第47話 ボス部屋での闘い
ボス部屋の中に入るとそこには精霊とおぼしき存在が見える。
ルカのように存在感は希薄だ。おそらく間違いないだろう。
やはりこのダンジョンは帝都のダンジョンのように精霊が管理しているみたいだ。
だが、さきほど寄ったギルドでは初級ダンジョンの奥に精霊がいるなどという話は聞かなかったが……。
「我が魔力結界が力づくで破られたと思って来てみたら……驚いたぞ、まさか普通の人間とは」
精霊が口を開く。
口振りから察するにどうやら俺を待っていたように感じる。
仄かに赤い体、しかし見た目は人間にそっくりだ。
おそらく、エリザの言っていた人型の精霊の一種だろう。つまり精霊種の中でも高位の存在ということになる。
しかし、どうやら結界を破ったのはルカだとは気がついていないようだ。
とりあえず、姿を現した目的を探ることにする。
「このダンジョンの最深部に精霊がいるとは聞いていなかったな……」
俺の言葉に眼前の精霊は眉をひそめる。
「ほう、我を見ても物怖じしないどころか、精霊ということまで見抜くとはな。お前はいったい……?」
いくら精霊だからといって、人間と全く相容れないわけではないのはルカを見ればわかるからな。
むしろルカと接するように普通にしたほうが心証が良い可能性が高そう……というのが俺の結論だ。
まあ、ルカを基準に考えるのもかなりリスキーな気もするが……。
「精霊を見るのは初めてじゃない……もっとも、俺はただの冒険者だけどな」
俺の答えに、精霊は声を上げて笑いだす。
「ハッハッハ、ただの冒険者が我の魔力結界を破ったと言うのか?」
別に俺が破ったわけではないが、ここでルカの存在を話していいものか判断に迷った。
実は知り合いという可能性もあるし、全く知らない者同士ということもありえる。
もしかすると犬猿の仲ということもないわけじゃない。
俺は考えた末に、現状はルカの存在は隠すことに決めた。
戦いになったりはしないと思うが、いざという時に切り札になってくれる存在だ。
できれば悟られたくはない。
「嘘は言ってないさ、現に結界は破られただろ?」
「たしかにな……だがお前が我が魔力を超えるとはとても思えんな。もうひとりの男にしたってそうだ」
もうひとりの男?
リヴのことだろうか?
正解……と言ってやりたいが、教えてやる必要もない。
俺は強引に話題を変える。
「それで、結界を破られたのを確認しに来ただけなんだろう? このダンジョンは攻略ということでいいんだよな? それともボス部屋でもなにかやらなくてはいけないのか?」
俺の問いかけに対し精霊は少し思案顔になるがすぐに回答する。
「うむ……たしかにここで通常なら最後の試練があるが、お前の実力が本物であれば、至極簡単な試練になるはずだ。なにせここは初級のダンジョンだからな」
「なら早く頼む」
最速攻略を狙っている身からすれば、完全に無駄な問答なので、自然と本音が出る。
「……まあ待て、お前たちのように結界を力技で破ってくる連中は初めてなんでな。少し力が見たい」
精霊というのは戦闘狂が多いのか? ルカといいこいつといい……。
相手の態度から察するに、どうやらこちらの実力に興味津々なご様子なので、おそらくこのまま帰してくれることはなさそうだ。
しかし……こいつが納得するような力となると、やはりルカに頼むしかないかもしれない。
俺はしばらく考えるが妙案は浮かばず諦めてルカに助力を請うことを本格的に考え始める。
いや、ちょっと待て。やりようによっては、あるいは……。
俺には思い当たることがあったので精霊に問いかける。
「力を見るって具体的に何をさせるつもりだ?」
「……そうだな、我にお前が持っている最大の力で攻撃してみろ。もちろん反撃はしない」
なるほどな……。
わかりやすい方法だ。
だが、そのやり方ではこちらに問題がある。変更を願おう。
俺は努めて真剣な表情で精霊に問う。
「ちょっと待て。俺は手加減が得意じゃないんだ。お前が死んだらどうする?」
俺の発言を受けた精霊が目を丸くする。
そしてさきほど以上の大きな声で笑う。
「ガッハッハッ!! 我に対して信じられん発言をする奴だなお前は、おもしろい冗談だ」
しばらく、笑い続けるが俺が表情を崩さないことが異様に映ったのだろう。
表情を落ち着かせ、質問してくる。
「まさか本気で言ったのか?」
「もちろん」
俺の答えに納得がいかないようだ。
まあ当然だな。人間にここまで舐めた発言をされたのはきっと初めてのことだろう。
精霊は何か考えついたのか、不気味な笑みを浮かべながら話す。
「では我が攻撃を受けるのではなく我が攻撃する……というのはどうだ? 我はそれでもかまわんぞ」
おそらく、俺の恐怖心を煽るつもりなのだろうな。
しかも、俺が受けないと確信しているように感じる。
当てが外れて残念だったな。
「わかった。そうしよう。縁もゆかりもない精霊であっても、流石に殺すのは忍びないからな」
俺の言葉を聞き、さすがに精霊も心に炎が灯ったようだ。
「人間……冗談ではすまんぞ?」
「俺は一度だって冗談を言ったつもりはないが?」
「ハハ……良く言った! では我の攻撃を受けることでその実力を証明してもらおう」
とりあえず時間がかかるのは避けたい、条件をつけさせてもらうか。
「わかった。だがひとつ条件がある」
「なんだ? もう怖気づいたか?」
「少しずつ攻撃を強くしようなんて思っているのかもしれないが、時間がかかるのは性に合わない。試されるのも好きじゃないしな」
「何が言いたいのだ?」
少々回りくどかったせいかあまり伝わらなかったようだ。
「つまり、攻撃は一回にしてくれ。もちろん全力でかまわない」
精霊は驚きの表情を見せる。
「……ひとつ言っておくが、我は人間を殺すことなんてなんとも思わんぞ?」
「俺も精霊を殺すことなんてなんとも思わないな……まあ、殺生は苦手だから多少寝覚めは悪くなるかもしれないけどな」
精霊の表情が一段と険しくなる。
おそらく手を抜くことはしないだろう。
「よく言った人間。 覚悟はいいな?」
「ああ、いつでも構わない」
俺が返事をするやいなや、精霊の身体が光を帯びる。
たぶん魔力だろう。その光はルカが破った魔力結界より遥かに強力に見える。
はは、こいつはすげえな……。
本当に手加減しないみたいだ。
気付けば俺の手足は少々震えていた。
落ち着け……ビビってどうする?
こっから先が勝負なんだ。相手に悟られるのはまずい。
「光栄に思え……我が最強の魔法で消し炭にしてくれる!!」
おいおい、力を試すどころか完全に殺しにきてないか?
俺の疑問が言葉になる前に、精霊の手から魔法が放たれる。
その魔法を言葉で表すのなら、さながら巨大な炎の龍だ。
轟音を響かせながらこちらへと向かって来る。
ルカが以前使用していた水の最上位魔法は水龍だった……つまりこれは、炎の最上位魔法ということだろう。
その魔法に対し、俺の取った行動は――ただ、立ち尽くすのみだ。
一瞬にして炎の龍が俺を飲み込む。
「まさか避けようともせんとは……話にならん」
俺の耳に精霊の呟きが聞こえる。
炎の龍が俺に直撃したにも関わらず俺の耳は正常に音を拾うようだ。
……なるほど、つまり俺は生きている。
炎の龍はいまだに俺を包んで離してはいない。
そんな状況にも関わらず、周囲の空気が熱いと感じる程度にしか変化はない。
もちろん身代わりの指輪が発動した形跡もない。
どうやら俺の予想通りの結果になったようだ。
指輪も持っていたし、九分九厘大丈夫だという確信があったが、だとしてもやはり恐怖は感じた。
……生きてるって素晴らしいな。
しかし、ここまで効果時間の長い魔法だと仮に身代わりの指輪が発動してたとしても、俺の命は助かったのだろうか……?
考え出したら怖くなってきたので、これ以上考えないことにした。
俺は今生きてる、それで十分なはずだ。
たぶんな……。
さて、ここまでは計算通り。
ここからが本当の勝負だ。
俺は気持ちを落ち着けるため、冷静になれと自分に言い聞かせる。
そして表情はポーカーフェイスを装う。
炎の龍がだんだんと消えて行く。
俺は、龍が直撃した時の姿勢そのままに立ち尽くす。
完全に炎が消えると、精霊と俺の間を遮るものは何もない……自然と視線が合う。
とりあえず素直な感想を口に出すことにする。
「話にならない? 今の魔法がか?」




