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第七話【鈴木の逃遁】

『鈴木!今日も遅練ありそう!?』


キュッと床のワックスが擦れる音から離れ、壁に寄りかかって座り、水分補給しながらスマホの通知に気づいたのは放課後のことだった。


『最近行けなくてごめん。何かあった?』


ぽっとメッセージを送信してから、すぐさま太もものストレッチに入る。足を開いて片足のつま先に指が届くぐらい上体を倒す。


夕方の体育館は色んな部が入り混じって練習していた。バレーにバトミントン。そして私の所属するダンス部も、これから迎える大会に向けて練習を重ねていた。


あと一週間。地区大会も控えている。

勉強もしないとだから、とカフェの席は空けてもらっているが、なかなか両立は難しい。

気持ちに身体が追いつかない。そんな感じだった。


『佐倉って人来てるよ!すずぴに会いに!』

「え!?!」


驚きのあまりスマホの画面を凝視してしまう。

カフェに?佐倉が?何のために?


『ずっと3階から見てた人?』

『なんで知ってるの!?』

『いやそりゃね!えてかずっと待ってるけど大丈夫そ?』

『大丈夫じゃない!!すぐ行く!』


私はジャージ姿のまま、すぐ外へと駆け出した。


そういえばちょうど、あのシュワシュワとしたメロンソーダフロートが飲みたいと思ってた頃だったんだ。

進路だとか、将来の夢だとか。そんな小難しい問題を手放すには、ちょうどいい寄り道だ。



***



街並みの街灯が、夕暮れ時のアスファルトを照らす頃。

臼杵屋やこれから向かうカフェーー『兎勝カフェ』が周辺に存在する駅、湖宮駅は、

ローカル線の内で止まる駅だが、人通りは多い。


「ええ!?私の席に佐倉が座ってる!?」


見上げるとそこには確かに、学生らに混じる親戚の叔父さんみたいな雰囲気を醸し出し、時折ハンカチで額を拭きながら眉を顰めている佐倉の姿があった。

…というかカフェのメニューに牛丼はないけど、佐倉は何を頼むんだろ?


「……あ」


佐倉がちょうど、こちらを見た。

でもこれはアレだ。視線の泳ぎ方が、「HELP」だ。



飲食店とかには少し早めの夕飯だろうか、そこそこ列ができ始める頃合いだ。

特にファストフード店とかは私のような学生で、テーブル席の大方は埋まっている。


駅の商業ビルへの入り口へ続く長いエスカレーターを駆け上がって、カフェへと入る。

すると既にそこではいつものメンツーー森中と美島、須藤から質問攻めにあっている佐倉の姿があった。


「えてかさ~やっぱ前のタルタルサンドの方が美味くなかった?さくぴーもそう思うしょ?」

「……どちらでも美味しいんじゃないかな……」

「気に入ってた味の方がなくなっちゃうってあるよねぇ~」

「佐倉さんっておやくしょ仕事?やってんですよね。それってきびいっすか?」

「まあね。でも仕事だから、コンスタンスにやってくのが大事なんだよ」

「コンスタンスッ!なんかかっこよ!あ、これ良かったらここも教えてよ!あたしら全員苦手なんですよこの科目~」

「あー、なんだっけな…昔勉強してた記憶はあるんだけどな。ああ……」


私はようやくこの会話の切れ目で、走ってずり下がっていたスクールバックを掛け直し、ワントーン明るく声をかけた。


「お待たせ!てか久しぶり!」


佐倉が小さな声で、私のジャージに白い文字で刺繍してあるのを見て、「鈴木…」と小さな声で反芻してるのがちょっと面白かった。

そういえば名乗ったこともなかったし、そりゃそうか。


「やっと来たよすずぴ!」

「おーい、こっちこっち!」

「遅練から直?」

「うん!練習途中だったけどなんか来ちゃったわ」

「えちょっと大会近いんでしょ?絶対大丈夫じゃないやつじゃん!アッハハ!」


いつものように森中が避けてくれて、佐倉と森中の間に私が座る形になった。

塾の帰りに友達も乗せて、お母さんの車で帰っている時のことを思い出す。そう、なぜか私のポジションは真ん中が多いかも。ダンスもちょうどセンターだし。


「すずぴの分も頼んどくね!」

「いや、俺の分飲んでいいよ」

「そういえば一口も飲んでないですよね。苦手ですか?」

「苦手ではないんだけど。わざわざ飲まないかな」

「うあ~、っなるほど!」

「こういうのって実は果糖ぶどう糖っていうのが主でさ。色は着色料だし、メロンの果実も入ってなければ果汁すらも入ってるか怪しいんだ。そういう飲み物の原価は十円かかるかも分からないほどで、俺の普段食べてる牛丼がワンコインなんだけど、それよりも高く売れてるのはまさにカフェのメニューとしてのブランディングが上手くてね」

「おお……」


3人共しばらく顔を見合わせてから、合図などもなく自然と、同時に言葉を口にした。

間違いなく、面白い人材見つけた、という笑いが込み上げている表情だった。


「大人~」

「変人~」

「超ウケる~!」


佐倉は耳まで赤くして、痒くもないだろう頭をかいて見せて、頬杖で若干顔を隠しながら外を向いてしまった。


「すずぴは?」


私?私は、どう思ったんだろう?

そうだなー。うん、なんていうか。



「佐倉だなって思った」



3階から眺めていた、臼杵屋で牛丼を食べていた佐倉を思い出す。


いつも同じ時間、いつも同じ牛丼。同じ服、同じ髪。そこに遊ぶ余地、みたいなものは存在しない。

きっと自分への放漫さを許容しないんだろうし、私たちが目指そうとしているちゃんとした社会人って、いわゆる佐倉みたいな人なんだと思った。


だから私は、そんな"正しさ"である佐倉を、何気なく目で追っていたのかもしれない。



***



「…よかったね。鈴木」

「何が?」


木目調のタイルが、さざめいていた気持ちに落ち着きを与える。

お手洗いの洗面台で、森中が化粧直しをしながら言った。


「話せたじゃん。いつも見てた人でしょ?いつでもあたしらで呼ぶからさ」

「まさか呼んだの!?」

「違うよ〜。ここ最近、鈴木が居なかったから来たんじゃない?……ま。だからさー。たまにはサボりに、こっち来なよ」

「……うん。ありがと」

「じゃね!あとはごゆっくり!」


そしてお手洗いから戻ると、3人とも、いつものように解散の流れになった。

スクールバックを持って、みんなが席を立つ。


「じゃあね~、また一緒にたべよ!」

「うん!またね!」


この3階の、大きな窓から、いっぱい手を振る。


振り返してしてくれた3人は、いつもよりなんだか嬉しそうで、他人の喜びも自分の嬉しさで表してくれる友達が、私は大好きだった。


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