第48話 ダンジョンでの交渉
俺の言葉を聞いた精霊は、激しい動揺を見せる。
どうやら本当に先程の攻撃は全力だったみたいだな。
以前、ダンジョン攻略時に得た、魔力吸収の効果がある称号が役にたったようだ。
「そ、そんな馬鹿な……そんなはずは……」
信じられないものを見る目で俺を見つめてくる。
よほどショックだったのだろうな。
「そんなはずはない!!」
そう叫び、精霊は再び魔法を繰り出してくる。
しかも、連続で……。
おいおい、ふざけるなよ?
……約束が違うじゃねえか。
俺は、必死に涼しい顔をしながら、魔法の直撃を連続で耐える。
……やっぱり怖い。大丈夫だとはわかっていても、簡単には慣れそうもない。
「話が違うな……こんな酷い魔法を見せられるのは一度で十分なんだが?」
実力の違いを印象付けるため、あえて挑発するような言動を取る。
連続魔法に耐え、平然と喋る俺に対し、精霊はさすがに諦めて魔法の使用をやめる。
「我の魔法が酷いだと? 普通の魔法使いが使ったのではないのだぞ!? 炎の精霊たる我が……」
「別にあんたの魔法が平均以下だなんて言ってないさ……単純に俺を相手に使う魔法としては力不足って言っているだけだ」
言い訳がましい精霊の言葉を遮り、俺は俺で好き勝手にほざくことにする。
なんとかここで上下関係を確定させて、早めに主導権を握りたい……。
精霊なら魔法戦が得意だろうが、仮に通常攻撃のみでこられたら確実に俺の方が負けそうだしな。
「我が力不足と申すか……?」
「そう言っている。はっきり言って雑魚だな」
「……雑……魚?」
雑魚扱いされたことなどなかったのであろう、体が微妙に震えている。
俺は放心状態の相手に畳みかける。
「そういえば、お前……約束を破ったな。わかるか?」
「……」
相手からの反応はない。
よほどショックだったのかもしれない。ちょっとだけかわいそうな気もするな。
俺も本気だから同情はできないが……。
「一度という約束を破り、お前は何度も魔法攻撃をしてきた。一回という約束さえ守れば、俺も反撃する気は起きなかった」
「そ、それは……」
既に精霊は自信を無くしているようだ。
全力で攻撃して来いと自信満々に俺に言っていたのが随分前のことに感じられる。
「まあ、この際問答は無用だな。わかりやすくいこう。罰として、今度はお前に全力の一撃を受けてもらう」
「……待て、それは!!」
精霊はすっかり怯えている。
自分で言っていた条件にさえ尻込みしている様子だ。
「おいおい、さっき自分でも言っていた条件じゃないか? 俺はできれば殺したくないと思っていたから立場を入れ替えたんだ。 わかるか? さっきも言ったが俺は一度も冗談を言った覚えはないんだ」
ほとんど嘘ばっかりな気もするが……。
既に相手はそれを見抜く余裕はないのかもしれない。
精霊は少し前に俺が言った言葉を思いだし、反芻しているみたいだ。
「思い出せたか? 俺がもう一度言ってやろう。手加減が得意じゃないからお前を殺してしまいかねない……と言ったんだ」
精霊の表情が強張る。
しっかりと思いだしたのだろう。
「つまり、これから本気でお前に攻撃するわけだが……お前は確実に死ぬことになる」
はっきりと告げられ、精霊の顔が恐怖で歪む。
「おっと……逃げようなどと思うなよ? 俺はお前のような雑魚とは比べ物にならないくらい強力な精霊が使役できる。彼女は俺ほど慈悲深くは無い。楽には死ねないぞ?」
話をつける前に消えられたら面倒なので、あらかじめ牽制しておく。
とってつけたような嘘っぽいが、冗談を言わないと宣告してあったのが効いたのか、楽に死ねないと言われたのが効いたのかはわからないが、とりあえず逃げる気はなさそうだ。
もちろん実際にルカと、この精霊の力関係はわからない。適当だ。
精霊の様子を見るにだいぶ混乱している。
もしかすると、ここまでの逆境に陥ったことがないのかもしれない。
好都合だ。
余計なことを考えられても厄介だからな。
俺は最後のひと押しとばかりに戦闘の構えを取る。
「覚悟はいいな?」
あえて精霊と同じ言い方で、攻撃の意思表示をする。
さて、正直ここからは相手の行動は予見できない。
だが、恐らく精霊の行動は三パターンのどれかだとは予測できる。
甘んじて死を受け入れようとするのか、もしくは再び攻撃に転じて来るか、それとも、まずあり得ないと思うが……命乞いをするかだ。
もちろん精霊がどの行動を選択するかで、俺の行動も変わってくる。
できればこの三択から選んで欲しいのが本音だ。それ以外だとチャートを構築するのに少々の時間が必要になってしまうだろう。そうなると逆にこちらが苦しくなる可能性もある。
俺の実力では力でゴリ押すことができないからな……。
まあ、今ごちゃごちゃ考えても仕方がない。
とりあえず試してみるしかない。
「行くぞ!!」
警告の意味を込めて叫ぶ。それと同時に俺は精霊に向けて突進を開始する。
俺の予想では、本命は死を受け入れる……だ。
人型の精霊という高位な存在、そのプライドの高さ。最大の攻撃を防がれたことでの絶望……。
総合的に加味して一番可能性が高そうだ。
その場合の俺の予定している行動は、寸止めだ。
そこから強引な話し合いに持っていく。それが俺の作ったチャートだった。
もっとも俺の腕だと寸止めにならずに当たってしまうかもしれない……。まあそれはそれで構わない。
どうせ俺の力じゃ相手は死なないしな。
「ま、待て!」
精霊からの大きな声が飛ぶ。
俺は声に従い突進をやめる。
ん? 俺の予想は外れたのか?
黙って次の言葉を待つ。
「た、頼む。約束を違えたことは謝罪しよう。我はまだ死にたくない!」
精霊がプライドを捨て悲痛な叫びを上げる。
まさかの大穴だな……。
精霊も自分自身の死に関しては寛容ではいられないようだ。
だが、この状況は一番利用しやすい。
完全に主導権が握れるからな。
「謝っただけで許すとでも?」
なんかドSになった気分だ……。
まあ、これはこれで新鮮だ。
本当のことがバレたら八つ裂きにされるんだろうけどな。
「な、何が望みだ? 我が所持する特殊なアイテムを差し出してもよいぞ」
「心外だな。物で釣られると思うか?」
「そ、そんな……ど、どうしても我を殺すと申すのか?」
内心、話に飛びつきたくなるがぐっと堪える。
精霊から貰えるアイテムは喉から手が出るほどほしいが、欲望全開になるタイミングは今じゃない。
それに、アイテムよりも別の何かに精霊を利用できないだろうか? こんなチャンスは二度と来るかわからない。できれば最大限生かしたい。
俺はひとつの可能性に思い当たったので、精霊に問いかける。
「お前がこの国のダンジョンを管理しているのだろう?」
「……そうだ」
精霊は怯えながらも答えを返す。
とりあえず俺の考えが正しいことの裏は取れたな。
引き続き問いかける。
「中級や上級ダンジョンもお前が管理しているのか?」
「無論だ」
なるほど、これは試す価値は十分にある。
「お前の首が繋がる方法を思いつたぞ」
俺はにこやかにそう告げる。
「本当か!!」
精霊がものすごい勢いで食いついて来る。
「今、俺は時間がないんだ。急いで国に帰りたい。だというのに訳あってこの国の上級ダンジョンも攻略しなくてはいけない……」
本当は中級ダンジョンの攻略までで十分だが、あえて話を盛る。
相手には俺の事情などわかるはずもないからな。
俺はさらに精霊に対して発言を続ける。
「俺はお前の作ったくだらない低級な試練はもううんざりなんだ。そんなことで時間を食うのもな」
「な、何が言いたいのだ?」
「つまり、いまから俺が上級ダンジョンを攻略に行くから何ら障害を置くな。お前の作った試練など俺にかかれば簡単だが、何より今は時間が惜しい」
俺が考え導き出した最大限の見返りは……上級ダンジョンの攻略。
これが本当に成立すれば成果はすごいことになりそうだ。
さて、精霊の答えは是か非か……。
俺は静かに答えを待った。




