第54話 リューネ
俺の憂鬱を余所に、王妃様は話を続ける。
「おそらくカイトさんの存在が表に出るまでは、彼らはエルフ国、帝都を相手に戦っても勝利を得られると確信していたのだと思います」
たしかに、勝つ自信がなければ自ら戦争を仕掛けたりはしないだろう。しかし、現在国家ランキングで一位の帝都はもちろん、エルフ国も魔法に優れた大国だ。そうやすやすとはやられたりはしないだろう。彼らの自信の根拠は……。
「もしかすると、シリウスという人物は敵陣営に属しているというわけですか?」
「そうだと思います。おそらくシリウスを求心力とし、他国の説得に当たったのでしょう……」
「シリウスという人物はそこまで影響力を持つのですか?」
「シリウスが加わった陣営は必ず勝つと言われています。いえ、実際に今まで勝っているのです」
王妃様の表情は複雑そのものだ。
だが無理もない。そんな人物が敵側にいたんじゃ気が気じゃないだろう。
しかし……強烈だな。そんな者が所属している国に組まないかと誘われたら断るのは困難だろう。むしろ喜んで組む国が大多数だろうな。
「私も実際に会ったことはありませんが、実力、人望を兼ね備えた世界一の冒険者と聞き及んでいます」
なんか話を聞いていると欠点とは無縁の存在のように感じるな。
「もっとも――」
王妃様は、ニッコリと微笑む。
「今は世界二位ですけどね」
それは……つまり……。いや考えるのはよそう。
俺は苦笑いを浮かべるしかない。
「つまり、私の存在が話をややこしくしてしまったということですか……」
俺は強引に話題を戻す。
その言葉に王妃様は大きく頷く。
「ええ、そうです。そして結果的にカイトさんの存在が抑止力として働き、現在は膠着状態になっています」
ようやく繋がった。これで王妃様が礼を言った理由が理解出来た。どうやら知らずに戦争を止めていたらしい……。もちろん全く実感はない。
だが、少々の疑問は残る。
「ですが、それだけで本当に抑止力として機能したのですか?」
「彼らはカイトさんとエリザが知己であることを既に知っていました」
それはそうだろうな。なんせ二人で一緒にいるところを襲撃されたんだからな。
「それに……彼らと交渉の席を設けた際に、エリザが言ってしまって……」
ん? 何の話だ?
「言ったって何を……?」
王妃様が少々言いづらそうに顔を歪める。
「……二人が婚約者であることをです」
え? それは……。
「ということは、私とエリザの婚約はもう既に各国の知るところ……というわけでしょうか?」
「少なくとも、この計画に賛同していた相手国にはすべて伝わっているでしょうね……エリザが勝手にした
こととはいえカイトさんの方は問題なかったでしょうか?」
少し不安気に問いかけてくる王妃様。
問題がないわけではないが、否定はできない。
「はい。事実ですから……全く問題ありません」
王妃様は俺の言葉にほっと息をつく。
元々、エリザに冷静に考えてもらうために保留にしたつもりだったが、まさか彼女自身の手でさらに一歩進めてしまうとはな……。
俺としても彼女の気持ちが嬉しくないわけではない。ただ、自分の立場や本来の実力のせいで、幻滅されてしまうのが怖いという気持ちがどうしても拭えない。まあ自身で蒔いた種だから自業自得なんだけどな。
「それを聞いて安心しました。あの娘は最近カイトさんの話ばかり嬉しそうに話しているのですよ。いつも王と一緒に盛り上がっています」
そう言って王妃様は苦笑いを見せる。
王ってことはエリザの父親だよな?
「こ、国王陛下とも一緒に?」
「ええ、まさか我が娘が世界一の男を捕まえてくるとは! 私の娘は世界一! と言ってエリザとはしゃいでいましたよ」
思い出して堪えられなくなったのか、王妃様の口から笑みがこぼれる。
ハハハ……。喜ぶべきなのか?
「そういえば、一度手合わせをお願いしたいとも言っていましたね」
……全力で断らせてもらおう。
「今回、カイトさんを訪ねる役割も当然エリザがやりたがったのですが、まだしばらくは二人を会わせられません」
王妃様とはよくてエリザは駄目?
「何故ですか? 話はついたのでは?」
「それが、彼らと交わした休戦協定の一部なのです」
ふむ。始まる前から既に休戦状態なわけか。王妃様が普通に俺のところに来られるわけだ。しかし、俺がエリザと会わないことで彼らにメリットがあるのか? 休戦状態なのに?
んー。 どうにもわからないな。
俺が疑問を抱えていることを悟ったのか、王妃様が補足を入れてくる。
「彼らもカイトさんをいきなり敵に回すのは避けたいようです。彼らの中にも慎重論が主流になっているようで、しばらく無茶は出来ないでしょう。しかし、彼らは抜いた剣を鞘に戻さなければなりません」
「それが休戦協定だと……?」
「ええ、いつまで持つのかはわかりませんが……」
だいたいの経緯は理解出来たが……。どうやら俺のあずかり知らぬところで大きくことが動いていたらしい。だが結局エリザと会うのが駄目な理由がわからないな。奴らの狙いは何だ?
疑問は残るが、他にも尋ねたいことがあったので聞いてみる。
「帝都の動きはどうなっているのでしょう?」
「友好国なのに不本意ではあるのですが、帝都に関してはまだ詳しい情報は伝わってきていません。もちろんあちらもそれなりに情報を掴んでいるとは思うのですが……」
ということは、まだ帝都とエルフ国は連携を取っていない? 休戦協定の影響だろうか?
色々とわからないことは多いが、正直このあたりは俺が口を出せる範囲を超えている気もする。
まあ、知性と美貌を兼ね備えた眼前の女性に任せた方が利口というものだろう。
「わかりました。だいたいの事情は理解したつもりです」
「じゃあカイトさん。今度は私から質問をよろしいでしょうか?」
心なしか瞳が輝いているような……。
「どうやってあんなに大量のポイントを稼いだのですか?」
「そ、それはですね……」
俺が教えて欲しい! と叫びたいが、やめておくのが賢明だろう。
俺の所持しているポイントが休戦協定のカギとなっているのだったらなおさらだ。何かの間違いかもしれないと言ったら、不安にさせてしまうこと請け合いだろう。ここは――。
「……上級ダンジョンの攻略に成功したのです」
「やっぱり!!」
王妃様は手をポンと叩く。
嘘は言っていない。攻略したのはついさっきだけどな。
しかし……やっぱりとはどういう意味だ?
「エリザの話を聞いて、カイトさんならもしやと思っていたのですよ。娘も私と同意見で……」
普段のおっとりとした雰囲気は、なりをひそめて興奮気味に話す。
ハハ……。もしかすると、はしゃいでいたのはエリザや、王様だけではないのかもしれない。
そういえば確認していなかったが上級ダンジョンを攻略したのだからさらに俺のポイントはまた増えているんだろうな。後で調べてみよう。
その後、王妃様からさらにエリザの近況等を聞く。
堅苦しい話が一旦終わったことで空気が緩み、あっという間に時間が過ぎて行った。
今日はこの後どうするのだろう?
宿泊を勧めた方がいいのだろうか? だが、王妃様は転移魔法を使える。別に泊まる必要もないわけだ。まあ一応礼儀として、提案だけはしておくか。
「王妃様、本日はよろしければ……」
「それです!!」
王妃様は俺の言葉を遮り、咎めるような視線を向けてくる。
「な、何でしょうか?」
「ずっと気になっていたのですが、カイトさんには以前、姉と呼んで下さるようにお願いしたと思うのです!」
そう言って頬を膨らませる。
見た目の若さも相まって、本当にエリザのお姉さんに見えなくもない。思わずどぎまぎしてしまう。だが、さすがにお姉さんと呼ぶわけにもいかないだろう。
そこまで考えて、ふと思う。そういえば俺、王妃様の名前を知らないな……。。
さんざん話しておいてかなり失礼に当たるのではないだろうか?
「失礼かとは思いますが、お名前を聞かせて頂いてよろしいでしょうか?」
俺の言葉に王妃様は目を丸くする。
考えてみたら、名前を聞かれるようなことはほとんどないんだろう。
そりゃそうだよな。国民だったら当然知っているだろうし……。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。エリザも伝えておいてくれれば良いのに……」
照れ隠しなのか、ここにいない娘に対して悪態をつく。
「私の名前はリューネと申します」
リューネ様か、しっかりと覚えておこう。
「綺麗なお名前です」
掴みのおべっかを忘れない俺。
「ふふふ、ありがとうございます。どうせ社交辞令でしょうけれど」
そう言いながら、リューネ様は髪の毛を指でクルクルと回している。
もしかすると、結構喜んでいるのか?
「でも名前で呼んで頂くのは名案ですね! 娘の婚約者というには、いままで少々他人行儀でしたから」
そう言ってリューネ様は手を叩く。
いや、仮にも王族を名前で呼ぶとは一言も――。
そもそもいいのか?
俺の考えを知ってか、知らずか相変わらずニコニコと笑顔で、どこか掴みどころのないリューネ様だった。
しばらく更新が滞っており、申し訳ありませんでした。
不定期ながらもなるべく間を置かずに更新したいと思ってはいますが、やむをえず空いてしまう時があれば、更新時にあらすじ等を追加しておこうと思います。
書籍の購入、ブックマーク、評価、感想等いつもありがとうございます。とても励みになっております。引き続き作品とお付き合いいただければ嬉しいです。
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