第35話 世界一の男、敗れる
酔っぱらって一人で歩く事もままならないルイを連れて、俺たちは酒場に出る。
しかし、何故か同じ量の酒を飲んでいたマリスとサラは平気な顔をしている。
ルイ。まだ飲んだ事が無い俺から言われたくも無いだろうが……少しだらしないぞ。
俺がそんな事を考えていると、いきなりサラの声が上がる。
「あっ……忘れてたわ!」
気になった俺は尋ねてみる。
「何を忘れてたんだ?」
「中級ダンジョンに行ってきたら報告に来なさいって、ミントに言われたんだったわ」
報告ね……。
それは友人としてなのかギルドとしてなのか判断が難しいところだ。
無論、俺の頭の中で答えが出る問題ではない。
だが、別にミントが俺の情報を知りたがったところで、今日の事で口止めしなくてはいけないような事は無いはず……たぶん。きっと。
「私もいこうかな。少しギルドに依頼しようか迷っていた件があるのよね」
たしかエレノアのランキングでは六位のマリスがギルドに依頼? 俺は少し興味が湧く。
「お前ほどの奴がギルドに何を依頼するっていうんだ? この国で引き受けられる奴なんて相当数が限られると思うが……」
「ああ、別に強さは必要じゃないのよ。どちらかといえば情報ね」
なるほどな。俺は聞いて納得する。
どう考えても、マリスの得意分野とはベクトルが違い過ぎる。
「じゃあ一緒に行きましょうよ」
「そうね……行くわ。カイトも来るでしょ?」
俺とマリスでルイに肩を貸しているような状況だ。
さすがにここで帰るとは言いづらい。
「わかった。俺も行く事にするよ」
「そうこなくっちゃ!」
お酒が入っているためか、マリスも普段よりテンションが高い。
まあ水を差すのも野暮というものだろう。
ギルドの前に差しかかった頃、気分の悪そうなルイの声が俺の耳に届く。
「は、吐きそう……だ」
「ちょ、ちょっと! やめてよ! こんなところで」
マリスはルイを連れて急いで路地裏の方へと向かって行く。
「先に行ってて、この人も一度吐けばすっきりすると思うから」
俺とサラはお互い顔を見合わせ頷く。
「わかった。私は先に報告を済ませよう」
「じゃあ俺も、中で暇をつぶしてるとするか……」
二人を置いてギルドに入る。
「世界ランキング1位、カイト様がギルドに入られました」
ふう。どうにもまだ慣れないな……この肩書きは。
いつかしっくりくる日も来るんだろうか?
考えられるとしたら自分でも身の丈に合っていると思えるほど俺が成長した時だろう。
はは……随分遠い道のりだな。
俺に次いでサラの名前もアナウンスされるが、サラはそんな事は全く気にならないようだ。
しかし、どうやらランカーが二人同時にギルドに入ると、ランクの高い方が優先されるらしい。
いや……。鼻の差で俺が先に入ったからという線もあるな……。
俺がどうでも良い事を考えていると。
サラが俺を見ながら文句の有りそうな表情をしている。
「どうかしたか?」
「どうかしたかですって? 今のは何よ?」
「ん? そういえばサラのランキングが少し上昇してたな。おめでとう」
「それわざとでしょ? 茶番はいらないわ」
サラは俺の冗談に付き合う気はさらさら無いらしく、さっさと説明しろといった表情をしている。
「聞いての通りだ」
「聞いての通りって、本当なの?」
「こんな手の込んだ嘘を吐く理由はないな」
やるとしたらギルドの全面協力が必要だろう。
……それも面白いかもな。
「バシムの件はどうなの?」
当然の疑問だ。
俺は直前まで迷ったが、とりあえず自分の実力は明かさない事にした。
人目もあるし、自分の弱点をわざわざ見せるのは愚の骨頂だ。人間的にどうだという話ではない。
サラ自身は信用がおけると思うが、ギルドとも付き合いが深そうだからな。
慎重に慎重をさらに重ねるぐらいで丁度いいはずだ。
「パーティーメンバーを探してたからな。あいつは試金石だ」
「……私は試されていたの?」
「丁度いいところに多少できそうなお前が来たんでな。悪いとは思ったがぶつけさせてもらった」
「……一つ聞いていい?」
「ああ」
「仮にカイトがバシムと戦ったら……」
「二秒ってところだろうな」
俺の言葉に、サラは項垂れる。
おそらく俺との実力差を思い知ったのかもしれない。架空のな。
少し盛り過ぎたかもしれないと思わないでもなかったが今更取り消せない。
俺は忘れることにした。
「たしかにおかしいとは思ったのよ……中級ダンジョンのボスの攻撃でさえ一度も掠らせないし。冷静に考えてあなたがバシムより弱いなんて事はありえなかったのよね……」
途中から薄々気づいていたのかもしれないな。
少なくともバシム相手にあからさまに逃げるほどの実力ではない事に。
「サラ、そんなあからさまに落ち込んでないでミントに報告に行って来い。見たところなかなか来ないからイライラしているようだぞ。ミントのお陰で俺と組めた部分も大きいだろう。彼女には感謝しとくんだな」
「たしかに……試されていた事は多少頭に来たけど、こんな事であなたとの間にできたパイプを無駄にするほど私は愚かではないつもりよ……むしろあなたのお眼鏡にかなったと前向きに考える事にするわ」
そうは言うもののサラの表情は複雑そのものだ。
俺の方が年下だし、色々と思うところもあるのだろう。
とりあえず、俺もサラについていく事にした。
ミントの狙いを知りたい。まあただ友人を心配してただけの可能性も高いが。
「ミント……あなた知ってたのね?」
「え、ええ……」
「なんで言ってくれなかったのよ?」
「……だってカイト様に思いっきり睨まれたんですもん私。言えないです」
ミントはその時の事を思い出したのか少し体を震わす。
世界一という肩書きのおかげだな。
相手を脅す効果は一級品だ。
そこでサラが少し疑問を持ったようでミントに言う。
「実際カイトはどのくらい強いのかしら?」
「本人を目の前にミントに聞くか?」
「だってあなたバシムの時みたいに本当の事を言うかわからないじゃない。ならギルドの情報の方がましよ」
そう言われたら俺は何も言えない。
「カイト様がダンジョンですごい実績を出しているのはポイントを見ればわかるのですが。実際の強さというのがギルド内でも全く不明で……本人を前にしてこんな事を言うのは心苦しいんですが、実際今情報を集めているところです」
ミントはそこまで言ってなにか納得のいかない表情を見せる。
「それにおかしい点もあるんです。カイト様の情報を集めようにも出てくる情報が全然バラバラで……。レベルに関しても2レベルという人もいれば9レベルという人もいるし30という情報だって出てきてしまって、使っている武器等の情報すら全く安定してなくて。そもそもレベル2や9の人がこんなに実績を残せるわけありませんし……むしろ私がサラに聞こうと思っていた点でもあります」
9と言われ胸の鼓動が一瞬速くなるが表情に出さないように努める。
誰に話したっけな?
サラは逆に聞かれて、困った表情を浮かべるが、素直な感想を話し出す。
「実際カイトはすごすぎてね……信じられる? 中級ダンジョンのボスを一人であしらったのよ? 実際見たときは目を疑ったわ。だからその程度のボスじゃカイトに対しての物差しにはならないわ」
「中級ダンジョンのボスを苦も無くですか。それは新しい情報ですね……」
ミントはメモを取り出し記入を始める。
いやめっちゃギリだったんだよ。君たち……。
「それでカイト……実際はどうなの?」
こういう雰囲気で聞かれると、質問をスルーするのは難しい。
だが本当の事を説明するわけにもいかない。
とりあえず適当に強そうな奴を人選して同じくらいと言っておけば納得するだろう。
たしかランキングで俺の下にいた奴がいたな……。
名前は……シリウスだったか。
「シリウスって知ってるか?」
その名前を聞いた途端二人がすごい反応を見せる。
「シ、シリウス様ですか!? ユーディア王国の!?」
「シリウスって、つい最近人類初のレベル50台に突入したシリウスの事なの?」
ま、マズイ……。
あきらかに出す名前を間違えた。
「シリウスなら、カイトを計る物差しになるって事?」
サラが真剣な表情で聞いてくる。
いや、そんなわけないだろ。
常識で考えてくれ。
取り急ぎ訂正しよう。
「い、いや物差しとかそういうもんじゃなくてだな……。俺とシリウスが戦っても五秒も……」
「……あ、あなたまさかとは思うけど、シリウス相手でも五秒でカタがつくなんてことは……」
な、なんでそっちなんだ。普通に考えて逆だろ。
「冗談はよせ。なんでシリウス相手に――」
その時ギルドに息を切らせた男が入ってきた。
「お、おい!! 大変だ!! 世界ランキング一位の男が倒されたぞ!!」
その男の発言に周囲の視線はまたたく間に俺に集まった。