第24話 訪問
一位の表示を見た俺はその意外な結果に疑問を感じずにはいられない。
どういう事だ?
俺を軟禁していた奴らの発言から、上位というのは容易に想像がついたが、まさか一位だとは……。
俺はさらにそこに表示されている自分のポイント数を見て驚く。
そこには五〇〇〇〇ポイントを優に超える数値が表示されている。
「五〇〇〇〇? どういう事だ……たしか帝都の中級ダンジョン攻略で五〇〇〇ポイントだったはずだ」
何かの間違いかもしれないが……。
だが、ここで考えていも疑問が解消する可能性は低い。
俺は続けて二位以下のポイントをチェックする。
俺のポイントだけがおかしいのか確かめたい。
二位の名前はシリウスか、当然ながら知らないな。
ポイントは一〇〇〇〇を超えたくらいだ。
三位はユリという名前だ。ポイントは約九〇〇〇。
こうして見てみると、俺のポイントの異常さが際立つ。
説明が聞きたいな。だとするとギルドか? あとで行ってみるとしよう。
俺は早々に食事を済ませ、昨日出来なかった城内の探索を開始する。
◇
一通り歩き回ってみると、当たり前だが広い。
この国の財政は厳しいようだが、城に関しては外観、内装、共に帝都とさほど遜色があるようには見えなかった。
「わかってはいたが、さすがに一人で住むようなところじゃないよな……」
だが、一人で住むのに向かない物件でも他に利用価値はある。
今回の城購入は、ただ単に城を持ってみたかったという俺の暴走によるところが大きかった。
だが同時に、どう考えても損にはならないだろうという考えも密かに持っていた。
もちろんある程度のリスクはあるのだが……。
しかし、損得を重視するあまり『住む』という行為に関しての快適さは計算に入れ忘れていた感は否めない。
こんな広い敷地全てを一人で管理などできようもないしな。
「冷静に考えると……一人で住むにはむしろ不便な気がする」
しかし、誰かと暮らすといってもな。身の回りの世話を焼いてくれる人でも探すか?
それよりも城を管理してくれる人を探して、俺は宿に……。いや、それじゃあ城を買った意味が半減する。そもそも先立つものが……。
俺は思考の闇へ落ちようとしていたが、不意に現実へと引き戻される。
……今、何か音がしたような。
城内の探索を一通り終えた俺が現在いる場所は、城の正門付近だ。
音は外からか?
俺は耳を澄ませて聞き取ろうとする。
内容は聞き取れないが誰かが叫んでいるようにも聞こえる。音は城の入り口から聞こえてきているようだ。
一体誰だ?
まさか、昨日の今日で俺に客が来るとは思えないが……。
だが実際に正門に近づくにつれ声はどんどんはっきりと聞こえてくる。やはり気のせいではない。
「どなたか! おられませんか!?」
どうやら声を上げている人物は、本当にここに用事があるらしい。
その場にいたのは見知らぬ中年の男性だった。
誰だ? やけに立派な身なりをしているが……。雰囲気から察しても、身分が高い者という印象を抱かせる。
さらに後ろに視線をやると、二名の人物が見えた。
二人とも立派な鎧を身に纏っている。護衛か何かだろうか? そもそも俺の事を知って来たのだろうか?
「なにか用か?」
俺の口調がぞんざいだったからなのか、微妙な表情を浮かべたが、構わず話し出す。
「失礼、門番が不在だったようなのでここまで来てしまいました……非礼をお詫び至します。失礼ですが責任者の方と取り次ぎをお願い出来ますか?」
責任者……俺しかいないよな。
「今は俺が責任者だ」
その言葉に男は驚く。まあ俺が城の責任者には見えないだろうからな。
「し、失礼しました。私めは貴国の隣国であるアール王国の大臣を務めております。そちらと友誼を結ばせて頂きたくこちらへ参った次第でございます」
「友諠? いきなり意味がわからないが…… 」
どうやら物騒な話ではなさそうだが、まだよく理解できていない
しかし、いきなり隣国の大臣が来るとは……。本物か? しかし、疑ったところで俺にわかるはずもない。
「ランキングを拝見させて頂きまして……」
その言葉に俺の疑問は氷解する。
なるほどな……。おそらく隣国にランキング一位の者、つまり俺が現れたから、牽制しに来た、もしくは本当に手を結びに来たといったところだろう。
俺の居場所は……おそらく昨日の店主から得た可能性が高いな。
あの店主、城を買った物好きってことでそこかしこに吹聴してるんじゃなかろうな……。
「無論そちらも御承知のこととは思いますが……我が国と貴国は隣国でありながらここ数十年殆ど交流がなかったので――」
なんだなんだ? いきなり大きな話になったぞ。
俺がこの国に来たのは昨日だ。
まだエレノアの事すらほとんど知らない俺が他国との事情を知っているはずもない。
だが、逆に俺がエレノア出身じゃないということを相手が知らなくてもおかしくない。
実際は違うが、俺が自分の意思でエレノア所属になったと考えるのが道理だ。所属は自分の好きに選べるわけだしな。俺にその自由はなかったが……。
大臣はさらに言葉を続ける。
「ですが、今朝ギルドから発表された順位を確認しましたところ、我が王はそちらと友好を深めるべきとおっしゃいました。そのため、私がここへ馳せ参じたのです」
なるほど。
おおよそ思った通りだったみたいだ。
おそらく、世界一位とされている俺と敵対したくないのだろう。
あるいは実力が未知数だから、という理由で偵察に来たという線も……。
「重ねてお願いしますが……是非、我が国との関係強化を」
受けてもあまりデメリットはなさそうだが……。
しかし一つ大きな問題がある。俺の世界一位は実力に裏付けされたものではないというこどだ。というか全くの謎だ。何らかのシステムが不具合を起こしている可能性もある。
だが、断るという選択肢も選びにくい。手を組もうではなく、仲良くしようと言われている段階だ。ここで拒否するということは敵対すると言っているようなものだ。下手したら戦闘になる可能性すらある。
俺は考えた末に答える。
「わかった、話を聞こう。ついて来い」
俺は俺なりに世界一位を演じることに決めた。おそらくそれが一番安全だろう。
バレたら夜逃げだなこりゃ……。
俺の返事に大臣の表情は、明るく輝く。
「おお!! ありがとうございます!」
俺は大臣、以下三名を城の中に案内する。
大臣は城の中に誰もいない事を疑問に思ったのか俺に問いかけてきた。
「人がいませんな。 何かあったのですか?」
一人で住んでいると答えるのもかなりリスキーな気がする。まだ彼らを信用したわけじゃないからな。
むしろなるべく人が多いと思われていた方が得策だろう。
「ああ、少しトラブルがあってな……ほとんどの者が出払っている」
正直に答えようもんなら、城を買った経緯に話が及ぶ可能性が有る。
それはそれで説明しにくいからな……。
「ほとんどですか? お話を聞いて頂ける方は一体どのような……」
大臣が不安そうな面持ちで問い返してくる。
もちろん話を聞くのは俺しかいない。
それがわかってないということはランキングを見ても、顔や年齢まではわからないんだな。
俺は少し胸を撫で下ろす。
だが、無理もないだろうな。こんな若造が世界一位で城まで所持しているなんて、信じろと言う方が無茶ってもんだ。
俺は大臣の問いには答えずに、無言で案内を続ける。
城を探索した時に見つけていた謁見の間に、彼らを案内する。
そして奥にある椅子にゆっくりと腰かけ、彼らに芝居がかった口調で話しかける。
「では自己紹介をしよう。俺がこの城の主、カイトだ」
内心の緊張を見抜かれないように、細心の注意を払う。大臣という役職についているからには、人を見る目には長けている可能性が高い。果たして俺の演技が通用するのかどうか……。
まあ、演技だとバレても、その目的にさえ気づかれなければ問題ない。今のところランキング一位なのは純然たる事実だからな。仮に何かの間違いだとしても……。
しかし、俺の言葉を聞いた彼らは呆けた顔をして、全く反応できていない。
信用してないのか仰天しているだけか、判断がつかないが、あれを見せれば納得するだろう。
俺は城を買った時に店主から受け取った薄いカード状の物を取りだす。
店主曰く、このカードがこの城の所有者である事の証なんだとか。
大臣がカードを確かめようと近づいてきたので、俺は見やすいように彼の方にカードを向けてやる。
「ほ、本物だ……」
「だろ?」
彼らの反応は演技には見えない。俺の顔を知らなかったのは間違いないだろう。
「お若い……という情報は聞いていましたが、まさかあなたがそうだったとは……私の洞察力もたかが知れているようですな」
若いという情報は聞いていたか……やはり情報提供者は店主か?
疑問の答えは出ないが、俺の方針に変更はない。
「仮にもトップに立つ男だ。一国の大臣風情にそうそう看破できるものではないさ」
「さすがでございます。感服致しました」
大臣は本心から言っているようだが、変に突っ込まれても面倒だ。俺は大臣が何かを言う前に話を促す。
「それで? 話の詳細は?」
その言葉に大臣は正気を取り戻し、そして話し出す。
大臣の話は俺の予想の範疇だった。
どうやら純粋に和平を進めたいらしい。
もちろん俺がどこかを攻める気なんてあるはずもない。そもそも俺にそんな力はないしな。
結局この和平交渉は向こうにとっては全く意味がないというわけだ。
いや、これにより精神的な安心を得られるのなら無意味ではないのか?
まあ、相手が危惧しているのは俺を含めたエレノアの冒険者全体が組んだ時のことかもしれないが。
話を聞き終えた俺は、こちらに不利になりそうな条件も見当たらなかったので了承することにした。
むしろこちらの条件が良すぎるくらいだ。
「ときにカイト様、なにかお困りの事はありませんか?」
どうやら、さらに手助けがしたいらしい。
世界ランキング一位の肩書きというのはすごい効力を持つのかもしれないな。
俺は試しに、思いついたことを頼んでみる。
「先程大臣も見たと思うが、城の人手が少し足りなくてな……」
「なるほど……どういった人材をお求めでしょうか?」
反応から察するに、本当に人材を出してくれるらしい。
まさしく渡りに船だ。一人では城の管理すらままならないと思っていたところだからな。
ともかく、無理を承知で理想の条件を言ってみるか。
言うだけならタダだしな……。そのうえで妥協点を探そう。
「欲しい人材は、最低限の教養を持つ者、家事も最低限こなせる者、戦闘の才能があればなお良い。それと女性で頼む」
女性である必要はなかったが、男でもいいと言ってむさ苦しいのが来ても嫌だしな。
年齢は特に指定しなかった。性格が良ければ年配でも構わないだろう。
戦闘力に関しては一緒にダンジョンに入れるような人材がくれば、ラッキー程度に考えている。
大臣は即答しない。その表情から考え込んでいる様子が見て取れる。さすがに条件を付け過ぎたか?
「……女性ですか? その場合は『後宮』に……という事でよろしいのでしょうか?」
こうきゅう?
一瞬何の事かさっぱり分からなかった俺だが、すぐ理解する。
よく考えれば簡単な話だ。
女性の場合は高くつく、つまり『高給』になるという事だろう。
さすがにタダで人は借りられないらしい。
だが、王家推薦の人間なら戦闘の面でも期待できるかもしれない。
「良い人材がいればな」
とりあえず手持ちの金銭が寂しくなっていた俺はそう答えておく。
この世界での高給とはいったいどのくらいを指すのだろうか?
俺は少し不安になる。
「わかりました。 こちらには選り取り見取りの人材がおります。きっと気に入って頂けると確信しています!!」
やけにテンションが上がってるな。
そんなに一杯連れてきても大勢は雇えないんだが……。
まあ、多すぎた場合は適当に理由をつけて断ればいいだろう。
「これがうまくいけば、双方に強い絆が生まれますな」
絆?
それはどうだろう? 少々大袈裟な気も……。
だが、あえて否定して相手の機嫌を損ねる事は無い。
俺は適当に返事をしておく。
「ではカイト様、一週間……いえ三日ください。必ずやとっておきの人材をお連れします!!」
「ああ、期待している」
大臣とその部下達は挨拶もそこそこに城から出て行く。
それにしても予期せぬ来客だったな。
とりあえずどんな人材を連れてきてくれるか楽しみだ。
高い金を払う価値のある奴だと良いんだが。
高い金で思い出したが、そういえば今の所持金はいくらだ?
昨日かなり散財したからゆとりはあまり無い筈だ。
正確な金額を把握しておくに越したことはない。
俺はステータスカードをチェックする。
すると、ぼんやりとした光が目に入る。
称号が表示されている位置が光っているのに気がつく。
そういえば、帝都のダンジョンを攻略した後に称号を見るのをずっと忘れていたな。
「さて、何の称号が貰えたんだ?」
俺は称号を確かめるべく、発光している箇所に指で触れる。
するとそこには――