第21話 再びエルフ国へ
ライカとの一件のせいで、寝付くのに時間がかかると思ったが、余程疲れていたのか、ベッドに入った俺はすぐに意識を失った。
次の朝、目が覚めてボーっとしているとロイスが部屋に訪ねてくる。
俺は室内に通すとロイスは申し訳なさそうな表情で話す。
「悪いな。朝早くに」
「別に構わない。どうせ起きた所だったからな……それで?」
「姫さんと連絡取れるか?」
「姫さん? エリザの事か?」
「ああ。少しエルフ国と連絡を取りたい事があるらしくてな……それなりの地位の人に直接書簡を届けたいんだ。割と急ぎらしくてな」
「確かにその条件ならエリザは適任か……連絡は取れるぞ?」
まあ連絡というか転移で直接会いに行く事になるが。
「本当か? 頼めるか?」
「わかった。引き受けるよ」
俺は少し考えて了承する。エリザも会いに行ってあげた方が喜ぶだろう。一瞬ライカの事も頭に浮かんだがとりあえず考えない事にした。
「だけど、とりあえず飯からな」
「そう言うと思ったよ」
俺とロイスは昨日と同じように兵舎の方へ移動して食事を取る。
「そういえばカイト」
「なんだ?」
「……昨日のライカとの件は本当の事なのか?」
一瞬俺の部屋での事を言われてるのかと思いドキッとしたが、冷静に考えると、謁見の間でのことを言っているのだろう。
「……まあな」
ロイスは口笛を吹き、ニヤけた顔を寄せてくる。
「おまえ……いつか刺されるぞ?」
「……ほっとけ」
俺はなぜかロイスの言葉を聞いた時、二股をすると女性に刺されて死ぬというゲームを思い出していた。
そのゲームで如何に早く女性に刺されるかというRTAをやったことがあるが、俺はなぜあんな無駄な時間を過ごしたのか、今となっては思い出せない。
俺の考えが脱線しかけると、ロイスに現実に戻される。
「カイト、話は変わるが昨日言いかけた事って何なんだ?」
「昨日? 何の話だ?」
「ほら、土産話がどうとか……」
「ああ。あのことか」
昨日あまりに色々な事が有りすぎて一瞬思い出せなかった。
どうせならもったいぶって話してやるか。
「まあ……たいした話じゃないんだ。昨日ダンジョンを一つ攻略しただけさ」
「おいおい。昨日タールの爺さんに中級ダンジョンのことを聞いてたが、まさかそんなはずはないよな?」
「そのまさかさ」
「本当かよ!? 誰と行ったんだよ? 俺も誘ってくれれば……」
「ん? 勿論一人だ。足手まといがいたらクリアできるものでも失敗するさ」
「俺でも足でまといか?」
「ロイスは……イイ線いってるが、まだまだ厳しいだろうな」
俺は正直に答える。
さすがに俺に影響されてすぐダンジョン攻略に乗り出されても困るからな。
実際にドラゴンやルカが相手ではロイスでは勝負にならないだろう。
「そうか……まあカイトがいうなら信じるさ、まだ強くなる余地はあるだろうからな」
「その意気だ。精々精進しろよ」
「年下のお前にそう言われると流石に少し落ち込むな……」
「まあ、あのダンジョンを攻略しようとするなら、魔法戦には慣れておいた方がいいぞ?」
「おいおい。魔法かよ……なんか自信なくなってきた」
俺はロイスとの食事を終え、早速ロイスに頼まれた用事をすませに行く事にする。
まあ急いでいるみたいだったしな。
エリザから貰ったネックレスを使い、エルフ国へ行く。
どこに飛ばされるか、多少の不安があったがどうやらエリザは普通に部屋にいたみたいだ。
音も無く現れた俺にエリザは背を向けていた為、気がつかない。
俺は咳払いをひとつする。
エリザがびっくりした様子で振り返る。
俺の姿を確認したエリザは笑顔で迎えてくれた。
「カイト様。よくいらしてくれました」
「数日振りだな。変わりはないか?」
「はい。カイト様がいなくて退屈でしたけど……」
エリザの俺への思いはどうやら一過性のものでは無さそうだ。
俺の来訪を心より喜んでくれている様に感じる。
俺はロイスに頼まれてた事を思い出す。
「そういえば少し用事があるんだ」
「用事ですか?」
俺はロイスに言付けられた事を伝え、エリザに書簡を渡す。
「分かりました。お父様に渡しておきますね」
さて、用事は済んだがさすがにすぐ帰るのもな。
「……そうだ。カイト様?」
「ん? なんだ?」
「そのネックレスですけど、もう一度魔力を込めるので、預かってよろしいでしょうか?」
どうやら何度でも使用可能みたいだ。
かなり便利だな。
俺は礼を言い、エリザにネックレスを渡し再び魔力を入れてもらう。
時間がかかるのかとも思ったが、予想に反して一瞬で終わる。
俺は再度ネックレスを受け取りながら、エリザに話しかける。
「なあ、エリザ。今は時間があるのか?」
「はい! 退屈していたところですから」
聞かれるのを待っているかの様な即答だった。
余程退屈していた様子だな。
それにしても、誘ってはみたものの、どうするかな。
俺は少し考え、ある場所に案内してもらう事を思いつく。
「エルフ国の中級ダンジョンに案内してくれないか?」
「ダンジョンですか? ……まさか攻略でしょうか?」
「いやいや、今回はただの様子見のつもりだ。もしかして次に狙うダンジョンになるかもしれないからな」
「カイト様ならもしかして攻略できるかもしれませんが、ミルの中級ダンジョンに比べると大分難易度が高いそうです。私は奥まで行った事は無いのですが……」
そういえばエリザにはまだ俺が帝都のダンジョンをクリアした事を話してなかったな。
「聞いてくれ、エリザ。実は昨日帝都の中級ダンジョンをクリアしたんだ」
俺は嬉しさを隠さず笑みを浮かべながらエリザに話す。
「えっ!? まさか帝都の中級ダンジョンをですか?」
「そのまさかだ」
「す、すごいです! いったいどうやって……」
ロイスやライカ達と過去に挑戦した事のあるエリザは心底驚いてくれる。
話した甲斐が有ったな。
俺は微妙な部分は隠したままエリザにダンジョンでの事を話してやる。
エリザが挑戦した時は40層までも到達できなかった様で、俺の話に興味深げに耳を傾けている。
さすがにドラゴンの話をしたときはびっくりしていたが。
「そういう事なら我が国の中級ダンジョンへご案内します」
そう言ってエリザは出かける準備を始める。
着替えもあるので外で待っていると見知った顔が通る。
なんと王妃だ。
俺は不意の出来事にビックリするが、向こうはまだ俺に気がついていないみたいだ。
だが、さすがに直に対面して挨拶をしない訳にもいかない。
「もし、そこの若くて美しいお嬢様」
元の世界で身に付けた処世術を使うのはもはや恒例だ。
王妃はまさか自分の事だとは思わなかった様で、辺りを見回している。
「えっ? 私の事……?」
俺は王妃に近づき、さも今気がついた様なリアクションを取る。
「ああ!? 申し訳ありません間違えました! 遠目から見てもあまりにも瑞々しい肌と若々しい容姿に思わず……」
「瑞々しい……ですか?」
王妃は自分の腕を見つめニコニコしている。
「ええ。常人とは比べ物にならないくらい生気に満ち溢れています」
「まあまあそんな……」
謙遜はしつつもかなりの笑顔だ。
どうやら掴みはバッチリの様だ。
果たして掴む必要があったのかという疑問は残るが。
「挨拶が遅れました王妃様。エリザに会いに少々お邪魔してました」
「カイトさん。ようこそいらっしゃいました。自分の家の様にくつろいで下さい」
「ありがとうございます」
「今は何をしていらっしゃるのかしら?」
「エリザが部屋で着替えをしているので、ここで待っています」
王妃は少し考える素振りを見せて口を開く。
「カイトさん……よろしかったらこの後、一緒にお茶でもどうです?」
「え? い……いやそれは……」
「お母様!! カイト様は私とこれから出かける予定があります!!」
俺が答えに窮しているとそこにエリザの力強い声が響く。
どうやら準備が終わって部屋から出てきたみたいだ。
「い……いやですよエリザ。ほんの冗談じゃない」
娘の剣幕に母は少し驚いた様子だ。
「お母様のは、冗談に聞こえません!」
このまま言い合いになるのは避けたい。
「まあまあエリザ。準備ができたなら早速行こう」
エリザの肩を押し王妃様から離す。
王妃様に視線を送ると、軽く目礼をしてきた。どうやら正解だった様だ。
少し王妃と離れても、エリザの機嫌は直らない様だ。
「カイト様。お母様の言う事は気にしなくていいですから」
「ああ……だけど冗談だって言ってたし、エリザもあまり気にする事も無いと思うぞ」
わかってますと頷くエリザ、まあしばらく経てば忘れてしまうだろう。うん。
気を取り直しダンジョンへ向かう事にする。
エリザは城を出るときに護衛を付ける事を進言されていたが、俺がいるからという理由で却下していた。
まあ何かあってもエリザの魔法で逃げればいいだろう。
「転移で行けますがどうしますか?」
「ここからは遠いのか?」
「いえ。実は中級ダンジョンはお城からあまり離れていません」
「なら歩いて行くか? 余り急ぐ必要もないし、なによりゆっくり話もできるからな」
「はい。私もその方が良いと思っていました」
少し機嫌も直ったようだな。
俺とエリザは歩いてダンジョンへ向かう。
移動中の話題は、もちろんここ数日間の出来事だ。
まあ正直エリザの話はとりたててすごい事ではなかったが、普段のエリザがどんな生活をしているのかを知れたので非常に興味深いものだった。
一方俺の方はというと、ここ数日間も講習やダンジョン等、盛りだくさんの内容であったため、エリザは目を輝かせて聞いていた。
そろそろダンジョンへ到着しようかという時、それは起こった。
「カイト……あなた狙われているわよ」
不意に頭の中にルカの声が響く。
俺がエリザに気取られない様にルカに問いただそうとする。
だがそんな暇はなく、何か高速な物体が自分の元へ向かって来る事を目の端でとらえる。
瞬時にエリザを抱え、後ろへ跳んだ。
「カ、カイト様!?」
俺の行動にエリザは混乱している。
だが間一髪で間に合ったらしく、飛んできた物体は俺とエリザが先程までいた場所を通過していく。
ルカの言葉がなければまずかった。
彼女にお礼を言おうとしたが、周囲に人の気配を感じてそれどころではないと思いとどまる。
気配は一人、また一人と増えていく。
「どう考えても、友好的な奴らじゃないな……」
俺は頭の中で必死に彼らの動機を探ろうとする。
だが、冷静じゃない今の状態ではそれすらもままならなかった――




