妖しい笑み
「レナーシャ、聞きたいことがあるんだ」
いつになく真剣なセレンを見て、レナーシャは彼が何を言わんとしているのかを悟った。
「無理よ。やめておきなさい」
「でも」
なお言いつのろうとしたセレンをレナーシャは止めた。
「これはあなたのような人がかかわれることじゃないの。あなたは決して知ってはならないことを知ってしまったのだから。ソマイのせいでね」
あの男性はソマイといったのだった。
「ソマイはいろいろと問題を起こして首になったわ。でも、彼の腕は確かよ。彼を首にした人をいまだに恨んでる人もいるくらい。そんな彼でも、命と引き換えにするくらいの覚悟で臨まねばならなかったことよ。
無理よ。やめておきなさい。そうする方が身のためだわ」
「では、なぜ彼は俺にああいったのですか、レナーシャ」
急に語調を変えたセレンにレナーシャは驚いたが後ろを振り返ってすぐに納得した。
「ソフィア様」
「よくできましたね、レナーシャ。さあ、お前はあちらで休んでおいで」
ソフィアとよばれた女性はたおやかにレナーシャをセレンから引き離した。
レナーシャは少しセレンに気づかわしげな視線を投げるとすぐに背を向けて歩き出した。
「さて、なぜお前があのことを知ろうとする」
先ほどとは打って変わった厳しい口調でソフィアはセレンを詰った。
「ソマイさんから伺ったのです。事件によっては上から抹消されることもあると。
それがおかしいと思ったのです。我々が市民を守らずして、誰が守るのですか」
ソフィアはそれを聞いていかにもおかしいというように笑い出した。
「ほ、片腹痛いとはこのことよ。青二才、お前の言っていることは所詮は建前にすぎぬ。警察の仕事を市民を守ることではない。上の権力をいかに守るかが重要な仕事なのだ。
たとえ、殺人が起こっても上に不利益なことがあるならば抹消し、たとえただの万引きでもその人物が上に不利益なことを握っていたら、死罪もしくは終身刑にする。これが我々の仕事よ。
間違っていると思うか、青二才よ」
セレンは怒りで我を忘れそうになっていた。しかし努めて冷静さを保った口調で尋ねた。
「それでは誰が市民を守るのですか。都市の住民ではない、下町に住む市民たちを」
「そんなものは知らぬわ。下町に住むものなど人間ではない。所詮はけだものにすぎぬ。
自ら働こうとせず、ただ無為に日常を過ごすなど、けだものでもできることではないか。
人は働くから人なのであってそうでなければ人ではない。そうだろう」
ソフィアは何か暗示をかけるかのようにセレンの瞳を覗き込んだ。
セレンは全身全霊をかけてそれと戦った。
ややあって、ソフィアはほう、と笑った。
「なかなか強い人だの。どうか、我らとともに来るか」
ソフィアは怪しげな笑みを浮かべた。
「遠慮させていただきます」
「そうか、残念だ」
ソフィアはそうつぶやくと、懐から小刀を取り出し、セレンに向かって投げつけた。