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6/28

【ファンシーピンク】■09日目(6月01日) ストレンジストロベリー 〔06/28〕

◆あらすじ◆

 毎日の学校生活を無為に過ごす、やさぐれ少年の楢崎くん。

 ふとした事からブログで一人ファッションショーを公開する、いちご大好き少女・仲原さんの隠された秘密を知ってしまいました。

 お互いの秘密を握り合う間柄になってしまったクラスメイト二人は、ひょんな経緯から渋々ながらブログの写真撮影をすることに。

 日ごと移り変わる仲原さんの華やかな衣装(いちご柄)。

 日陰者である二人が撮影を重ねる果てに、たどり着く終着点とは?


 まるで定点カメラでいちご柄の部屋を観測するかのように贈る、やさぐれ少年&いちご大好き少女、水と油の二人が織り成すポップ&キュートかつストレンジ&キッチュ、あとプチアダルトな放課後の……そして青春の日々。


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■ファンシーピンク■

作品概要


・ここは私、岩男ヨシノリが執筆した小説「ファンシーピンク」を掲載するスペースになります(注:pixivからの転載となります)。


・手慰みのように執筆していたものを、この場を借りて発表することにあいなりました。眠れない夜の暇つぶしにでもしていただければ幸いです。


・基本一日イコール一話というペースで、さながら主人公の日記のように展開していきます。

 そのため時系列的に、日付がたびたび飛びまくることになるのですが(例:03日目→06日目)、エピソードの順序が把握できない場合は後書きのもくじを参照くださいませ(もしくは各エピソードのキャプションに[*/28]との表記を設けておりますので、全体の進捗状況をそちらで確認いただけるようお願いします)。


・ご意見&ご感想、ファンアート、はたまたコラボ企画の提案などはお気軽にどうぞ~

 どこかしらのコミュニティや評価スレッドへの推薦なども、ご自由に。

 できるのであれば事後報告を後に頂ければ幸いです(なくても構いません)。


注)劇中の登場人物の極端な行動は、真似しないほうが賢明です。

  違いのわかる方のみお楽しみください。

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挿絵(By みてみん)

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■09日目(6月01日) ストレンジストロベリー■


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「ナラや~ん、今日ヒマ?」

 前の更新分がアップされて、ブログ常連からの返信もほどほどに落ち着いてきた頃。

 今日の放課後もまた撮影の予定だが、駐輪場に行くまでに声をかけられた。

 俺をアダ名で呼ぶそいつに、同じくアダ名で返す。

「わりいが今日は用事あんだよ。また今度な、チンタオ」

「その呼び方ヤメっちゅうねん!」

 俺のおかげでこの青島は、最近チンタオの呼称が定着しつつあるらしい。

 なんとも微笑ましいエピソードだ。

「そんなに対戦で俺に負けるんが怖いんか、ナラやん」

「持ち合わせ足んねーんだよ、お前が出してくれるなら気の済むまで相手してやるぞ」

 それにむさい野郎と相手してるよりも、あのいちごプリンセスの写真撮るほうを選ぶね俺は。

「――ああそうやったな。携帯の液晶バッキリ逝ったんやろ、なんで割ってん?」

「色々あったんでな、多くは察してくれ」

 ひょんな経緯でかくかくしかじかって奴だ。

 マジメに真相話すと結構シャレになんねーんだよ、勘弁してくれ。

「まあ別にええわ。それにしても最近、ナラやん放課後帰る方向反対やけど、なんでなん?」

 ――うっ、不覚にも一瞬いいわけに詰まってしまった。

 チンタオは目ざとくも、そんな俺の弱みを見逃さなかったらしく、

「もしかして女か~? 最近あのいちご満開サイトの娘と知り合いとか発覚してるしな、どこでこましてくんねん」

 それも紆余曲折が云々にしてくれ。

 こいつって時々鋭いな、アホのくせに。

「ちげーよ。近くに良さげなレコード店があってな、ひっそり売れ残ってるレアな初回限定盤が売れちまわないかどうか、ヒヤヒヤしてるだけだ」

 お前こそ、B組のサクラザワに告って玉砕してきやがれ。

「それにしても、なんでんな質問攻めしてくんだよチンタオ。お前は俺のファンか?」

「やからチンタオって云うなや!」


 今日奴は掃除当番で、先に行けという伝言どおりに、俺は仲原さん家への道を往く。

「もし勝手に、断りもなしに部屋に入ってたりしてたら、タダじゃおかないかんね!」

 ついでにそんなありがたいお言葉も頂戴した、おお怖っ。

 でも、家に入れてもらえなかったら一体どこでどうしろというのだ、仲原さんよ?

 コンビニで週間少年マグナムの今週号を立ち読みし、例のレコード店で先ほどの初回限定盤のチェックしてみたり。

 適度に時間をつぶしながらも、仲原邸の前へと俺はようやく到着した。

 相変わらずの寝そべった犬が無言で出迎えてくれる。

 ……しかしだ。

 毎回ここにやって来る度に思うんだが、この犬って歩いたりするのか?

 居眠りしてる姿しか見たことがないんだが、密かに死んでんじゃないだろうな。

 ガレージにお邪魔して、冷たい床に横たわるその姿を確かめる。

 ――息はしているようだ。

 毛皮の下は血色のいいピンク色の肌。

 息づく度に上下してるお腹。

 その姿に思わずモフりたくなり、まずは背中に沿って撫でてやる。

 なかなか手触りのいい毛並み。

 それにしても無意味に引き締まった、良いガタイしてるなこいつ。

 いつしか犬は目を閉じてうっとりとした顔をしていた。

「おーおー気持ちいいか、ドミンゴス(仮)」

 適当な名前をつけて呼んでやる。

 しかもピクッと反応しやがったぞ。

 やがて奴はもそもそと動いて姿勢を変え(っていうか動くのかこの犬!)、俺に向かって仰向けになりお腹を見せてきた。

 ――もっと撫でて。

 無心に見つめるその瞳が語りかけている。

 おおっ、ドミンゴス(仮)!

 人と人が心を通わせた瞬間だった――犬だけどな。

 俺は彼の無言のリクエストに応え、そのお腹に手を伸ばした。

 ちょっと生暖かい。

 こちょこちょしてる間、なぜかドミンゴス(仮)は決まって前足をぴんと伸ばす。

 ……なんで万歳してんだ、こいつ。

 そして面白いことに撫ぜる手を離すと、その伸ばした両足で宙を掻く仕草を始めた。

 ――だからもっと撫でて。

 舌を突き出して、はふはふと荒い息をつきながら俺にねだる。

 うむ、流石アホっぽいぞ仲原ん家の犬。

 撫でるのを止めれば、その度に奴は決まってまた、前足で中空を掻き催促する。

 まるで新手のホビーのようだ、愉快よのう。

 俺もドミンゴス(仮)の反応に気を良くして片方の靴を脱ぎ、今度は足の指でお腹をコチョコチョしてやる。

 すると犬は突っ張った足の先端をピクピクさせて、盛んに尻尾を振るわせた。

 恍惚に満ちたその表情。

 もしかしてMっ気でもあるんじゃねえのか、この犬。

 真性Sの主人とはまるで正反対な――

「人んちの仔になにやってるのよ!」

 どこからともなく現れたその真性Sの主人が、片足立ちの俺の足にケリを入れる。

「いちごきっく!」

 ――軸足の膝に。

 不穏な音がなんかゴキュっていったぞ。

「ふぐぁ!」 

 ヒットした箇所を抱え、俺はあえなくその場にスッ転んで悶絶する。

 わ、割れた! 今のは膝の皿が割れた!

 なんでこんなケンカ技なんて知ってんだ、こいつ?

 (注:良い子は真似しないでね)

「あんたどこまで悪行の限りを尽くせば気が済むの? 油断も隙もあったもんじゃない」

 ふんっ、と鼻を鳴らして地べたの俺に無慈悲な言葉を投げかける。

「いや、油断も隙もあったもんじゃないのはそっちだろが……いっつ」

 どこから湧いて出てきやがったよ。

 チビッコのくせに大上段からまたも見下してきやがる、実に生意気だ。

 しかしそんな真性Sの仲原に対する、俺の助け舟は――

「うぉん! うぉん!」

 ドMのドミンゴス(仮)が主人に反逆の声をあげていた。

 ほんの束の間に心を通わせた、この俺のためだけに。

 普段だらしない寝相をさらす姿とは裏腹に、低く通る咆哮は普段とのギャップもあってより凄みを増して聞こえる。

 ……でも仰向けで、首だけ上げてる横着な姿がトホホ感満載なんすけど。

「な、なによっ」

 多勢に無勢、立場を悪くした仲原が動揺のそぶりを見せる。

 なんともわかりやすいリアクションだなあ。

「甘いな仲原、てめえのチンケな物差しで俺たちの仲を測ってんじゃね―よ」

 俺たちの友情パワーは新幹線すら素手で止めてみせるぜ。

 などとドミンゴス(仮)に寄り添い、がっちりスクラムを組んで、俺たちの仲の良さをアピールしてやる。

 同時に犬はパタパタと尻尾を振り、無言の意思を示した。

「俺たちマブよ、マブ」

 しかし、マブダチなのをただ見せつけたかっただけなんだが、

「い、いやっ! 男の子どうしで!」

 などと狼狽して、仲原は後ずさる。

 おいおい、ナニ誤解してんだこいつ?

「そ、それに楢崎くんが変態盗撮魔なのはギリギリ許しても、犬と、犬と……」

 ちょっと待てや、なんで俺が獣姦マニアに認定されてんだよ?

 それに変態盗撮魔はギリギリOKの裁定基準はどこなんだ。

「早まんなよ仲原! 俺はノーマル……」

 我慢ならず彼女に詰め寄ろうとしたが、

「いやあぁ! こないでっ、ケダモノ!」

 風を切って、スナップの効いたローのいちごきっくが地を疾り、再び炸裂する。

 ――俺のベンケイに。

「ふぐぁ!」

 泣き所に直撃し、俺は再びその場に撃沈する。

 武蔵坊も悶絶モノだ。

 そして向こう脛を押さえてうずくまる俺を後に、奴は玄関へと駆け込み、遅れて施錠の音がした。

 しかも上下二連発。

 って俺、置き去りなんすか仲原さん?

「くぅ~ん」

 あとに残されるのは、慰めの声をかけてくれるマゾ犬・ドミンゴス(仮)だけで。

「俺の味方はお前だけだ、ううっ」

 などと仰向けの彼に泣きつくしかなかった――やたら犬くさいけど。

 その後締め出されたドアを開くのも、やたら手間がかかり。

 業を煮やしてピンポンを一秒間に十六連打してたらいきなりドアが開き、虚を突かれて三発目のいちごきっくをモロに食らった。

 ローリングソバットだった。

「ふぐぁ!」

 っつーかなんで、そこまでムキになって家に入ろうとしてんだ、俺?

「寄らないでよ、なんかうつるっ」

「ひでえ」


 仲原の運営してるブログは、べつに自分の恥ずかしい――もとい可愛く飾った姿ばかりを掲載しているわけではなく。

 たびたび自分の所持してるいちごグッズをひけらかす――もとい紹介していたりする。

 今日がちょうどその撮影の日だった。

 ……っつーかなんで、俺がんなもん撮らにゃならんのだ、つまんねえ。

 こないだのかぼちゃぱんつまた撮らせろ、かぼちゃぱんつ。

 せっかく気合い入れて撮ったのに「なんかアングルがやらしい」とか云う理由でボツにしやがった、こいつ。

 ――にも関わらず、あえて撮影に乗り気なフリをしてるのは、奴の油断を誘うために他ならない。

「なんでも持って来い仲原、俺が人物以外も余裕で撮れるってとこを見せてやんよ」

 今のうちに吠え面かいてろっつうんだ。

「んじゃ、美味しそうに撮ってよ?」

 その返答に、思わず聞き返しそうになる。

 ……美味しそうってなんだ?

「ちょっと待っててっ」

 などと云い残し、下の階にトタトタとかけ降りていく。

 そのまま俺はいちごルームに置き去りにされ、不自然なくらい長い時間待たされることになった。

 一体なにをやっとるんだか。

 あまりにも暇なので、部屋の本棚から漫画を数冊取り出してパラパラめくってみた。 

 コテコテの少女漫画が多いところ、仲原の趣味の程がうかがえる。

 ――恥ずかしい趣味してやがんの。

 普段チェックしてる週刊漫画誌に載ってない内容は、男の目からしたらそれなりに新鮮で、ついつい読みふけってしまう。

 それにしても淡白な本が多いよな、最近の少女漫画ってもっと過激とか聞いてたが。

 っていうか、野郎が少女漫画読んでるのはアウトで、逆はセーフの基準はどこにあんだろな。

「楢崎くん?」

 いきなり呼びかけられて、我に返る。

 ようやくお出ましかよ。

「遅いぞ、仲原――」

 デリバリーなら無料は確定のお時間だぞ。

 なんて振り向いてみたものの、奴が持ってきたそれを見て思わず言葉を失った。

 お盆の上の美味しそうなデザート。

 淡いファンシーピンクのババロワに、飾りのいちごと真紅のソースが彩りを添える。

 底の生地はなんだろう、タルトだろうか?

「パイ、生地まで手作りしたの」

 質問してみるとそんな答えが返ってきた。

 多分薄いであろう胸を、誇らしげに反らす。

 っていうか、このいちごババロワ仲原が作ったのかよ、マジか?

「サンクス、ゴチになりやすお嬢様」

 こいつにゃ珍しく気の利いたことしてくれるじゃん、そう思って皿に手を伸ばしたが。

「ちょっと待ってよ、ちょっと!」

 思わず仲原は牽制にかかる。

 伸ばした手を軽くあしらわれ、予想もしない痛みに手の甲を押さえた。

「いってーな、なにすんだよ!」

「これは撮影用! 食べるのはその後!」

 凄む剣幕に、思わず引き下がる。

 そうならそうと説明してくれ紛らわしい、この状況じゃ誰だって誤解するっての。

「苦労してカットしたんだかんね、もう」

 仲原の弁によると、二十分以上かけて崩れないよう慎重に切り分けたらしい。

 失敗の許されない一発勝負、ご丁寧なことに入刀するたび包丁をふき取っていたとか。

 今も額ににじんだその汗が苦労を物語る。

「ともかく今日は、これを美味しそうに撮って欲しいんだけど」

 うっわ、めんどくさ。

 だからかぼちゃぱんつまた撮らせてくれ、かぼちゃぱんつ。

「さっきなんでも持って来いとか、人物以外も余裕で撮れるってとこを見せてやるとか云ってたよね? 証明してよ」

 嫌そうな顔してるのが伝わったのか、そんなことを持ち出してきた。

「誰が撮らねーっつったよ」

 云い返し、机の上のカメラに手を伸ばす。

「見てるだけで腹の虫が鳴りそうな奴撮ってやるから、安心しろ」

 事実、目の前のスイーツは眺めてるだけで唾がおりてくるくらい食欲をそそる。

 変に口応えしておあずけを食らうのも悔しい話だし、ここは大人しく従っておくか。


 目の前のいちごババロワのパイは、仲原を相手にするより、動いたり憎まれ口を叩いたりしないので、その分気が楽だった。

 ……しかし。

「これ、イマイチ美味しそうに見えないからボツ」

 仲原は手持ちぶたさになったらなったで、撮り溜めた写真をチェックする毎に、口出しとリテイクを云い渡してくる。

 大人しくしててくれた方がまだ良かったな、実に目ざわり極まりない。

「やっぱりソースのかけ方とか、変えたほうがいいのかな?」

 そう云って別の皿へ取り分けたババロワに、緋色のソースをまた垂らしている。

 俺たちの後ろには、仲原基準にそぐわない切り分けたババロワが五皿も並んでいた。

 一体なん皿用意するつもりなんだよ?

「仲原よ、ちょいと提案があるんだが」

 新しい皿(六枚目)を目の前に置く彼女に、声をかけてやる。

「なになに?」

 案の定、「提案」なんて協力するそぶりを見せると積極的に身を乗りだしてきた。

 わかりやすい性格してるよな。

「お前も撮ってやろうかって思ってな。ほら、エプロン着けて皿持ってにこやかに笑え」

 テーマは「普段の生活から切り取った一ページ」などと適当な理由を取ってつける。

 こいつを暇にさせとくとタチ悪いし、こうやってじっとしてもらうのが一番だろう。

 俺は別段撮るものにこだわりはないし、どうせなら作業してて楽チンな方がいい。

「今までの内容で、こんな生活臭匂わせるような写真ってありそうでなかったろ? 新たな魅力発見って奴だ」

「え? で、でも……」

 しかし仲原は理由はわからないが、なにやら渋ったような顔をして困惑している。

 ええい、なんで乗り気じゃないんだよ。

 扱いやすいかと思えば、ジャッジの基準のよくわからん奴だ。

「いいからさ、ほら撮ろうぜ仲原」

 机の上にに脱ぎ捨てた、いちご柄のエプロンを手元に押しつける。

 しかし彼女はなおも気乗りしない顔で、

「……あんまり身元が割れそうなのは、撮りたくない」

 思わず、は? と聞き返しかけた。

 なに云ってんだこいつは?

「普段の制服から、あたしだってバレるかもしれないのが心配なの」

 矛盾してるようだが、こいつは一人ファッションショーとか公開してるわりには、クラス連中に面が割れるのを恐れている。

 よって、普段の素顔が窺える写真を撮るのはためらいがあるらしい。

 具体的な理由はそう云うことか。

 んなこと気にしないで撮っちまったらいいんだ、写真って思い出を残すために撮るものだろ?

「いいから撮るぞ仲原。ほら、にこやかに!」

 そう云ってカメラを構えると、レンズ越しの彼女はとっさにポーズを取って、スマイルを作ってくれる。

 ……なんだよ、ノリノリじゃん。

 何枚か撮影してみたものの、結局のところいちごババロワの写真だけしか使うことはなかった。

 やはり抵抗が拭えなかったんだろう。

「表情が全体的に硬い、ボツ」

 なんていう云いわけを彼女はつけてきたが、さっきまで容赦なくボツを消去していたにも関らず、PCのフォルダに別保存していた。

 仲原にとって今回の撮影は、失敗であったもののインスピレーションを掻き立てる結果となったらしい。

 反映されるのは次回以降の撮影になるのだが。


 それはさておいて、いよいよ試食タイムである。

 最後の最後でこんな美味そうな物にありつけるとは、ケンカ技食らわされたり締め出し食らった甲斐があったもんだ。

「どんな味なのか、意見聞かせて」

 俺の前に皿とフォークを添えて出してくれる。

「それでは、いただきま……」

 労働の後の甘味は格別、なんて手をつけようとしたが、嫌な予感がふと脳裏をよぎる。

 見た目は合格点であるこのいちごババロワのパイだが――味の保証は果たしてどうだろう?

 これまでの過程でそれを示すものは皆無に等しい。

 なんてったってこの仲原の作ったブツだ。

 塩と砂糖を勘違いするくらいは覚悟すべきなんじゃなかろうか?

 それとも日頃の恨みを晴らすために、密かに一服盛ってる可能性も否めない。

 なんせここは治外法権の仲原邸、世間一般の常識は通用しない世界だからな。

「よく味わって食べてね」

 いやその台詞、ヤバい響きにしか聞こえないんだけど。

 しかし乗り気で皿に手をつけようとした手前、今さら引っ込めるのは許されない。

 毒を食らわば皿まで!

 本人に聞かれたら半殺しにされそうな無礼台詞を心の内で叫びつつも、俺は一口すくって口の中に突っ込む。

 ハラを決めてみたものの、口の中に広がるその味は――

「あ……美味い」

 やさしい甘さと口当たり、いちごの種のちょっと粒っぽい食感。

 それにソースの酸味が絶妙にマッチして、あっという間に皿の上の半分ほどを平らげてしまった。

 なんというか、普通においしい。

 仲原がこの繊細な味を作ったと云う事実が、にわかに信じがたいが。

「ほんと?」

 俺の褒め言葉を聞いて彼女は、途端に瞳を輝かせる。

 その後もパイの作り方がどうだの、いちごソースまで自分で作っただの、色々とウンチクをくっちゃべってきた。

 ああそうかい。

 多分仲原はあれだ、単にこれ食わせてリアクション見たいだけなんだな。

 表で寝てるドミンゴス(仮)に、餌をやるのが面白いのと同じようなもんなんだろう、俺に気遣いなんぞ全く考えちゃいないんだ。

『べ、別にあんたのために作ろうとしたんじゃないんだからね!』

 とか云ってくれたほうがまだ可愛い。

 まあこのデザート美味いから帳消しにしてやるか。

 変に気を遣われても気色悪いだけだしな。

「それとだ、仲原」

 どんな味なのか、意見聞かせてくれと云ってたよな?

「この中に入ってるゴムっぽいのは、新手の隠し味なのか俺への嫌がらせなのかハッキリしてくれ」

 時おり混ざっている、融けきってないゼラチンの不快な歯ざわりに、口元をゆがめる。

 どっか詰めの甘いところも、いかにも仲原らしいわな。

「あと、ソースが少ないから、もうちょっと足してくれる?」

「二度づけは厳禁です」

 いや、串カツ屋じゃないんだから。

 そもそもお前が撮影の際にかけまくってたから足らないんじゃないか?

 後先を考えない奴だ。

「じゃあ、替え玉一丁」

「当店はそんなサービスはご用意しておりません」




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【→】 10日目(6月02日) ストレンジストロベリーモア [2013/6/7 更新予定]

    09日目(6月01日) ストレンジストロベリー

【←】 06日目(5月29日) ガーリィステップ

ファンシーピンク

次回予告

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 結局俺は、廊下の方に閉め出されて。

 どこに行くあてもないまま、下のリビングにしょうがないからお邪魔する。

「失礼します」

 などと一応声をかけておく。

 散々無礼なことをやっておいて、なにを今さらって感じだけど。

「あら? 楢崎くん……でしたっけ?」

 先ほどの奥さんが出迎えてくれる。

 エプロンで手を拭いてるところからして、晩ごはんの準備か洗い物をしてたんだろう。

「ごゆっくりしたかったんですけど、叩き出されました……」

 あなたの娘さんにな。

 しかも男の子の大事なところを容赦なく狙ってきやがったぞ、どんな教育してんのか是非問い詰めさせてくれ。

「あらそう? 私もキッチンから追い出されちゃって。ほら、あの子って強引な性格してるから。まったく誰に似たんでしょ、ねえ?」

 それは十中八九、あなたじゃないかと……

「なにか云ったカナ? 楢崎くん」

 物云いこそソフトだったが、奥さんの目が笑っていなかったのを俺は見た。

 カナってなんだよ、カナって。

「いえいえ、なにも」

 やばいやばい、滅多なことを考えるべきじゃないな。

 っつーかこの奥さん、怖え。

「ああそうそう、仲原……さんは、たった今ケーキのカットしてる最中なんですよね?」

 慌てて話の矛先を、別の向きに逸らす。

 文脈からするとそうなるんだろうな。

「今も絶賛格闘中よ、なんでわかったの?」

「こないだ二十分以上も時間かけたって聞きましたから。あ、あの時はごちそうさまでした、美味しかったです」

 とか云ってみると、仲原母は俺の背中をバンバンと叩いてきた。

「んもう、やっさしいんだから! それはまのちゃんにこの後云ってあげなさい、きっと喜ぶわよ?」

「は、はあ」

 っていうかさっきから痛いっすよ、奥さん。

「あのパイの生地は私が教えてあげたんだけど、ババロワ固める前に漉してなかったでしょ? で、あんな歯ざわりになっちゃって」

 あのゴムっぽいのはそれだったのかよ。

 仲原母の話によると、レアチーズケーキとかゼラチンで固めるようなデザートは、漉すとなめらかさが違ってくるらしいが……

「まのちゃんってほら、凝り性のわりに詰めが甘いから。ねえ?」

 仲原は見事に途中過程をスッ飛ばしてしまった、それがこないだの話なんだそうだ。

「この間突っ込まれたの、結構気にしてたみたいよ? リベンジハートに火をつけたって感じで」

 そこまで奥さんが云ったところで、キッチンの方から意味不明なモータ-の駆動音が聞こえてきた。

 一体なにやってんだよ、不穏すぎるぞ!

 無意味に高トルクの回転音が、これからの恐怖をいっそう煽ってくれる。

「本気にさせちゃって憎いねこの! ちょみっ」

 戦慄にうち震える俺を、奥さんはちょんちょんと指で突っついてくる。

 ……ごめん、今だけは過去最高にすっげえ帰りてえ、マジで。


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■10日目(6月02日) ストレンジストロベリーモア

[2013/6/7 更新予定]






◆もくじ◆ [全28回予定]



●00日目(5月23日) 始まりは唐突に 〔水〕


●01日目(5月24日) 知りすぎた人 〔木〕


●02日目(5月25日) 君んちへ行こう 〔金〕


 ○03日目(5月26日) ※欠番 〔土〕


 ○04日目(5月27日) ※欠番 〔日〕


●05日目(5月28日) なにげないきっかけ、その後 〔月〕


●06日目(5月29日) ガーリィステップ 〔火〕


 ○07日目(5月30日) ※欠番 〔水〕


 ○08日目(5月31日) ※欠番 〔木〕


●09日目(6月01日) ストレンジストロベリー 〔金〕


●10日目(6月02日) ストレンジストロベリーモア 〔土〕


●11日目(6月03日) インタールード 〔日〕


●12日目(6月04日) 君をおかわりしたい 〔月〕


●13日目(6月05日) インタールード その2 〔火〕


●14日目(6月06日) ファニーピンク 〔水〕


 ○15日目(6月07日) ※欠番 〔木〕


●16日目(6月08日) ファンシーパンク 〔金〕


 ○17日目(6月09日) ※欠番 〔土〕


 ○18日目(6月10日) ※欠番 〔日〕


●19日目(6月11日) 勝手にしやがれ 〔月〕


 ○20日目(6月12日) ※欠番 〔火〕


●21日目(6月13日) ままならぬふたり 〔水〕


●22日目(6月14日) 俺なりの意思を持って 〔木〕


 ○23日目(6月15日) ※欠番 〔金〕


●24日目(6月16日) 艶姿の映える土曜の宵 〔土〕


 ○25日目(6月17日) ※欠番 〔日〕


●26日目(6月18日) ??? 〔月〕


●27日目(6月19日) ??? 〔火〕


●28日目(6月20日) ??? 〔水〕


●29日目(6月21日) ??? 〔木〕


●30日目(6月22日) ??? 〔金〕


●31日目(6月23日) ??? 〔土〕


●33日目(6月25日) ??? 〔月〕


●??? 〔土〕


●??? 〔土〕


●??? 〔月〕


●??? 〔火〕


●???

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