。リューネ様は確実に信頼ができる。しかも魔法使いだ。手伝ってくれたら百人力だろう。
「よろしいのですか?」
俺は期待を込めた目でリューネ様を見つめる。
「ええ、構いませんよ。私も少し興味がありますし」
ニッコリと微笑み、了承してくれる。
「ただ……あくまで個人的に手伝うという話にしておいて下さい。さすがに、信頼の置ける人物三人を連れてエルフ国を離れる訳にもいかないのです」
「とんでもない。リューネ様だけでももったいないというのに」
さすがにそこまでおんぶに抱っこという訳にもいかない。
だが、これで一人確保だ。幸先がいいな。
その後リューネ様と予定を打ち合わせる。その結果少し間を空けて、次のダンジョンを攻略することに決まった。もちろん他のメンバー探しは俺の担当だ。
話が決まると、大急ぎでリューネ様は自国に帰って行った。
どうやら予定の時刻を大幅に過ぎていたらしい。
リューネ様を見送った後、俺はレイアとリヴに簡単な報告をするために二人の元へ向かった。
しかし、二人が待機しているはずの部屋はもぬけの殻だった。
「カイト様!!」
不意に後ろから大きな声で呼びかけられる。
振り向くと、そこにはレイアが不満気な表情をみせて立っていた。
「カイト様どこへ行っていたのですか? 随分と探しました」
「ちょっとな……リヴは?」
「しばらく待っていたのですが、どうしても抜けられない予定があるとかで帰られました。後日話を聞きに来るそうです」
「そいつは悪いことをしたな」
「……それでカイト様?」
俺はレイアに事情を説明する。
彼女も、もちろん知らなかったらしくその表情は驚きに満ちている。
「城の地下でそんなことが……」
「……ああ」
「カイト様、私の見解では――」
「すまない、レイア。今日はもう休みたいんだ。話は明日にしよう」
俺はまだ会話を続けようとしていたレイアを制し、強引に話を進める。
正直もう体は限界に近かった。魔力は時間が経つことで回復すると聞いた。おそらく睡眠をとればある程度は回復するだろう。
俺自身今日のことでレイアに聞きたいことがあったが、すべては明日だ。とりあえず今日は休みたい。
早速自室へと帰ろうとする俺に、レイアがまだ声をかけてくる。
「カ、カイト様……私は?」
どういうわけか、レイアは落ち着きがない様子だ。
「どういうことだ?」
「私は、その……この後は――」
なかなか言葉が出ないようだ。
普段はっきり物を言う彼女にしては随分と珍しい。少し顔も赤くなっている。
だが、質問の内容は彼女の様子からなんとなく予想できたので、答えてやる。
「ああ、この後の食事のことだろ? 俺はいらないから、レイアは好きにとってくれ」
「……」
彼女は長い沈黙の後、頷いた。
「わかりました。ではカイト様おやすみなさいませ」
「ああ、おやすみ」
そう言ってレイアは一礼する。
レイアと別れ、部屋へ戻ると俺は泥のように眠った。
とんでもない事実が発覚するのは、その翌日のことであった――。