第1話 RTA
大幅な加筆修正が入る恐れがあります。
あらかじめご了承下さい。
RTAとはリアルタイムアタック(Real Time Attack)の略で、ゲームのプレイスタイルの一種である。
たとえば、あなたがRPGで50Gと安物の剣と鎧を王様から託されたとしよう。
おそらくあなたは、王様のくせにしけてんなーと言いつつもその剣と鎧を装備して冒険に出かけるだろう。
これはそんな当たり前の事をしない男の物語である。
「はあ……座学はもう飽きた」
俺が異世界に来てからもう1ヵ月にもなる。
こちらの世界に来た当初は、中世ファンタジーっぽい文化に加え、まるでRPGのように、ステータスやスキルが数値化された世界観に胸を躍らせたものだ。
だが、元の世界に帰れないとなると話は別である。
約一週間の間、俺は八方手を尽くして元の世界に帰ろうとしたが、すべて無駄に終わり、そして絶望した。
「あの頃に比べたら今はだいぶ元気を取り戻せたと思うけどな……」
とりあえず、一旦元の世界に帰ることを諦めた俺は、異世界で生きていくために、お金を稼ぐことに決めた。
時間の経過と共に俺は徐々に落ち着きを取り戻し、発想の転換によりなんとか立ち直ることに成功した。
ゲームっぽい異世界というのなら、いっそこの世界をゲームっぽく攻略してやると決めたのだ。
それに、ひょっとしたら実はここが本当にゲームの中で、クリアすると元の世界に帰れる、なんてこともあるかもしれない。
雲を掴むような話だが、そんなことに一縷の望みをかけなければいけないほどに、少し前の俺は生きる希望を失いかけていた。
しかし、目標ができれば人は変わるものである。今ではむしろこの異世界攻略を少しでも楽しんでやろうとすら思えてくるから不思議だ。まあ、それはRTAという特殊な趣味を持つ俺だからかもしれないが……。
方針が決まったとなれば俺の行動は速い。早速、攻略に必要な情報を集め始める。
慣れない世界で情報を集めるのは想像以上に難しかったが、苦労の甲斐あってか俺はいくつかの気になる話を聞くことに成功した。
どうやらこの世界ではダンジョンというものがあるらしく、この世界で冒険者と呼ばれる者たちが、自己の鍛練や、お金稼ぎに利用しているらしい。話を聞くに、ダンジョンは強くなるためには非常に適した場所みたいだ。
俺がこの世界を攻略するにはまず強くなる必要がある。そう考えると、俺の心は自然とダンジョン攻略へと傾いていった。お金も稼げるみたいだし、一石二鳥だな。
それにしても、今思うと帰れないとわかってからの行動が半ばヤケクソ気味になっていたことは否定できないな。
今はダンジョン攻略を決めた日から十数日後──
だが俺は未だにダンジョンに入れていなかった。
集めた情報を頼りに冒険者というものになろうとしたら、ギルドとかいう名前の職業斡旋所のようなところの職員に講習を受けることを勧められたからだ。
期間は八日間。
最初の一週間は座学とギルドでの戦闘訓練。
最後の一日は初心者用のダンジョンに行きパーティーを組んでクリアを目指す。
まあ仮に最後までクリアできなくても講習は終わりとなるらしいけどな。
今日で講習は七日目、つまり明日にはダンジョンに入れるという事だ。
これまでの六日間、俺はいろんなことを学んだ。
この世界には、いくつもダンジョンが存在しており、国やギルドの管理下に置かれているということ。
ダンジョンは、いつ、何者によって作られたかわからないこと。
ダンジョンの中のモンスターは、倒してもいつの間にか復活すること。
ダンジョンについてはまだまだ不明なこともあり、冒険者が持ち帰る手がかりを元に、日々情報収集と研究が進められていること……。
そのとき、講習の途中で席を立っていた教官らが何やら荷物を抱え戻ってきた。
「では、いまから明日ダンジョンへ行くための装備を配る。各自、名前を呼ばれたら取りに来るように」
……装備。
貰えるんだろうか? まあ聞いてみればいいか。
「教官! その装備はいただけるのでしょうか? それとも終わったら返却ですか?」
俺はいま、金をほとんど持っていない。
貰えるものなら、ぜひ頂きたいものだが。
「いや、これはギルドからの贈り物になる、大事に使えよ!」
おお、太っ腹だな。
まあたいした装備じゃないだろうけどな。
「カイト! 次はお前だ」
俺の番か。
さて、何がもらえるのかな?
受け取った装備を並べて調べる。
ブロンズソード:攻撃力E+
ブロンズアーマー:守備力E+
うん、まあわかってた。
ちなみに武器防具のランクはEからS+まで有り、もちろんEが最弱だ。
アイテム鑑定というスキルがあれば細かい武器の性能値までわかるらしい。
だが教官がくれたのはそれだけではなかった。
身代わりの指輪:C 装備対象に致死のダメージが与えられた場合、1度だけその身を守ってくれる。
かなり良い装備だな。大事に使おう。うん、大事に……。
装備を受け取ってその日は解散となった。
明日、教官はダンジョンへは一緒に行かない。ギルドで攻略の報告を待つらしい。
一応、講習のおかげで明日行くダンジョンのデータはすべて頭にインプットしてあるので既にチャートが出来上がっている。もちろん俺の頭の中にだ。
……チャートか。
こんなことを考えながら講習を受けてたのなんて俺くらいだろうな。
同じ講習を受けた複数人からパーティーに誘われたが、適当な理由をつけてすべて断った。
俺は、ギルドからの帰りにそのまま武具屋に直行する。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
店に入ると店主が、さっそく話しかけてくる。
「買い取りをお願いします。この三点で」
「はい、ありがとうございます。ブロンズソードとブロンズアーマーと身代わりの指輪の三点で金貨一枚と銀貨二枚になりますがよろしいですか?」
相場通りだな。金額の内訳はブロンズ系の装備が銀貨一枚づつで身代わりの指輪が金貨一枚といったところだろう。
「はい。それとこの店で筋力値Eで装備できる剣の中で一番良い物はなんですか?」
「筋力値がEですとこちらのミスリルソードになりますね」
「いくらでしょうかね?」
「金貨一枚になります」
お金を渡して商品を受け取る。
早速性能を確認してみる事にする。
ミスリルソード:攻撃力 C-
C-か、これで武器は大丈夫だな。
武具屋を出て、今度は道具屋へと向かう。
道具屋では余った残りのお金すべてでポーションを買った。まあ準備はこんなところだろう。
翌日の早朝、ダンジョンの入り口まで行ってみると、なにやら騒がしい。
何か争いが起こっているようだ。
近くに行き話を聞いてみると、どのパーティーが先に入るかでケンカになっているらしい……。
たしか複数パーティーでの同時攻略は禁止って言ってたしな。
それにしても……邪魔だな。
「……お先に」
俺は揉める連中を無視して、先にダンジョンへ入る。
「あれ、あいつひとりでダンジョンに入って行ったぞ?」
「中を覗きに行っただけだろ? ほっとけよ」
「一人じゃビビってすぐ出てくるさ」
随分好き勝手言われてるな……。
悪く思わないでくれよ? 揉めてるあんたらが悪いんだから……。
「……ここがダンジョンか、さすがに現実だと雰囲気あるよな」
ゲームとは違う本物のダンジョンに俺は高揚感を感じずにはいられない。
ただ、教官の指導では常に的確な判断を下すためにダンジョン攻略時は常に冷静であれと教えを受けた。
興奮状態ではよくないだろう。俺は落ち着くために一度深呼吸をしてから攻略に臨む。
まず周囲を見渡し、事前に貰っていたマップと目で見る地形が一致していることを確認した。
「さて……行くか」
初心者用ダンジョンは全五階層だ。さほど広くない。その分魔物は多いが……。
俺はとりあえず二階層への階段に向かってダッシュした。
追ってくる敵がいたが完全に無視して進む。
戦う気などさらさら無い。
このダンジョンに生息している魔物のデータはすべて頭に入っているので、動きの速い魔物は極力避けるようにして進んで行く。
仮にダメージを受けてもいざとなればポーションで回復することもできるが、できればダメージを負いたくはない。
予定通り、無傷で二階層にたどり着くことに成功した俺は、間髪をいれず二階層の攻略を開始する。
二階層の攻略も一階層と同じだ。敵の種類も変わらない。ダッシュで階段を目指す。
「やっぱりスリルあるな……現実はこうじゃないと」
三階層への階段にたどりついた時には、俺はニヤニヤと緩む自分の顔を制御できなくなっていた。すでに深呼吸をしても効果は無く、常に興奮している状態になっていた。他人に見られたらおかしな奴だと思われるのはまず間違いないだろう。
だが、ダンジョンの攻略自体は非常に順調だ。
俺は次に三階層のマップを思い浮かべる。
三階層には広い部屋があり、そこには大型の魔物が控えている。いわゆる中ボスだ。
だが、三階層は結論から言ってしまうと、今までで一番楽だった……。
中ボスがいるからか他の魔物は少なく。あっさりとダッシュで抜ける事に成功する。
肝心の中ボスにいたっては部屋が広いので大回りしてボスの視界に入らないようにこっそりと進んだら、戦わずに簡単に部屋を通り抜けられた。
「まあ中ボスとは戦わずに逃げられるか試すのはRTAの基本だよな……」
四階層はダメージ覚悟で突っ込む。動きの速い魔物が多いからだ。
今度はさすがに無傷というわけにはいかず、三回ほどダメージを受ける。
俺はダメージを受けたら即ポーションで回復して、常に体力は満タンを保つように心掛けた。
「回復をケチると良くないというのもRTAではお約束だ」
三個のポーションを使用したが無事五階層への階段にたどりついた。
残りのポーションは五個、後はボス戦のみ……まあいけるだろう。
もちろんボスの事も予習済みだ。
ボスはタートル型の守備力重視タイプ。攻撃力特化の武器を選んだのはこれが理由だ。
俺は息を整え、ミスリルソードを構えボス部屋へと突入した。
不意をつかれたボスは反応できずに俺の最初の一太刀を受けた。
よしよしダメージは通ってるな。ミスリルソードで正解だ。
ボスもすぐ反撃に出る。
避ける事ができずに攻撃を受けてしまう。
すぐさまポーションを使用しダメージを回復する。
攻撃を受けても俺のすることは変わらない。俺は再びボスに斬りかかる。
ボスもやられっぱなしということは無く、隙をみては反撃をしてくる。
もちろんこういう展開になる事も織り込み済みだ。
「まあ、そのためにポーション買い込んだんだしな」
残りポーションが一個になったところで、ボスが倒れた。
「ふう、なんとかなったな。本来ならポーションは後一個多く余る予定だったけどな……」
ボスを倒したことにより俺のギルドカードにダンジョンクリアの証が表示された。
それを確認した後、ボス部屋の後ろには必ず設置してあるという魔法陣の上に乗る。
気がつくと俺の身体は魔法陣により飛ばされ、一階層の入り口付近に戻ってきたことが確認できた。
徒歩でダンジョンの出口に向かう。
ダンジョンから出ると、まだ先程の連中が揉めているようだ。
「……お先に」
俺はダンジョンに入る時と同じ挨拶をして、ギルドに報告へ向かう。
後方から声が聞こえてくる。
「あれ、帰るのかい?講習はどうするの?」
「ダンジョンの中を見てビビったんだろ。諦めて帰ることにしたんじゃねーの?」
「あいつが入ってまだ五分も経ってないよな? さすがにもうちょっと粘れよー」
俺はそれらの言葉になんら反応を示すことなくその場を離れる。
「疲れた……根本的にスタミナが足りてないな」
狭いダンジョンだからよかったものの広いダンジョンならあきらかにスタミナ不足だ。体力の強化を心に決める。
ギルドに着いて教官にクリアを報告する。一緒にギルドカードも手渡す。
「おお、今回は攻略パーティーがあったか。なかなか将来有望だな。だがパーティーの他のメンツはどうした?」
ソロじゃダメとは言ってなかったよなたしか……。
「教官の話だと一人じゃ駄目とは……」
教官の表情がみるみるうちに変化していく。
「お、おい! ちょっとまて、こ、これは……」
教官の様子がおかしい。
「ど、どうしたんですか?」
俺は何か良くないことでもあったのかと教官に尋ねるが……。
「カイト、お前のダンジョン探索時間の合計が四分三十二秒になってるんだが……何かの間違いか?」
どうやら俺は、異世界で初めてのRTAに成功したようだ――
ご指摘を受けたので武器防具の名前を変更致しました。7/15
知らせて下さった方ありがとうございました。