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死にたがりの聖女は、冷徹公爵に死ぬほど愛される 〜自爆特攻で現代に帰るつもりだったのに、なぜか救国の英雄として執着されています〜  作者: 九十九 文


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第4話 決戦の地、最高の死に場所



魔王の残滓が現れた、という報が届いたのは、エリカが公爵邸に身を置いて一ヶ月が経った頃だった。


 会議室に招集されたエリカは、地図に描かれた魔力の集積点を眺めながら、胸の中でガッツポーズしていた。


(残滓! 魔王の! これはもう言い訳のできない最高の死に場所じゃないですか!)


 テーブルを囲む将軍や魔法士たちが深刻な顔で議論しているのをよそに、エリカは大興奮だった。


 魔王本体は二年前に勇者一行が討伐済みだが、残滓——本体から分離した魔力の塊が現れることは珍しくない。しかし今回のものは規模が違う。残滓とは思えないほどの濃密な魔力が、北部の廃城址に収束しているという。


「聖女の結界魔法があれば、拡散を抑えられる可能性がある」


 魔法士の一人がそう言った。


「しかし聖女殿を危険に晒すわけには——」


「わたしが行きます」


 エリカは即答した。


 全員の視線が集まった。


「行きます。絶対に行きます。行かせてください」


「エリカ殿……」


 キリアスが複雑な顔でこちらを見ていた。


(止めようとしてますね。絶対に止めようとしてる顔だ。でも今回だけは譲りませんよ! これを逃したら次いつ来るかわからない。魔王の残滓です。自爆覚悟で全力の浄化魔法をぶつければ、さすがに死ねるはず!)


「エリカ殿、危険が——」


「わかってます。でも行かなければもっと多くの人が巻き込まれる。公爵もそれはわかってるでしょう?」


 キリアスは静かに押し黙った。エリカの言葉は正しい。そしてエリカに聖女としての能力があることも事実だ。


「……私も同行する」


「止めなくていいんですか」


「止めるよりも、共に行く方が安全だ」


(うっ。その判断力は困る。ていうか一緒に来られたら自爆しにくい……いや、でも今回は絶対やります。意志の力で何とかする)


 廃城址への道のりは半日かかった。近づくにつれ、空気が重くなっていく。魔力の圧迫感が肌を刺す。護衛の兵士たちが顔色を悪くしていく中、エリカだけはどんどんテンションが上がっていた。


(来ましたよ。ついに。今日こそ帰れる。すみませんキリアス様、わたしのことは忘れてください。聖女との出会いを良い思い出にしてくれると嬉しいです)


 廃城の正門に差し掛かったとき、それは現れた。


 高さにして五メートル以上。人型ではなく、黒い霧と光が混ざったような不定形の塊。しかし中心に宿る赤い光は、明確な意思と殺意を持っていた。


 兵士たちが一歩引いた。風が止まった。


 エリカは前に出た。


「エリカ殿!」


「大丈夫です」


(大丈夫じゃないです。それが目的なので)


 全力を出す。今まで一度も本気で出したことのない聖女の魔力を、一点集中で、目の前の魔王残滓に叩き込む。それが最大威力の攻撃になると同時に、エリカ自身の体力と魔力を限界まで消耗させる。


 消耗して、死んで、帰る。


 シンプルだが完璧なプランだった。


 エリカは両手を広げた。胸の中心に意識を集める。今まで「勝手に出てくる」ばかりだった魔力を、初めて、意図して引き出しにかかった。


(出てこい。全部出てこい。出し惜しみするな。残滓ゼロにするくらいのつもりで出てこい!)


 光が溢れた。


 白と金が混ざり合った光が、エリカの全身から噴き出した。それは柱となり、波となり、廃城の空をすべて塗り替えた。


 キリアスが馬を走らせてエリカの元へ向かおうとしたとき、光の圧力で近づけなかった。見えない壁のように、光が周囲を遮断していた。


「エリカ——!」


 彼の声が、光の向こうで歪んで聞こえた。


 エリカは目を閉じた。


 体が軽くなっていく。足先から意識が遠のいていく。これが死の感覚だろうか、と思った。


(帰れる。ようやく帰れる。ありがとうこの世界。ありがとうキリアス様、最後まで付き合ってもらってごめんなさい。あなたは——)


 キリアスの顔が、脳裏に浮かんだ。夜のバルコニーで星を見ていた横顔。街でホットチョコレートを飲みながらかすかに笑っていた表情。


(……あなたに、もう少し笑ってほしかったな)


 それが最後の思考になるはずだった。


 ならなかった。


 光が最高潮に達した瞬間、魔王の残滓が悲鳴のような音を立てて消滅した。黒い霧が光に焼かれ、赤い核が弾けて散った。


 そして光が収まった後に残ったのは、静寂と、青い空と、


 地面にへたり込んだエリカだった。


 無傷で。


(…………え?)


 体のどこも痛くない。消耗感はあるが、死の予感がまるでない。魔力が尽きかけて、しかしそこで体が自動的に回復プロセスに入ったようで、今現在も治癒魔法が内側から静かに働いている。


(また……またですか!!)


 エリカは地面を手のひらで叩いた。


 そこへ、走ってくる足音。


「エリカ!」


 キリアスだった。光が消えた瞬間に駆けつけてきたらしい。公爵らしからぬ、全力の走りで。


 地面にへたり込んだエリカの前で片膝をつき、両肩を掴んで、じっと顔を見た。


「怪我はないか。どこか、痛いところは」


「ないです。どこも……」


「本当に?」


「本当に。ピンピンしてます」


 キリアスは大きく息を吐いた。肩が、わずかに震えていた。


 次の瞬間、エリカは腕の中に包まれていた。


「……っ」


 公爵が、抱きしめていた。


 鎧越しでも伝わる、強い力で。体温で。


「離さない」


 低く、かすかに震える声だった。


「二度と、こんな思いをさせないでくれ」


(キリアス様……)


「光の中に消えたと思った。帰ってこないのかと思った」


(わたしも帰ってこないつもりだったんですが……)


「あなたを失う場面だけは、想像したくなかった。なのに——」


 言葉が途切れた。


 エリカは公爵の背中に、気づけば手を回していた。


(なんで帰れないんでしょう。わたし、なんで帰れないんだろう)


 体が帰れないのか。心が帰れないのか。


 今この瞬間だけは、どちらなのか、わからなかった。


 後ろで兵士たちが目を真っ赤にして「ご無事で!」と叫んでいた。魔法士の一人は膝をついて感謝の祈りを捧げていた。


 エリカは、誰かの腕の中で、ぽかんと空を見上げた。


(……日本、遠いな)


 それは初めて、絶望ではなく、ただ遠いなと思った感想だった。

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