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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第33話 外からの風

 朝の商店街は、まだ眠たげだった。

 シャッターが半分だけ開き、店先には新聞が積まれている。

 ラジオからは、演歌が流れていた。

 どこか古びた旋律が、街の空気に溶けている。


 麻美はいつもの喫茶店にいた。

 ガラスの灰皿。

 少し黄ばんだメニュー表。

 コーヒーの苦い香り。

 窓際の席に座り、新聞を広げる。

 経済欄の見出しに目が止まった。

「地価上昇に陰りか」

 ほんの小さな記事だった。

 大きな扱いではない。

 だが、その言葉が妙に引っかかる。

 陰り。

 麻美はゆっくりと記事を読む。

 内容は曖昧だった。

 一部地域での動き。

 専門家の控えめなコメント。

 どれも断定ではない。

 だが逆に、それが現実味を帯びている。

「……」

 カップに口をつける。

 コーヒーは、少し冷めていた。


 会社に着くと、空気はいつも通りだった。

 電話が鳴り、コピー機が唸り、誰かが笑っている。

 何も変わらない日常。

 だが麻美には、どこか“音が大きく”感じられた。

 ――みんな、気づいてないの?

 そう思ってしまう。

 いや、違う。

 気づいていて、見ないふりをしている。


 廊下の向こうで、恒一が誰かと話していた。

 手には分厚い資料。

 表情は引き締まっている。

 以前よりも、少しだけ速く歩いている気がした。

「坂本さん」

 声をかけると、恒一は振り向いた。

「ああ、麻美さん」

「少し、いいですか」

 短い沈黙。

「ええ」

 二人は、窓際のスペースに移動した。

 外には、工事中のビルが見える。

 クレーンがゆっくりと動いている。


「順調そうですね」

 麻美が言う。

「ええ、おかげさまで」

 言葉は整っている。

 だがどこか、余白がない。

 麻美は少しだけ間を置いた。

「……無理してませんか?」

 恒一は一瞬だけ言葉に詰まる。

「無理、ですか」

「はい」

 視線がぶつかる。

 麻美は続けた。

「最近、少し変わった気がして」

 それは責める言い方ではなかった。

 ただ、事実を置くような声。

 恒一は苦笑した。

「そうかもしれません」

 そして少しだけ視線を外す。

「でも、今はやるしかないんです」

 その言葉に、迷いはなかった。

 だが同時に、余裕もなかった。


 その頃。

 山本は古い取引先の店にいた。

 木の看板。

 擦り切れた帳簿。

 奥から漂う煎茶の香り。

「久しぶりだな」

 店主が笑う。

「相変わらずだな」

 山本も笑い返す。

 二人の会話はゆっくりしていた。

 急ぐ必要がない。

 時間の流れが、ここだけ違う。


 話題は自然と、不動産の話になった。

「最近はどうなんだ」

 店主が聞く。

 山本は湯呑みを手に取る。

「賑やかだな」

「いいことじゃないか」

 山本は少しだけ間を置いた。

 そして言った。

「賑やかすぎる」

 店主は笑いを止めた。

「……どういう意味だ」

 山本は窓の外を見る。

 通りを人が行き交う。

 どこか急ぎ足で。

「静かなときはな」

 山本はゆっくりと言う。

「みんな、自分の足で立ってる」

 湯呑みを置く。

「だが騒がしいときは違う」

 その目は、遠くを見ていた。

「誰かの肩に乗ってる」


 夕方。

 会社に戻った山本は、廊下で恒一とすれ違った。

「忙しそうだな」

「ええ」

 短い会話。

 だが山本は、その一瞬で何かを感じ取った。

 ――深く入りすぎてるな。

 呼び止めることもできた。

 だが山本は何も言わなかった。

 その代わり、ぽつりと呟く。

「……まあ、通る道か」

 誰に聞かせるでもなく。


 夜。

 麻美は一人で帰り道を歩いていた。

 街は明るい。

 ネオンが瞬き、人の声が絶えない。

 だがその中で、ふと足を止める。

 ショーウィンドウに映る自分の姿。

 その向こうに、派手な広告。

「億ション完売」

「今が買い時」

 言葉が並ぶ。

 強く、明るく。

 だが――

 どこか空虚だった。


 同じ夜。

 恒一はオフィスに残っていた。

 机の上には資料の山。

 数字を追い、予定を詰め、判断を重ねる。

 手は止まらない。

 だがその奥で、何かが引っかかっている。

 昼間の麻美の言葉。

 そして、説明できない違和感。

 ふと、ペンが止まる。

 静まり返ったオフィス。

 遠くで電話のベルが鳴り、すぐに切れた。

 恒一はゆっくりと顔を上げる。

 窓の外。

 東京の光は、まだ強い。

 だがその光の中に、

 ほんのわずかな“濁り”が見える気がした。


 その頃。

 山本は一人、暗い路地を歩いていた。

 街灯の明かりは弱い。

 足音だけが響く。

 ふと立ち止まり、空を見上げる。

 星はほとんど見えない。

 代わりに、街の明かりが空を染めている。

 山本は小さく息を吐いた。

「そろそろだな」

 その声は、誰にも届かない。

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