第49話 視察
「わ、わかった。お主の言う通りにしよう」
えっ? 本当に?
自分で言っておいて何だが、まさかここまでうまくいくとは……。
つい、表情が緩みそうになるが、まだ油断するのは速い。
「なら魔法陣が機能しないからさっさと消えてくれ。出たらすぐに上級ダンジョンへ向かう」
「うむ」
精霊はあっさりとその姿を消す。
既に反抗する気はないみたいだ。助かるというだけで満足なのかもしれない。
「……あっ!」
そうだ。
レイア、リヴ。二人のことを忘れていた。
精霊の言葉によると、ボス部屋でさらに試練があるとか言っていたが……。
聞こえるかはわからないが、消えてしまった精霊に再度問いかける。
「この部屋の試練とやらは本来どのくらいの時間がかかるものなんだ?」
あまり返事には期待していなかったが、しばらく遅れて答えが返ってくる。
「試練を受ける者の能力にもよるが、数時間はかかるだろうな……」
「わかった」
つまり、まだ時間はあるということだ。
上級ダンジョンの位置はわかる。
先に行ってきてしまうか? 時間がかかりそうなら戻ってくればいいだけだしな……。
「二人の内どちらかが攻略を終えたら報告してくれ、できるか?」
「二人と言うのはお主と一緒にいた者たちのことか? それならば容易いが……もちろんダンジョン内にいなければ我の声は届かないぞ」
ルカと俺のようにアイテムによる繋がりはないからな、力が及ばない範囲では声は届かないのだろう。
「承知している。じゃあよろしくな」
俺はそう告げて、魔法陣で入口へと移動する。
そして、素早く上級ダンジョンへと向かうことにする。
「たしか地図を見た感じではこの辺だったと思うが……」
急いで、上級ダンジョンに向かったのはいいが、俺はなかなかそれらしい場所を見つけられないでいた。
誰かに聞こうにも、人通りが少ない。
アール王国の外れに位置するこの場所は、上級ダンジョン以外に目ぼしい施設などはないみたいだ。よって人がいないのも無理はないのだろう。上級ダンジョンに用事がある奴もそうそういないだろうからな。
しばらく歩きまわっていると、ようやく一人の人物を見かける。
おそらくこの国の兵士だろう。見覚えのある鎧を身に纏っている。
近づいて声をかけてみる。
「すまないが、道を教えてくれ」
「ん? 道を間違ったのか? ここは若い冒険者が来るような場所じゃないぞ」
どうやら、この付近の地理に明るいようだ。俺は早速ダンジョンの場所を尋ねる。
「いや、このあたりにダンジョンがあるはずなんだ。場所を教えてくれ」
「ははーなるほど」
兵士はそう言って意味ありげに笑う。
「たまにいるんだよ、おまえさんみたいな奴が……大方、初級ダンジョンと上級ダンジョンを間違えたんだろう? この付近にあるのは上級ダンジョン。おまえさんの目的は初級ダンジョン。どうだ? 当たってるだろ? 」
なるほど。たしかに地図上で初級ダンジョンと上級ダンジョンの間に、さほど距離はない。
誤解されても仕方ないとは思うが……。
「生憎だが、俺が探してるのは上級ダンジョンなんだ。場所を教えてくれるか、案内してくれると助かる」
「は? あんなところに行っても何もないぞ? 付近に兵の詰め所があるくらいで……わかった!! 父親が我がアール王国の兵なのだろう? それで会いに来た。どうだ?」
どうしても先読みして当てたいみたいだが、残念ながらすべて外している。
「違う」
「……んん、わからん。何かヒントを」
「べつに当てなくていいから。とにかく場所を言うか案内をしてくれ。困っているんだ」
重ねて兵士に頼む。
どう頭でシミュレーションしてもこの兵士にきちんと説明する時間は無駄にしかならないからな。
「……わかった。案内してやろう」
渋々といった感じだが、どうやら納得してくれたようだ。
ダンジョンへの道中に目的を幾度となく聞かれたが、着いたら話すと言ってごまかした。
元より説明はするつもりだったので、問題はない。正式な許可も貰っているわけだし。
上級ダンジョンが見える位置にまでたどり着くと、早速兵士から質問が飛んでくる。
「それで、おまえさんは一体何の用でこんな場所に? わかっているとは思うが、このダンジョンは許可がないと入れないぞ? それ以前にこのダンジョンにソロでの出入りが許可されたなんて話は聞いた試しがない」
どうやらまだ許可の話は通ってないようだ。さすがに速すぎたな。
「そうだな……とりあえずここの責任者を呼んで来てくれ」
兵士は俺の言葉に怪訝な表情をみせる。
「一体どういう……」
俺は兵士の言葉を遮り続ける。
「とにかく、責任者を連れてきたら話すから……あそこに見えるのが詰め所だろ? 時間もかからないはずだ」
「ま、まあそうだが……」
この兵士に許可証を見せても間違いなく責任者を呼ぶ……という展開になるのは目に見えている。
だったら一度に済ませてしまった方がいい。
その場で待つこと数分。
兵士を先頭に一人の男がそれについてくる。
「この若い冒険者です」
そう言って兵士は俺を指差す。
「私がここの責任者だが、一体何の用だね?」
「上級ダンジョンへ入る許可が欲しい。これ許可証ね」
俺はあっさりと用件を告げ、ギルドで貰った黒い許可証を提示する。
まさか本当に使う羽目になるとはな。
「黒? 隊長、黒の許可証なんてありましたっけ?」
「いや、見た記憶がないな……」
それは仕方がないな、発行されるのが初めてだと言っていたから……。
責任者と言った男はどうやら隊長というのが本来の肩書きらしい。
話のわかる男だと助かるんだが。
とりあえずできる範囲で説明してみるか。
「ちなみに、その色の許可証は初めて発行されたらしいぞ? だから見た覚えがないのは無理もない」
その言葉に思い当たる節でもあったのか、隊長は劇的な反応を見せる。
「ちょ、ちょっと待て。確認してくるから待っているんだぞ!!」
「た、隊長!?」
詰め所に戻って行く隊長と、それを追う部下。
まだ時間がかかりそうだな……。
再び待つこと数分。
今度は隊長を先頭に一直線にこちらへと向かってくる。
「すみません。もう一度さっきの許可証を見せてもらえますか?」
戻って来たら、隊長が敬語で話しかけてくる。
すごい変わり身だな。
なにか確証を得たのか?
断る理由もないので、素直にもう一度提示する。
「ほ、本物ですね……紛れもなく。それにしても……まさか黒とは……」
「……」
兵士に至っては声も出ないようだ。それだけこの許可証がすごいということなのだろうけど……。
まあ、ギルドでの説明を聞く限り、黒の許可証は少なくとも上級ダンジョンの最難関を単独で攻略しなければもらうことができないらしいからな……。偽物を疑うのが普通なのかもしれない。
俺の場合はそれプラス、年齢や容姿のせいで異質さが際立っているのだろう。
とにかく、本物だと証明されたらしい。
俺にはわからないが見分け方があるのかもしれない。
「とにかくこれで話は済んだな? ダンジョンへ入らせてもらっても文句はないな?」
「あ、ありません……ですが」
「ですが?」
まだ何かあるのか?
あまりダンジョンに入るまでに時間はかけたくない。
「申し訳ありませんが、少々お時間を頂くことはできないでしょうか?」
「何のために?」
イライラが募ってきたので、少し口調がぞんざいになる。
相手側にもそれが伝わったようで、ひたすら恐縮している。
悪いことをしたかもしれない……とすぐに思ってしまうあたり、俺は悪役には向いてないらしい。
「黒い許可証が発行されたことがまだ公になっていなかったものですから……今、ギルドへ使いの者を出し、確認させに行っているところでして……」
そんなことか……。
実際、やましいことなどないのだから問題は起こり得ないだろう。
仕方がないので、俺は少々強行策に出ることにした。
「わかった……上級ダンジョンの攻略は待つことにする。しかし待ち時間の間、少し視察がしたい。どうだ?」
「わ、わかりました。少しの間でしたら許可をしましょう。ですが、もちろん護衛等はつけられません」
「元から期待してないし、いても足手まといだ」
俺の言葉になんら反論の余地はなく彼らは黙るだけで言葉を返すことができなかった。
上級ダンジョンで自分たちがなんら役に立たないということを彼らは自覚しているのだろう。
もっとも、俺だって全く役には立たないだろうけどな……。
俺は、許可を得て上級ダンジョンの『視察』へ向かった。
視察と言ってダンジョンへ入ってから数分後、俺はふたたび地上へと戻って来ていた。
隊長が笑顔で迎えてくれる。
「よくぞ、ご無事で!!」
俺はその言葉に頬笑みながら答える。
「ありがとう」
しかし、隊長の表情が暗いものに変化する。
「ですが、まだ使いに出した者が戻らないのです。今しばらくお待ちを」
俺は鼻を掻きながら答える。
「やっぱりいいや。帰る」
「はっ!?」
呆けた顔をしていたのでもう一度告げる。
「だから、帰るって」
「ええと、ダンジョン攻略はよろしいので? ギルドの裏付けが取れれば国の力が頼れます。あなたほどの実績を積んだ方がいるのでしたら、国を挙げての攻略支援もありえるかもしれません」
俺は少し考え、何を言うべきか悩んだが、シンプルに答えることにした。
「……いや、興味ない。じゃあな」
「そ、そんな……」
彼らに背を向けて立ち去る。
さて、レイアとリヴの試練は終わっているだろうか?
急いで戻らないと……。
アール王国の上級ダンジョンが攻略されたという大ニュースが国中を駆け巡ったのはそれからしばらく後のことだった――。