第44話 知識のダンジョン(初級)
俺は黒い許可証を懐へと仕舞い、再び受付に話しかける。
ダンジョンの情報を集めるためだ。
「ダンジョンの資料を借りられるか?」
「はい、もちろんです」
さっそく受け取った資料に目を通す。
これは……。
俺は慌てて受付に確認する。
「資料はこれで全部なのか?」
「……はい」
不思議そうな瞳で俺のことを見つめていた受付だったが、何かを思い出したように声を上げる。
「ああ、他国の方だと知らなくても仕方がありませんね……その資料には地図等の簡単な情報しか書かれていません」
「どうしてだ?」
「我が国のダンジョンは知識のダンジョンと呼ばれ、他国のダンジョンとは少し毛色が違います」
既に知っていることだったが、黙って聞く。
話には続きが有りそうだしな……。
「特に知識……知恵と申しましょうか、その方面の能力が不足していると、たとえ強くても攻略できません。逆に言えば弱くても初級であれば攻略できる可能性があります。なぜなら初級ダンジョンに関しては魔物が出現しないからです」
魔物が出現しない?
……どおりで資料に魔物のデータが無かった訳だ。
しかし、それにしてもまだ足りないものがある。
「知識のダンジョンに関するヒント……というか答えそのものでも構わないが、そういった類の資料はないのか?」
色よい返事がもらえる可能性は低いとは思ったが性格上聞かずにはいられなかった。
受付の女性は、笑みを浮かべて答えてくれる。
「よく他国からやって来る冒険者の方たちに聞かれるんですが、知識のダンジョンは非常にランダム性の高いダンジョンです。攻略条件がその都度変更になるので、データは余り効果を発揮しません」
資料の中身がやけに薄かったのはそういうことか。
「それでも、少しずつデータを集めダンジョン攻略の情報を作成しようにも、それが完成しそうな時には、もうその資料ではダンジョン攻略の役に立たないようになってしまうんです」
「役に立たない?」
「つまり、攻略の方法が確立しそうになると、二度とその攻略方法が使えないように攻略条件が変更されてしまう訳です」
「……」
変更?
かなり人為的だ。
つまりなんらかの力が働いていると考えるのが自然だ。
……しかし。
ヒントもなしか。
今回のダンジョンは随分と苦労しそうだな。
俺はほとんど役に立ちそうもない資料を素早く読み終え、レイアの元へ戻ることにする。
ダンジョンへ向かう道すがら、俺はギルドで聞いたことを二人に話しておく。
中級ダンジョンへ入るための許可に関してもOKをもらえたとだけ説明し、許可証の色などに関しては特に言及しなかった。
上級ダンジョン云々の話は自分でもよくわかってない。
説明が面倒になりそうだからな……。
「カイト、俺もダンジョン内について行っていいか?」
リヴの意外な申し出に俺は驚く。
どうやってダンジョン内まで連れて行こうと考えていたんだが……まさか自分から申し出てくれるとは……。
「理由は?」
「カイトがいない間、姫に話を聞いてな。少し興味が湧いたんだ」
俺がいない間に、いったい何の話をしたんだか。
レイアに視線を向けるが、相変わらずのポーカーフェイスで何を考えているのかよくわからない。
だが、もちろんリヴの申し出を断るつもりはない。
ギルドで大した情報を得られなかったからな。
知識のダンジョンという名前を考えると、人手はあった方がいいだろう。
「わかった、一緒に行こう。頼りにしてるぜ」
「おう!」
最初はイヤミな奴だと思ったが、わかりやすい奴だ。
仲良くなれば帰りも送ってくれるかもしれない……。
そんな打算的なことを考えていると、レイアが何かを言いたそうにこちらを見ている。
「……カイト様、もちろん私も初級ダンジョンへは御一緒致しますので」
その言いよう……。
どうやら彼女は、初級ダンジョンに魔物は出ないと知っていたらしい。
やけに一緒に行きたがった訳はそういうことか。
命の危険がないとわかっている状況で、彼女を連れて行かないと言って納得させることは難しいだろう。
俺はレイアの発言になんら拒否の反応を示すことなく了承する。
彼女は珍しく意外そうな表情を見せる。
すんなり認めてもらえるとは思わなかったのか?
まあ、まがりなりにも王族がダンジョンへ入るってのは一般的ではないのかもしれない。
俺の場合はエリザの前例があるから特に違和感はないが……。
だが、レイアの今までの言動と今回の行動から察するに彼女は俺に初級ダンジョンを攻略させる自信があったと考えていいだろう。
中級ダンジョン攻略を宣言した俺に対してやけに食ってかかってきた理由はそのせいかもしれない。
だとするとレイアには悪いことをしたもんだ。
やや俺の思惑とずれるところはあるが、どうやら役に立ちたいという気持ちに偽りはなさそうだ。
その点は評価してやらないと気の毒だからな……。
さて、とりあえずお約束を言っておくか。
初級ダンジョンの入り口まで到着したので俺は二人に向き直る。
「二人とも、ついて来ることは認めるが、ダンジョン内では基本的に俺の方針で動く。異存はないな?」
「……はい」
「まあいいだろう」
二人の心情までは理解できないが、とりあえず従ってくれるようだ。
俺たちは、ダンジョンへと続く階段を下り始める。
もちろん初級ダンジョンなので、誰でもフリーパスだ。
どこの国でもきちんと管理しているのは、中級ダンジョン以上からみたいだ。
まあ、特にこのダンジョンは魔物がいないらしいから、なおさらだな。
ダンジョンに入り強烈な違和感に襲われる。
なんだここは?
今までのダンジョンとは明らかに違う造りになっていた。
ごつごつという表現が実にしっくりとくる他のダンジョンと違い、大理石調の整えられた壁や床。
あきらかに人の手によるものだろう。
……魔法という可能性もあるかもしれない。
俺は、一緒に入った二人を確認する。
レイアは、全く驚いた様子も見せず、冷静に周囲を見回しているようだ。
既に知っていたのかもしれない……。
いや、そもそも彼女はダンジョンへ入るのは初めての可能性が高いように思う。
比べる対象がないのだから、違和感を感じるはずもないだろう。
だが、リヴは俺と同じ印象を抱いたようだ。
「すごいな……ここは」
「俺も驚いた。リヴはこういうダンジョンは初めてか?」
「ああ、さすがにここまで綺麗なダンジョンは見たことがない」
「……このダンジョンはそんなに他国と違うのですか?」
レイアの発言は先程俺が考えたことの裏付けを取ってくれた。
俺はレイアに他国のダンジョンについて簡単に教えてやる。
「なるほど……やはり我が国のダンジョンは特別なようですね」
「どうやらそうらしい」
会話もそこそこに、俺たちはダンジョンの先へと歩みを進める。
魔物がいないだけあって、ただ奥へ進むだけなら緊張感は皆無だ。
しかし、メンバー構成の都合上、走るのも不味いだろう。
少々惜しいが初級ダンジョンの最速を狙うのは諦めよう。
そもそも攻略できるかもかなり怪しいからな。
しばらく歩みを進めると、大きなフロアに出る。
フロア内には、いくつかのオブジェクトが設置してある。
あれは……石板か?
俺たちはまず部屋の中央にある石板の前に集まる。
その物体には文字が彫ってあった。
とりあえず全員で内容を確認することにする。
「……三つの封印を解除せよ……さすれば扉はひらかれん……ですか」
「なるほど。これが知識のダンジョンと呼ばれる所以か、興味深いな」
レイアが内容を読み上げ、リヴが感想を漏らす。
俺たちは自然とフロア奥の扉へ視線を移す。
現状ではあの扉は閉ざされているようだ。
どこか、ぼんやりと光っているようにも見える。
「あれは、魔力結界だな……それも強力な」
「わかるのか?」
「これでも魔法使いだからな……それにしてもあの魔力はケタ違いだ」
リヴとの会話に、少々冷静さを欠いた声色で、レイアが割り込んでくる。
「カイト様! これをご覧ください」
レイアが見ているのは先程、彼女自身が読み上げた石版だ。
俺とリヴも石板を確認する。
そこに表示されているのは数字だった。
それもただ表示されているだけでなく、徐々に変化していく。
9995……9994……9993……。
どんどん減っている。
「……おそらく、制限時間ということでしょう」
やや落ち着きを取り戻した様子で、レイアが分析をする。
俺は数字をもう一度見つめる。
ほぼ一秒に対して一減っている……。
なるほど。
ということは三時間程度か……。
設定されている時間から考えるに、どうやらサクッと攻略できる難易度でもなさそうだ。
二、三十分で攻略できるフロアに三時間の猶予が与えられるとも思えないからな。
「……時間が惜しいです。たぶん他の石板に三つの封印を解くヒントのようなものがあるのかもしれませんさっそく攻略を始めましょう」
俺に先んじて仕切り出すレイア。
……まあ、好きにさせてみるか。
「他の石板の調査はレイアとリヴに任せる」
「……その間カイト様は一体何を?」
「少し扉を調べたい」
レイアは何か言いたそうだったが制限時間があるせいか、軽く頭を下げたあと、何も言わずに他の石板へと向かう。リヴもそれに続く。
俺は二人を見届けたあと、宣言した通りゆっくりと奥の扉へ向かう。
可能性は薄いが、いちおう扉付近を調べておこう。
――俺はほぼ確信していた。
ランダムで変わるというダンジョン攻略の内容、人為的な構造のダンジョン、作為的に配置された謎、そして……強力な魔力で封印された扉。
それらはあるひとつの答えを示している。
このダンジョンも帝都と同じく精霊によって管理されているということだ。
初級ダンジョンでは会えないかもしれないが、おそらく間違いないだろう。
その精霊が一体どういう性格をしているかはわからないが、ひねくれ者という可能性もある。
石板の謎は全然関係ありませんでしたってオチもないとも限らないからな……。
万が一にもないとは思うが、可能性を潰すのは悪いことではない。
俺は扉周辺を注意深く調査する。
元からさほど期待していなかったが、特に怪しい箇所は見つからない。
スイッチや隠し通路の類はなさそうか……。
とりあえず、謎解きに合流するか。
戻ろうとしたところ、扉から発する光が目に入る。
遠くからだとあまり見えなかったが、近寄ると発する光も強烈に感じる……。たしかに強力な魔力結界なことは間違いないらしい。
待てよ……。
突拍子もないことを思いついたので、駄目元で試してみることにする。
さっそく実験に必要な人物に声をかける。
(ルカ……聞こえるか?)
返事をしばらく待っていると気だるげな声が聞こえてくる。
(何?)
(ちょっと、魔法のことで聞きたいんだが……)
(……いいけど)
返答までに間はあったが、了承してくれる。
ルカの今までの様子を見るに、人に物を教えるのが好きみたいだからな……。
こういう聞き方の方が興味を引きやすいだろう。
ルカが一瞬にして俺の前へ姿を現す。
「それで、聞きたいことって?」
「魔力結界って破れるのか?」
「……魔力結界? ええ、破れるわよ。結界を張った者よりさらに強い力を持つ者にならね」
「いったいどうやって破るんだ?」
「ええと、まず張ってある魔力より強い――」
俺は、説明を始めたルカの言葉を遮る。
「そうだ。そこにちょうど結界があるから実際に見せてくれないか? 実際に見た方が早いだろ?」
俺は扉の方を指差し、ルカにそう提案する。
ルカは俺の指摘により、初めてその結界に気がついた様子だ。
「わかったわ。じゃあそこで見ててね」
少しは張ってある結界の強力さになんらかのリアクションがあると思っていたが、彼女は事も無げにそう言い放った。
魔力を貯め扉へ向かって放出するルカ。
もちろん消費は俺の魔力だ。少し体から力が抜ける。
ルカの魔力が扉にぶつかると、扉から発していた光が消える。
随分……あっさりだな。
正直ルカの力の底が知れない……まずただの人に勝ち目はないんじゃなかろうか?
「まあ、こんなもんね」
俺は平静を装いつつも返答する。
「参考になったよ、ありがとう。でもどうやら俺には無理なようだ」
「そもそもあなた魔法使えないじゃない」
「それもそうだな……」
ははは。
ルカのごもっともな指摘には、苦笑いするしかない。
ただ、目的は達成できた。十分な成果だ。
「教えて欲しいことってこれで終わり?」
「ああ、助かったよ」
「なら、少し眠いから帰るわ」
精霊も寝るのか……と思いつつ、別れの挨拶を済ます。
「じゃあね、カイト」
そう言ってルカは姿を消す。
――どうやら無事、最初のフロアはクリアできたようだ。