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【ファンシーピンク】■02日目(5月25日) 君んちへ行こう 〔03/28〕

◆あらすじ◆

 毎日の学校生活を無為に過ごす、やさぐれ少年の楢崎くん。

 ふとした事からブログで一人ファッションショーを公開する、いちご大好き少女・仲原さんの隠された秘密を知ってしまいました。

 お互いの秘密を握り合う間柄になってしまったクラスメイト二人は、ひょんな経緯から渋々ながらブログの写真撮影をすることに。

 日ごと移り変わる仲原さんの華やかな衣装(いちご柄)。

 日陰者である二人が撮影を重ねる果てに、たどり着く終着点とは?


 まるで定点カメラでいちご柄の部屋を観測するかのように贈る、やさぐれ少年&いちご大好き少女、水と油の二人が織り成すポップ&キュートかつストレンジ&キッチュ、あとプチアダルトな放課後の……そして青春の日々。


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■ファンシーピンク■

作品概要


・ここは私、岩男ヨシノリが執筆した小説「ファンシーピンク」を掲載するスペースになります(注:pixivからの転載となります)。


・手慰みのように執筆していたものを、この場を借りて発表することにあいなりました。眠れない夜の暇つぶしにでもしていただければ幸いです。


・基本一日イコール一話というペースで、さながら主人公の日記のように展開していきます。

 そのため時系列的に、日付がたびたび飛びまくることになるのですが(例:03日目→06日目)、エピソードの順序が把握できない場合は後書きのもくじを参照くださいませ(もしくは各エピソードのキャプションに[*/28]との表記を設けておりますので、全体の進捗状況をそちらで確認いただけるようお願いします)。


・ご意見&ご感想、ファンアート、はたまたコラボ企画の提案などはお気軽にどうぞ~

 どこかしらのコミュニティや評価スレッドへの推薦なども、ご自由に。

 できるのであれば事後報告を後に頂ければ幸いです(なくても構いません)。


注)劇中の登場人物の極端な行動は、真似しないほうが賢明です。

  違いのわかる方のみお楽しみください。

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挿絵(By みてみん)

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■02日目(5月25日) 君んちへ行こう■


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 ――妙な夢を見た。

 昨日の仲原の部屋に迷い込んで、逃げ出そうにもドアに錠が掛かっている。

 力技ではどうにもならない。

 バールでもこじ開けられないほどの、根拠のない強度。

 さすが夢だ。

 鍵を探せども探せども見つからず、なぜかドアの錠の数がどんどん増えていく。

 部屋の主の仲原はずっと泣いていて、泣き止む気配はない。

 そんなことが終わりなく続く、寝覚め最悪の夢だった。


 そして二度寝したのがまずかったのか。

 たった今はチャリンコのペダルを爆コギして、正門へと飛ばしてる最中だ。

 ヤバい、マジヤバいぞ。

 これまでで幾度となく体育教官室にお世話になり、今では生徒指導の先生に名前を覚えられてしまうまでに至った昨今。

 次からはペナルティも辞さないと釘をさされたのに、それがなんたるこの体たらく。

 あの毛深い先公とマンツーマンなんて死んでも嫌だぜ、俺。

 ――あと数十メートル、あと数メートル!

「俺の勝ちぢゃああ!」

 後輪を派手にドリフトさせて、今まさに閉ざされつつある正門に斜めからトッこんだ。

 地面の焼け焦げた跡と臭いを残して、なんとかギリギリセーフ。

 背後の正門の向こう側には、残念ながら入れなかった遅刻者どもの妬ましい瞳がらんらんと輝いている。

 ふう、いい汗かいたぜっ。

 そんな魑魅魍魎どもに向かって、白い歯も爽やかな笑みを向けるこの俺。

 ご愁傷さま、そしてグッバイ。

 意気揚々と下駄箱に向かう先に、今や見知った姿を発見。

 再び爽やかな笑顔を投げかける。

「よう、いちご魔人」

 彼女もそのポニテを翻して、にこやかに俺に応え――


 応えてはくれなかった。

 おもむろに伸びた仲原の手が俺のネクタイを掴み、そのまま渾身の力を込めて引き絞る。

「んごっ」

 気道が締まり、間抜けな声が漏れる。

 そのまま奴はギリギリと、頚動脈を圧迫してきやがった。

(注:良い子は真似しないでね)

「ふぐぁ……!」

 こもる力に比例して、徐々に意識が遠のいていくのがわかる。

 ロープ、ロープ、ロープ……!

 酸素を求めて俺の手が、空しくも宙をかく。

 涙で滲む視界に映る仲原は、般若のような面構えに見えた。

「ギヴ、ギヴギヴギヴィ!」

 降参の声にも思わず唾液が混ざる。

 一分は過ぎようかという時、やっと仲原の手がゆるみ、オチる寸前でやっと開放された。

 鬱血しそうな顔が急速に冷えて、肺はようやく新鮮な空気を取り込む。

 た、助かった……。

「口は禍の元って言葉、知ってる?」

 仲原の言葉は、なんの情も含んではいなかった。

 今のは天下の往来じゃなかったら、密かに殺る気満々だったに違いない。

「公衆の面前だぞ、ちょっとは手加減しろってんだ」

「盗撮魔の楢崎くんにそんなこと云われたくありません」

 ふんっ、と鼻息を鳴らして彼女は去っていく。

 ちくしょう、いちご趣味は本当のことじゃねえかよ。

 事実を云ってなにが悪い。

 本気で聴衆にバラしたろかこのやろう。


 授業はさておき、昼休み。

 立ち入り禁止の屋上で昼食、しかる後に一服というのがいつもの過ごし方――なのだが。

 唐突に新しい日々は、今日からスタートしていた。

 ――矢野がいない。

 昨日の今日で同盟は決裂。

 奴もすき好んで、自分の前にその死人面を下げてくる趣味もないらしい。

 今度あの野郎が世に迷い出てきたら、再起不能は確定だが。

 俺が謀殺してくれるわ、倍返しにしてな。

 せいぜいその死人顔洗って待ってやがれ、矢野!

 ――まあ、来てくれない方が今はいいか。

 脳みそを一度クールダウンさせた方がいいってもんだ。

 そしてこんなにいい天気なのに、あんなゾンビ顔を肴に昼休みというのもイヤンな話じゃないか。

 もういいや。

 盗撮なんてやるべきじゃなかったんだよ。

 それにちょいバレてヤバかったが、仲原と停戦してる以上、俺は滞りなく学園生活エンジョイできるんだから。

 今の平和を噛みしめようぜ、自分。

 永遠につかの間の平和であって欲しいものだが。

 ――しかし、それ以前の俺って、この時間って一体なにしてたんだっけ?

 ギリギリのスリルを駆け抜けてた時間が。

 どれくらいのレートで取引するか、競りあってた駆け引きが、あんなに盛り上がってた頃がなんか嘘みたいで。

 昨日まで赫燿たる戦果を上げていたのに、いきなり廃業になって面白いわけないし。

 パトロンももういねえし。

 あーあやってらんね、激つまんねー。

 俺のドドメ色に満ちた気分とは裏腹に、暗がりの向こう側は快晴もいいところだ。

 こんなにも苛立たしいのに。

 空は雲一つないなんて、不公平だよな。


 ――っていうかもう辞めちまおうか、学校。

 今朝遅刻しかけて手に入れたのが、こんなくそつまんねー時間で。

 それ以前にくだんないことやって時間潰してるしかない、俺の日常。

 マジ見合ってねえじゃん。

 もうドロップアウトでもなんでもいいよ。

 昼休みも終わりにさしかかったのか、次の授業の予鈴が鳴る。

 昨日の今頃は、確か携帯探してハラハラしてた頃だったよな。

 今日くらいはもうゆっくりさせてくれ――って、携帯?

 そういや俺、あれから携帯返してもらったっけ?

 はっと我に返る。

 そういやあのとき、仲原がマジ泣きしてから話がうやむやになって。

 とっとと釈放されたい一心で開放されたはいいものの、手段の為に目的を見失っていた。

 うわっ、アホじゃん俺っ!

 退学の決意もどこへやら、おもむろに俺は飛び起きて、次の時間の教室へ駆けていく。

 昨日も同じことやってたような気がするが、まあいいか。


 五時間目はコンピュータ室にて自習、時間内ネット巡回し放題。

 急いでダッシュしてきたものの、結論から云うとそれは徒労以外の何物でもなかった。

 教師は不在で、当然出席簿なんて真面目に取ってるワケないし。

 一人ゼーハー云ってる俺ってますますアホじゃん、なんだよそりゃ。

 しかしこの自由時間、本命の目的を果たすためには丁度都合がいい。

 奴の姿はどこだ。

 教室の全景を見回し、奥行きに視線を走らせ、その姿を探す。

 ――いた。

 昨日の放課後の落日、俺に敗北と後悔そして転落を味わわせた張本人。

 今朝の仕打ちも生々しい、いちご魔人・仲原。

 憎らしいその面は平静を装って、黙々と液晶モニタの画面と向き合っている。

 首筋がうずくぜ、このやろう。

 どうしてくれようか。

 事態は再びふりだしに戻り。

 俺はまだ、奴から携帯を取り返せずにこうして機をうかがっている。

 なんか昨日の今ごろも、こんな駆け引きやっていた気がするんだが。

 ――我ながら進歩ねえな。

 しかも事態は好転するどころかむしろ、最高機密まで既に割れてる状態なんだから始末が悪い。

 結構詰んでる状況であるが、いかんせんひっくり返さにゃブツは永遠に返ってこねえ。

 ――まあ、最終的に笑えりゃ全て良し。

 手段やプロセスなんて関係ねえんだよ。

 どうでもいいが、すっかり悪役台詞が板についてきてるよな、俺。


 なんてことを考えつつ、仲原を捕捉できる位置に腰を落ち着けて。

 適度にネット閲覧しながらも、奴へ監視の目を向ける。

 いきなり呼びつけるのはよろしくないな。

 どこかでワンクッション置いてから話題を切り出す方が得策であろう。

 昨日みたいに向こうから仕掛けてくれた方が楽なんだが。

 学校のパソコンはセキュリティの為か、極端にデスクトップが簡素化されており、使えるアプリも限られていた。

 因みにログまで取っているらしく、無理にエロサイト閲覧しようものなら即停学モノである。

 ……いや正直、やりすぎだろ学校。

 しかも一般サイトも無闇やたらにページ制限かかってること極まりない。

 こういう場は邪道なことができてナンボだろ、なんともつまらん仕様だ。

 ――そんなこと思ってるのは俺だけか?

 見るべきサイトも少ないし、これでどないせえと……

『いつから知ってたの? あ、もしかして最近トラバ貼ってきたりするのって楢崎くんだったりする? 女のフリして書き込んだりして……闇でネカマとかやってるわけ?』

 ……そういえば、昨日そんなこと云ってたな、あいつ。

 あまりにも身の覚えがなかったんで訳わかんなかったが、その云い分から察するに――

 仲原ってブログとか、つぶやいてたりしてんのかな?

 俺は十七インチの液晶に向き直り。

 タイプ慣れしてない、ぎこちない指先で検索窓に適当な単語を打ちこむ。

『いちご 趣味』

 ボタンを押すや否や、関連するサイトの羅列がズラリとブラウザ上に列挙される。

 検索結果、その中の一番上。

 まずはそこをクリックしてみると――


 ページが表示された、その瞬間。

 俺は画面に向かって思わず噴いた。

 ――仲原だ、仲原がいる。

 十七インチの液晶の画面――そこに表示されたブラウザ内の写真。

 眼鏡してないけど。

 目じりの泣きぼくろとかないけど。

 頭の色がピンク色してたりするけど。

 脳裏に浮かぶ憎らしい仲原の顔は、画像内の女の子と脳内照合みごと一致してる。

 紛れもなく、こいつは仲原本人その人だ。

 ツェー万賭けたっていい。

 ――っていうか、なんだよこのページ。

 レイアウトの形式は典型的なブログ。

 ……なんだが、そこかしこにいちごが飛び交うサイトデザインが仲原らしい。

 そして、タイトルがもう素晴らしくてたまらん。

「まのの☆Sweet Strrowberry Room☆」

 仲原の下の名前って、まのとかなんかだったと思うが……

 痒っ! うわ、激かゆっ!

 よくもこんなこっ恥ずかしいタイトル、真顔でつけられるもんだ。

 正気じゃねえ。

 タイトルだけではなく、本文の方もみてみよう。



20XX年5月20日 テストおしまい!


 まのデス('-'*)エヘ

 ようやくテストが終わりましたあぁぁ(>_<)

 その最終日から帰ってきた日、まのママがごほうびにって

 この!いちご柄の!!ティーポットを買ってきててビックリO(≧▽≦)O♪

 もーねチョーうれしかったよぉーーーv(*'-^*)b

 (以下略)

 コメント:「テストぉつかれさまでした!! m(__)mポットカワイイ」by〓ヒナ〓

 コメント:「すごいです!」byさくら

 コメント:「ソレ色が白いの持ってるょ! 結構使えるょ!」byみらん♪


20XX年5月22日 買っちゃいました!


 まのデス('-'*)エヘ

 しばらくテストしてたケド、きょうから再開~

 まえまえから欲しかったフリルのスカート(〃'∇'〃)ゝエヘヘ

 上下黒コーデ(´~`ヾ) ポリポリ…ドーカナ~

 (以下略)

 コメント:「かわいいかわいいっ♪ らあぁぁぁぶ(≧▽≦)」by☆+みどりん☆+

 コメント:「すごいです!」byさくら

 コメント:「まのチャン足ほっそ!ウラヤマシス」by渚@チョコプリン味



 なんですか。

 なんですかこのコミュ二ティ。

 俺の理解力を軽くブッちぎったアナザーワールドが、このサイトの中で繰り広げられている。

 今ひとつ、その波に乗り切れない自分の方が至らないんじゃないか、なんて錯覚するほどに。

 ……いや、惑わされんな俺。

 このパッションは遠巻きに眺めるのが正解なんだ。

 深入りすんのは予後が良くない。

 きっとそうだ、絶対そうだ。

 ――俺は今、奴の全てをのぞき見ている。

 ブラウザを前にして、ハッキリと確信していた。

 感づいていたが再確認。

 こいつやっぱり、内心見られたい属性バリバリなんじゃねえか。

 奴は俺が、おおやけの場にばら撒くまでもなく、自分の趣味を世界に向けて発信してやがったのだ。

 コメント欄の、内輪メンツにヨイショされて。

 つーかノリノリじゃんね?

 まったくもって変な奴に捕まってしまったもんだな、自分。


 そんな開いた口が塞がらない俺に、

「半口開けてなに見とんねん、ナラやん」

 好奇心からか、物好きな野郎が後ろから覗きにきた。

 この特徴的なイントネーションの関西人の名は青島、人呼んで……

「ナニ見たって俺の勝手だろ、チンタオ」

「俺は中国山東省の副省級市か!」

 まあ、こんな中華風に呼んでんの俺だけなんだが。

「んで? なにを勝手に見とんねんや?」

 その青島もといチンタオは、俺の肩口の向こうからニヤニヤしながら、画面を覗いていたが。

 いちご色の内容を読み進めていくうちに、だんだんとその軽薄な笑いが失せていく。

 あまりに予想どおりのリアクションで、いたたまれない気分になってくるな。

「ナラやん、こんないちご大好きっ娘が好みやったんか……?」

 そして、さも宇宙人を見るような目で俺を見てきやがった。

 普段おちゃらけてる癖に、こんな時だけ真面目な顔すんなよ。

「馬鹿云うなチンタオ、俺はこう見えても女の趣味はまともな方なんだぜ?」

「やから誰がチンタオやねん!」

 あんな目を合わすのも、今やためらわれる奴が好みなワケねえだろ?

 正直勘弁してくれ。

「……んでも、せやったらなんで、こんないちご満開の恥づいサイト見とんのん?」

「そ、それはだな」

 返しにくい突っ込みしてきやがる。

 関西人ってみんなこんなんかよ?

「もしかしてマイピクとかか、そういうの?」

「まあそんなもんと思っといてくれ」

 その認識に間違いはないんだが……

 向こう側の席に座ってるクラスメイトと同一人物なんだよ、実は。

「よう見たら結構可愛いんとちゃうの? 知り合いやねんやったら紹介してくれへんか、ナラやん」

「お前こないだB組の、サクラザワがいいとか云ってなかったか?」

 チンタオはこのブログの写真の女の子が、仲原とは気付いてないようだ。

 凄いぞ仲原、お前の幾重にも弄した策は見事に機能しているな。

 見上げたもんだ……とか思って彼女の方をチラ見してみたが。

 ――なんかすっげえ怖い顔で、俺の方睨んでんですけど。

 っていうか、なんで会話聞こえてんだよ。

 衝立をまたいで席三つ分は離れたところの小声だぞ?

「しかしやな、写真がなんかなあ。これとかちょっと明るすぎやろ」

 知るかよそんなもん!

 ガラス張りの衝立の向こう側では、凶気に満ちた形相の仲原が、俺に向けて意味不明なブロックサインを送っている。

 全然わかんねぇっつーの。

 その中でただ一つわかったのは、立てた親指の先で喉笛をかっ切る仕草。

 ――良くて半殺しか。

 放課後お空の星にでもされるのかな、俺。

「ブレたりとかボケてたりとか、ここ肝心なとこ色飛んでわからんやん。折角可愛いのに、ナラやんも惜しいと思わへんか?」

 いや、俺がいま惜しいのは己の命なんだ。

 ごめんチンタオ、明日にでも青空の彼方に俺の顔がうっすら浮かんでるやもしれん。

 グッバイ。


 そして放課後。

「……楢崎くん」

 昨日に引き続いて、仲原が俺のところに寄ってきた。

 ――なんだよ、またかよ?

 否応なしに俺は身構えてしまう。

「今から少し、ついてきて欲しい所があるんだけど……いいかな?」

 ああもうまた来たー、って感じだな。

 だから秘密の逢引の約束にしろっつって――


 向かった先でいきなり、渾身の力で体育館裏の壁に押し付けられる。

 荒い目のコンクリが背中に痛い。

 てっきり昨日の部屋に連れてかれると思っていたのだが、今回だけはマジにお礼参りだった。

「なにやってんのよぉ、もお!」

 そして再び俺のネクタイをたぐり寄せたかと思うと、ありったけの力を込めて引き絞る。

(注:だから良い子は真似しないでね)

「ふぐぁ……!」

 またもや圧迫される、俺の首筋。

 今朝とは力の入れようが段違いだ。

 むしろこれは、首の骨をへし折る勢いじゃないのか?

 ロープ、ロープ、ロー……!

 行き場のない肺の空気が開放を求め、伸ばした手が空しく宙を泳ぐ。

 今朝に引き続いて、俺の意識はまたもや遠い世界へ旅立とうとしていた。

 滲む視界に映る仲原は、先ほどの凶気に満ちた形相。

「ギヴ、ギヴギヴィギヴィギヴィ!」

 思わず唾が混じる敗北宣言も全く耳を貸さず、さらにその手に力がこもる。

 完全絶命へのカウントダウン。

 これはマジ死ぬ今死ぬガチで死ぬ。


 ――しかし、俺の求める明日への渇望が。

 途切れかけた意識の中、生に対する執念が己を突き動かした。

 宙を漂うその手に、今一度力がこもる。

 俺の方へと伸びる彼女の腕、その脇腹に向けておもむろに手刀を突き込んだ。

「きゃん!」

 そんな妙に可愛い声とともに手が緩み、首の束縛はやっと開放される。

 なんだよそのセクシーボイス。

 もしかしていけない弱点発見しちゃったんですか、俺。

「あの脇腹の借りは返させてもらった」

 痛む首筋を押さえながら、咳込みつつも俺は、恨めしい面構えの仲原に睨み返す。

 ……それにしても痛てぇな、青アザ残ってんじゃねえか?

「いきなり体育館裏に連れ込んだかと思えば、問答無用で首シメてくんじゃないよ」

 校内暴力だ、先生に云いつけてやろうか。

「だってえ!」

 それでも仲原は、ぷんすか怒りながら憤りをぶつけてくる。

「あんな他人にわかりそうなところで、勝手に人のブログ覗かないでよ!」

「あのな……」

 不特定多数に公開してこその個人サイトだろ、それなりのリスクは覚悟してんじゃないのか。

 インターネットの根本を否定するようなこと云ってんじゃないよ。

「それにさ、いちご満開の恥づいサイトとか、写真の質がもうちょっと良かったらとか!」

「全部それ俺の台詞じゃねえじゃん」

 悪い事だけはしっかり覚えてんだな、被害妄想が過ぎるぞ。

 それにしてもあの距離で、なんでそんな聞こえてんだよ?

 地獄耳か、こいつ。

「結構可愛いじゃねえかとか、折角可愛いのに写真がもうちょっと良かったらとか、そういうこともチンタオは云ってたな」

「えっ?」

 仲原の顔が、先ほどとは別の理由で真っ赤になる。

 そしてドギマギとうろたえる様を見て、思わずため息をついた。

 きっとリアルで褒められたりすることなんてなかったんだろうな、このリアクション見てると。

「お前がブログでどんな写真公開してようが、部屋をいちごグッズで埋めてようが勝手なんだろうけどな、見られたいのか見られたくないのかハッキリしろ」

 どうもこいつはバレて困る趣味の下着といい、変なところで無防備だよな。

 わざわざ写真にCG加工まで施して欺こうとしてるにも関わらず、あっさりとアシがつくこの詰めの甘さはなんだよ、おい。

 なにはともあれ、これ以上とばっちり食って、肉体的苦痛を被るのは俺だってご勘弁願いたい。

「むしろ一般リスナーの生のご意見をリアルタイムで聞けてありがとうとか、感謝しろってんだ」

 文句と意見を履き違えないで頂きたいものだ。

「まあ、写真についてはチンタオの奴に同意するけどな。俺だったらあのブログに載ってる奴より百倍良い写真撮ってやるよ」

 などと、適当にうそぶいてみる。

 まあ云うだけだったらタダだしな。

 しかし、その次に続く言葉までは流石に予想できなかった。

「じゃあ、楢崎くんが撮ってよ」

「……は?」

「そこまで云うなら撮ってって云ってんの」

 ヤケ入った口調だった。

 ちょっと待て、なんでそんな話になってんだよ?

「それともなに? 携帯で盗撮じゃなかったらちゃんと撮れなかったりするの? 楢崎くんは」

 見下げ果てた目で俺を見てきやがる。

 その言葉に思わずイラッときた。

「……やってやらあ!」

 お前に見くびられるのだけは我慢ならん!

 あとで吠え面かかせてやる!

「この俺をそっち系だけの男だと思ってんじゃねえぞ!」

 そいつを今から証明してやるよ。

 返答ついでにミドルフィンガーを突きつけてやる。

「その代わり、俺の携帯ちゃんと返せ仲原」

 すかさず交換条件を提示、了承を得てとりあえず商談成立。

 ようやくブツの返還は保証された。

「……ああ、確かそういうのもあったよね」

 話を切りだしたとき、奴はぽんと手を叩いて今思い出したかのような発言しやがった。

 忘れてんなよ仲原!


 そして俺たちは、昨日の道のりを辿り。

 少し互いの距離を置いて、無言のままに仲原宅へと向かう。

 先行する彼女と、自転車を押してその後に続く俺。

 決して横に並ぶことのない、微妙な距離感が今の俺たちの関係を物語っていた。

 一度見知ったルートだったからか、昨日よりも幾分緊張も薄れていたせいなのか。

 初回に比べると、目的地に着くまでの時間が心なしか短いように思えた。

 ここにまたやってくる日があるとは、思ってもみなかったが。

 ――仲原邸ふたたび、である。

 初めての時は、そのスケールの大きさに威圧感を感じてすらいたが、今はだいぶ慣れた。

 ……それにしても、玄関口に陣取るこのわんこはいつも寝てるよな。

 しかもよだれまで垂らしてやがる。

 もしかしたら眠れる獅子の如く、平時には想像もつかない獰猛さをいつか剥き出しにするやもしれん……いや、犬なんだけどな。

 なんせこの仲原んちの飼い犬だ。

 それくらいのサプライズのひとつは覚悟しないと、命が幾つあっても足らんじゃろ。

 くわばらくわばら。


 そして再び、あのヘブンズドアの向こうに。

 ファンシーピンクな一室に、また俺はいる。

 イタさと神がかったものが同居する空間。

 そこを彩るBGMはやはり、軽快なラウンジポップ。

 まさにある種の亜空間と云って差し支えあるまい。

 昨日夢にまで見たぞ、まったく。

 しかしまあ、よくぞここまでカオス渦巻く世界を演出できたもんだな。

 執念もしくは偏愛がそうさせるのかわからんが、頭が下がる思いだ。

 こいつは絶対天与の才を授かっている。

 それが凄いんだかくだらないものなんだか、ようわからんが。

 しかし部屋に入るなり、

「取りあえず着替えるから出てて」

 などと云われて廊下におん出される。

 おいおいなんだよ、部屋に呼びたいのか逆なのかどっちなんだ……とか突っ込もうとしたが。

「のぞいたら殺すからね!」

 固くドアを閉め、遅れて内側から錠を掛ける音がした。

 こいつは本気で過剰防衛を正当防衛にしかねんからな。

 恫喝には十分すぎる言葉だった。

 さっきの首筋がうずく。

 ああもう、乙女心は微妙で複雑だこりゃ。

 ――しかし、あんな童顔チビッコとはいえ。

 扉を隔てた向こう側でヌギヌギされては、流石に気になるのが人情というもの。

 いやむしろ、そんな状況だからこそ余計に好奇心をくすぐるんでないかい、ねえ?

 俺は壁面に耳を押し付け、かすかな物音から内部事情を窺う。

 もう盗撮すら露見しちまった身だ。

 今さら怖いものなんてそうそうあるかよ。

 なんて思っていたが、ふいに不穏な物音が向こう側から聞こえ――

 反射的に思わず俺は飛び退いた。


 ……いや、落ち着け自分。

 ここは奴の家、いわばテリトリー。

 校内こそ徒手空拳だったものの、本来の得物とか持ち出してこられても困る。

 なんたってクサれた世間に中指突き立てる仲原の部屋だ。

 音に聞こえた大業物の一振りとか、さも当然のように出現してもおかしくない。

 剣閃一筋、そしてファンシーピンクの部屋がさらに赤く染まる。

「スイッチブレード! いちご斬り!」

 なんて無礼討ちされるなんて勘弁してくれ。

 ガクガク。


 そうこうしている間に禁断の扉はあっさりと開き。

 俺はいとも簡単に、あれほど気になっていた室内に招かれた。

 さんざん悩んでいた危惧とか決意なんかが一気に価値を失い、陳腐なものへと成り下がってしまう。

 ふと、扉の前でひとりうろたえてた自分の矮小っぷりにまたも気が付かされる。

 だから微妙に罪深いな、仲原。

 しかし、目の前の彼女の姿を見て、そんなくだらない雑念は一気に吹き飛んだ。

 いちご色のサイケポップな一室にいる、普段の制服姿とは想像もつかない仲原。

 まず眼鏡がない、それに髪型もポニーテールと違う。

 ヒラヒラふわふわした布地のパジャマ、ネグリジェ姿だった。

 そのアイボリーの地に無数のいちご柄が踊っている。

 ブログの他の写真も、これと同じようないちご柄だったけど、実際リアルで見るとある種の威圧感すら感じるな。

 もしかしたら、これが普段のくつろぎスタイルとか云うんじゃなかろうか。

 普段の制服姿とのギャップに、しばし凝視してしまう。

「な、なにも喋ってくれないのもなんか困る」

 二人の間に訪れた、会話の空白。

 仲原も照れがあるのは俺と変わらないのか、強引に沈黙を振り払おうとする。

「ほ、ほら! 今回はこんな感じでいこうかなって思ってるんだけど、可愛い? えへへへ」

 褒めて褒めてって感じだ。

 こいつナルシス趣味だな、絶対。

 ならばこそ、ただ同意するのもなんか気が引ける。

「……ああ、ちょっとムラムラしたな」


 その瞬間。

 仲原の手が俺の胸元に伸びるのが、視界に入った。

 すかさずネクタイをガード、しかる後に迫るその手をいなす。

「お前の動きはもう見切った」

 ワンパターンかつストレートなんだよ。

 同じ攻撃がそう何度も通用すると思うな。

「っていうかネクタイ引っ張んのやめれ、本気で危ないから」

「だってえ!」

 それでも仲原はぷんすか怒りながらまた憤りをぶつけてくる。

 いくらかわゆく着飾っても、こんな所はやっぱ変わんないのな。

 こいつはあの、憎らしいクラスメイトだってことを再認識する。

「ムラムラってなによ、ムラムラって!」

「え~、もうムラムラでいいじゃんよ、ムラムラで」

 お前の知らない所で、密かにムラムラな奴の一人くらいは居そうなんだけどな。

 ほら、矢野とか。

「仲原モアセクシィ」

「棒読みで云われるとなんかムカつく」


 ムラムラな話題はさておき、実作業に移る前に仲原の撮影事情なんかを聞かせてもらったんだが。

 なんだかなあ。

 こいつの撮り方は、いつも片手で自らを撮るセルフ撮影とか、極端なやり方ばっかりで。

 ――いやさ、それくらいしか選択肢がなかった。

 っていうか多人数ならまだしも、一人だけ撮るために三脚立てて、タイマー撮影設定してる奴なんて初めて見るぞ。

 セットしたカメラの前に急いで回りこんで、慌ててポーズを決める仲原の間抜けな姿。

 ……想像すると実にアホっぽいな。

 そして撮影したデータをPCに移して、画像加工ソフトの上でアラをカバーするという力技っぷりだ。

 微妙にソフトの使い方違ってないか?

 クオリティがどうとか突っ込まれても無理はない。

 そしてなまじっか秘密主義を貫いているだけに、撮影協力者なんてリアルでいるわけもなく、ひたすら孤軍奮闘。

 仲原はブログの常連に持ち上げられてるから感覚麻痺してるのかもしれないが、なんだか急にこいつが淋しい奴に見えた。

 ……同情はしないけどな。

「で、楢崎くんは百倍良い写真撮ってくれるんでしょ?」

 などと憎まれ口を叩きながらも、愛用と思しきデジカメを俺に手渡した。

 黙ってりゃ可愛いのに、なあ。

「任せとけ、この俺様が半年で全国ランクまで押し上げてやるぜ」

「そんなこと頼んでない」

「さしあたっての目標は、クラス全員の男子の視線を釘付け! ってとこか」

「なっ! ちょっと、やめてよっ!」

 案の定、露骨な拒否反応を示す仲原。

 ……そこまでバラされたくないのかよ。

「なんだよ、釘付けにしたくないのか? 内心見られたい属性バリバリなのはわかってんだから、遠慮すんなよ」

 もうお互いのハラづもりは知れてんだ。

 俺だって今さら猫かぶる気もねえし。

「少なくともチンタオの奴は、可愛いから紹介してくれって云ってくれたぞ」

「そ、そりゃ、まあ……」

 またも仲原はドギマギとうろたえてる。

 つくづく初々しい反応だこと。

「俺もまあ同意見なんだからさ、そうと決まりゃほれ、お前の一番可愛い顔をカメラの前に見せとくれ」

「え?」

 間抜けな声をあげる仲原をよそに。

 取り扱い説明書を片手に、渡されたデジカメのモードを次々チェンジして確かめる。

 しっかしめちゃ高い解像度だな、これ。

 全くこれだからブルジョワって奴はよー。

「同意見って……さっきのどういう意味?」

「うるさいな、追求すんなよ」

 冷たくあしらうものの、何故か仲原の顔は上機嫌だ。

 ……確かに、ちょっと可愛い。

 チンタオならずとも、紹介されてみたい気にもなる。

 そりゃこいつの中身がアレじゃなかったら、迷わずそこのいちご柄シーツに押し倒してますよ、ええ。

 マジにやると死の覚悟前提だけどな、仲原の場合。

「あと……」

 ええい、今度はなんだよ。

「楢崎くんって取説見ないで、勘で撮る人だと思ってた」

「フィーリングだけで世の中生きてる奴に云われたくねえ」


 そして俺たちは撮影を始める。

 仇敵の俺にも物怖じすることなく、堂に入った立ち居振る舞いの仲原。

 なんか憑依芸人みたいだな、こいつ。

 しかし目の前の俺を意識してか、赤みの差した頬は隠せない。

 照れがあるんだろうか。

 普段見られない眼鏡を外した素顔と、そんな色づいた表情が相まって。

 目の前のこいつがあの憎らしい仲原だということを、忘れてしまいそうになる。

 はじめは写真全枚、首から上を切って撮ってやろうかなんて思っていたが、やめた。

 ――こいつ、こんな表情とかするんだ。


 茶化すのもなんか、逆にシラけそうで。

 俺はシャッターを押しながら、レンズ越しに写真では伝わらないような、そんなニュアンスをただ見つめていた。

 まばたく睫毛や、一定のリズムで上下する胸元とか。

 CG加工前のその姿は、ブログの写真とはちょっと違ってみえる。

 頭の色も黒く、目じりの泣きぼくろもそのままの状態。

 そんな修正前の生々しさがなんか、逆にくるものをかきたてるのは気のせいだろうか。

 こんな楽屋裏の仲原を見たことあるのって俺だけなんだよな、たぶん。

 もしかして独占状態だったりとか?

 そう思うと、ちょっとだけドキドキした。

「ほら、ちょっと顎を引け」

 たまにそんな指示を出したり、ポーズを変えてもらったりしながらも、撮影の枚数を次々重ねていく。

 そういや、こいつ眼鏡のわりには裸眼でも目つきが細まったりとかしないのな。

 コンタクトか。

 持ってんだったら、なんで校内でもつけてねーんだって話だけど。

 ――やがて、いつしか俺も撮り続ける行為に没入する。

 こんなにも集中して、なにかに無心で打ち込んだりするのって、いつごろぶりだったか。

 本職の仕事と比べるまでもないし。

 使ってるカメラも、いくら解像度が高かろうと、しょせんプロユースには及ばない。

 仲原の自己満にただ付き合ってるだけ。

 カメラマンとモデルの真似事の、くだらないごっこ遊びレベルでしかない。

 しかし、シャッターを一枚一枚切るたびに感じるこの手応えはなんだろう。


 窓の向こうに夕日が落ち、やがてそれも消えかけるころが撮影の区切りだった。

 俺も仲原も、互いに一息つく。

 垂れ流しにかけていたラウンジポップが耳に届かないくらい、俺たちは張りつめた空気の中にいたようだ。

 時計の針もいつのまにか、かなり進んでいる。

「楢崎くんが真面目な顔してるのって、似合ってないよね」

「ほっとけよ」

 憎まれ口を叩くも、それまでみたいな険はない。

 心地よい疲労が生む、どこか和やかなムード。

「……ちょっと、何気に結構いいセン行ってない?」

 俺たちは撮影したブツをPCの上で確認する。

 めぼしいサムネイル画像を次々とクリックして、己の姿を確認する仲原。

 奴と俺の意地の張り合いが、クオリティの高さに繋がったのか、なんなのか。

 少なくともこいつがソロ活動するよりは、よっぽどデキがいいのは確かだろう。

 上々の反応に思わず俺もしたり顔。

「だから云ったろ? この俺をそっち系だけの男だと思ってんじゃねえぞって」

 それみろい、俺だってこのくらいは――

「伊達に盗撮の場数踏んでるわけじゃないもんね」

 ――おい、ちょっと待てや。

「それか、こういうのは被写体の良さが物を云うもんじゃないの?」

 だからちょっと待てというに。

 マジツッコミ入れていいか、このナルシス娘め。

 こいつを見直そうなんて思った俺が馬鹿だった。

「とにかく携帯返せ、携帯!」

「え、どして?」

「帰んだよ、もう!」

 やることやったんなら、正直もういいだろその辺で。

「もうちょっと無理? どうせ暇してるんでしょ、楢崎くん」

 なにをおっしゃりやがるんですか。

 それにこいつに暇人呼ばわりされんのって、超ムカつくのはなんでなんだろな。

「無料サービスは終了っつうんだよ! 返してくんないなら強引に部屋漁るぞ? そうだ、お前の恥ずかしいぽえむ発掘したら、さも情感たっぷりに朗読してやってもいいが――」

「なっ! ちょっと、やめてよっ!」

 必要以上のリアクション。

 今のは冗談で云ってみたつもりだったんだが、なんで否定しないのかね仲原さん?

 くわっ、マジ真性だこいつ。


 俺はようやく愛機をその手に取り返し、奴の家を後にする。

 未だ痛みが残る、額を押さえながら。

 あろうことか例のブツをぶん投げてよこしてきやがった、仲原の奴。

 しかも明らかに目を狙ってなかったか?

(注:ほんとに良い子は真似しないでね)

「ふぐぁ!」

 命中したのはちょっと上のほうだったが、悶絶のさなか俺は思い知る。

 やっぱり得物を持たせてもタチ悪ィんだな、こいつ。

 流石にポン刀で無礼討ちはされなかったが。

「ばか! やっぱりでてけ!」

 云われなくてももう来ねーよ、ったく。

 ブツを取り返した今、あのいちごルームにもう用はない。

 ――ふう、シャバの空気は美味いぜ。

 ああもう、どっと疲れたわ。

 玄関の犬は相変わらずゴロ寝してる……っていうか今度は仰向けで寝てるし。

 番犬の自覚あんのか、こいつ?


 そして帰り道を往くさなか、ふと我に返る。

 一体なにやってるよ自分。

 ついつい撮影に没頭して、あいつと一緒に感覚麻痺していたが、急速に熱が醒めていく。

 よもや仇敵の仲原と、いつの間にかよろしくやっちゃって。

 なんでこんな馴れ合ってんだ、俺。

 ……まあいいか。

 ブツを奪回した今、終わり良ければ全て良し――

 なんて思ってシェルを開いてみたら、液晶が割れて黒い液体が滲んでいた。


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【→】 05日目(5月28日) なにげないきっかけ、その後 [2013/5/28 更新予定]

    02日目(5月25日) 君んちへ行こう

【←】 01日目(5月24日) 知りすぎた人

ファンシーピンク

次回予告

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「楢崎くん!」

 背後から、聴き覚えのある声がして俺は振り向く。

 不本意ながら、いまやすっかりお馴染みとなってしまったその声。

 こないだに引き続いていちご魔人・仲原が俺のところに寄ってきやがった。

 ――なんだよ、またか?

 否応なしに俺は身構えてしまう。

「今から少し、ついてきて欲しい所があるんだけど……いいかな?」

 ええい、もう何度目なんだよ!

 貸し借りはもう清算したんじゃないのか!

「あいにく俺は、仮病が悪化して重篤状態なんだ。後にしてくれ」

 できれば永久に後にして欲しいんだが。

「いいから来てよ!」

 仲原の語調はいつもに増して強かった。

 俺のささやかな願いも虚しく、彼女に手を引かれて強制連行させられる。

 とりあえずアバラの一、二本は覚悟するべき……なんだろな、もう。

 痛くしないでね仲原。

 できればソフトに優しくしてくれ、頼む。


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■05日目(5月28日) なにげないきっかけ、その後■

[2013/5/28 更新予定]





◆もくじ◆ [全28回予定]



●00日目(5月23日) 始まりは唐突に 〔水〕


●01日目(5月24日) 知りすぎた人 〔木〕


●02日目(5月25日) 君んちへ行こう 〔金〕


 ○03日目(5月26日) ※欠番 〔土〕


 ○04日目(5月27日) ※欠番 〔日〕


●05日目(5月28日) なにげないきっかけ、その後 〔月〕


●06日目(5月29日) ガーリィステップ 〔火〕


 ○07日目(5月30日) ※欠番 〔水〕


 ○08日目(5月31日) ※欠番 〔木〕


●09日目(6月01日) ストレンジストロベリー 〔金〕


●10日目(6月02日) ストレンジストロベリーモア 〔土〕


●11日目(6月03日) インタールード 〔日〕


●12日目(6月04日) 君をおかわりしたい 〔月〕


●13日目(6月05日) インタールード その2 〔火〕


●14日目(6月06日) ファニーピンク 〔水〕


 ○15日目(6月07日) ※欠番 〔木〕


●16日目(6月08日) ファンシーパンク 〔金〕


 ○17日目(6月09日) ※欠番 〔土〕


 ○18日目(6月10日) ※欠番 〔日〕


●19日目(6月11日) 勝手にしやがれ 〔月〕


 ○20日目(6月12日) ※欠番 〔火〕


●21日目(6月13日) ままならぬふたり 〔水〕


●22日目(6月14日) 俺なりの意思を持って 〔木〕


 ○23日目(6月15日) ※欠番 〔金〕


●24日目(6月16日) 艶姿の映える土曜の宵 〔土〕


 ○25日目(6月17日) ※欠番 〔日〕


●26日目(6月18日) ??? 〔月〕


●27日目(6月19日) ??? 〔火〕


●28日目(6月20日) ??? 〔水〕


●29日目(6月21日) ??? 〔木〕


●30日目(6月22日) ??? 〔金〕


●31日目(6月23日) ??? 〔土〕


●33日目(6月25日) ??? 〔月〕


●??? 〔土〕


●??? 〔土〕


●??? 〔月〕


●??? 〔火〕


●???

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