表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第11話 選ばれる未来

 冬の朝の空気は、澄みすぎていて少し痛い。

 銀座の通りはまだ人もまばらで、ショーウィンドウのガラスには白い光が淡く反射している。

 ブランド店の前を通ると、昨夜の熱狂が嘘のように静まり返っていた。

 バブルの東京は、夜に膨らみ、朝に素顔を見せる。


 その朝、麻美は少しだけ濃い色のワンピースを選んだ。

 落ち着いた紺色。派手すぎず、地味すぎない。

 母親の「清楚にね」という言葉が頭の隅に残っている。

 鏡の前で立ち止まる。

(私は、どこへ行こうとしてるんだろう)

 見合いの相手は、都内の大手銀行勤務。

 三歳年上。安定、誠実、将来性。両親が頷く条件は揃っている。

 だが胸の奥に、引っかかるものがある。

 “安心”と“ときめき”は、別のものだと、最近知ってしまったから。


 ホテルのラウンジは、落ち着いた色合いだった。

 分厚い絨毯が足音を吸い込み、重厚な椅子が整然と並ぶ。

 窓の向こうには冬の陽射しが広がり、遠くのビル群が白く霞んでいる。

 麻美は両親と並んで座っていた。

 手元のカップからは、静かに湯気が立つ。


 時間通りに現れた相手は、きちんとしたスーツに身を包んだ男性だった。

 背筋が伸び、言葉遣いも丁寧だ。

 微笑みは控えめで、いかにも“堅実”という印象。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

 穏やかな声。

 会話はスムーズに進んだ。

 仕事の話。支店の忙しさ。今後の展望。

 銀行員という職業は、この時代では一種の特権だった。

 土地と金を動かす立場。バブルの熱の中心にいる人間。

「湾岸の再開発も、うちの銀行がかなり絡んでいます」

 その言葉に、麻美の胸がわずかに跳ねた。

 湾岸。

 坂本くん。

 彼が夜の海を見つめる横顔が浮かぶ。

「そうなんですね」

 微笑みながらも、心は別の場所へ向かっていた。

 相手は続ける。

「今は融資も積極的ですが、そろそろ選別の時期かもしれません」

 選別。

 その響きに、微かな冷気を感じる。

(何かが変わり始めている?)

 会話は滞りなく続く。


 両親は安心した表情で頷き、相手の両親も満足げだ。

 未来は、整っている。

 だが、整いすぎている。

 麻美はふと、窓の外を見る。

 冬の空は高く、遠くの東京湾の方角が白く光っている。

(あの人は、今どこにいるんだろう)

 見合いの場にいる自分と、湾岸で未来を語る彼。

 どちらが“私の未来”なのか。


 相手が穏やかに言う。

「もしご縁があれば、支えていただけると嬉しいです」

 その言葉は誠実だ。

 だが、“一緒に未来を作る”という響きではない。

 “支える”。

 その立場に、自分は納得できるのか。

 麻美はゆっくりと息を吸った。

「少し、考えさせていただけますか」

 場の空気がわずかに揺れる。

 両親の視線。

 相手の戸惑い。

 だが彼女の声は、静かで、はっきりしていた。


 その頃、湾岸では冷たい風が吹いていた。

 宗一地所の事務所。

 坂本宗一郎は、新聞を静かに畳んだ。

 一面には小さな記事。

 “銀行、一部融資姿勢を見直し”

 口元に、わずかな笑み。

 机の上には、湾岸の地図。いくつもの赤い印。

 派手な動きはしない。

 だが、確実に要所を押さえている。

 部下が言う。

「神谷という商社マンが、別ルートで動いています」

 宗一郎は目を細めた。

「若いのか」

「はい。かなり強気です」

「強気は悪くない」

 宗一郎は立ち上がり、窓の外を見る。

 海は静かだ。

「だがな」

 低い声。

「波は、勢いでは越えられない」

 そしてもう一つの報告。

「東都物産に、坂本という若手がいます」

 宗一郎の動きが止まる。

「……坂本?」

「ええ。未来を売ると言っているとか」

 わずかな沈黙。

 宗一郎は何も言わず、再び椅子に座った。

「面白い」

 その一言だけ。


 夕方、麻美はホテルを出た。

 空は薄い桃色に染まり、ビルの窓が夕陽を反射している。

 胸の中は、まだ揺れている。

 安定を選べば、きっと穏やかな未来がある。

 だが、それは自分で選んだ未来だろうか。

 ポケットの中の小さなメモ。

 “未来を一緒に考えられる人がいいと思う”

 あの日の言葉が、温度を持ってよみがえる。

 歩き出す。

 足取りは迷いながらも、確実にどこかへ向かっている。

 遠くで、東京湾に沈む夕陽が赤く燃えている。

 光は美しい。

 だが、その奥に影があることを、彼女はまだ知らない。

 そしてその影の中で、宗一郎は静かに動き始めている。

 欲の波が高まる中、選ばれる未来と、選ぶ未来が交差する。

 麻美の心は、まだ揺れている。

 だがその揺れこそが、事態を前へ進めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ