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営業成績最下位の俺がバブル時代の商社にタイムスリップしたら、昭和の気合営業に現代マーケティングを持ち込んだら出世してしまった  作者: かーすけ


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第9話 影の商人

 湾岸エリアは、昼と夜で顔を変える。

 昼は重機の音が響き、鉄骨が空に向かって伸びる。

 夜はまだ未完成の土地に、遠くの高層ビルの光がにじむ。


 東都物産の会議室では、新たな報告が上がっていた。

「例の区画、買い占めが進んでいます」

 山本が資料をめくる。

「地元の不動産会社が、異様に静かだ」

 神谷が言う。

「静かならいいだろう」

「いや」

 山本は首を振る。

「裏で動いてる」

 武田部長が煙を吐く。

「どこだ」

 資料の隅に、小さな社名があった。

 宗一地所

 恒一の指が止まる。

「……宗一?」

「聞いたことあるか?」

 山本が振り返る。

 恒一は首を横に振ったが、胸の鼓動は速くなっていた。

 宗一。

 宗一郎。

 偶然か。

 武田部長が言う。

「小さい会社だ。だが動きが速い」

 資料には、まだ更地の区画がいくつも押さえられていることが示されていた。

 投機ではない。

 転売もしていない。

 ただ、静かに保有している。

 神谷が鼻で笑う。

「臆病者だな。値上がりを待ってるだけだ」

 だが恒一は、違和感を覚えた。

(待っている……?)


 その夜、恒一は再びBAR SAKURAIの扉を押した。

 マスターは何も聞かずにウイスキーを置く。

「宗一地所って会社、知ってますか」

 グラスを磨く手が、ほんのわずかに止まった。

「知ってるとも」

「どういう会社ですか」

 マスターは静かに言った。

「欲に群がらない会社だ」

「……え?」

「みんなが買うときは買わない。みんなが売るときは買う」

 恒一の喉が鳴る。

「社長は?」

「表に出ない人だ」

 マスターは続けた。

「だが昔、こう言ったらしい」

「“儲けは結果だ。目的にするな”」

 その言葉が、胸の奥に落ちる。

「その人の名前は?」

 マスターは視線を上げる。

「坂本宗一郎」

 空気が止まった。

 恒一の手から、グラスがわずかに音を立てる。

「……生きてるんですか」

「もちろんだ。まだ五十そこそこだ」

 若い。

 想像よりずっと。

「なぜ、表に出ないんですか」

 マスターは微笑む。

「本物は、目立たない」


 店を出たとき、東京の風が冷たく感じた。

 祖父は伝説ではない。

 この時代に、いる。

 しかも湾岸の裏で動いている。

(会うべきなのか)

 いや、会っていいのか。


 数日後。

 神谷が外資担当と密会しているという噂が流れた。

 短期転売案を独自に進めているらしい。

「会社を通さずにか?」

 山本が顔をしかめる。

「抜け駆けだな」

 同時に、銀行の融資姿勢がわずかに変わり始めていた。

 金利の微調整。

 審査の厳格化。

 小さな変化。

 だが恒一は知っている。

(崩壊は、こういう小さな揺れから始まる)


 そして、麻美から連絡が来る。

「正式に会うことになった」

 見合いの日取りが決まったのだ。

 相手は都内の大手銀行勤務。

 両親も同席。

「断れない雰囲気なの」

 電話越しの声は、少しだけ弱い。

 恒一は言葉を探す。

(未来は決まっているのか)

 宗一郎は、この時代にいる。

 麻美は、まだ彼と出会っていない。

 自分がいることで、何かがズレているのではないか。


 夜の湾岸。

 まだ完成していない土地に立ち、恒一は海を見つめる。

 遠くの光。

 静かな波。

 祖父は、ここで何を見ているのか。

 神谷は利益を追い、麻美は安定に揺れ、銀行はわずかに引き締め、

 そして宗一郎は、静かに土地を抱えている。

 欲と未来が、交差し始めていた。

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