第五話【鈴木の奮闘】
(やばいやばい!どうしよ!話しかけちゃった〜〜!)
唖然としている佐倉の持ってる箸の先、くっついていた米粒が落ちた。
沈黙。いかなる、沈黙。
だが関係なく天井のスピーカーからは陽気な声で、「うま〜い、のびる〜!」と、佐倉が食べかけているトマトチーズトッポギ牛丼の宣伝が流れている。
「……牛丼が、違う?」
「えっとーあの、その〜……今日の味、違くないですか?」
「ああ〜……そう、か?そうかもな。でも、ここのお店は美味しいよ。他の店舗よりお肉が柔らかいし、ボリュームも多い」
「そうそうそう!!味しっかり濃いめっていうか、なんていうか他の店より店員さんも丁寧っていうか〜」
「ふふ。君は本当に臼杵屋が好きなんだな」
佐倉って、こんな風に笑うんだ…!
ついいつも観察していることが露見されたくなくて話を逸らしてしまったが、私の存在は「牛丼への味のこだわりが異常に強く、それを見ず知らずの人に共有したがる女」になってしまっている。
というかSNSだったら気軽だけど、現実でいきなり知らない人に話しかけるって、難易度高いじゃん!しかも大人だし!
「じゃあ、もう俺は食べ終わるからここで」
「ちょっとまって下さい!!」
「……まだ何か?」
「私も同じの食べるので、ちょっと待ってください!!」
急いで券売機へと向かうと、列に並ぶ。すると先ほどの会話を聞いていた他の客たちが、怪訝そうに「どうぞ」と私を前の順番に促してくれた。
もう、後戻りはできない。臼杵屋愛好家としての私は、例のトマトチーズトッポギ丼を必死に探した。
そして慌てた私は温泉たまご、とろろ、キムチ、いろんなトッピングをタップして注文する。まるでこれが”通”だとでも主張するように。
そしてお会計をタップして財布の中身を探り、革の触感しかないことに絶望する。
(な。ない……!?)
いつもある程度のお金を入れていた。ただ、それは喫茶店で足りるほどのお小遣いだ。
積み重ねられたトッピングの注文が地味にかさみ、もちろんメインも並の牛丼よりはお高めなので、それ相応の値段となっていた。
(どうしよう、もう一回頼み直してーー)
急いでキャンセルを押そうとしたその時だった。
「お腹空いてたの?買ってあげるよ」
「……え、あ、ありがとうございます……」
佐倉が私の背後から会計を躊躇いもなくタップすると、カードリーダーでピッと一瞬で済ませた。
大きな手の甲の血管がくっきりと浮き出ていて、三階から眺めていた時は気づかなかったけど、身長が高い。
…のに私に接触しないように背中から距離を保っているのを感じる……。
「じゃあ俺はこれで」
椅子に掛けていたジャケットを羽織って、佐倉は去ろうとしていた。
どうしよう。口に出してみようかな。今度こそ、非常識だって、怒られちゃうかな。
……もう、ここには来なくなっちゃうかな。
「――勉強頑張って」
お待たせいたしました、と。
店員さんに声をかけられて、その間に佐倉は振り向かずに自動ドアの向こう側へ行ってしまった。
だけど、いまの一言で、私はもう立ち止まらずにはいられなかった。
「すぐ戻って来るので、さっき佐倉が座ってたところに置いておいてください!」
「それは可能ですが、お、お客様!?」
自動ドアを出て右に向かってひたすら走る。
ここは商店街だったので人込みをかき分けて、ひたすら追いつけるようにがむしゃらに走った。
カンカン、と微かに音が聞こえる。
佐倉の背中が見えたころには、あいにく踏切は下がってしまった。
だけど、私は腹の底から喉を震わせる。
「佐倉さんーーーーッ!」
驚いて振り向いた佐倉は、なんだか豆鉄砲をくらったようにきょとんとして、面白い。
「私、待ってますからぁー!!」
電車が過ぎ去った後には、そこには佐倉の姿はなかった。
だけど、見えなくなるその瞬間に、佐倉の口角が少し緩んでいたような気がした。




