第41話 意外な展開
まずは一番気になっていたことを聞いてみる。
「たしか姫は自国で疎まれている……というようなことを言ってたな」
姫は少し逡巡したのちに答える。
「……はい、それと私のことはどうかレイアとだけお呼びになってください」
どういう心境の変化なのだろうか?
だが、こちらとしても名前の方がなにかと都合がいい。
最近やけに王族と知り合いになることが多いからな……。
「わかった……ではレイア、理由を説明してくれるか?」
「わかりました。先程の話と多少前後するのですが、私は幼いころに魔法の才能が認められました」
「……」
俺は黙って頷き、先を促す。
「……しかし、それが公にされることはありませんでした」
「なぜ?」
「……意図的に隠されたのです。身内の暗躍によって」
「……」
「それにより、私は魔法の才能を持ちながら、指導者もつけてもらえず、いま現在も全く魔法は使えません」
姫は普段の無表情とは違い、悔しさを滲ませる。
だが無理もないだろう。
他ならぬ身内にそのような仕打ちを受けてはな……。
だが、今の話を聞いて少し試してみたいことができた。
あとで頼んでみることにしよう。
「身内とは具体的には誰なんだ?」
「私には兄がひとり、姉が三人いるのですが……」
俺は黙って話に聞き入る。
姫も時々言葉を詰まらせながらも、話を進めて行く。
聞き終えたその話に俺が抱いた印象は――
権力闘争。
レイアは物心ついた頃には既に自分だけ扱いが違うことをなんとなく理解したらしい。
なぜと聞いても誰も答えることは無かったそうだ。
おそらくだが、年の離れた兄弟は魔法の才能を持って生まれた末っ子に危機感をおぼえたのかもしれない。
もしくはただ単に嫉妬しただけの可能性もある。いずれにせよ、レイアはそれにより城内で冷遇されることになってしまったらしい。
しかし、みんながみんな権力を欲している訳ではないはずだ。
おそらく扇動した者……つまり中心人物的な存在がいるだろうというのが俺の予想だ。
でなければ彼女の両親にまで影響を及ぼすことはできないだろうからな。
ただ、話を聞く前からなんとなくわかっていたことだが、俺になんとかできる話の類じゃないなこれは。
もちろん姫も俺にそんなことは期待しちゃいないだろうが……。
今の一連の話でなんとなくわかったが、念のため姫に確認しておくことにする。
「……つまり、大臣はレイアにとっては敵なのか?」
「……いえ、正直に申しますとわからないのです。私に城内であからさまに敵意を向けてくるものは、ほとんどおりません。ただ全員事情は知っているようで、積極的に懇意になろうとしてくる者もおりません……城ではひとり部屋で本ばかり読んでいました」
姫は思わず苦笑いを見せる。
つまり、敵もしくは中立の人間しか存在しないってことか……さすがに同情を禁じ得ない。
話はおおよそ理解できたので、不自然にならない程度に話題を変えることにする。
「レイア、今後のことなんだが……」
俺が言葉を発した瞬間、来客を告げるノックが鳴り響く。
今日は客が多い。
もちろん、訪ねてくる相手に心当たりはある。
無視できる相手でもないだろう。
「……こんな夜分に誰か来たのでしょうか? それにしてもやけにノックの音が響きますね」
「どこにいても聞こえるようにしてある。もちろん魔法でな」
だが、それも王家の連中が戻ったら必要なくなるだろう。
客人を迎え入れるために、扉へと移動する。
レイアも気になるのか、何も言わずとも俺の後についてこようとする。
「すまないレイア、少し待っててくれ」
さすがに来客が俺の予想通りだった場合、同席されるのは厳しい。
現状レイアは、俺がこの城を個人で所有しているとは思っていまい。
せいぜいランキング上位の特権で住まわせてもらってる程度の認識だろう。
俺に権力がないことはさっきさんざん説明したからな。
来客を確認すべく扉を開け、まず目に入ったのは小太りな男。
数日前にもこの城を訪れた店主だ。
予想通りの来客だが、今回は彼ひとりではなかった。
「……失礼致します」
軽く頭を下げ、初老の男性が店主と一緒に入って来る。
王家の人間だろう。
年齢や、雰囲気から察するに身分はかなり上の者だろうと推察する。俺の話に乗る気になったということだと思うが……。
とにかく話を聞いてみるか。
「あなたは?」
「失礼、私は女王陛下の側近で、名前をハリーと申します。本日は女王陛下の代理でこちらに来させていただきました。以後お見知りおきを」
そう言って男は再び頭を下げる。
俺は眼前の男が発した言葉の一部分に驚きを隠せなかった。
女王?
まさかこの国のトップが女性だったとは……。
意外な事実に俺が驚いていると、ハリーと名乗った男は軽く頬笑みながら話しかけてくる。
「こちらも意外でした……話には聞いていましたが、まさかランキング一位の方がここまでお若い方だとは……」
「……見た目で判断すると足をすくわれるぞ」
俺の牽制に対しなんら不快感を示すでもなく、ハリーは深く頷いて見せる。
「全くもって同意いたしますな……」
なにやらおぼえがあるのか、ハリーは苦笑いを浮かべる。
「無論あのような条件を出してきたカイト様を見た目や年齢で判断は致しません」
条件とは城の買い取りのことだろうな。
わりと強気な条件を出したつもりだから少々警戒されてるのかもしれない。
「なら話は早い、返事を聞かせてもらえるか? 面倒な話や化かし合いは苦手なんだ」
彼らにとって俺の提案を蹴るのは難しいはずだ。
条件面で折り合いをつけようとする可能性は十分にあると思うが……。
俺はまだ見ぬ女王が懸命な判断を下していることを祈る。
回答を急かす言葉に、ハリーは言葉を選び慎重に答える。
「……結論から言えば取引は成立の方向で話を進めたいと思います……ただ」
「ただ?」
「条件面の方で少し譲歩して頂きたい部分がございまして……」
ハリーの条件を聞いてみると、案の定金銭面での話だった。
要するにもっと安くしろということだ。
おそらくつっぱねても問題はないが、あえてここは譲ることにする。
最初に吹っかけたからな……多少安くなってもたいした違いはない。
ここで譲歩して心証を良くしたほうが、後々やりやすくなるだろうと踏んでのことだ。
「……おや? あの方は?」
ハリーが俺の後方を見ながら声を上げる。
あわてて振り向くとそこにはイタズラを見つかってどこか照れくさそうにしているレイアの姿は……無い。
相変わらず何を考えているのかわからないレイアの姿があった。
聞かれたか?
いや、俺もハリーも抽象的な言い方でやりとりをしていたと思う。
聞いていても何のことだか理解できない可能性の方が高いはず……。
「ちょっと失礼」
俺はハリーの疑問に答えず、姫の元へ向かう。
「……すみません」
姫は開口一番謝罪の言葉を述べる。
表情からは感じ取れなかったが、あまりよくないことをしたという感覚はあるみたいだ。
「好奇心旺盛なのはいいことだが……」
「……カイト様あちらの方たちは?」
俺の注意をあっさりと受け流し、ハリーと店主について尋ねてくる。
まあいいか。
「女王陛下の代理として来たハリーと、そのお付きの者だ」
店主の説明は面倒になりそうだったので省くことにした。
「女王陛下!?」
レイアにしてはめずらしく、ハリーたちに聞こえるほどの大きな声を出す。
そのリアクションを見る限り、どうやら俺とおなじくこの国のトップが女性とは思っていなかった様子だ。
「そんな……大臣は一言もそんなこと……」
何やらブツブツと呟きながら考えごとを始めるレイア。
「……でも、そう考えると辻褄が合う」
俺のことを見ながら、姫は納得した表情を浮かべる。
「さっきから何を考えているんだ?」
「……いえ、カイト様の事情が色々と理解できただけです」
俺の事情?
姫がどこまで俺の情報を持っているかわからない。
この状況で内容を推察するのは難しいな……。
「カイト様、質問があります。あのハリーというお方はどの程度の地位の方なのでしょう? 女王の代理ということはかなりの地位とお見受けしますが……」
俺は質問を受け、しばし考える。
今回の交渉に来たということはかなり高い地位なのは間違いないはずだ。
金銭の絡む交渉に、下っ端や、能力の低い者が来る可能性はほぼない。
物腰からしても、相応の地位にある者だろう。
女王の相談役、もしくはそれ以上かもしれない。
「女王陛下の側近だからな……お金や政治に関してもある程度、女王陛下に進言できる立場だ」
本人に聞かれるのも微妙なので、俺はレイアの耳に口を寄せ教えてやる。
「……十分です」
「十分?」
「……カイト様、よろしければチャンスを下さい。さっそく役に立ってみせます」
この状況で役に立つ?
もちろんこの城を売却する件ではないだろう。
だが、変な事を言われても困る。
できればこの場は断りたいが……。
俺が返答に困っていると、重ねてレイアがお願いしてくる。
「……カイト様に悪いようには絶対に致しません。ここはどうかお任せ下さい」
「いや、しかし……」
「……お願いします!!」
俺が根負けしそうになっているところに、ハリーから声がかかる。
「いいではありませんか? 私もどんな話が聞けるのか興味があります」
ある程度は聞こえていたらしい。
本人に了承されたら、仕方がない。
俺にとってマイナスになるとも限らない、ここはまかせてみることにするか。
レイアに向けて了承の意味を込めて頷く。
「……ありがとうございます」
二人がどんな話し合いをするのか興味津々な俺は、もちろん会話を聞こうとするが、その前に俺の元へ店主がやって来た。
「カイト様、私の方でもカイト様にお話がありまして……」
「なんだ?」
「カイト様はお立場のわりに装備がその……」
なるほど……。
言いたいことはわかった。
たしかに今の装備は帝都で買った剣と、その他動きやすい軽装を身に付けているだけだ。
ランキング一位にしてはおかしく見えるのも無理はない。
たしかに良い物が手に入るなら、ぜひ欲しいが……。
それにしても、この店主は武具にまで精通しているのか?
随分と幅広くというか、商魂たくましいと言うべきか……。
「つまるところ、いい装備を用意してやるから仲介料をよこせということか?」
「さすがですカイト様」
どうやら正解だったらしい。
だが装備自体は自分で選びたい……。
まあ良い機会だから色々話を聞いておくか。
俺は店主に武具の種類や入手方法についての質問を繰り返す。
「なるほど……オークションね」
「ええ、特殊な性能を持つ装備となるとやはりオークションに出回ることが多いです。そういった装備は、きちんと価値を定められる人が少ないですからね」
仮に大金を払うとなると生半可な装備では妥協したくはない。
だが、オークションか……。
まさかいつも開催されてるわけではないだろう。
「よろしければ今度のオークションに参加されますかな?」
「……考えておく」
情報はもらったので、曖昧に言葉を濁しておく。
なんとなく会話がとぎれたところで、レイアとハリーが近付いてくる。
やってしまった……。
話を聞いておくつもりが、つい装備の話で熱くなってしまった。
二人はいったいどんな話を?
「……カイト様、ご報告があります」
「……何?」
俺は恐々と問い返す。
「……お喜び下さい。我がアール王国にある知識のダンジョンを攻略すればカイト様は晴れてエレノアの国政に関われることになりました」
「……知識のダンジョン?」
俺はなんら脈絡のないレイアの発言を完全に理解するまでに、かなりの時間を要した。




