第43話 黒い許可証
「……まあな」
「本当か!? 一体どんな関係なんだ?」
「友人……といったところか」
「……」
驚きのあまり声も出ない様子だ。
さすがに婚約者だと言うと反応が読めないので無難に返答しておく。
しかし、こうも予想通りの反応をしてくれるとこちらとしても気分がいいな。
「ちなみにエルフの王様と王妃様にも会ったことがある」
「どうやって会うんだ!?」
ついでのように出した情報だったが、こちらの方が反応が大きい。
「どうやってって……普通に城の中でだけど」
「嘘だろ……? 人間の冒険者が城内へ出入りできるなんて聞いたことないぞ」
「出入りどころか王妃様にお茶に誘われたこともあるぞ」
「なんだと!! 王妃様は俺の憧れの人なんだ! 是非詳しく教えてくれ」
なるほど……。
たしかに美人だったからな。
気持ちはわからないでもないが……。
リヴという男は見た目と違い年齢が高いのかもしれない。
既にこの時点で作戦の成功を確信する。
「ああ、なんか無性にアール王国に行きたくなってきたなあ」
「わかったわかった。連れて行ってやるさ、タダでな」
「話がわかるな。今度王妃様に会ったらさりげなく名前を出してやってもいいぞ」
「本当か!? 頼むぞ! それで王妃様の話だが……」
「おっと、話はアール王国についてからな」
「わかったよ」
どうやらうまくいったようだ。
成果に満足していると、不意に視線を感じた。
視線の主に声をかける。
「ミント、どうかしたか?」
「なるほど、カイト様は強さだけではなく、口もうまいのですね」
そう言いつつミントは以前のようにメモを取っている。
同時にひとりで何か呟いている。
気になって耳を傾ける。
「……エルフ国との関係も本人から裏が取れましたね」
なにか少しづつ情報を取られている気がする。
気をつけよう。
リヴと細かい話を済ませ、レイア共々アール王国に連れて行ってもらえることになった。
個人的に、レイアにはこちらに残ってもらうことも考えたが、俺自身地理に詳しくないことや、本人のたっての希望もあり、一緒に行くことに決めてあった。
早速リヴとレイア、二人の顔合わせを行う。
リヴは美しいレイアに興味を示すかと思ったが、そんなことはなくえらく淡々とした口調で自己紹介を済ます。
面食いという訳ではないのか?
というより人間には興味がないのかもしれない。
レイアの提案によりアール王国中央部にあるギルド付近に転移する。
こちらのギルドへ寄るためだ。
情報を集める意図もあるが、中級ダンジョンへ入るためには帝都と同様に許可が必要らしい。
まずは初級ダンジョンから攻略するつもりだが、許可をもらっておいて損はないだろう。
ただし、ギルドへ入るのは俺ひとりだ。
レイアの話によるとここのギルドのお偉いさんと面識があるらしい。
姫には地味な格好に着替えて目立たないようにしてもらってはいるが、さすがに顔は変えようもないからな。
護衛としてリヴを一緒に残すことにする。
レイアに興味は無さそうだし、問題ないだろう。
王妃様の話をネタにして、もうひと働きしてもらうことにしよう。
二人を置いてギルドへと入る。
「世界ランク一位カイト様がギルドへ入られました」
……そういえば、世界ランカーの場合、世界中どこのギルドでもアナウンスされるって言ってたな。
例によってギルド内で注目の的となる。
さすがに迂闊だった。これではアール王国に悟られずに、ダンジョンを攻略するどころではないかもしれない。ギルドがわざわざ国に報告するようなことをするかという疑問は残るが……。
まあ知られたところで大したリスクはないだろう……と思いたい。
変な目的で来ている訳じゃないしな。
気持ちを切り替え、堂々と受付へと向かう。
「……ほ、本日はなんのご用でしょうか?」
受付に座っていた女性が先に話しかけてくれるが、どもっている。
無駄に威圧的な肩書きだからな……。
「中級ダンジョン攻略のために許可が欲しいんだが……」
「それですと講習を……いえ! ギルドカードを提示頂ければ大丈夫だと思います」
思いますって……。
まあ大方、ダンジョンの攻略状況により講習が短縮になったり、免除になったりする制度があるんだろうな。たしか前に帝都でおっさんも言ってた気がする。
言われた通り、ギルドカードを取り出し受付に渡す。
「たしかに……カイト様ですね」
そう言いながら、受付はカードの内容をチェックし始める。
その表情は徐々に、戸惑い、或いは困惑といったものへと変化していく。
「し、失礼します!!」
「え? おい!」
そう言い残し、受付は足早に奥の部屋へと消える。
そういえば帝都の上級ダンジョンが攻略済みになっているんだった……。
今の反応はそのせいかもしれない。
……もしかすると、異常が認められポイントが失効するなんて事がありえるかもしれない。
だとしたら、短い天下だったと思うしかないな。
それでもなんとか世界ランカーには残れるはず。
デメリットはさほどない……と思う。
しばらく待ち続けていると、やや落ち着きを取り戻した様子の受付が奥の部屋から戻ってきた。
「大変失礼致しました」
「……一体何をしていたんだ?」
「そ、それは……手続き等を少々」
本当だろうか?
しかし、あんまりつついてもヤブヘビになる可能性がある。
上級ダンジョンに関して問われても正確なことは答えられないしな。
「こちらが許可証になります」
なにやら黒いカード状の物が手渡される。
黒……なにやら不気味だな。
「……許可証にしては異質じゃないか?」
「ダンジョンの攻略実績に対して色分けされています。黒はたとえ上級ダンジョンの最高難易度であろうと単独で入ることが許可されます」
周囲の冒険者から驚きの声が漏れる。
その反応を見るに、黒いカードがもらえる者は少ないのだろうな……。
「参考までに聞くが、今まで何人くらいの冒険者が黒の許可証だったんだ? それと、どの程度のポイントがあれば黒の許可証になるんだ? 」
「今までに黒の許可証を発行したことはありません。今回が初めてです」
「初めて?」
さすがに驚いて思わず聞き返してしまう。
「はい、初めてです。それとポイントはたしかに必要な項目のひとつですが、黒の許可証はポイントが高ければ発行されるというものでもありません」
「どういうことだ?」
「前提として上級ダンジョンを攻略しているのはもちろんのこと、その難易度や攻略人数等による厳しい判定があります。これを甘くすると有力な冒険者を失う事に繋がりますから……」
なるほど。
よく考えれば当たり前の事だ。
中級ダンジョンをたくさん攻略してもポイントはもらえるんだからな。
それを実践したところで、上級ダンジョンを攻略できるという証明にはなりえない。
無謀な挑戦を阻むという意味では、至極真っ当なシステムなのかもしれない。
「カイト様のポイント取得の内訳を集計しまして、上級ダンジョン最難関の単独攻略が認められております。よって許可証の色が黒……ということになりました」
周囲で聞き耳を立てていた他の冒険者たちのざわめきが大きくなる。
彼らの声が俺の耳にも入ってくる。
「上級ダンジョンの単独攻略? 冗談だろ」
「最難関とか言ってたわよね?」
「上級ダンジョンで最難関に指定されているのはどこ?」
頼むから俺に聞こえないようにやってくれ。
俺が攻略したのは中級ダンジョンだ――と言ってやりたかったが、受付が目の前にいるやめといた方が無難だろう。
そんなことを言ったら面倒事になるのは確実だ。
レイアも外に待たせているからな……。あまり時間を取られたくはない。
とにかくはっきりしたのは、ギルドの方では完全に上級ダンジョンを攻略したことになっているということだ。
不正を疑われるんじゃないかと少し心配したが、どうやら杞憂だったようだ。
このからくりの原因もいずれ調べたいが……。
俺は手中の黒い許可証に目を落とし、細部までよく観察する。
上級ダンジョンに単独で入れる許可証ね……。
これを使用する機会があるのかは、今の時点ではわからなかった。