第57話 条件
手に浮かび上がった文字の内容を確認してみるとそこには――。
『攻略条件(全体):魔物を一〇〇匹退治する』
『攻略条件(個人):ファイアーラットを三〇匹以上退治する』
『残り時間:1:57:40』
一瞬、何のことかまるでわからなかった。
しかし、よくよく考えてみると書いてあるまんまが答えだろう。つまりこれがこの場所の攻略の条件なのだろう。
この攻略条件を見る限り、つまりここには間違いなく魔物がいるということだ。
扉をくぐる前から覚悟はしていたが、嫌でも気が引き締まる。
俺はもう一度、攻略条件を確認する。
全体と個人の条件が違うのが気になるが、内容には安堵する。
ファイアーラットはたしか、ネズミ型の魔物で、火の低級魔法をたまに使用するのが特徴だ。初級ダンジョン等でよく見かけるが、強さは初級の中でもそこそこといった程度だ。複数同時に相手にしてもまずピンチに陥ることはないだろう。
残り時間の部分は下一桁の数字が一秒毎に減っている。つまりは二時間とみていいだろう。通常の初級ダンジョンであれば十分問題ない時間だが……。
しかし、間に合わなかったらどうなるんだろう。
いや、余計なことを考える前に攻略してしまえばいいんだ。考察はそれからでも問題ない。
そういえば、書かれている条件はリューネ様も一緒なのだろうか。
「リューネ様の条件はどういったものでしたか?」
「私の方は全体条件が魔物一〇〇匹の退治となっています。そして個人の条件がスモールバットを三〇匹退治しろというものです」
全体の条件は一緒だ。おそらくこの状況から考えるに全体というのはリューネ様と俺の二人合わせての条件だと思う。つまり二人合わせて魔物百匹ということになる。
ただ個人に関しては俺とリューネ様で少し違うようだ。ただそれは、魔物の種類が違うだけで、難易度に違いはほとんどない。
とにかくやってみるしかないか。
俺は自分の条件もリューネ様に伝える。
「なるほど……でしたらまずは全体条件の方を満たしてみましょうか?」
俺の条件と考えを伝えたことで、リューネ様から提案が出た。
俺たちが気になったのは、全体の条件と個人の条件の両方をこなさなくてはいけないのかということだ。全体の方、もしくは個人の方だけで済むのならその方が断然楽だからな。
敵を選ばず無差別に退治すれば少なくとも全体条件の方はすぐに満たせるはずだ。
リューネ様の提案は利に適っているので否定する必要はない。
「私もそれがいいと思います。時間の制限もあるのでそろそろ動きましょうか」
「そうしましょう」
俺とリューネ様は通路を奥へと進み始める。
しばらく歩くと、突き当たりに扉が見える。制限時間もあるので、すぐに扉を開ける。
「はは、なんとなく予想はしていたけどな」
思わず独り言を呟く。
扉の奥は広い部屋だった。通路を歩いていた時に感じた圧迫感はない。
ただ……そこには無数の魔物がいた。
あまり強い魔物はいないがさすがに数が多すぎる。通路におびき出して戦った方が賢明か?
俺がリューネ様に確認しようとした時、逆に彼女の方から声がかかる。
「カイトさん、少し下がっていて下さい」
そう言うやいなや、リューネ様は魔法の詠唱を始める。
なるほど、たしかに広範囲の魔法なら一匹づつ処理するよりも断然速い。俺は素直に王妃様に任せる。
強力な火の魔法が部屋全体を覆う。
俺は万一打ち漏らしがあった時のために、武器を構え準備をしていたが、部屋の中に生きている魔物は既に存在しなかった。
ある程度予想してはいたが、やはりリューネ様も只者じゃないな。さすがエリザの母親ってところか。
その後もリューネ様の独壇場は続く。
出てくる敵を次々と魔法で薙ぎ払っていく。リューネ様を前に、俺はただの木偶の坊だった。
彼女曰く、私に勝てない敵が出てきた時はお願いしますね。と笑顔で言われたが、リューネ様で無理なら俺には対処は無理だろう。もちろんそんな格好が悪いことは言えなかったが……。
出現する敵はまさしく初級ダンジョンのそれだった。妙に強い魔物が混じっているということもなかった。その事実に俺は安堵する。どうやら恥はかかなくて済みそうだ。
それにしても、やっぱり魔法は便利そうだな。俺も自由に使えればな……。
「あら……どうやらそこまで簡単にはいかないようですね」
「えっ?」
リューネ様が不意に声を上げたので、思わず聞き返す。
「カイトさんの方も条件を確認してみて頂けますか?」
言われた通りに、自分の手の甲へと視線を向ける。
『攻略条件(全体):魔物を一〇〇匹退治する 達成済み』
全体条件の方に達成済みと追記されている。どうやら、あっという間に魔法で一〇〇匹を処分してしまったらしい。彼女にとって初級ダンジョンの敵など全く問題にならないのだろう。
しかし、これではっきりした。
全体条件の方はパーティーメンバーの誰かが達成すれば他の者にも適用されるということだ。俺は敵を倒していないが、おそらく全員の戦果が合算されるという考えで間違ってはいないだろう。
ただ、もう一つ残念なこともわかってしまった。全体の条件を満たしても何も起こらない。ということは、つまり個人の条件も満たさなければ、攻略が成功したとは言えないのだろう。
「カイトさん、個人の条件は変化がありましたか?」
「いえ、何も変化なしです。全体の方は攻略済みの表示が出ました」
今の口振りだと、リューネ様の方には変化があったのだろうか?
「リューネ様の方は何か変化が? もしや個人の方も達成済みになったとか……?」
「いえ、まだそこまでは……しかし、条件が九匹退治になっているので、おそらく二十一匹既に倒したのかと」
なるほど……。
リューネ様が倒した敵の中には当然ファイアーラットは含まれていた。つまり個人の攻略条件は当然ながら自分の手でやらなければカウントされないらしい。
ということは、俺は自分でファイアーラットを狩るしかないということだ。仕方ないな。
「リューネ様、この辺りはもう敵が少ないようです。さすがに三十匹は厳しそうですし、私は少々ここから離れて狩ってこようと思います。この辺りは敵も弱く安全そうなので、リューネ様はここで残り九匹を狩って待っていて頂けると助かります」
「そうですね……それが一番良いかもしれません。かえって負担をかけることになってしまい申し訳ないのですが……」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べるリューネ様だが、まだ時間もたっぷりあるし、特に問題はないだろう。
「いえ、結果的にリューネ様の魔法のおかげでかなりの時間短縮になったはずです。全体的には大いにプラスでしょう」
「そうだと良いのですが……」
「本当に助かりました。私は攻撃魔法の類はあまり得意ではないので……」
得意じゃないこどろではなく全く使えないが。まあリューネ様が気に病む必要もないのでそう言っておく。
「そう言って頂けると、気持ちが幾分楽になります」
会話を早々に切り上げ、俺は一人でファイアーラット狩りを開始する。
ファイアーラットが相手と知った時に、実は一つ試してみたいと思っていた。
それは帝都で取得した称号の効力だ。
『帝都ダンジョン単独低レベル攻略者(上級)』は、スキル『S+魔力吸収』の補正が付く。効果は読んでそのまま、攻撃魔法を吸収する。
ただ、吸収した魔力を自分で補給できるのかはまだ未知数だ。
今はリヴの魔法で魔力をかなり失っている。試すにはよい状況だ。
俺は邪魔な敵を蹴散らしつつ、早速一匹目のファイアーラットを見つける。
赤みを帯びた体と目をした生物は、すぐこちらに気づいて攻撃をしてくる。
だが、初撃は魔法ではなかった。
このレベルでは、敵の魔法の使用頻度があまり高くないのが難点だな。まあ、素早さに特化した称号を身につけているので初級ダンジョンの敵を相手に打撃をくらう可能性は低い。
何度か攻撃をかわしていると、ファイアーラットの目が一瞬赤く光る。
これはたしか……。
次の瞬間、体全体が赤みを帯びた光を出す。
「よし」
俺は回避行動を止め、その場に直立し、魔法を受ける体勢になる。、
おそらく大丈夫だろう。たぶん……。
一抹の不安を残しながら、俺はファイアーラットが使用した魔法の直撃を受ける。
「ふむ」
やはり少し……体のだるさが回復しているような。
俺は念のため、ファイラーラットがもう一度魔法を使用するのを待ってから退治した。
結果は先程と同じだ。やはり少し魔力が回復しているようだ。
数匹を退治して俺は確信する。やはり吸収した魔力を自分のものにできるらしい。
これは……今後の戦略に多大な影響を与えそうだ。
リューネ様の元へ戻ると、戦闘をしている気配はなく、既に討伐を終えている様子だ。
近づいた俺に疲労を感じさせない声色で問いかけてくる。
「カイトさん、首尾はどうでしたか?」
「無事、三十匹狩り終わりました」
「さすがですね。素晴らしい速さです」
リューネ様は笑顔で労ってくれる。
「いえ、リューネ様があらかた敵を片づけてくれたおかげです」
「あら? 褒めても何も出ませんよ?」
「それはとても残念ですね……」
俺は肩を落とし、首をやや大げさに振る。
俺の言動がおかしかったのか、リューネ様はクスリと笑う。
お互いが攻略条件を満たし、少し余裕が出来たのか冗談口を叩きあう。
残り時間を確認するとあと一時間ちょっとだ。つまり半分以上時間を残したことになる。
「リューネ様、条件を達成した瞬間に何か起こりましたか?」
「ええ、その口振りだとカイトさんもですね?」
「はい」
ファイアーラットを三十匹退治したあとに、手の甲を確認すると開始地点に戻れと指示が追加されていた。おそらくそれでクリアとなるのだろう。
「私の方は、開始地点に戻れと指示が出ていました。リューネ様も同様ですか?」
「ええ、こちらも相違ありません、全く同じ指示が出ていました」
「では、戻りましょう。長居は無用です」
「そうですね、これで終わりだといいのですが……」
全くだ。だが、ここがダンジョンだとすると一つ懸念があるが……。
しかし、帰りの道中でも障害はあるようだ。
開始地点にほど近いある部屋の魔物達が復活していたのだ。
だがもちろん、魔物の種類などは変わっていない。
リューネ様の魔法で一瞬だろう。
だが、俺の中に一つ考えが浮かぶ。
「リューネ様、ここは私に任せてもらえませんか?」
そう言って俺は一歩前へと出る。
「……わかりました。私も魔力を少々使ってしまったので助かります」
あれで、少々なのか……。
わりと派手にぶっ放していた気もするが……まあきっと魔力の量が俺とは桁違いなのだろう。
俺は掌を魔物の群れがいる方角へと向ける。
そして少し時間を置いてから頭の中に、ある光景と言葉を浮かび上がらせる。
『複写』
その瞬間、強力な火の魔法が部屋全体へと効力を発揮する。そして魔物達が次々と倒れていく。
どうやら生き残りはいないようだ。
パチパチと手を叩く音が聞こえる。
「さすがですね。見たところカイトさんの魔法の威力はエリザよりも強力です。これではあの娘も立つ瀬がないですね」
少し苦笑いを浮かべながらリューネ様はそう発言する。
だが、俺はそれどころではなかった。しかし、プライドにかけてなんとか返答をする。
「いえ、俺にはエリザのように器用な魔法は使えないので……」
「謙遜もそこまでいくと美徳とは言えませんよ?」
「ハハハ……」
俺は乾いた笑いでごまかすしかなかった。
リューネ様の魔法を『複写』したことは俺の魔力に多大な影響を与えたようだ。
体がだるいだけじゃなく、すこぶる体調も悪くなってきた。
しまった……こんなことになるなら『複写』の実験は後日にすればよかった。
ファイアーラットの魔法で回復したとみたのが甘かったらしい。
おそらく回復量が全然足りなかったのだろう。
考えてみれば、リヴの魔法もかなり強烈だったからな……。
しかし、幸運にもその後敵との遭遇はなく、俺とリューネ様は開始地点に戻って来た。
正直、今の状態ではろくに戦える気がしない。
この後もなんとか敵が出ないように祈るばかりだ。
戻って来た場所は俺たちがここを離れた時と比べて一カ所違うところがあった。
それは……消えたと思っていた出口があったことだ。
「あれは……出口でしょうか?」
リューネ様の言葉に俺は曖昧な返事を返す。
「……かもしれません」
一応俺の考えを話しておいた方がいいだろうな。
「あくまで可能性の話ですが、世界のダンジョンの傾向として最後にボスと戦わなければならないという場面が多々あります」
「カイトさんは、ここでもそうだと?」
「あくまで可能性の話です。正直、可能性はあんまり高くないと思っています」
今の俺の状態を考えると半ば願望に近い。
「それはなぜですか?」
「リューネ様も聞いたと思いますが、ダンジョンに入る前の音声では推奨レベルが5以上と言っていました。先程私たちがこなした条件に加えボスまで倒すとなると、レベル5では荷が勝ち過ぎると思われます。ほとんど攻略の可能性がないでしょう」
リューネ様は俺の言葉に感心したように頷く。
「カイトさんの考察はおそらく正しいと思います。ただ警戒するに越したことはないでしょうね」
「ええ」
俺とリューネ様は十分に警戒しつつも、出口の扉を開けた。
すみません。設定ミスで修正をしました。感想欄で知らせてくれた方々ありがとうございました。




