第39話 想定外
その後も、俺は周辺の案内を続けたが、レイア姫はずっと上の空だった。
そして、時折なにか考えごとをしている様子がうかがえる。
もう少しオブラートに包んだ話し方をするべきだったのかもしれない。
あらかた周辺の案内を終えた俺は、姫との交渉に臨むことにする。
もちろん、杖をついた少年の話以降も、この国や俺自身の評価を下げる言動は続けた。
さすがに今度は話し方には気を遣ったつもりだ。
しかし、姫の無表情は変わらない。何を考えているのか非常に読みにくい。
とりあえず、話をしながら方向性を探っていくか……。
城の付近まで戻ると大臣が合流してしまう可能性がある。
少し離れた場所で、姫に話しかける。
「姫……折り入って少し話がある」
「…………はい、なんでしょうか?」
抑揚のない返事をしてこちらを見るレイア姫。
やりにくいな。
とりあえず当初の予定通りにいこう。
「……姫に悪いようにはしない。この話はなかったことにしないか?」
「…………この話とは?」
「君が……俺の城に来るという話だ。もちろん最大限の配慮をする。全責任は俺が取るつもりだ」
俺の一言にしばらく考え込む姫。
読みが外れたか?
即答してくれると思っていたんだが……。
「…………ひとつ訊いてもよろしいですか?」
「……ああ」
俺は表情を変えずにそう答えながらも、内心では少し焦り始める。
とりあえず、想定される質問のパターンを頭の中で考え、内容に応じた答えを用意しておく。
……しかし、俺の努力は全くの無駄に終わる。
想定外の質問がきたからだ。
「正直意外でした……あなたはこの国の現状を正しく理解している。先程のお話からは私はそう受け取ることができました。なのに何故このまま放置されるのですか?」
……どういう意味だ?
俺は全く予想外の質問に戸惑いを隠せない。おそらく表情にも出てしまっているだろう。
額面通りに受け取るならば、痛烈な皮肉を言われたことになるが。
もしかして、俺が考えているよりもこの国はずっと酷い状態だったのか?
……いや、まだ俺の作り話を信じているだけの可能性もある。
……確かめてみるか。
「……こちらも意外だった。いつからこの国の現状を知っていたんだ?」
「ほんの数日前です」
……残念なことに裏が取れてしまった。
おそらく、俺が大臣に最初に会った後だな。意図はわからないが調査したんだろう。
だが、俺が仮にこの国の現状を知っていたとしても、それを何とかしなければいけない理由はない。
俺はそんなボランティア精神にあふれてもいないし、立派な人間でもない。そもそもそんな力もない。
姫の質問にどんな意図があるのか掴めない。
言われっぱなしで黙っているのも、俺の性には合わない。
「放置していると言われてもな……それなら知っている君も放置しているということにならないか?」
そう俺に指摘されたレイア姫は、やはり変わらず無表情だが、先程より少し不機嫌そうに答える。
「私とて、むろん手を差し伸べたいです……ですが、それは他国の王女である私より、あなたがすべきことでしょう? その力の有るあなたが」
……。
どう考えても過大評価だ。
おそらく彼女は世界ランキングでトップの俺に対して幻想を抱いているのだろう。
その力があればなんでもできると、お金や権力を欲しいままにしていると……。
まずはその誤解を解かないとどうしようもないみたいだ。
「……勘違いしないで聞いてくれ。俺には本当にそんな力はないんだ。誓ってもいい」
俺の言葉を演技とは思えなかったのだろう。
彼女は不思議そうな顔で俺を見つめる。
「……そんなことはありえるのですか? 国のトップがその力をふるえないなどということが……」
「ああ、トップだからといっても所詮たいしたことはできない」
「……つまり、実権は無いと?」
実権? 国を動かすような力のことか?
過大評価も甚だしいな。これも肩書きの力というやつか……。
この際だからはっきり言っておくことにする。
「俺にそんな力はない」
「なるほど……若すぎるとは思っていましたが、納得がいきました」
「わかってくれたようだな」
「……はい」
よし、どうやら誤解はとけたみたいだ。
俺は姫との交渉を再開しようとしたが、遮られる。他ならぬ姫本人にだ。
「……私から提案があります」
何か嫌な予感がする。
ただ、聞かない訳にもいかない。
「……聞こう」
「どうか、私を城に置いていただけませんか?」
いったいどういう流れからその発想に至ったのか皆目見当がつかない。
「理由を聞いても?」
「……本音でお話します。私は自分の城へ帰りたくないのです」
「どういうことだ?」
「……私はあのお城ではいないも同然なのです」
ますます意味がわからない。
「存在を認められていないという意味か?」
「……そうです。私は精々政略結婚の道具程度の価値しか認められておりません」
なにやら、きな臭い話になってきたな……。
「魔法の才能があるらしいじゃないか? その力は貴重なもののはずだ。将来は国を背負って立つ存在になっても不思議はないと思うがな」
姫は俺の問いかけに、唇を噛む。
「……実際はそうはなりませんでした。結果として、魔法の才能があったことが私の城での価値を落とすことになったと言っても過言ではないでしょう……」
どうやらかなり根深い話らしい。
じっくり話を聞いてもいいが、そろそろ大臣たちとも合流する時間だ。
どうしても気になったことがあったのでひとつだけ聞いておく。
「どうして本音を話す気になったんだ? それに最初は、俺の城に来ることにあまり好意的ではないような気がしたが……」
「おっしゃるとおりです。最初は城へ帰るもあなたの元へ行くのも私にとっては地獄になると考えていました……どちらも選びたくはありませんでした」
「なぜ心変わりを? 」
「……あなたと二人でお話をしたからです」
そう言われて俺がどんな話しをしたのか思い出してみるが……。
ひたすらこの国を下げ、自分を下げることしか言ってなかったような気がする。
「あなたは、この国の惨状をひたすら嘆いていました。そして自分の力不足も……」
「……」
「男性とはえてして女性の前では見栄を張りたくなるもののようです。少なくともいままで私が出会ってきた男性はそうでした。……しかし、あなたは微塵もそんな素振りすら見せずに国のことを憂いている」
「……」
「正しい知識、人格を持ち、国を救おうと努力する。その姿勢を見たらぜひお手伝いさせて欲しいと思ったのです」
「は、話はわかった……」
明らかに彼女の最後の発言は彼女自身の妄想がつくり上げたものだろう。
俺がいつ国を救おうと努力している姿勢をみせたというのか……。
参った。
俺がしたことは逆効果だったのか?
ハハハ、俺としたことが……。
自虐的な笑みを浮かべる俺をレイア姫が不思議そうに見つめる。
俺は今の話に動揺を隠せない。
たしかに同情の余地は十分にあるだろう。
しかし、魔法の才能があるだけの人材を雇ったところで……。
俺の表情から不穏なものを感じとったのか続けざまに売り込んでくる。
「お願いします!! 必ず役に立ってみせます」
必死に頭を下げる姫。
どうするべきか……。
流石に俺のような平民に対し頭を下げる王族は見たことがない。
それだけ苦労してきているということだろう。
俺は予想外の展開にますます頭を悩ますこととなった――