第45話 知識のダンジョン(初級)2
念のために確認しておくか。
俺は魔力結界が消えた扉に近づき、恐る恐る扉を押してみる。
すると、案の定扉は音を立てて開く。
どうやら本当に通過できるようだ。
……咄嗟の思いつきだったが、結果的に大成功だったみたいだ。
まさか結界を張った者も、ルカのような常識外れの魔力を持つ者がダンジョンを攻略するということを想定していなかったのだろう。
だが……。
二人には何て説明したものかな。
自然と視線が二人の方へ向く。
石板の前で話し合いをしているように見える。
彼女らが、先程の出来事に気がついた様子はない。
どうやら真剣に謎解きをしているみたいだ。
謎解き自体は俺も好きだが、さすがに意味のない謎を解いても仕方がない。
俺は扉が開いたことを伝えるために、二人の元へ向かい声をかける。
「二人とも、謎解きのことなんだが……」
真剣に会話をしている二人に割って入る。
気がついた、レイアが少々得意気に報告してくる。
「……カイト様、お聞きください。この最初の石板の謎が解けました」
「俺も協力したんだぞ」
リヴもきっちりと主張する。
な、なんか言いづらい雰囲気だ。
「……カイト様、石板のこの部分をご覧ください。ここに――」
レイアが俺への説明を始めようとしてくれたが、俺はそれを制する。
「お前たちには言いにくいんだが、既に扉は開いている」
二人は何を言ってるんだとでも言いたげな視線を俺に向けてくる。
「もういちど言うが、扉は既に開いているんだ……つまり、もう謎を解く必要はないんだ」
俺の態度がふざけているものじゃないと理解したのか、二人は同時に視線を扉の方へと移す。
「……本当だ、扉から魔力が消えている」
「……」
レイアは無言で扉を見つめている。
「……カイト様、どういうことですか?」
心なしか、レイア口調が厳しい気がする。
気のせいだと思いたい。
「もしかして……この短時間に謎を解いたのか?」
二人から同時に問い詰められる。
リヴにいたっては、謎解きをしたと勘違いしているようだ。
まあ、リヴ曰くあの結界は強力だったらしいからな……そもそも結界を破るという発想が出ないのかもしれない。
乗っかるのも手か? 俺は考えながら二人に対し返答する。
「……まあ時間切れということだな」
「……時間切れ?」
「二人がどれくらいの速さで謎を解くかを見ていたんだが……あまりにも時間をかけ過ぎていたんでね」
「そ、そんな! まだ五分くらいしか……」
「そういえば、カイトは真っ直ぐ扉に向かっていたよな? もしや……あの時点で既に謎が解けていたのか?」
「ああ、鋭いな」
二人の驚愕とした視線が俺へと向く。
「そんな……残りの石板も見ずに謎を解くなんて……ありえないです!」
さすがにレイアは納得しない。
当然だな。
「どうしても説明が欲しいなら、してやらないことはないが……事実としてあの扉は開いている。それで十分じゃないか? 」
少し考える素振りをみせた後、リヴは同意してくれる。
「たしかにな、既に終わった謎解きの種明かしをするより、先に進んだ方が建設的だろう」
どうやらリヴは謎自体にはあまり興味を抱いてないようだ。あくまで攻略することが目的なのだろう。
俺とリヴ、二人の意見が一致するとレイアもさすがにこの場でそれ以上の追究をするつもりはないらしい。
ただ、表情と言葉には出さないだけで内心ではどう思っているかはわからない。もしかすると、エレノアに帰った後にあらためて聞かれる可能性はあるかもな……。
適当に考えてはおくか。
彼女へのフォローも含めてな。
ただ、それなりに成果はあった。
これでこの先なにかとやりやすくなるだろう……ルカには感謝だな。
強引に納得させたところで、俺たちはさらに先を目指すことにする。
扉をくぐりしばらく進むと、次の階層への階段があった。
断定はできないが、どうやらひとつの階層で解かなきゃいけないギミックはひとつのようだ。
まだ初級だしな。
次の階層に降り、またしばらく進むと、案の定広いフロアに出た。
ギルドの資料で確認した通り、全階層が似た造りになっているみたいだ。
今度も中央に石板が設置してある。
俺は先程の謎解きに参加できなかったこともあって、わくわくしながら石板へと向かう。
だが、俺の行動にレイアが待ったをかける。
「……カイト様、お待ちください」
「どうしたんだ?」
「……もういちど私にチャンスを頂けませんか? 次こそはカイト様の期待に沿う結果を残して見せますので」
どうやらさっきの件を大分気にしているようだ。
たしかに、活躍しようと狙っていたはずなのに、あの結果じゃ無理もないかもしれないが……。
しかし、思ったより骨があるな。
その前向きな感じは嫌いじゃない。
折れない心を持つことはRTAでも非常に重要だ。
もっともそんなことを褒めてもレイアが喜ぶとも思えないが……。
とりあえずここは好きにさせてみるか。
さっきの階層では大分時間を節約できたことだしな。
「わかった、とりあえず俺は石板を見ずに待ってるから、次の謎は二人で解いてみろ。そんなに時間はやらないけどな」
「……ありがとうございます。必ず期待に応えてみせます」
「俺は三人の方がいいと思うんだが……」
レイアはリヴの呟きを無視し、石板の元へと歩き出す。
仕方なくリヴもそれに続く。
俺はまかせると言ってしまった手前、しばらく待つ事にする。
周囲を見渡すが、今度は扉らしきものは見つからなかった。
先程の階層で使った手段では突破できないようだ。
どうやらこの階層ではちゃんとギミックを攻略しなければいけないみたいだな……。
もしかして、同じ手で突破されないように瞬時にダンジョンの構成が変わった――という可能性があるのだろうか? 少々邪推が過ぎるかもしれないが……。
俺は注意深く先程の階層との違いを調べることにする。
そして地面に目を落とした時に、一部の床に模様が描かれているのを発見した。
……なんだ?
俺は近づく。そこには、月、太陽、星、等を模した図形が床一面に描かれていた。
もっとよく確認するために模様に近寄ろうとして一歩を踏み出す。
――その時、丁度踏んだ床が鈍く光った。
え?
……今のは?
俺はもう一度同じ箇所を踏んでみる。
すると床は先程と全く同じように、一瞬光を帯びる。
どんな意味があるんだ?
周囲に何か変化がないか気をくばりつつ、さらに床を踏む。
すると床の模様が一列スライドする。
……なるほど。
俺はさらに隣の床を踏む、今度は隣の列がスライドする。
今度はそのまま、床を踏みながらぐるりと一周してみる。
やっぱりそうか。
どうやら床の端を踏む事で、模様を縦や横に好きに動かせるらしい。
へえ、パズルみたいだ。こういうのを見ると無性に同じ模様を一列に揃えたくなるよな。
……パズルは嫌いじゃないし、待ってる間にちょっとやってみるか。
こういったスライド系のパズルには攻略のためのコツが存在するが、それはあくまで誰もが理解しやすいように考えられたものだ。
それらは決して最善の方法ではない。
素早く攻略するためにはもちろん最短の手を考えなくてはいけない。
つまり、最小のスライド数ですべての模様を揃えるのが俺にとっての理想形だ。
俺はバラバラに配列された模様を眺めながら、最短の手数を求めるアルゴリズムを頭の中に描き、それを元にチャートを作成する。
チャートが出来上がってしまえばRPGだろうが、パズルだろうがやることに違いはない。ただそれを実行するだけだ。
さっそくチャートを元に床を踏む。
三回、七回、一回、順番通りに、なおかつ計算した回数通りに。
あえて途中経過は確認しない。
こういうのは一気に揃えて後で見るのが最高に気持ちいいからな。
まあ、ミスが見つかるとかなり残念な気持ちになってしまうんだが……。
俺は最後の踏み込みを終え、ゆっくりと顔を上げ、模様の配列を確認する。
「よし」
俺は小さな声で呟く。
床の模様は綺麗に揃っていた。どうやら腕はさほど落ちていないらしい。
あんまり暇つぶしにもならなかったな。
そんなことを頭の中で考えていると、さきほど綺麗に揃えた模様全体が鈍く光り出す。
そして一瞬のうちに模様の列が消え、階段が姿を現す。
「……あ」
俺は思わず声を出す。
もしや、今のがこのフロアのクリア条件なのか?
マズイ……。
少し離れたところで石板を見ているはずの二人に目をやる。
相変わらず二人はこちらに背を向けたまま、石板の前でまだ話し合いをしていた。
……まかせると言ってしまったのにな。
「さて、二人には何て言ったもんかな」
難易度的に、今回の制限時間はかなり短めだったはず……。
なんとかそのあたりを理由にして、我慢できずに攻略してしまったことにするか?
レイアには思いっきり睨まれそうだが。
――俺は、再び言い訳に頭を悩ませることになった。