表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/16

第13話 選んだ理由

 夕暮れの東京は、やわらかな橙色に包まれていた。

 高層ビルの窓が光を反射し、街全体が一瞬だけ穏やかに見える時間帯。

 だがその美しさは、どこか儚い。

 夜になればまたネオンが灯り、欲望と熱気が街を満たす。


 東都物産のエントランスで、恒一は足を止めていた。

 受付カウンターの向こうに、麻美が立っている。

 いつもの制服姿。

 だが、どこか静かな空気をまとっている。

 目が合う。

 ほんの一瞬の間。

「今日、少し時間ある?」

 その声は、落ち着いているようで、奥に微かな緊張があった。


 二人は会社近くの小さな公園へ向かった。

 冬の風が木々を揺らし、落ち葉が足元で乾いた音を立てる。

 ベンチは冷たく、空はすでに群青に変わり始めている。

 遠くのビル群が、ゆっくりと光を帯びていく。


 しばらく、二人は並んで座ったまま言葉を探していた。

 沈黙は重くない。

 だが、逃げ場もない。

 麻美が先に口を開いた。

「断った」

 恒一の心臓が、強く鳴った。

「見合い?」

「うん」

 それだけの会話なのに、空気が変わる。

 風が一段冷たく感じられる。

「理由、聞かないの?」

 麻美は少しだけ笑った。

 恒一は、答えに迷う。

 聞きたい。

 でも、聞くのが怖い。

「……聞いてもいい?」

 麻美は両手を膝の上で組み、ゆっくりと息を吐いた。

「安心できる人だった」

 頷く。

「ちゃんと将来が見える人」

 また頷く。

「でもね」

 視線が夜空へ向かう。

「一緒に未来を“作る”感じがしなかった」

 その言葉が、胸に落ちる。

 静かに、しかし確かに。

「支える未来じゃなくて、一緒に考える未来がいいって思ったの」

 恒一は、あの日の自分の言葉を思い出す。

 未来を一緒に考えられる人がいい。

 軽く言ったつもりだった。

 だが、それは彼女の中に残っていた。

 胸の奥に、熱が広がる。

 嬉しさと、同時に襲う恐怖。

(俺は、この人の未来にいていいのか……)

 麻美は続ける。

「正直、怖いよ」

「何が?」

「安定を手放すのって、勇気いるから」

 声が少しだけ震える。

 その震えは、強さの裏返しだ。

「でもね」

 麻美は恒一を見る。

 まっすぐな目。

「私は、ちゃんと選びたかった」

 その言葉に、恒一の胸が締めつけられる。

 彼女は選んだ。

 誰かに流されたわけじゃない。

 自分で。

(未来は、必然じゃない)

 揺れながら、選ばれていく。

 恒一は、言葉を探す。

「俺は……」

 声がかすれる。

「未来を知ってる気がしてた」

 麻美は首を傾げる。

「え?」

「でも、本当は知らない」

 正確な未来の出来事は知っている。

 だが、人の心は知らない。

 選択の重みも。

「だから、怖い」

 それは初めての本音だった。

 未来を知っている優位ではなく、未来に縛られる弱さ。

 麻美は少しだけ驚いた顔をし、そして柔らかく笑った。

「一緒だね」

「え?」

「私も怖い」

 その言葉が、救いになる。

 恐れは共有できる。

 不安は、分け合える。

 風が吹き、落ち葉が舞う。

 夜の街が、完全に灯る。

 遠くでクラクションが鳴り、ディスコの音が微かに聞こえる。

 東京は相変わらず浮かれている。

 だが、この小さな公園だけは、静かだった。


 麻美が言う。

「ねえ」

「うん?」

「未来ってさ、決まってると思う?」

 その問いは、核心だった。

 恒一はしばらく黙る。

 宗一郎の横顔が浮かぶ。

 神谷の攻勢が浮かぶ。

 銀行の小さな変化が浮かぶ。

 そして今、隣にいる麻美。

「決まってない」

 ゆっくりと答える。

「選んだものが、未来になる」

 その言葉は、自分に言い聞かせるようでもあった。

 麻美は頷く。

「じゃあ、私、ちゃんと選んだね」

「うん」

 その瞬間、胸の奥で何かが定まる。

 未来は一本のレールではない。

 だが、選び続けた先に形ができる。

 恒一は、ようやく理解する。

 自分は“歴史を変える存在”ではない。

 選択を重ねる存在だ。

 そしてその選択が、いつか祖父を、祖母を、そして自分を作る。


 夜空には星がいくつか瞬いている。

 冬の空気は澄んでいる。

 麻美が立ち上がる。

「寒いね」

「送るよ」

 並んで歩き出す。

 手は触れない。

 だが距離は、確実に縮まっている。


 遠くの湾岸では、静かに灯りが揺れている。

 その裏で、神谷は次の一手を打とうとしている。

 宗一郎は、さらに土地を押さえ始めている。

 波は止まらない。

 だが今、恒一の中でひとつの決意が生まれていた。

 未来は、選ぶ。

 守るのではなく、選び続ける。

 その先に、必然がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ