第八話【佐倉の待望】
「ねえねえ!もしかして。私が居ないのが気になって来てくれた?」
「さあ。俺にも分からないよ。でも一階から見てたら、空席がいつもあることに気づいた」
「アハハ、一緒に座りたかったんでしょ!」
「なんでそうなる!?……ンン。まあ、俺も一回はここのカフェに来てもいいかなとは思ったんだ。話のネタにもなるしね」
「私とこうやって話すのも話のネタになる?」
「鈴木さんという名前を出すときは、きっと俺が職務質問される時くらいだろうね」
「さん付けはいいよ!”鈴木”で!その方が嬉しい!」
「…………じゃあ、鈴木。ね」
CQコードの会計が、俺に引き継がれる。これはまあ、アレだ。大人のオブリージュというやつだ。
注文してから、何を話すこともなく時は移ろいゆく。
三階から眺める景色からは、臼杵屋がよく見える。ここから鈴木は俺のことを毎日眺めていたのだろうか。
「ねえ、猫のロボットが運んでくれるんだよ!で、撫でると喜んでくれるの」
「ああ。ファミレスにもいるな。…なんでこっちをみてるの?」
「撫でると。喜んで。…くれるんだよッ!?」
「……ふふ。だからなんで俺を見て期待してるのかな?」
試しに撫でてみると、ロボットの猫はいかにも喜んでいるような表情を見せる。
俺と同じだ。面倒くさい仕事をふられて、無駄に大きな責任を背負わされて、快く了承する様と、よく似ている。
でも鈴木はどうだろう?…いや、俺にでも分かる。嘘偽りがない。それが彼女が親しまれる理由でもあるのだろう。
「注文された商品をとってにゃ~」
「本当にメロンソーダ嫌いなの?飲まないの?」
「コーヒーの方が頭がスッキリする」
「そっかー。じゃあ佐倉がもしカフェにきてたら、コーヒーと、そのナポリタンを毎日食べてるんだろね!」
「そんな日は、今日で最後だよ」
一口飲むと、その様子さえ真っ直ぐみてくる鈴木に、俺はかける言葉が上手く見つからなかった。
なぜ俺のことをそんな風に見つめてくるのだろう。まるで、子供の頃に親父のことを見上げる、かつての俺のように。
「私さぁ、片親なんだ」
炭酸がパチパチと、静かに水上を弾ける。
それを潰すように、鈴木はメロンソーダの氷をストローでつっついて、意味もなくかき混ぜた。
「だから毎日頑張って勉強してる。塾に通わせてくれるお母さんに恩返しがしたいから。でも、ダンスを仕事しにたいって、言えてない」
「ジャージ姿なのはその、ダンスの練習で?」
「そうそう!だからさ、走ってきてー、あー、汗くさくないかな?ごめんなさい佐倉さん!」
「別に構わないよ。それよりもこっちの方が心配だ」
シチューのルーがくっつきそうな袖をまくってあげると、「えへへ~」と照れくさそうに、「私、鈍臭いとこあって!」と、少し元気のなさそうな声で、他人を安堵させるような。そんな笑みを浮かべていた。
「でもね。私が目指すべきなのって、佐倉さんだと思うんだよ!」
「俺になることを目指してるのか?だったらやめた方がいい」
「どうして?」
「どうして……か。難しいな。だけどそう思ったよ、俺はね」
「……うーん、やっぱり、このままでいたい。このまま友達と駄弁ってさ、佐倉が牛丼食べてるとこ、眺めてたい」
「でも俺は君が勉強を頑張ることを止めたくはないな。親孝行であることには変わりないから」
「あ、いちごの生クリームケーキとお代わりのレモネード追加で!」
「そこはちゃっかりしてるもんだ」
積み上げられた皿とグラスの数々。
そこに映る空のグラスは、まるで海を泳ぐ蛍烏賊を掌で掬い上げたように。
すっかり、辺りは夕闇に包まれている。
……そろそろ、鈴木を帰してあげなければいけない。
***
「……佐倉さん、本ッ当に、ごちそうさまでした!!」
「この前もらったボーナスが……」
「今度はそこの角のフルーツショップのパフェ、ご馳走してくださいっ!」
「……スーパーの冷凍コーナーにあるフルーツも美味いと思うけどな……」
もはや金額をまともに見ず、会計を済ませた俺と鈴木は、点滅する踏切が開けるのを待つ。
鈴木は何をするでもなく、菫色のネイルの先を指先で撫でていた。
「うーん!私、明日はちょっとだけ、いつもより頑張れそうな気がする!」
「鈴木」
「…………?」
「鈴木が決めていいんだ。俺は君のことを、見失わないから」
とっくに開けた踏切の前で、俺たちは立ち止まっている。
......こみ上げるものも、色々あったのだろう。
鈴木は薄っすらとした涙を、クリーム色のカーディガンの袖で乱暴に拭った。
何度も、何度も。
俺のスーツの裾をそっと摘んでから。
「……また。……またね、佐倉!」
***
――それから。というものの、いつも通りの日々が続く。
本来であれば、交差することのない幸せと青春を共有している。この、小さな商店街の窓から。
俺と鈴木は、再び、三階のカフェと一階の丼屋で、互いの思い思いの生活を、半分こして。
いつしか俺は仕事が多忙を極め、終電帰りになり、夕飯はフロアの一階、コンビニで買ったもので済ましていた。
でもそれは、決して悲しむことはない。
少しづつ、互いに。傍に有らずとも。
一歩ずつ己の人生を選び、愛しているという事なのだから。




