第2話 最速記録保持者
「カイト、お前のダンジョン探索時間の合計が四分三十二秒になってるんだが……何かの間違いか?」
教官のリアクションを見て、このタイムがこちらの世界では異常であることを悟った。
俺のダンジョン攻略法は、この世界では一般的じゃない……ということか?
気付けば、教官の一言のせいで、ギルド内の視線が俺に集中している気がする。
正直に話しても大丈夫だろうか?
しかし、仮に説明したとして、発想の出どころを聞かれても答えようがない。
仮にRTA的なダンジョン攻略にアドバンテージがあるのなら、正直に話すのも得策ではなさそうだ。
変に注目を浴びるというのもあまり好きじゃないからな……。
「どうやら運が良かったみたいです」
「運?」
周囲の興味を霧散させようと、運ということにしておく。
「ええ、ギルドカードの討と う伐ば つ記録を見て頂ければわかると思いますが……今回俺は魔物を一匹しか討伐していません。それにパーティーを組まずに単独で挑戦したため、時間的なロスはほとんどありませんでした。それほどおかしな探索時間とは思いませんが?」
「む……たしかにな。しかし一体どうやってひとりでボスの元へたどりついたのだ? 途中の魔物は? さすがにすべての魔物をお前が倒したと言っても信じ難いが……特に途中にいたボスはかなりの強敵だったはずだが?」
そもそも途中のボスとは戦っていないし……。
「実は……魔物がほとんどいなかったので、チャンスだと思い、一気に走って五階層へ向かいまし
た」
「いなかった? それはなぜだ?」
「それは……俺の方でもわかりません。ただ、想像することはできます。おそらくですが、俺が入る直前にダンジョンに入った人がいて、その人が倒したのではないかと……」
「……ふむ、なるほどな。たしかに一度倒された魔物が再度現れるまでには、多少の時間がかかるからな……ありえん話じゃないが……」
教官を見るに、まだ完全に納得したとは言い難い表情をしているが、それ以上の追及はないようだ。
俺に注目していた周りの視線も、そのほとんどが興味をなくしているように見えた。
「しかし、運がよかったにしろこれはすごい記録だぞ? 初級クラスのダンジョンにしてもまさか四分台とは……そうだ、ステータスカードを見てみろ」
教官に言われて俺は、ステータスカードと念じる。
すると、俺の手中にカードが出現する。
俺はそこに表示されている名前や能力の欄を見てみるが、特に変わったところはない。
……いや、名前が表示されている少し横の部分がぼんやりと光っている気がする。
「……なにか光ってますね。これは一体?」
「やはりか……それはな、何かの偉業を達成した時に起こるんだ。どうやら今度のことでお前は称号を授かったらしい」
称号? 授かる? どういうことだ。
「授かったらしい……って誰からです?」
「……さあ? まあ俺たちギルド職員は便宜上ダンジョンの神様と呼んでいるがな」
神様からの称号ね……。
まあ、もらえるものはもらっておこう。
その後、教官に称号の事を詳しく訊いた。
どうやら称号には能力に補正がかかるものがあって、複数称号を所持している者は自分で好きな称号をひとつ設定できるらしい。
ただ教官も実際に称号を所持している訳ではないらしく、称号に関してはまだ未知の部分が大きいという話だ。
だが俺の予想を上回るメリットも称号には隠されていた。
そのせいもあって、称号はあまり他人にひけらかすものではないらしく、どのような称号を持っているかは、なるべくなら人に言わない方がいいと、アドバイスを受けた。
だったらもっと人目のない所で称号について話して欲しかったが……まあいまさら言っても始まらない。
俺は教官にお礼を言い、ギルドを後にする。
どういう称号を貰ったのかは気になるが、教官の話もあるし、人目のある場所で確認するようなことでもないだろう。
俺は泊まっている宿に戻ることにした。
宿でさっそく手に入れた称号を確認してみる。
なんと、手に入れた称号は二個あった。
『ミルダンジョン最速記録保持者(初級)』 ステータス補正無し
なるほど。ミルダンジョンか、どうやら称号にはクリアしたダンジョンの地名が入るみたいだ。
しかし、残念ながらこの称号にはステータス補正は無いようだな。
少しがっかりしつつも、もうひとつの称号をチェックする。
『ダンジョン最速記録保持者』 ステータス補正 敏捷値 四段階上昇
一瞬最初の称号と何が違うのかわからなかったが、地名の部分が消えている。
しかもステータス補正付きだ。
だが、よくわからない。
一個目の称号と何が違うんだ?
俺は頭を捻ってしばし考える。
すると、ひとつの仮説が浮かぶ。
もしかしてさっきの記録はすべてのダンジョンの中での最速記録だったのだろうか?
そう考えると、地名が消えていることにも辻褄が合う……。
「おいおい、マジかよ……」
しかも敏捷値四段階上昇って……俺の敏捷値がD-だから四段階で一気にCになる事になるな。
まあ敏捷値以外のステータスはすべてEなんだけどな、ハハハ。
思い出して悲しくなってきた。
さて、初級ダンジョンをクリアし、偶然にも称号まで手に入ったが、次はどうするべきか……。
とりあえず自分の能力では現状、この世界の攻略なんて考えるのは夢のまた夢だろう。目的に近づくためには、強くなるしかない。
しかし、ステータスを強化する方法はそう多くない。
俺の知っている限り、特殊な装備による補正、教官から聞いた称号による補正、そして……レベルアップによるステータスの上昇だ。
この世界ではゲームのようにレベルが存在する。
それは、RPGで言うレベルとほとんど同じものと思っていい。
だが、もちろん違う部分もある。
たとえばこの世界ではレベルが低いうちからでも非常に、上がりにくいという点だ。
特別な才能がない限り、レベル1から5まで上げるのに平均五年くらいはかかるらしい。レベル10程度から中堅と呼べる存在になり、レベル20以上からは達人の域に入って行くという感じだ。
現在この世界で最もレベルが高い人でもレベル40台らしい。
現在俺のレベルは2だ。
ステータスの強化にはレベル上げが一番だとわかってはいるが、俺の性格上、ちまちま鍛えるのは性に合わない。
だが、まともにやってたら何年かかるかわかったもんじゃない。
……俺は俺のやり方でやる事にしよう。
俺は、頭の中でレベリングのチャートを組み立てながら夜を過ごした。
――翌日。
俺はまず武具屋に行くことにする。
「お!? 昨日のお客さんだね? いらっしゃいませ!!」
「これの買い取りをお願いします」
「はい。あ、でもこれ昨日買って頂いたミスリルソードじゃ? お気に召しませんでしたか?」
「いえ、とても役立ってくれましたよ」
店主は納得のいってない表情だったが、俺に買い取りの金額を告げる。
売値は銀貨七枚らしい。
特に不満もないので俺はその金額に了承し、続けて店主に聞いた。
「この店に他人から強そうに見られる装備って置いてありますかね?」
「……ご予算は?」
「できれば銀貨七枚で」
俺は買い物を終え、武具屋を出た。
俺は手にオリハルコンの剣を、体にオリハルコンの鎧を装備してる。
オリハルコンの剣と、鎧共に性能値はB+だ。
ただし、強力な呪いがかかっている粗悪品を購入した為、残念ながら剣も鎧も性能値はEだ。
呪われた品なので店主も早く手放したかったらしい。
それを銀貨七枚で購入した。
俺は道具屋に寄って必要な買い物を済ませた後、ギルドに向かった。
到着すると、俺はとりあえず待合室の椅子に腰かける。
不意に隣で座っていた冒険者らしい中年の男に話しかけられる。
「お前、たしか新人だよな? すげえ装備だな。それオリハルコンだろ?」
「ええ……さすがです。良く分かりましたね」
「いや、さすがに分かるけど……お前さんレベルいくつだったっけ?」
「レベル2です」
俺がそう答えた瞬間、
「プッ」
周りで聞き耳を立てていた冒険者達から笑いが漏れる。
「はは、レベル2でオリハルコンか。筋力値足りるのかよ? たしかC-は必要だったと思うが」
俺は苦笑いしながら答える。
「あんまり気にしないでくださいよ。オリハルコン装備持ってみたかったんです」
「まあ、気持はわかるけどな。それにしてもお前、おもしろい奴だな」
「……はは、ありがとうございます」
俺はひたすら愛想笑いを浮かべてやり過ごす。
揉めゴトを起こすつもりはさらさらない。
その時ギルドの入り口から強そうなパーティーが入ってきた。
男女二人づつのパーティーだ。
騎士のような格好の男性。年齢は二十台半ばといったところか。
同じ格好の女性。年齢は男と同じくらいか……顔はかなり美形だ。
ローブを被った女性。顔がよく見えないので年齢はわからない。
斧を持ったおっさん。
よくわからない組み合わせだが、全員強そうだ。
彼らが入ってきた途端、たむろしていた連中が脇に移動する。
「……まるでモーゼの十戒だな」
このギルドの有名人か?
もしくはもっと大物の可能性もあるな。
とりあえずこの機を逃す手は無い。
俺は素早く立ち上がると、件のパーティー近づいて行く。
会話が聞こえてきたので聞き耳を立ててみる。
「今日に限ってハインスが来れないなんてね」
「仕方ないから今日は4人で行くか」
「ここのギルドで強そうな人を誘ってみるのもよいかもしれません」
「うーん。ワシらの足を引っ張るだけになると思うがの」
なるほど。
会話を聞く限りいつものパーティーメンバーが一人来れないって感じか。
これは渡りに船だな。
さっそく声をかける。
「お困りの様子だな。俺でよければ手を貸すぜ?」
レベル2の俺が声をかけた瞬間、周りで話を聞いてた数人が一斉に顔を背ける。そして肩が小刻みに震えだす。
「ゴホっ! クックク…… ゲホッ、ゲホッ」
一人の男がよほどツボに入ったのか、激しくむせ始める。
そして、そのままギルド奥のトイレへ消えていった。
俺は周囲のそんな状況もお構いなしにパーティーに話しかける。
「話は聞かせてもらった。俺が一緒に行ってやってもいい」
パーティーメンバー全員の視線が俺に集中する。
俺の言葉に、騎士風の男が代表して質問を投げかけてくる。
「……君は? 見たところ装備はたしかに整ってるみたいだが……」
騎士風の男が話かけてくる。
「カイトだ。カイトって呼んでいいぜ?」
「……カイトか、じゃあカイトのレベルはいくつなんだ?」
おそらくレベル差を理由に、あっさりと提案を断ろうという魂胆だろうが、そうはさせない。
「……レベルは30だ」
俺は悪びれもせずにそう言い放った。
レベル30と言った瞬間周りの数名が耐えきれず噴き出すが構っていられない。
騎士風の男は流石に信用していないらしく、疑いの眼差しを俺に向けながら質問を繰り返す。
「じゃあカイトは、ここのダンジョンは何階層まで進んでるんだ?」
かなりの上から目線だな。
まあ当たり前か、年齢もかなり上だろうし。
「ん? クリア済みに決まっているだろう? 俺を馬鹿にしてるのか?」
「い、いや……そんな事はないんだ。ほう……クリア済みなのか? ちなみに証明できるか?」
男は少し嫌味な表情に変化する。
間違い無く俺が証明できないと踏んでいるなこの顔は。
俺はステータスカードを出して
『ミルダンジョン最速記録保持者(初級)』の称号を見せてやった。
もちろん(初級)の部分は指で隠した。多分同じ称号持ちじゃなきゃバレないだろう。
反応は劇的だった。
「最速!?」
まあ反応するのはそこだよな。
たたみかけるように今度はこちらから質問する。
「おまえらは、ここのダンジョンはクリア済みか?」
俺が上から目線で彼らに話しかけるたびに誰かしら噴き出してるな。
まあ気持ちはわかるけどな。
「まだよ……」
騎士風の女が少しだけ悔しそうに言う。
「そうか……よかったら案内しようか?」
少し柔らかめに言うことにする。俺の方が上に立ったと確信したからだ。
「……案内してもらったらどうでしょうか? 頼りになりそうですし」
ローブを着た女が言う。
良い援護射撃だ。
「だが、おかしいのう。ミルのダンジョンはここ5年間はクリアした者がいなかったと聞くが……」
おっさんが余計な事を言う。
「そうか……ということは俺以降まだクリア者は出ていなかったか……」
俺は再び悪びれもせずに言い放つ。
(あんたがギルドに登録したのは先週でしょうが!!)
ちょうど目の合ったギルド職員に、心の中でそう突っ込まれた気がした。
「5年前にクリアっておまえさん今いくつじゃい?」
「17歳だ。あそこのダンジョンをクリアしたのは、たしか12歳の頃だったか……」
遠い目をして言う。
オスカーものだな。
「……なるほどのう、たしかに称号もあるのじゃから嘘は言っていないと思うが……それに嘘をついてまで案内役を買って出るなんて、なんのメリットも無いじゃろう。ワシは信用していいと思うがのう」
おっさんが俺を認める発言をすると、騎士風の男も納得したようだ。
「……わかった。じゃあ手伝いを頼む。反対の者はいるか?」
声をあげる者はいない。
よし、第一段階はクリアか。
そういえば彼らはいま何階層らへんなんだろう。
ミルダンジョンは全五十階層だ。
俺の勘だが、三十階層くらいまで行っていると予想する。
「ところで、あんたらは今何階層まで到達しているんだ?」
「俺たちは、前回四十五階層まで行っている。今回はボス討伐が目標だ」
あ、あれ? 俺詰んだかも――