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【ファンシーピンク】■48日目(7月10日) この夏一番、風の強い午後に 〔27/28〕

◆あらすじ◆

 毎日の学校生活を無為に過ごす、やさぐれ少年の楢崎くん。

 ふとした事からブログで一人ファッションショーを公開する、いちご大好き少女・仲原さんの隠された秘密を知ってしまいました。

 お互いの秘密を握り合う間柄になってしまったクラスメイト二人は、ひょんな経緯から渋々ながらブログの写真撮影をすることに。

 日ごと移り変わる仲原さんの華やかな衣装(いちご柄)。

 日陰者である二人が撮影を重ねる果てに、たどり着く終着点とは?


 まるで定点カメラでいちご柄の部屋を観測するかのように贈る、やさぐれ少年&いちご大好き少女、水と油の二人が織り成すポップ&キュートかつストレンジ&キッチュ、あとプチアダルトな放課後の……そして青春の日々。


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■ファンシーピンク■

作品概要


・ここは私、岩男ヨシノリが執筆した小説「ファンシーピンク」を掲載するスペースになります(注:pixivからの転載となります)。


・手慰みのように執筆していたものを、この場を借りて発表することにあいなりました。眠れない夜の暇つぶしにでもしていただければ幸いです。


・基本一日イコール一話というペースで、さながら主人公の日記のように展開していきます。

 そのため時系列的に、日付がたびたび飛びまくることになるのですが(例:03日目→06日目)、エピソードの順序が把握できない場合は後書きのもくじを参照くださいませ(もしくは各エピソードのキャプションに[*/28]との表記を設けておりますので、全体の進捗状況をそちらで確認いただけるようお願いします)。


・ご意見&ご感想、ファンアート、はたまたコラボ企画の提案などはお気軽にどうぞ~

 どこかしらのコミュニティや評価スレッドへの推薦なども、ご自由に。

 できるのであれば事後報告を後に頂ければ幸いです(なくても構いません)。


注)劇中の登場人物の極端な行動は、真似しないほうが賢明です。

  違いのわかる方のみお楽しみください。

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 一夜明けて、いまだ路面の湿り気は残っているものの。

 昨日の雨天とはうって変わって、今日は清々しいくらいのいい天気となった。

 若干強い風が、いつもの通学路を吹きぬける。

 そんな追い風に押され、軽快に自転車のペダルを滑らせて学校へと向かう。

 登校の途中、俺はおぼろげに考えを巡らせていた。

 矢野のこと、俺たちの秘密のこと、あのブログのこと、撮影のこと。

 ――そして仲原自身のこと。

 俺は俺なりの流儀で、片をつけてやるさ。

 それを密かに、心に決めていた。


 黒板の近くにある、いつもの仲原のポジション。

 塞ぎ込みたくなる出来事があったにも関らず、気丈にも登校してくれてるのが少し嬉しかった。

 そしてやがて来る、昼休みの時間。

 相変わらず校庭では無意味に意欲的な野球の練習が行われ、期末が終わったのもあってより一層、軽快にかっ飛ばす音が響く。

 お前らなら甲子園で優勝旗取って来れるな、間違いない。

 夏休みも間近の、いつもより浮ついた校内。

 しかし俺は決戦の地へと赴く面持ちで、屋上へと向かっていた。

 ――あの野郎は、必ずそこにいる。

 ツェー万賭けてもいい。

 最上階の扉を開け放つと、未だ残る昨日の水たまりが目の前に広がる。

 水面が空を映し出すそこから外れた暗がりに、矢野の姿をとらえた。

 こないだの期末でもクラストップ三位内に入ってる優等生は、誰にも発見されない暗所で密かに煙をくゆらせている。

 いつも通りに。

「よう、矢野」 

「なんだ? 楢崎か」

 俺は手に提げたコンビニ袋を、しゃがんでる奴の目の高さまで上げる。

「メシ食いに来たんだよ」

 そう云って奴の隣に腰を下ろした。

「最近、どうよ?」

「ボチボチ」

 相変わらずの返事が返ってくる。

 互いになにも期待しないリアクション。

「こないだ『仲原に、告ろうかと思ってる』とか云ってたの、一体どうなったよ?」

「……ああ、告った」

 仲原から電話で聞いたけど、本人の口から伝えられると流石に嘘じゃないらしいな。

「その様子じゃ玉砕か、チンタオも涙目だ」

「あんな薄目野郎と一緒にするなよ」

 その後も聞いたとおりの筋書きを、矢野本人がリプレイしてくれた。

「そういやチン……青島から見せられたけど、あのブログってなんだ? いちごがなんとかっていう痛々しいアレ。どこかで見た顔だと思ったら、仲原が裏でやってやがった」

 あの時、垣間見せた恋心もなにも、まるで醒め切った様子で矢野は続ける。

「本人から教えられたよ。ハッキリ云ってだまされた、本当の自分を見て欲しいとか、もう必死すぎでマジでドン引き」

 この野郎は仲原のことを、きっと歯牙にもかけちゃいないんだろう。

 あの時、俺を陥れた戦略の切れはどこへやら、かつて力づくで押し込まれた金網に身を預けて、明らかに油断しきっている。

「そういえば携帯で盗撮してきたあの画像って本当だったのかよ、楢崎」

「あんなチンケな写真なんているかとか云ってたよな、確か。今も覚えてるぞ」

「もう時効だろ、時効。良かったらあの時の金払ってやってもいいけど、どうする?」

 ――ああ、こりゃもう決定的だな。

 俺は首を捻り、矢野と逆の方を向き、

「だとよ――おい、もう出てきてもいいぞ?」

 屋上入り口の方向に声を投げかける。

 しかる後、俺たちの死角になる位置から、なんと仲原が姿を現した。

 予期もしなかったその姿に、流石の矢野も半笑いのまま顔を硬直させる。

 ――ああそうだったな。

 俺はこいつがうろたえる顔を見るのを、心待ちにしてたんだ。

 今となっては正直どうでもいいけど。


 告白された相手から、自分に爆弾を落とすような発言を受けて。

 仲原は、矢野に侮蔑とも困惑ともつかない目を向けていた。

 眼鏡の奥に、涙をいっぱいに溜めながら。

「聞いてのとおりこの矢野は、実は俺と共謀して盗撮やってたクソ野郎だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれていいぞ」

 ――俺を含めてな。

 仲原には全てを知る権利がある、だからこそ秘密裏に屋上に連れてきた。

「な、楢崎、お前!」

「すまんな。屋上から落とした携帯を仲原に拾われて、バレちまったんだよあの時」

 ヒビの入った液晶を見せてやる。

 さらりと云ってのけるが、矢野はもちろん気が気じゃないだろう。

 見てればわかる。

『だまされた』『ハメられた』とか云ってる本人こそが、一番隠しごとやってたのが暴露されたんだからな。

「ただ俺のこれしか盗撮の証拠って存在しねえし、矢野がグルとか話しても信じちゃくれないと思ってさ、もう黙るしかねえだろ?」

 そういうシナリオに持ちこんだのは、他でもないお前なんだよ、矢野。

「んじゃなんだ、チクったら良かったのか?」

 自分ばっかり喋ってるその間。

 俺とそれぞれ共犯の立場にある二人は、各々の理由で口を閉ざしていた。

 無理もないだろうな。

「――それにな。お前の云う痛々しいブログの写真は、実は全部俺が撮ってんだよ」

 予想の斜め上をいく事実を立て続けに聞かされて、矢野の顔に動揺がさらに広がっていく。

 ああ、そう云う面も見たかったよ俺は。

 もう下がるような溜飲すらないけどな。

「俺と仲原でブログのランキング上位にまで押し上げたんだぜ? 常連もいつも感想くれてよ、みんなで盛り上がってんだ。いまに銀河規模の知名度にしてやらあ」

 そうなんだよ。

 お前の安い言葉でサクっと片付けられるほど、俺たちが築いてきた物は軽いもんじゃないんだ。

「矢野なら勝てるのか? いつも毎日つまんねえとか愚痴ってるだけの奴がよ」

 いつもに増して血の気が失せている矢野。

 しかし引きつった半笑いを貼り付けて、眼鏡の位置を直しながらも、奴は俺たちに反論する。

「……お前ら、なにふざけてんだ? 似合わないのに二人で無理して、痛々しい馬鹿騒ぎしやがって? お前ら馬鹿だろ?」

 その痛々しい馬鹿騒ぎやる、勢いすらないのはそっちだろが。

「コラボレーションなんて多少仲悪いほうがカッコ良いんじゃねえか。それにお前みたいな、なんもしようともしない野郎に、仲原をディスる資格なんてねえんだよ!」

 思わず語句に熱がこもる。

 ――熱くなった方が負け。

 矢野と俺の、暗黙のルール。

 だからどうした、それがなんだ?

 俺はいくらでも負け扱いされたっていいし、馬鹿で一向に構わない。

 だけど、こいつを傷つけるのだけは黙って見過ごすわけにゃいかないんだよ。

 方向はどうあれ仲原はいつもひたむきで、お前よりもずっと一生懸命なんだからな。

 ――それに。

「生憎、お前なんぞに仲原は譲れねえな」

 矢野を相手取り、俺は仲原サイドに回る。

 トライアングルで向き合ってたのが、二対一の構図となった。

「俺んとこに取り返さなきゃ、奪ってでも」

 本当に大事なものだったらな。

 そう云って丁度いい高さにある、彼女の頭に手を置いた。

 形のいい頭をわしわしと撫でてやる。

「え、え?」

 さっきからずっと口をつぐんでいた仲原は、ようやく戸惑いの声を上げた。

「運命共同体って奴だよ、俺たち。なんならこいつの恥ずかしいエピソードを指折り云って聞かせていいぞ? エグい下着の枚数から寝相の悪さまで答えてやらあ」

 こないだよだれ垂らしながら寝てたのも、へその近くにホクロあったりするのも、推定Eカップなのも、内心痛がりなのも泳げないのも全部知ってんだぜ。

 うわべだけしか知らないお前と違ってな。

「え……ええぇ!」

「な、楢崎……!」

 絶句の矢野と、沸点に達する勢いで真っ赤になる仲原。

 いよいよもって、とんでもないこと云ってるよな、俺。

「あの時云ったろ矢野? こいつは房中術の達人で、俺も激しく激しく奪われたってな」

 でなかったらあの朝、なんで俺は生まれたての姿で寝てたんだよ仲原?

「楢崎くん! あ、あれは……」

「お前は取りあえず黙ってろ、仲原」

 そして二対一で向き合う俺たちの間に、足で見えない線引きをしてやる。

「こっから先は肉体関係者以外、立ち入り禁止のデッドラインだ。入ってきたら実力をもって排除するぜ」

 お前の出る幕はもうないんだよ、矢野。

 俺たちのあいだに。

「んじゃな~、帰るぞ仲原」

 話を切り上げ、やって来た道をまた戻る。

 ――オタオタする彼女を後ろに連れて。

「お前らグルかよ、卑怯なことしてハメやがって!」

 オイオイ、俺がフェアプレイとかいう単語を持ち出す奴に見えるのか、矢野?

「なに云ってんだか。俺もお前も悪者だろうが、お互い様だろ?」

 今さらもう理屈なんて関係ない。

 にも関らずその自尊心に、必死にしがみつく矢野の姿がひどく滑稽に見えた。

 ああそうか、こいつなんて所詮そんなレベルでしかないんだな。

「お前そこまでして格の違いとか思い知らせたいのか、楢崎!」

 なおも陳腐な言葉を吐き連ねる矢野を残して、俺と仲原は出口に向かう。

 やれやれ、救いようのない野郎だ。

「だから、お前をおちょくってなにが楽しいんだか。矢野に威張るだけの、チンケな格なんて別にいるかよ」

 今度ばかりは背を向けて立ち去るのも、負けた気はしなかった。

「楢崎! ちょっと待てって云っ……」

 云いかけた奴の言葉は、閉ざした屋上の扉の向こうに消える。

 グッバイ、矢野。


 俺たちは、物言わず階段を降りていく。

 いくら矢野をギャフンと云わせても、涙をたたえる仲原の目は変わらなかった。

 いつまでも自分の世界に篭っていられるわけがない、誰も彼もいつか、外の世界に向き合うべき時が来る。

 現実に。

 わかっていたはずじゃないのか、俺。

 おおよそこんな結末を迎えることになるなんて。

 矢野が好意を持ったのも、その装っていた外面が原因であるわけで、「裏切られた」とかなじられても仕方のない話だ。

 演じてるそんな自分に、責任持つようなことを考えもしなかったんだから。

 でも、どこか自業自得と切り捨てられないのは、何故なんだろうか。


 それはたとえ本物でも偽りだとしても、仲原がただひたむきに、熱っぽく撮影に取り組んでいたのは間違いなんかじゃなく。

 たまに見せる飾らない笑顔も、昨日流していた涙の熱さも。

 なにもかも、嘘なんかじゃないと知っているからだ。


『メシ食いに来たんだよ』

 そう云って屋上に行ったにもかかわらず、手提げのコンビニ袋は手つかずなのに、今ごろ気がつく。

 仲原のドドメ色に満ちた気分とは裏腹に、窓の向こう側は快晴もいいところだ。

 こんなにも淋しいのに。

 空は雲一つないなんて、不公平だよな。

「――仲原」

 急に足を止めた俺に気づき、彼女も二、三歩行き過ぎて振り向く。

「今から少し、ついてきて欲しい所があるんだけど……いいか?」

 突発的な発言に、眼鏡の奥の目が丸くなる。

 無理もない、俺も今思いついたばかりだ。

「授業フケるから、つき合え」

「は?」

 仲原は無条件に聞き返す。

 当たり前か。

「海の見える気持ち良い場所でさ、デートしてやるっつってんだよ」

 期末も終わって、どうせ夏休みまで消化試合みたいな授業ばっかやってんだ。

 ちょっとくらいサボったっていいだろ?

「え? でも、それって休みの撮影の……」

「予定を前倒しだ。いっぺん外の空気吸ってこい、お前は」

 ――教えてやる。

 誰かに手助けしてもらって、現実に向き合うのも、たまにはいいだろ?

 それは決して恥ずかしいことなんかじゃないんだぜ、仲原。

「なんなら全部、俺のせいにしてくれてもいいからさ。行くぞ」

 俺たちは示し合わせたように、席に戻るや否や荷物をまとめて教室から出る。

 彼女が誰かに引き止められやしないか、少し心配してた。

 それだけで決意を曲げられても、仕方ないと思っていたから。

 しかし遠慮がちながらも、俺の後についてきてくれる仲原に感謝した。

 昼休みも予鈴に近づき、次第にまばらになっていく校内。

 サボる気満々の俺たちなんて誰も気に留めず、真面目な奴らの横を行き過ぎていく。


 駐輪場から自転車を持ち出して。

 やがて校門を過ぎ去った後ろで、始業を知らせるチャイムが鳴る。

 これで二人、午後の授業はサボり確定となってしまった。

「今からどっちの方面に行くの?」

 どこか不安混じりな口調で質問する仲原。

「俺らのオアシス。約束の地」

 おどけてみせたつもりだが、臨戦体勢に入る彼女を見て思わず牽制する。

「お、落ち着け。平和的にいこう平和的に」

 いまだ和むような心境じゃないようだな。

 それもわかってる、けれど。

「少なくとも、仲原が普段行かないところだってのは、確かかな」


 常に俺は、誰かと弱みを共有して生きている。

 矢野と、そして今は仲原と。

 日の当たらない世界で、ただろくでもないことだけやって、世の中を斜め読みしてた。

 でもこいつにだけは知っていて欲しいんだよ、外の世界にこんないい場所があるってことを。

 ……その前に一つ、云っておくべきことがあった。

「こっから先は教室じゃねーんだから、そんなダテ眼鏡なんて取っちまえ」

 おもむろに彼女の目元へ手を伸ばして、眼鏡をひったくる。

「ひゃっ!」

 思わず、驚いた声を出してしまう仲原。

 こいつは別に視力が悪いわけでもなく、ブログの写真から面が割れるのを防ぐという名目で、普段の顔を偽りつづけている。

 ここまできた以上、もうそれも必要ないだろう。

「か、勝手に取ったりしないでよ!」

「普段から眼鏡なんだから、かけてたら余計バレやすくなるだろうが」

 俺の理屈が合理的ととらえたのか、渋々ながら彼女は眼鏡をケースに直した。

「とにかく乗れよ、仲原」

 そして自転車にまたがり、仲原も後ろに乗るように促す。

 どこか怯えたように身を固くして、しがみつく仲原。

 対照的に、二人分の重さも気にせず軽快にペダルをこぐ俺。

 それぞれに違う思いを乗せながらも、自転車は目的地に向けて走り始める。

「あ、あのね……重くないかな?」

 遠慮がちな問いが、後ろから聞こえてきた。

「お前みたいな鶏ガラなんぞ、重いうちに入るかよ」

 小学生にも負けそうな背丈のくせして、なに云ってんだ。

 しかしそれに似合わぬ豊満な胸の感触が、背中からこう、ふにふにって……

 仲原の気が回らないのをいいことに、押しつけられるその密着感をしばし堪能する。

 これだけでも連れてきた甲斐があったというものだ、サボり万歳。

「呼び止められたりとか、しないかな……」

 そんな俺とは対称的に仲原は、ずっと不安げなことばかり漏らしている。

 なにショボいことでビビってやがんだか。

 堂々としてろ、堂々と。

「創立記念日に間違えて学校来ちゃったとか、うそぶいてりゃいいんだ」

「よけい疑われそう」

「うるさいな」

 それにしても爪を立てそうな勢いで、しがみつかれるのはマジ痛いんすけど。

 跡残ったりしてないかな。

「……仲原よ、一つ聞いていいか?」

「なに?」

 唐突に、後ろの奴に呼びかけてやる。

 さっきからこの怯えよう。

 そしてドミンゴス(仮)の寝そべるあのガレージに、自転車が一台もないのを察すると……

「お前って、チャリンコ乗れないんだろ?」

 ズバリ云ってみた。

 首を後ろに向けると、案の定彼女はいちごのように赤くなってうつむいている。

 まったくこいつは、変なところで不器用なんだから。

 アンバランスな奴――なんて思っていたが、後ろに向けた頭が突如手で固定される。

「ふぐぁ……!」

 恨めしそうな顔の仲原は、そのまま俺の首をねじ切らんばかりに力を込めてきた。

「ばか! 死ね、このまま死ね!」

「倒れるって仲原! あ、坂が、坂っ――」



挿絵(By みてみん)

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■48日目(7月10日) この夏一番、風の強い午後に■


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 たまにそんな死の危険を味わいながらも、俺たちは目的地に向かって進んでいく。

 傾きだした太陽は、さえぎる雲もなく、夏の日差しを浴びせかけるけれど。

 後ろから吹きつける追い風のおかげで、まるで苦にならない。

 仲原を乗せているのもあり、建物や街路樹の物陰を敢えて選んで走る。

 澄み渡る空を映した夏の影は、青みがかってどこか涼しい。

 たまに踏み切りに待たされたり、息があがるほどの坂を乗り越えたり。

 駄菓子屋に立ち寄り、不公平な割れ方をしたいちご味のアイスキャンデーをふたりで分け合ってみたりしながらも、俺たちは道を進んでいく。

「あ、当たりだ」

 棒の先を見て、後ろの仲原が呟いた。


 やがて背の高い建物が次第に姿を消していき、拓けた場所を行き過ぎていくようになってきた。

「見えるか? 海がいま、チラッと見えた」

 後ろに、言葉を投げかけてやる。

 目的地の海沿いまで、あと少し。

 中学の頃、どこまで自分の足で行けるのか試してみたくなって、ここまで来たのが最初だったか。

 その時は冬場で、吹きすさぶ寒風と波風に風邪をひいて以来行っていない。

 当時から馬鹿なのは変わってなかったんだな、俺。

 しかし今日が初めてである仲原は、昼下がりを反射する海に、瞳をきらめかせていた。

 無心に見つめている。

 今も馬鹿だよな――俺もこいつも。


 そこはなんでも、オリンピックの開催地を予定していたが、結局誘致は失敗して宙ぶらりんになってしまった場所らしい。

 夏のロックフェスが開催されると局地的に盛り上がるくらいで、基本は閑散としている。

 広大すぎるフィールドが、どこか知らないお偉いさんの不毛な努力を物語っていた。

 だだっ広い敷地に人はまばらで。

 ド平日にこんなとこに来る酔狂な輩は、俺達の他にそういない。

 誰からも必要とされない場所。

 今の俺と仲原には、さぞお似合いの場所なんだろう。

 しかしその舗装された路面は、まさにサイクリングにうってつけだった。

 なおも背を押す追い風を受けて、それまで以上の速さで俺たちは駆けていく。

 街路樹の高い椰子の葉が、強風に煽られてガサガサと音を立てる。

 遠い地平の果てに、全木造のログハウスがふと目についた。

 あれ、あんな所こないだ行った時にあったっけか?


 やがて行きついた先にそびえる、立ち入り禁止の高い壁。

 隔てる遮蔽物の継ぎ目から、海の青さをかいま見た。

 そして、おあつらえ向きにも金網に穴が空いている。

 ……なら決まりだな。

 それまで乗っていた自転車を立てかける。

 放々に伸び放題の雑草を掻き分け、迷いもなくその向こう側を目指す俺を、仲原も察したようだ。

「勝手に入っていいの?」

「ルールなんて破るためにあんだよ」

 第一、こんな辺ぴなとこなんて誰も見てねーよ。

「楢崎くんは破りすぎだよ……」

「ほっとけ」

 第一ルール云々を引き合いに出す人間って、破ることはおろか動き出すことすらしない奴ばかりなんじゃねえのか?

 ――仲原、お前に教えてやる。

 大人しくルール守ってたんじゃ、辿り着けない場所だってあるんだぜ?

「それにさ、なんかワクワクしてこないか? こういうのってさ」

 証拠に、今もなお仲原の瞳は輝きを失っていなかった。


 狭い金網の穴をくぐりぬけて。

 壁を抜けた途端、一気に視界がひらけた。

 まだ一般に開放されていない閉鎖区画。

 電灯も手すりも、敷き詰められたタイルもまっさらなその場所。

 しかし無作為に伸びきった、剪定のなされていない雑草が放置の度合いを物語る。

 誰の目にもつかない、手つかずのエリア。

 今だけは、俺たちが独占していた。

「きれい……」

 仲原が、不意につぶやく。


 眼前の海が、眩しくきらめく秘密の場所。

 そこが俺たちの行きついた終着点だった。


 まだ真新しい椅子。

 もしかして俺たちが一番乗りだったりするんだろうか。

 背もたれに腰かけて、ずっと自転車を漕ぎっぱなしだった体を伸ばす。

「こんなとこ、知りもしないだろ? ずっとあの部屋にこもりきってばっかだもんな」

 なにげなくを装って、俺はこぼしてみる。

「知らないとこに行くのは、外の世界と向き合うのは怖いか?」

 返答もなにも返ってこなかったけど、構わなかった。

 もとより俺も、そんなものなんて求めてやしない。

「もし不安だったらよ、云ってくれたら付いてやるから。これくらい良いところなんて、唸るほど連れてってやるよ。これから」

 ただ頭の片隅に留めてくれたら、それで良かった。


 仲原はフェンスに手を置き、強い海風にただ髪をなびかせている。

 辺りに聞こえるのはそんな吹き付ける潮風の音と、波の音だけで。

 ポニーテールがはためく後ろ頭に、なおも俺は声を投げかける。

「盗撮の件、もし俺と矢野の野郎が憎いなら遠慮なくタレ込んでくれていいから。それで停学や退学になっても、自業自得だしな」

 さすがにそれを聞いて、仲原は振り向いた。

 ここのところ、ずっと困惑に満ちた顔ばかりを見てる気がする。

「確かに俺は盗撮でもなんでもやってきた。あの野郎とは同じ穴のムジナと思ってくれていいよ」

 俺は永久に日陰者で構わない、けれど。

 お前のためなら、汚れ役を買って出てやってもいいって思ってんだぜ。

「仲原は誰かを騙したり裏切ったりする気なんて全くないんだろ? 俺みたいなヨゴレなんて、いくらでも悪者にしちゃっていいからさ。いちいち後ろめたいこと考えないで、やりたいようにやってりゃいいんだよ」

 しかし仲原は、強くかぶりを振る。

 煽られる髪も構わずに。

「楢崎くんは悪者じゃないよ、だって……ジャスティスなんでしょ?」

 思わず噴き出しかけた。

 ありゃただのジョークだってのに。

「正義って、案外手前勝手で都合のいいもんだぜ? いいのかよ」

 しかし、おどけてみせる俺とは正反対に彼女は本気そのもので。

「あの時あたしの為に、矢野くんにいろいろ云ってくれたんでしょ? だったらあたしにとって、楢崎くんは正義だよ」

「どうだかな、単にお前をダシにして、あの野郎に一泡吹かせたかったのかもしんないぞ?」

 なおも照れ隠しにそんなことを云ってみたけど、

「……それでも、いい」

 バレてるのかなんなのか、返ってきた答えに俺の方が動揺してしまう。

 色々アンバランスで、だけどいつもひたむきで必死で。

 ホントはすぐ泣くし、器用なようで不器用で、恥ずかしがると首まですぐ赤くなったりして、いろんなことを怖がってる彼女。

 それでも怯むことなく俺の目を見据える。

 たとえ正しくても間違いだとしても、自分の信条を突き通そうという意志がそこに宿っていた。

 ――やばいわ、この目は直視できん。

「それにまあなんだ、自分の気になる女の子があそこまでこき下ろされてるのは、流石に黙ってらんないし、な」

 思わずあっちの方を向いてごまかす。

「え?」

 ああもう追求してくれるな、頼む。

「……そういうことなんだよ」

 何度も云わすなよ、こっぱずかしい。

 しかしその曖昧にしときたいところを、仲原は直球で追求してきやがった。

 そっぽを向いた先にまでやってきて、

「そういうことは、ちゃんと人の目を見て云ってよ!」

 とうとうこらえきれずに、涙を溢れさせた。

「……嬉しいんだから」

 何度も何度も、手の甲で目元を拭う。

 結局、俺も仲原を泣かせてるよな。

 いろいろ喜んでもらいたいはずなのに。

「取り敢えずちーんしろ、ほれ」

 俺の取り出したポケットティッシュを、仲原は受け取る。

「気の済むまで泣けよ、こんなとこ誰も見ちゃいないんだから」

 やっぱり俺は泣いてる女の子に、いつだって気の利いた言葉なんて云えなくて。

 照れ隠しにぶっきらぼうな台詞をほざいて、その場をやりすごすことで精一杯だった。

 とても真顔で見てられない。

 ――でも。

 いつかは笑ってくれたらって、俺でもそんなこと思ったっていいよな?


 初夏の真っ青な木陰。

 そこに陣取り、俺はごろりと寝転がる。

 仲原は俺と一人分のスペースを空けて、ちょこんと腰をかけた。

 昨日の雨の日みたいに、また膝を抱いて。

 微妙なふたりの距離の隙間を、今も続く仲原のむせび泣く声が埋めている。

 それが今の、お互いのポジションを表しているような気がしていた。

 俺たちの間を吹きぬける風は、相変わらず強い。


 そして目の前の海を半口開けて見ながら、ふたりでとりとめのない話題を交わしあう。

 途切れ途切れの続かない会話。

 それまでと違う、新しい関係。

 ガラにもなく気恥ずかしさを感じつつも。

 昨日までとは少し違った気持ちで、俺たちはこれからのことを考えていた。

「……馬鹿みたい、あたしたち」

 なんの勢いもつかない言葉。

 本当に口から突いて出たって感じだった。

「授業さぼって、立ち入り禁止に勝手に入って、誰もいないところでぼーっと海見てて」

 しかし、目の前のさざめく海の青さから目を離せないでいる。

 俺も例外じゃない。

「そうだよな」

 眼前の波を見据えたまま、俺も呟く。

「でもさ、馬鹿でいいんじゃないの? もう」

 利口ぶって、勝手に悟ったような気分になって皮肉って。

 そんなフリしてるくらいなら、馬鹿だろうがなんだろうが、ガムシャラでも自分にありのままでいるほうが気分がいい。

「……あたしも、やじゃない」

 これまで自分を装いつづけていただけに、同意の言葉をくれたのが嬉しかった。

 昼下がり、まだ時間はたくさんある。

 今はこの満ちた充足感を、思うままに堪能していたい。

 ――深く、深く息をつく。

 こんなにも清々しい気分は、一体いつ頃ぶりなんだろうか。

「……あ、魚跳ねた」

 時おり仲原が、そんなことを呟く。


 やがてじっと押し黙るのにも飽きて、俺はひょいと飛び起きる。

 予想もしない挙動に、びっくりまなこの仲原。

「え、え?」

 そんな顔が面白くて、ちょっと強引に彼女の手を引いて起こす。

「それっ!」

 自転車も鞄も携帯も、なにもかもその場に置き去りにして。

 目の前の、青い空と海に向かって俺たちはそのまま駆け出す。

 彼女の手を離さずに。

 どこまで行けるのか、わかんないけど。

 日差しの下、追い風を背に受けて、全力疾走で真新しい道を駆け抜ける。

 眼前の海から鼻に抜ける潮風が舞い込んで、俺や仲原の長い髪が逆巻いた。

 誰も入ったことのない場所。

 やがて俺たちは、その最端で足を止めた。

 立ちのぼる熱気に息があがる。


 俺たちの行き着いた、その先で。

 強く吹きつける追い風を受け、仲原は海を前に両手を広げる。

 さながらそれは、翼を広げる鳥みたいに。

「仲原!」

 俺の声に、振り向く彼女。

「え?」

 ――ぱしゃ。

 一瞬の不意をついて、ポケットに隠していたカメラで彼女を撮ってみる。

 飾りのない、ありのままの素の表情。

 それはこれまで撮り溜めたどんな写真よりも、嘘やいつわりのない素顔で。

 個人的に一番のベストショットだと、俺は思っている。


 夏休みはもうすぐそこだ。

 俺たちの夏が、はじまる。





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【→】 ??? [2013/8/20 更新予定]

    48日目(7月10日) この夏一番、風の強い午後に

【←】 47日目(7月09日) それでも、君んちへ行こう

ファンシーピンク

次回予告

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「んじゃ……どっか休んでく?」

 ――結構マジだった。

 いくら文無しでもこの為なら、なけなしの金をはたいても構わない。

 それに俺なりに、いろんな意味を含めて云ってみたつもりだ。

 いや、ストレートに振ったらフルボッコにされそうだし。

 ここら辺でいいラブホあったっけか?

 ちくしょう、事前に調べてくりゃ良かった!

 いざって時にほら、アレもいちごの香りの奴とかしっかり用意しておきながら、なにやってんだよ俺!

「……うん、そうしよっか」

 ――え?

 今なんて云いましたか仲原さん?

 予想外の返答に、数時間歩き通しだった疲労が吹っ飛ぶ。

 これはあれだよな、OKサインと取っていいんだよな?

 やっべ、なんか興奮してきた!

 局所的に色々みなぎってきた!



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■???

[2013/8/20 更新予定]






◆もくじ◆ [全28回予定]



●00日目(5月23日) 始まりは唐突に 〔水〕


●01日目(5月24日) 知りすぎた人 〔木〕


●02日目(5月25日) 君んちへ行こう 〔金〕


 ○03日目(5月26日) ※欠番 〔土〕


 ○04日目(5月27日) ※欠番 〔日〕


●05日目(5月28日) なにげないきっかけ、その後 〔月〕


●06日目(5月29日) ガーリィステップ 〔火〕


 ○07日目(5月30日) ※欠番 〔水〕


 ○08日目(5月31日) ※欠番 〔木〕


●09日目(6月01日) ストレンジストロベリー 〔金〕


●10日目(6月02日) ストレンジストロベリーモア 〔土〕


●11日目(6月03日) インタールード 〔日〕


●12日目(6月04日) 君をおかわりしたい 〔月〕


●13日目(6月05日) インタールード その2 〔火〕


●14日目(6月06日) ファニーピンク 〔水〕


 ○15日目(6月07日) ※欠番 〔木〕


●16日目(6月08日) ファンシーパンク 〔金〕


 ○17日目(6月09日) ※欠番 〔土〕


 ○18日目(6月10日) ※欠番 〔日〕


●19日目(6月11日) 勝手にしやがれ 〔月〕


 ○20日目(6月12日) ※欠番 〔火〕


●21日目(6月13日) ままならぬふたり 〔水〕


●22日目(6月14日) 俺なりの意思を持って 〔木〕


 ○23日目(6月15日) ※欠番 〔金〕


●24日目(6月16日) 艶姿の映える土曜の宵 〔土〕


 ○25日目(6月17日) ※欠番 〔日〕


●26日目(6月18日) ビキニ姿の君が見たいから 〔月〕


●27日目(6月19日) もっとビキニ姿の君が見たいから 〔火〕


●28日目(6月20日) 苺娘々。(すとろべりーにゃんにゃん。) 〔水〕


●29日目(6月21日) はれんちがとまらない 〔木〕


●30日目(6月22日) それなりのプチロマンス 〔金〕


●31日目(6月23日) ヤツの影、再び 〔土〕


 ○32日目(6月24日) ※欠番 〔日〕


●33日目(6月25日) ファンシーピンク 〔月〕



●38日目(6月30日) はれんちはおわらない 〔土〕



●45日目(7月07日) 彼女は時々スマイルレス 〔土〕


 ○46日目(7月08日) ※欠番 〔日〕


●47日目(7月09日) それでも、君んちへ行こう 〔月〕


●48日目(7月10日) この夏一番、風の強い午後に 〔火〕


●???

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