第46話 知識のダンジョン(初級)3
いっそこのまま二人には何も言わずに、ひとりで階段を降りてしまおうか――と思わないでもなかったが、さすがにマズイので仕方なく二人のいる石板前に向かう。
「どうだ? 順調か?」
とりあえず探りを入れる。
「カイト様……それが」
「微妙なんだ」
二人の表情は優れない。
「何かあったのか?」
「……石板を見て頂ければ、おわかり頂けるかと」
そんなに難しい内容が書いてあるとは思えないが。パズルとしては簡単なものだったしな。
俺は二人の間に割って入り、石板の前に立つ。
えっと、なになに。
「……」
よ、読めない。
石板の上部に数字の5と書いてあり、あとは石板の左半分に文字が、右半分に数字が羅列されている。
だが意味は全くわからない。そもそも左側の文字群も文章になっていない。
なるほどな。
とりあえず、二人の戸惑いの理由はわかった。
俺と一緒で単純に書いてある意味がわからなかったということだろう。
……それにしても、これは暗号というやつなのだろうか?
真剣に解いてみてもいいが、既に先へ進む階段は出現している。
あまり時間を無駄にするのもな……。
「簡単に言うと絵を揃えろということだな」
俺は表情ひとつ変えることなく、暗号らしきものを読んでみせる。
もちろん、読み方がわかるわけでもない。ギミックの内容から逆算しただけだ。
「ま、まさか……読めるのですか?」
「おいおい、本当かよ」
レイアとリヴが詰め寄って来る。
まあ無理もない、自分たちが苦労している暗号を一瞬で読み解いたようにみえただろうからな。
「ああ、大体の意味は合っているはずだ」
「な、何故そんなことがわかるのですか?」
「それはだな……」
暗号がすぐに解けるものならその解き方を説明してやればいいが、さすがに考える時間が少なすぎる。
俺は適当な返事をしつつ、既に出現している階段の方へ二人を誘導する。
「説明をするから少しこっちへ来てくれ」
階段前まで到着した二人はさすがに驚いたようだ。
「……こ、これは」
「これは先へ進む階段なのか?」
俺はリヴの言葉に頷く。
「見ての通りだ。説明はこれで十分か?」
俺はこれが説明だと言わんばかりに堂々と胸を張り、そして宣言する。
もちろん十分なはずはないが色々と突っ込まれても厄介だ。特にレイアには……。
すでに道が開けていることを知れば、リヴの方はここでの細かい説明などは蛇足に感じるはず。
だとすると、レイアにさえ納得してもらえばいいという訳だ。
まあそれが少々厄介かもしれないが……。
「……カイト様、今回は私たちにまかせてくれるという話ではなかったでしょうか?」
「誤解して欲しくないが、階段が現れたのはたまたまだ。暇つぶしに絵合わせを楽しんでいただけだからな」
「……たまたまですか? それに絵合わせってどういうことですか?」
そう言いながらレイアは懐疑的な視線を向けてくる。
無理もない。俺はレイアとリヴに絵合わせの状況について簡単に説明する。
だが、レイアは納得したようには見えない。
参ったな、文句を言われてもかなわないからな、さらに念を押しておくか。
「絵合わせ自体は楽だったからな、つまり今回難しかったのは石板に描かれていた暗号だった……ということだろう。運がなかったな」
パズル自体は簡単だったと強調することでなんとか納得してもらおうとする。
「運とおっしゃいますが、カイト様は暗号もすぐに解いてしまいました。せめて説明して頂けないでしょうか?」
やぶへびだったか……。
あえて石板の暗号から意識をそらすよう仕向けたはずだったのにな。こうなっては仕方ない。
「……そうだな、わかった」
俺はそう答え、二人を再び石板の前に連れてくる。
少々時間がかかったが、俺は石板の暗号におおよその見当がついていた。
「実は……この文字と数字の羅列は暗号になっているんだ」
「そこまでは俺たちにもわかったんだが……」
リヴの言葉にレイアもコクリと頷く。
「まあ聞け。まず左半分に書かれている文字の羅列を見てくれ。このままでは全く意味が通じない文章だが、文字をずらすと意味がわかるようになっている」
「文字をずらす? どういうことだ?」
答えをもったいぶるつもりはない。
そもそもこの説明自体が時間の無駄だしな……。
「……わかりました!」
俺の言葉でピンときたのか、レイアがいつもより少し大きな声を上げる。
これだけのヒントでわかったのか? だとしたらたいしたものだが。
「じゃあ左上の文字はなんて読める?」
「太陽……でしょうか?」
「……正解」
本当にわかっているとは……。
やはり彼女は頭の回転が速いようだ。
「おい、俺にもわかるように説明してくれ!」
「……私もまだすべて理解できた訳ではありません」
さっさと説明してしまうか。
「簡単に言うとこれは初歩的なシーザー暗……」
待て。
シーザーはこの世界の住人じゃない。
シーザー暗号と言ってもこの二人がわかるわけがない。
この世界での呼び名なんていうのだろうか?
そもそも名前がついているとも限らないが。
もちろんこの世界にもシーザー暗号はあるだろう。
だが、二人が知らなかったところをみるとあまり一般的ではないのかもしれない。
もっともサンプルがこの二人って時点で一般的という感覚からは、かけ離れている気はするが……。
俺は一つ咳払いをして、説明を開始する。
「簡単に言うと、これは文字をずらすことで初めて意味のわかる暗号の一種なんだ」
二人は黙ったまま静かに聞いている。
「三文字ずらすのが一般的だが、特に決まりはない。今回の場合は、石板の中央上に5と書いてあったからそのまま5文字ずらすだけでいい」
「なるほど……」
リヴも理解できたみたいだ。
レイアは黙ったまま頷いている。
シーザー暗号は、初歩的な暗号だ。
ドラマや映画は言うに及ばず、推理ゲームなどにもよく登場する。もちろん俺は推理ゲームのRTAの経験もはあるが……。
ただ、推理ゲームのRTAはあまり思い出したくない。
ゲームの性質上ほとんどが、テキストを読むタイプのアドべンチャーだ。
ほぼ選択肢の選び方と、メッセージ送りのボタンを押すタイミングで決まるからな……。
まあ、最大の欠点はテキストをすぐ次のページへ飛ばすから話の内容が理解できないことだけどな。
「……カイト様」
レイアに不意に声をかけられる。
どうやら俺の思考はかなり脱線していたようだ。
「説明を続けよう。左側の文字に対して右側の数字は、模様を何回ずらすかということだ。二人は見ていないが床を踏んで模様を動かす仕掛けがあったんだ」
右側の数字に関してはさほど自信がない。そもそも最初の模様の位置なんて既に綺麗さっぱり忘れている。
覚えてないのだから確かめようがない。
だが、確かめようがないのは他の二人も同じこと。つまり二人から突っ込みを受ける心配はないということだ。
「説明は以上、先へ進もう」
俺は二人に背中を向け階段へと歩き出す。
二人とも文句はないようだ。
どうやら納得してくれたらしい。
次の階層へと進むと、やはり同じくフロアの中央に石板がある。
さっきまでの階層の件もあるし、ここはおとなしくしておくか……。
俺は自然と二人を先へ行くように促す。
しかし、二人は応じる気配をみせない。
「ん? 二人とも今度は邪魔しないから先に確認してくるといい」
「……いえカイト様、それには及びません」
「ああ、今度は一緒に来てもらおう。また勝手に解かれてもつまらないしな」
二人は示し合わせたようにそう言うと、俺を強引に石板の前に引っ張って行く。
その後の初級ダンジョンは俺を除く二人の独壇場だった。
初級ということもあっただろうが、特に手を貸す必要もなく、階層をパスしていく。
まあ手を貸すこと自体許されなかったが……。
俺たち三人は特に苦もなく、五階層に辿り着く。
通路を進んで行くと、大きな扉が見えてくる。
ギルドの情報によるとここがこのダンジョンの最下層だ。通常のダンジョンだったらボスの部屋だが、このダンジョンは敵がいないという話だからな。
これで攻略完了だろうか?
俺は、はやる気持ちを抑えつつも扉へと手を伸ばす。
「……カイト様、お待ちください」
俺の動きはレイアの声により止まる。
「ん? どうかしたか?」
「……どうやらひとりずつ入らなければならないようです」
レイアの視線を追う――すると扉の脇に文字が浮かび上がっていた。
「ふむ、たしかに姫の言う通りひとりずつって書いてあるな。とりあえず従った方が無難だろう」
リヴの言うことももっともだ。逆らう理由はないだろう。
とすると問題は誰が最初に行くかだが……。まあ考えるまでもないだろう。
「まず俺が最初に行って様子を見てくる。万が一にも危険はないと思うが、絶対ではないからな……」
とりあえず宣言しておく。
本音は最速攻略が達成できる可能性が有るためだが、もちろん言う訳がない。
「カイト様、ここは私が……」
何故かここでもやる気を発揮するレイア。
さすがにここは譲れない。
「いや、たしかに魔物がいる可能性は低いが、少しでも危険が有りそうな場所へレイアを一人で連れていく訳にはいかない。わかってくれ」
「……しかし」
レイアはまだ納得していないようだ。
役に立ちたいという気持ちは非常に助かるのだが、この場面はさすがに引けないな。最速攻略の件を抜きにしても俺が行くのが最適だろう。次点でリヴだ。彼女が行くという選択自体あり得ない。
「まあまあ、姫。ここはカイトにまかせておいた方がいい。男はこういう時には格好つけたくなるもんなんだよ」
リヴ……それはちょっと違う気もするが。
だが折角だ。リヴに乗っておくか。
「ということだ。ダンジョンでは中盤以降出番がなかったからな……。せめてこのくらいの格好はつけさせてくれ」
表情を引き締め、レイアの目を見ながら言う。
だが、相変わらず彼女の心中は計れない。
相変わらずのポーカーフェイス……ん? 一瞬、頬が少し赤くなったような。
俺は再び彼女の表情を観察する。
「……わかりました。ここはカイト様におまかせします」
うん。まったく普段のどおりの様子だな……。どうやら気のせいだったか。
まあ許可も下りたことだし、さっそく部屋の中に入りますか。
「じゃあ行ってくる。危険が有りそうだったら一度戻ってくる」
俺は二人にそう告げると、扉の中へと入っていった。




