第7話 未来を売る男
湾岸再開発プロジェクトの会議室は、熱気でむせ返っていた。
ホワイトボードいっぱいに数字。
地価の推移グラフは右肩上がり。
武田部長が言う。
「土地は上がる。以上だ」
営業部はうなずく。
だが恒一は資料をめくりながら、静かに手を挙げた。
「一点、補足いいですか」
一瞬、空気が止まる。
新人が口を出す場ではない。
神谷が薄く笑う。
「どうぞ、坂本くん」
恒一は立ち上がった。
「今回の湾岸案件ですが」
ペンで資料を指す。
「地価上昇率は確かに異常値です」
「異常値?」
武田部長が眉を上げる。
「はい。だからこそ」
恒一は続けた。
「“上がる”を売るのではなく、“未来の使い道”を売るべきです」
沈黙。
山本がぽつりと呟く。
「使い道?」
恒一は黒板に書く。
『物流』『IT企業』『海外拠点』
「土地を持つことが目的ではなく、ここで何を育てるかを提示する」
神谷が腕を組む。
「つまり?」
「投機ではなく、計画を売る」
部長がタバコを揉み消した。
「続けろ」
恒一の声は静かだった。
「土地は値段じゃない。未来です」
その言葉に、自分でも一瞬、驚く。
祖父の言葉だった。
会議室の空気が変わる。
神谷が初めて真顔になった。
武田部長がゆっくり言う。
「……面白い」
翌週。
外資とのプレゼン。
神谷が数字を叩き込む。
「この上昇率なら三年で倍です」
恒一が続ける。
「ただし、我々は転売前提ではありません」
プロジェクターに未来都市のイメージ。
「ここに企業を呼び、雇用を生み、港と繋げる」
静かな空気。
外資の担当者が言う。
「You are selling vision, not land.」
恒一は頷く。
「Yes. Future.」
契約は成立した。
帰りのエレベーターで山本が肩を叩く。
「やるじゃねえか坂本!」
神谷は無言だったが、目は笑っていなかった。
夜。
麻美から電話が来た。
「ねえ、今日すごかったって聞いたよ」
「誰から?」
「受付ネットワーク、なめないで」
笑い声。
「お祝い、しない?」
「二人で?」
「うん」
六本木の小さなレストラン。
ネオンが揺れる。
麻美は少しドレスアップしていた。
「未来を売ったんだって?」
「噂早すぎ」
「なんかね」
ワインを傾けながら言う。
「坂本くん」
「うん」
「あなた、みんなと違うよね」
恒一は苦笑した。
「浮いてる?」
「ううん」
麻美は首を振る。
「ちゃんと先を見てる」
その言葉に、胸が少し痛む。
(俺は、もっと先を知ってる)
麻美がふいに言う。
「もしさ」
「うん?」
「この景色がなくなったらどうする?」
外を見る。
光の海。
バブルの東京。
恒一は答えた。
「なくならないよ」
「ほんと?」
「形は変わるけど、なくならない」
麻美は静かに笑った。
「それ、素敵だね」
その瞬間。
恒一は、ふと思った。
(この人が、未来で……)
言葉にできない感情。
守りたいのか。
手放すべきなのか。
麻美がグラスを持ち上げる。
「未来に」
恒一もグラスを上げる。
「未来に」
グラスが触れた音は、小さく澄んでいた。
だがその夜、湾岸の海風は少しだけ冷たかった。
遠くで、株価のニュースが流れていた。
小さな下落。
誰も気にしない。
まだ。
バブルは、きらめいている。




