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第10話 結婚or白紙

 エリザの作りだした空気はもうどうしようもなく手遅れかもしれなかったが、俺は何とか心を落ち着けて自己紹介を始める事にする。


 玉座にいる王様に対し膝をつく。


「お初にお目にかかります、陛下。私は冒険者のカイトと申します」


 娘さんとお付き合いさせて頂いております――と付け足すか悩んだが、やめておいた。

 どんな行為が礼節を欠くことになるかわからないと俺は判断し、とりあえず受け身の姿勢で行く事に決めた。


 できれば王様の心証を良くしたいが、この状況では不可能に近いだろう。

せめて機嫌だけは損ねないようにしなくては……。

 娘に近づく不届き者が! と処分されかねない。

 

 もはや、ライカに多少なりとも習った礼儀作法は、どこかへ吹っ飛んでいる。

 

 王様の鋭い視線が俺を射抜く。

 しかし、俺は言葉を発することができない。

 何を話せって言うんだよ。


 その時、場の空気にそぐわない間延びした声が響く。


「あらあら、まあまあ」


 俺は、王様ばかりに目が行って気がつかなかったが、玉座の隣にエルフの女性が立っていた。


「エリザが恋人を連れてくるなんて初めての事ですね。カイトさんとおっしゃるのね? エリザと仲良くして頂いてありがとうございます」


 エリザの母親……つまり王妃様だろうか?

 受け身でいくと決めていた俺だったが、この状況では判断に迷った。

 

 容姿はエリザに似て、とても美しい。

 そしてやわらかい雰囲気をその身に纏っている。

 これはチャンスかもしれない。

 仮に王様に目の敵にされたとしても、王妃様に気に入られればそう悪いことにはならない気がする。


 とりあえず、少し攻めてみることにした。


「はい! カイトと申します。失礼ですが……エリザのお姉様であらせられますでしょうか?」


 俺がそう言った瞬間、場の空気が変わる。


 何か不味かったか? と考える。

 言葉遣いかもしれない。正直、自信はなかった。


 あっ……そういえばエリザを呼び捨てにしてしまった。さすがにマズイか?

 

 しかし、どうやらそのことは誰も気に留めなかったようだ。


「姉だなんて……そんな風に見えます??」


 王妃様らしき人はとてもニコニコとした表情で俺に問い返して来た。


「失礼……妹君でしたか」


 さすがの俺もそれはないなと思ったが、舌は止まってくれない。


「まあまあ、妹ですか? そんな……」


 彼女はさっきよりもさらにご機嫌な様子で照れている。

 どうやら俺の予想通りこの人は――


 エリザが少し微笑みながら、回答をくれる。


「私のお母様ですよ。カイト様」


 やはりそうだったか。

 だが俺はもちろんきっちりと驚いたリアクションを取る。


「えっ!! とてもエリザの様な大きい娘のいる方には見えなかったので……大変失礼致しました」


 俺は頭を下げる。


「いえ、良いんです。気にしないでね。うふふ」


 とても嬉しそうだ。


 俺はチラっと王様の方へ視線を移す。

 心なしか微笑んでいるようにも見える。


 王妃様の機嫌が良いので悪い気はしてない様子だ。


 先程よりは空気は弛緩しているように感じた。

 助かったと感じている暇も無く、王様がエリザに話しかける。


「なるほどな……恋人ができたからわしらに紹介しようと思って連れてきたという事か?」

「はい、ただそれだけではありません。私はお父様とお母様にカイト様との結婚を認めてもらいたいのです!!」


 エリザのこの発言には周囲もさすがに驚きを隠せない。

 王や妃はもちろん控えている兵士達にまでざわめきが起こる。


 王様が必死に冷静さを取り戻し再び口を開く。


「エリザ、たしかにお前が中級ダンジョンを攻略した事はすでに報告を受けている。つまり王族として一人前と認めるという事だが……さすがに性急すぎはしないか?」

「お父様、これは時間の問題ではございません。意中の殿方から結婚の申し込みを受けたのです。これを断る事は私の選択肢には有りません」


 一瞬、俺が申し込んだんだっけ? と思ったが、たしかに結婚を言い出したのは俺だった。

 ただ本人に聞かれているとは思わなかったけどな……。


「ふむ……」


 王様が考え込む。


「だがエリザ。わしはお前の夫となる男は、ワシより強い者でなければいかんと、常日頃言っておいたはずだ。カイトとやらはとても強そうには見えん。肉体的にもそして魔力的にもな」

「お父様。カイト様の実力を知りもせずに失礼な事を言わないで下さい。私が思うにカイト様は、お父様よりも強いです」


 思わず、それは無いと突っ込みそうになったが、自重する。

 とても会話に割り込める空気じゃない。


「どうだカイト。娘はこう言っておるが証明できるか?」


 俺に問いかけた王様だが、それにエリザが噛みつく。


「私の言う事が信じられないのですか?」

「そうではない……だがそう言われると実力を見てみたくてな」


 それは結局信じてないんじゃと思ったが、俺が強くないのは当たっているので何も言えない。


 実力が見たいだけと言われるとエリザは強く抵抗できないようだ。


「どうじゃ、カイト。よければ実力の一端を見せてはくれまいか?」


 これは困った。

 見せるような実力は俺にはない。単純な戦闘力ならエリザにも遠く及ばないだろう。

 問題はどうやって納得させるだけの実力を見せるかだが。


「見せるとは言ってもその方法は?」


 変則的な事なら勝機もあるかと思い聞いてみたが。


「ふむ、本来ならワシと戦ってもらい実力を見極めたいんだが……」

「陛下と戦うなど、めっそうもございません」


 俺は即座に否定する。


「まあ、そう言うと思っての、それにワシも年だ。若い者の相手は若い者がするという事で……ワシの指名する者と戦ってくれるか?」


 まさかここで弱い奴を指名するとも考えにくい。


 王様が大声を上げる。


「騎士団長、前へ!!」

「はっ!!」


 よりにもよって騎士団長って。


「この男は我が国の騎士団長でな……名をクリスと言う。年は若いが、かなりの使い手だぞ」

「クリスです。よろしくお願いします」


 さわやかな雰囲気の騎士だ。

 やけに丁寧なのはエリザの機嫌を損ねない為だろうか?


「それで、どうだろう? カイト……彼と戦ってくれるか?」


 とても断れる空気じゃない。

 頭の中でチャートを素早く作成、そして結果をシミュレートしてみる。

 すると、意外にもこの状況は悪くないことに気づく。

 ……これは、むしろチャンスかもしれない。

 

 俺はこの状況を利用するために戦いの覚悟を決める。


「分かりました。お受け致します」

「カイト様! よろしいのですか?」


 エリザが心配そうに聞いてくる。


「ああ、問題無い」

「……どうやらたいした自信をお持ちのようですね」


 俺の余裕の返しに少し気分を害したのか、イラついた様子を見せるクリス。

 やはり少し猫を被っていたようだ。


 俺はそんなクリスに何のリアクションも返さず王様に問いかける。


「陛下、場所はどこで行うのですか?」

「ここは十分な広さがある。わざわざ移動する必要も無いだろう」

「わかりました」


 俺は短く答え、クリスに向き直る。


「ルールはどうする?」

「殺害や回復できないほどの傷を負わせるのは禁止……といったところでどうでしょうか?」

「わかった。それでいい」

「では準備はよろしいでしょうか?」


 俺はクリスに対して頷きで答える。


「では、全力でかかって来てください」


 冒険者風情に生意気な態度をとられプライドに触ったのか、どうやら最初は受けに回るようだ。

 圧倒的な実力差を見せて勝ちたいのだろう。


 あまり時間をかけてもしょうがないな。

 どうせ一瞬でけりが付く勝負だ。


「分かった。本気でいこう」


 クリスに向かって駆け出す。

 武器はもちろんエリザに借りっぱなしになっているメイスだ。


 さてチャートに従い負けるとしますか。

 できれば痛みは抑えてくれると助かるんだけどな……。

 

 エリザとの結婚は正直惜しい気もするが、元々冗談みたいな成り行きで決まった話だ。

 まだお互いのこともよくわかってないし、特にエリザが俺を理解しているとは到底思えない。

 ここで負けて結婚の話や、エリザとの関係がなくなるのは少々寂しい気もするが、お互いにとって正解だろう。


 俺の当面の目標はこの世界を攻略することだからな。


 クリスが間合いに入ったので、俺は渾身の力を込めた一振りをクリスに見舞う。

 だが、攻撃はあっさりと空を切る。

 そして、待ってましたと言わんばかりに俺にカウンターの峰打ちを入れようとしてくるクリス。

 ……これで決まりだ。

 

 わざとらしさは一切なかったはずだ。

 まあ、そもそも俺は本気でやったが……。


 だが、クリスの攻撃が俺に届こうかというところで、逆に彼の体が吹っ飛んだ。


 突如現れた龍が彼の体を飲み込みそのまま部屋の端まで飛んでいく、そしてクリスごと壁に激突する。

 龍は、あたりに水を撒き散らし、そして消える。


 俺は何が起こったのか全く理解できず、呆けるだけだった。


 兵士達数人が、倒れたクリスの元へ向かった事でようやく思考を取り戻す。


 今のは水でできた龍か?それにしても一体誰が?

 俺は周囲を見回す。


 すると俺のすぐ傍に昨日会ったばかりの女性が立っていた。

 いや、微妙に浮いている?

 だが相変わらず存在感は薄い。


 俺が驚きで何も反応できないでいると、周囲に聞こえないように小声で話しかけてくる。


「昨日の今日で随分と面白そうな事しているじゃない? 」

「……女神様」

「ルカと呼べといった筈だけど……?」

「……ルカ。どうやってここに?」

「内緒」


 おそらく腕輪の力であろうと推測する。具体的にどんな力が働いているのかはわからないが。


「ああ、それとさっきの魔法はあなたの魔力を借りて撃ったから」


 あの龍は魔法だったのか。


 しかし、どうりでさっきから疲労感がすごいわけだ。

 これが魔力を消費した感覚なのか……。


「もう一発同じ魔法を撃ったら、カイトの魔力量じゃ立っていられないでしょうね」


 それも当然だろう。あきらかに俺の魔力で使うレベルの魔法じゃない。


「とにかく助かったよ。ありがとう」

「十分に感謝してね」


 ルカがニコリと頬笑む。


 王様が驚きを隠せない表情でルカに問いかける。


「お主は? 随分高位な精霊とお見受けするが?」

「私はルカ、カイトによって使役された精霊です」

「先程の魔法は水の最上級魔法に見えたが……」

「いかにも。我が主の為ならば造作も無い事です。ああ、それと先程の騎士の方には手加減をしておいたので無事な筈です」


 ルカが再び意味有りげに笑みを向けてくる。


「では我が主、私は先に消えさせて頂きます」


 そう周囲に聞こえるように言い。

 俺の耳元にそっと顔を寄せてくる。


「面倒だから適当に話を合わせちゃったわ。後はお願いね。」


 最後にまたねと言い残し、彼女は姿を消す。


「まさか、あれほど高位の精霊召喚ができるとは……」


 王様が心底驚いた表情を俺に向ける。


「お父様、これでカイト様の実力が分かった筈です。精霊が自分より格下の者に使役されるというのは聞いたことがありません。単純にカイト様の力が先程の精霊を上回るという事でしょう」


 ご機嫌なエリザが俺の強さを、興奮気味に語る。


 そこにルカの魔法を受けたクリスが身体を支えられながら歩いてくる。


「まさか自分を囮にして精霊に魔法攻撃させるとはね……初手から大胆な方法を使われたものだ……まあ本気で来いと言ったのは私だが……」


 クリスが悔しそうな表情で言う。


「クリス、カイト様は全く本気ではありませんでしたよ。そもそも本来カイト様は鉄壁の守備力を誇る剣士です。カイト様が使用したのは、私が貸したメイス。あなたが相手では本気を出す必要なし……とカイト様が判断されたという事でしょう」


 エリザがそこに追い打ちをかける。

 どうやら彼女も部下には厳しいところが有るようだ。

 あえて辛辣な言葉を投げかける事で今後の成長を期待しているのかもしれないが……。


「剣士!? あのような高度な魔法を使いこなす精霊を使役しているのに!?」


 クリスは愕然とした表情をしている。どうやらプライドを打ち砕かれた様だ。


 何やら俺の評価がとんでもない所までねじ曲がってる気がしないでもないが。


 俺は少しクリスのフォローをしておくかと思ったが。開始早々に、ルカの魔法で決まってしまったので褒める事も難しい。

 とりあえず俺は心の中で謝っておいた。


 うなだれたままのクリスを余所に王様が発言する。


「これは認めるしかあるまいな……たしかに性急な話だが、これほどの実力者が娘の前にまた現れるとも限らん」

「お父様! では!?」


 エリザが、弾けんばかりの笑顔を見せて王様に問いかける。


「うむ、ワシより強い男なら結婚を認めると言った事もある。男に二言は無い。何よりエリザが望む相手のようだしな……二人の結婚を認めよう」


 いや、ちょっと待って。

 と言いたいが声が出ない。

 ルカの登場で頭の中からすっかり抜け落ちていたが、俺が勝利するという事はつまり結婚を認めてもらえるということだ。

 クリスに負けて一旦白紙に戻す――という俺の目論みは脆くも崩れ去った。


 王様の発言に王妃も追従する。


「私は元々エリザの望む相手なら賛成ですよ。カイトさん、お姉様と呼んでくれても良いんですよ?」

「お母様ったら……カイト様が困るでしょう。その辺でやめてあげて下さい」

「だって……ねえ?」


 王妃様は、モジモジとしている。

 どうやら冗談ではなく、本当に呼んでもらいたいようだ。


 母娘仲が良いのは非常に良い事だが、俺はそれどころでは無い。


「では、式はいつ頃が良いものか……」


 王様がすでに日取りまで決めようとしている。


 俺はその様子を見て、もうこれは回避できない事だと悟り始める。

 まるでどこかの神様が、どうしても俺とエリザを結婚させようと仕組んだ風にも感じてしまう。

 もちろん、そんな事実は無いだろうがな。


 エリザのような女性と結婚できるというのは正直魅力的だ。

 だが、それは最終的に元の世界へ帰るのが目標の俺からすると、大きくマイナスになるのは間違いない。


 けれど元をただせば俺の軽口から始まったことだ、その責任は取るべきだろう。

 俺は、深く考える。

 そして──答えを出す。


 俺の考えは決まったが、打てる布石はすべて打っておくに越したことはない。


「陛下、ひとつ提案があるのですが……」


 さて、この提案が吉と出るか、凶と出るか現時点で俺にはわからなかった──


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