第15話 テストの終わり
彼女は戦闘開始の合図となる礼が終わるやいなや、さっそく攻撃を仕掛けてきた。
驚いたのはその攻撃方法。
彼女は魔法を使ってきた。
彼女の詠唱で生成された火の玉が超スピードで俺の元へ飛んでくる。
全く予想だにしていなかった俺は、やや反応が遅れる。
それでも必死の回避行動のおかげで腕にかすっただけで済む。
今のはやばかった。
まさか魔法使いが紛れ込んでいるとはな。
たしかに他の受講者達に比べ軽装だとは思っていたんだがな。
それにしてもあの魔法の飛んでくるスピード。
速さだけならエリザの魔法以上だったかもしれない。
おそらく彼女は今までの俺の戦い方を見て、中途半端なスピードでは俺に当てられないと悟り、速さに特化した魔法を使ってきたんだと推察する。
それでもあんなの連射されたら1分間避けきれる自信は無い。
くらってみなくてはわからないが、俺の魔法耐性は極めて平均的なものだ。下手すると一撃で終わる。
だが、さすがに直撃をもらって負けるのだけは避けたい。
あまりに格好悪いからな。
何か方法はないか?
俺は瞬間的にひとつの方法が浮かんだが、確実にうまくいくかの自信はなかった。
だがとりあえず試してみることに決めた俺は、時間を稼ぐ為に話しかけた。
「まさかエルフでもないのに魔法を使えるとはな……驚いたぞ」
彼女の容姿を見るにエルフとは思えない。
見た目から推察するに年齢は20そこそこってところか。肩くらいまでの茶色の髪に細身の体。
十分に美人と言ってもいいだろう。
話しかけられてやや戦意が和らいだ様子だ。
どうやら律儀に答えてくれるらしい。
まあ一応今の俺は教官みたいな立場だから当然といえば当然なんだが。
「私はハーフエルフです。ハーフエルフには魔法の才能が有る者が少なくありません。もちろんエルフと比べたら圧倒的に少ないのは言うまでも有りませんが」
俺は彼女の返事を聞く振りをして、不自然にならない様に自分の手首を口のあたりに持っていく。
そして小さい声で語りかける。
(ルカ、聞こえるか?)
前にエルフ国でルカがいきなり出てきた事があった。
おそらくルカから貰った腕輪のなんらかの効力によるものだと思うが、だったらこちらから語りかけることはできないだろか? と思った訳だ。
だが腕輪に問いかけても、ルカからの反応は無い。
これは失敗か? と思い始めた時にようやく小さい声が頭の付近に響いた。
(なによ?)
ルカの声だ。あきらかに腕輪から聞こえた声じゃなかったので俺は辺りを見回す。
(魔法でカイトの頭の中に直接話しかけてるの。返事は頭の中に思い浮かべなさい)
まさか本当に通じるとは、半信半疑だったが試した価値はあったな。
俺は今おかれている状況を頭に思い浮かべる事でルカに伝える。
彼女の反応から察するにルカはエルフ国の時とは違い、今回の状況を全く知らない様だ。
どうやらいつでもこちらの状況を察知できる訳ではないらしい。
ピンチの時はいつも助けに来てくれるかもと思っていた俺の淡い期待も打ち砕かれた。
だが今はそんな事を考えていてもしょうがない。とりあえず協力を仰がなければ。
経緯を理解した様子のルカは俺の言葉に興味を示したみたいだ。
再度頭の中に語りかけてくる。
(へえ、魔法か……おもしろそうね。いいわやってあげる。私、魔法戦なんて何年もしていないから。退屈しのぎにも丁度よさそうだし)
(さっきも言ったがあくまで防御だけな? 攻撃はやめてくれ)
(残念だけどわかってるわよ)
(話は適当に合わせてくれ)
(それも大丈夫よ。またカイトに使役されている事にするわ)
(それはそれで厄介なんだがな……)
「あの?」
ずっと黙ったままで何も反応しない俺の様子が気になったのだろう、しびれをきらした様子で魔法使いの女性は話しかけてきた。
そこで我に返った俺は、気を取り直し彼女に話しかける。
「すまない。少しボーっとしていたみたいだ。仕切り直しをさせてくれ。ここから1分間で頼む」
俺の態度に少々疑問を持ったみたいだが、すでに奇襲は俺に避けられているので特に不満も無いらしく彼女は素直に頷く。
「わかりました。ではいきます」
彼女は早速、先程のスピードに特化した攻撃魔法を使ってくる。
俺の方はというと先程とは違い、魔法を避けようともせずにその場に立ちつくす。
そして腕輪を身につけている方の腕を真っすぐ前に伸ばし、目を閉じる。
後は、ルカがうまくやってくれるだろう。
俺が魔法を避けようとしないのを見てざわめく見物人たち。
だが彼らは次の瞬間、さらに大きな驚愕に包まれた。
魔法が俺に到達する寸前、ルカが俺の前に現れ、魔法を片手で受け止めたのだ。
火の球はルカの手に触れるとあっさりと消えてしまう。
火の球を放った彼女はこの状況を信じられないといった様子でただこの光景を見つめている。
俺はその様子を見ながら、彼女に事もなげに告げる。
「どうせなら魔法戦の方がいいかと思ってな。俺の精霊を呼んだ。攻撃はさせないから好きに魔法を撃ってこい」
俺の精霊と言った時にルカがピクリと反応したように見えたがきっと気のせいだろう。
「……人型の精霊を召喚とは……まさかそんな事ができる人がいるなんて……」
彼女はまだ正気に戻っていない様子だ。仕方ないので戻してやる事にする。
「おい。時間は1分間だぞ? このままでは不合格にするぞ」
その言葉にやっと自分を取り戻したようだ。今度は別の魔法でルカに攻撃を試みる。
だが、どの魔法もルカには一切ダメージを与えられず、それどころかすべて片手で消し去られてしまう。
時間も残りわずかになり。彼女は長い詠唱に入る。
奥の手ってやつか?
彼女の手から放たれたのは火柱だ。
力を出し尽くしたのか膝をつき息も絶え絶えだ。
火柱は真っすぐにルカに向かっていく。
俺はさすがにルカでもこれは避けるしかないんじゃないかと思ったが、杞憂だったようだ。
ルカは火柱に対して水柱を発生させあっさりと相殺してしまった。
さすがというかなんというか、なんで俺なんかの頼みを聞いてくれるのか大いに疑問だ。
そんな事を考えつつも、もう1分間は過ぎたので締めに入る。
だが魔法のアドバイスなんて使えない俺がしていいものだろうか?
思い切ってルカに言わせるのも有りか。
「さて、時間だな。ルカ、よかったら彼女に戦い方の事や今後の鍛錬の仕方等を指導してやってくれないか?」
「えっ? ま……まあ別に構わないけど」
あまり乗り気じゃないように見えたが、指導が始まるとかなり饒舌だ。
退屈していたようだし、しゃべるのが楽しいんだろうな。あくまで推察だが。
ルカが話している間手持ちぶさたな俺はふとロイスの指導が気になりそちらに視線を送る。
だがロイスやその指導を受けている者たちまで、いつの間にか揃ってこちらに注目していたみたいだ。
「ロイス、そっちはもう終わったのか?」
「いや、まだなんだが魔法戦なんてめったに見れないことをやり始めたんでね。俺の指示で全員に見学させたんだ。魔法を見たことない奴だっているだろうし、見逃す手はないさ」
「なるほどな。まあ俺も魔法を使えるもの同士の戦いは初めてだったよ」
「というかカイト、魔法も使えたんだな? てっきり俺と一緒で剣のみでのし上がってきた奴だと思っていたが……」
この質問に正直に答える訳にはいかない俺は適当に話を合わせる。
「まあな。俺の本職はあくまで剣だが魔法も嗜む程度には扱えるぞ」
「あんなねーちゃん召喚しといて嗜む程度なのかよ……相変わらず滅茶苦茶な奴だなお前」
剣が本職ってのは自分で言ってて悲しくなるな。
そう遠くない内に剣術の腕を上げたいものだが。
その時一人の男が大きな声を上げた。
「あ~!! 女神様じゃないですか!!」
あの男はルカを知っているのか?
いや。そもそもルカはこの帝都の初級ダンジョンの奥にたまに姿をみせるらしいから、会った事が有る奴がいてもなんら不思議は無いか、だが余り騒がれても厄介だな。
俺が呼びだしたという風に見えただろうからな。
ルカはその男の事を覚えていないのか、少し困ったような表情をしている。
昔アイテムを上げただけとかそういう事かもしれないな。
男の言葉に周囲も反応を見せる。
「女神様って女神のダンジョンの?」
「ああ、あのアイテムをもらえるとかいう噂の?」
「たしかここの初級ダンジョンの奥だろ?」
心当たりのある者がそれぞれ好き勝手言い合う。
と、その時ルカが再び俺の頭の中に話しかけてくる。
(失礼ね……私は中級ダンジョンにもいるわよ。あなた達が誰も来ないだけで)
ルカの怒りのポイントはよくわからないが、一応静めておく。
(まあまあ、いずれ誰かが中級ダンジョンの奥にも到達するさ)
俺の言葉がフォローになってるのかいないのかも分からないがひとつ気になった事があったのでルカに聞く。
(そういえば中級ダンジョンにルカがいると言っていたが、初級の時と同様に一番奥にボスの代わりとしているのか?)
(そうだけど? 初めに最深部に到達した者にはとっておきのアイテムでも渡そうかしらね)
「ふむ。なるほどな」
俺の中である考えが浮かぶ。
試してみる価値は有るな。
(とりあえず俺が適当にごまかしておくからルカは戻るか? 今回は助かったよ)
(そうね。余り騒がれるのも愉快じゃないし。もう戻る事にするわ。暇つぶしにはなったから少しだけ感謝しておくわね)
(それならよかった。じゃあ俺が戻す素振りをするからそれに合わせて姿を消してくれ)
(わかったわ。またねカイト)
(また近いうちにな……)
俺はそう返事をして今度は実際に声を出してルカを呼ぶ。
周りの注目が俺に集まる。
そこで俺はルカのいる方向に手をかざす。
するとタイミングバッチリにルカの姿が消える。
それを見た周りの連中から先程までの事と合わせて質問攻めに合うがすべて適当な事を言ってごまかした。
そうしてすべての仕事を終え、心地よい疲労感に包まれていたが……。
「カイトさん、お休みのところ悪いんですが、私だけまだ……」
俺はアーシェが残っていた事をすっかり忘れていた。
あわててフォローする。
「さすがに魔力を少し使って疲れていたからな、別に忘れていた訳じゃないんだ」
「たしかにあそこまで強力な精霊の召喚にどれほどの魔力を使うか私などでは想像もつきませんが……」
「いや、ただの言い訳だな。もう休憩は十分だ。さあ始めよう」
「ではよろしくお願いします」
「よろしくな」
お互い礼をした後、再び1分間の模擬戦に入る。
結論から言うとアキームと同じくらいといったところか。
スピードは兄よりあるが、力は劣るように見える。
まあ若さのわりには優秀な方なんだろう。
「あ、ありがとうございました」
疲労たっぷりといった感じにアーシェが戦い後の礼をする。
俺は適当にアドバイスをして指導を終えた。
ちなみに彼女にはレベルを上げて物理で殴れとアドバイスしておいた。
言った後でおもいきり睨まれたのは言うまでもない。
とりあえずロイスの方も含めた全員のテストが終わりこれから結果を発表だ。
ある程度の基準を満たしているものには合格、それ以外の者は条件付き合格、もしくは不合格で再試験だ。
アキームとアーシェは条件付き合格にした。
その条件はパーティーを組んでダンジョンに入る事だ。
もとより二人は組むつもりだっただろうから、なんの問題も無い条件だと思う。
魔法で俺を苦しめた魔法使いは普通に合格。
ルカの指導も受けることができたし、おそらく今日一番ラッキーだったのは彼女だな。
まあ俺の方もなんの収穫もなかったわけではない。
とりあえず今後の方針は決まった。
しばらく中級ダンジョンでのレベル上げをする予定だったが――
予定変更だ。
一気に帝都の中級ダンジョン攻略を目指す。
俺はそう意気込むが、果たしてうまくいくのかは現時点ではわからなかった。