第55話 魔力
他人行儀とかそういう問題なのだろうか?そもそも俺はまだ名前で呼ぶとは一言も……。
俺が否定の声を上げる前にリューネ様はさらに続ける。
「では今度からは名前で呼んで下さいね」
ニッコリと笑顔を向けられる。
こうなっては撤回できそうもない。俺は諦めて名前で呼ぶことにする。
「わかりました。ではリューネ様と」
「まだ親しさが足りない気もします」
リューネ様から抗議の視線が飛ぶ。だが、これ以上親しく呼ぶのは難しいだろう。他人、特にエリザに聞かれたらなんて言うか……。
俺は抗議を黙殺することにした。
「この後のことですが部屋もたくさん余っていますし、宿泊もできますが……」
俺の言葉にリューネ様は我に返ったようだ。
「……お気持ちはとても嬉しいのですが、エリザも首を長くして待っていると思いますので、本日は帰りますね」
俺は内心でほっとする。王族のもてなしとか全く自信ないしな……。
応接室を出たところで、リューネ様が何か思い出したように声を上げた。
「あ、そうでした。よろしければ先程のレイアさんのことを詳しくお聞かせいただけませんか?」
笑顔で問いかけてくるリューネ様。
『詳しく』の部分に妙に力が入っていた気がするが、きっと気のせいだろう……と思う。
俺が返事に窮していると、リューネ様の表情が徐々に真剣なものに変わっていく。
「……少し待って下さい」
「え?」
リューネ様の突然の変化に、思わず俺は問いかける。
「どうかしましたか?」
「ええ、ちょっと……」
そして突如、リューネ様は床へとしゃがみ込む。
なんだなんだ?
「床がどうかしたのですか?」
俺の質問に答えることなく、リューネ様はこちらに問いかける。
「カイトさん、地下に魔力が感じられます。お心当たりは?」
「地下ってここの地下ですか?」
俺は思わず床を指さす。
ここは一階だ。つまり……城の下に何かある? というか誰かいる?
ルカか? いや、その可能性は低いだろう。地下に何かあることに気付けば真っ先に俺に話してきそうな気がする。だとすると……。
考え込んでいる俺を心当たりなしと判断したのだろう。リューネ様は、次の質問を俺に投げかける。
「念のため調べてみます。この城には地下室のような場所はあるのでしょうか?」
「いえ……私の知る限りではなかった気がします。城内は一通り見て回ったので……」
俺に城を売った店主もそんな話はしていなかった。
レイアも仮に見つけたら俺に報告にでも来そうな気がするしな……。
「とすると……どこかに地下への入口が隠されているのかもしれません。少し時間を頂けますか?」
今度は首を縦に振る。
俺にはどうにもできない話だからな、ここはまかせよう。
調査を始めたリューネ様に黙ってついて行く。
数分の後、リューネ様は通路の途中で突然立ち止まる。
「ここ……でしょうか?」
リューネ様は壁に向かって小さく言葉を紡ぎ始める。
これは……魔法の詠唱か? 壁に向かって一体なんの魔法を?
すると次の瞬間、壁が忽然と姿を消し、下へと続く階段が現れた。
「へっ?」
「やはりそうでしたか、どうやら魔法で擬装していたようです」
魔法で階段を隠していたということか? 何のために?
階段の先を覗いてみるが、暗くなっていてこの場所からじゃとても奥がどうなっているのかもわからない。
「一体どのくらいの深さがあるのでしょうか?」
俺の言葉に、リューネ様はいたずらっぽい笑みを浮かべて返事をする。
「そうですね……降りてみればわかるかもしれません」
どうやら降りて 調査する流れのようだ。
魔力については未知数だし、不安だが、さすがに一緒に来て下さいとは言えないよな。
「では、私が見てきますので、リューネ様はここで待機を。なんでしたら、リヴやレイアのいる部屋でお待ちいただければ……」
しかし、彼女は元よりここで待つつもりはなかったようだ。
「いえ、私も一緒に行きます」
リューネ様は間髪いれずにそう返答する。こちらを心配してくれているのかもしれない。さすがエリザの母親といったところか。まあ単純に興味本位の可能性もあるが。
「危険があるかもしれません。ご自愛ください」
それでも俺の口は本音とは違う言葉を発する。
俺の言葉にもリューネ様は全くひるむ様子をみせない。
「その心配はいらないでしょう。この先にカイトさんに手を焼かせる障害があるとはとても思えません。それに私自身も魔法の心得がありますし身を守ることもできます」
そこまで信用してもらって恐縮だが、恐らくリューネ様の方が俺より強いだろうな。
前にエリザが、エルフ国の王族は、中級ダンジョンを攻略して初めて一人前と認められると言っていた。つまり王妃様も中級ダンジョンを既に攻略済みのはずだ。そして、当然エリザよりも実力は上だろう。まあ俺から見たらエリザも達人級なんだけどな。
しかし、これは何を言ってもついて来る気満々だな。これ以上ここで押し問答をしても意味はないだろう。
俺が折れる形で、二人で階段を下り始める。暗いと思っていた階段をリューネ様はあっさりと魔法で照らす。しかし、階段は螺旋状になっていて、奥を窺い知ることはできない。
ゆっくりとした歩調で階段を下りる。
「さっきのは魔法で擬態を見破ったのでしょうか?」
「……ええ、そうですが」
リューネ様の視線が不思議そうに俺を見つめる。
「カイトさんはあのような精霊をお連れなのに、今の魔法は使えないのでしょうか? さほど難しいものではございませんが……」
……そういえば、リューネ様は俺がルカを使役していると思っているんだった……。
ルカ自身が宣言していたから、あの時聞いていた者は誰も疑っていないだろうな。嘘をつく理由もないし……。
おそらく今見せてくれた魔法はわりとベーシックなものだったのだろう。
「無知で申し訳ないです。私の知識は幾分偏っているので……」
そもそも俺は魔法使えないし……というか速さ以外は並みかそれ以下だろう。補正でごまかしている部分も大きいからな。
俺の言葉に、リューネ様は軽く微笑む。
「そうですか、少し安心しました。娘の話だと何でも完璧にこなす方と聞いていたのでエリザでは釣り合いが取れていないのではないかと心配していたのです」
「め、滅相もございません。私などまだ若輩の身なので……」
どう考えても逆だ。俺では彼女に対して不釣り合いだろう。
しかし、現に世界一とかいう肩書きが付いた今、それを他人に納得させることはなかなか難しい気もする。ただ、せめて、万能だと思われるのは避けておきたい。
「ランキングが世界一だというのに謙虚なことですね」
リューネ様は感心している様子だ。
思わず苦笑いしてしまう。
その時長く続いていた階段が、不意に終わりを告げる。
「この扉は……」
そこには大きな扉があった。近づいてみると、扉は少し発光しているように見える。やや緑がかった光だ。
反射的に開けようと手を伸ばすが、その手が途中で止まる。何か言いようのない不安を覚えたからだ。
「これは……結界?」
その光は知識のダンジョンで見た結界によく似ていた。こちらの方がやや光が弱いが……。
俺の言葉にリューネ様は同意する。
「さすがはカイトさん。これは高等魔法による結界ですね。どうやらこの奥は封印されているようです。カイトさんなら触れても問題ないとは思いますが、やめておいた方がいいでしょう」
これが、リューネ様の言っていた魔力を感じた原因というやつか?
「私が破りましょう、カイトさんは念のため少し下がっていて下さい。中に何があるかもわかりませんから」
結界を破るためにルカを呼ぶことを既に考え始めていた俺だったが、どうやらリューネ様にかかればこの結界は問題ないらしい。
「わかりました」
俺はそう答え、その場から一歩下がる。
封印の先に何があるかわからない。たしかに警戒しておくに越したことはないだろう。
再び、リューネ様は魔法の詠唱を始める。おそらく魔法で結界を破るのだろう。
数瞬ののち、結界は見事破れる。
そして、開け放たれた扉の先にあった光景は意外なものだった――




