エピローグ【鈴木の希望】
「おーい、鈴木ちゃん?」
私は呆気にとられてしまった。
それは、撮ってもらった一部の映像をカメラマンさんに見せてもらっている時だった。
「しまったぁ、なんか辛気臭い人が映っちゃってるなぁ~」
「しかもこっちの方バッチリ向いてますね。というか何で立ち上がってんの?」
「ちょっとこの部分もうワンテイク撮り直そうか」
「……いや、このままでお願いします!!」
「ええ?手間とか時間は別に気にしなくてーー」
「違うんです!そうじゃなくて!!」
私は急いでスタッフ達の間を潜り抜けて、脇目も振らず、窓越しに向かいの臼杵屋を見下ろした。
(あれ絶対、佐倉じゃん……!)
佐倉に手を振ったが、反応はない。ただ、いつもの仏頂面で。
でも、キュッと結ばれた口角は少し緩んでいた。
お馴染みの牛丼に、絶対に合わないであろうメロンソーダが置かれている。
店を出ようとしている佐倉の後を追おうとして、窓に背を向ける。
…だけど、急に話しかけて、良いのかなぁ。
昔とは違って、現在の自分の行動に注意を払わないといけないのは、学んできた。
だからあの頃の佐倉は、やっぱり凄かったんだって。立ち止まってしまう。
戸惑っている私に、人混みの中から、付近に座っていたであろうお客さんが話しかけてきた。
「あなたのダンス、SNSで流行ってるわよねえ!小学生の娘もよくテレビの前で真似してるわよ~」
「ああ、ありがとうございます!実は振り付けも私が考えてたんです!」
「そうなのぉ!そこが凄いと思ってねえ。勉強もたくさん頑張って、あなた大学生だけれど、それでもアイドルとして本格的なダンスも踊れて。才色兼備よねえ!」
少し鼻が高い。のだけど、人の壁が分厚くて、とても間に合いそうにはない。
…ここに来るのは数年ぶり以来だ。
当時の私はやっぱり、どちらも叶えたいと思った。それが私の決めた道だったから。
そんな決意ができた、思い出の場所がここだったから、撮影地に選ばせてもらった訳で。
「自分ではまだまだだと思ってますけど、褒めてもらえて嬉しいです!えっとーじゃあサインを…」
「あのあの!私と握手してもらってもいいですかぁ!」
「僕も僕も!」
「ええーと、えっと~~ッ!順番に」
「あの、すみませんが。俺もサインください」
走り書きしていたペンが止まる。
顔をあげると、そこには若干いつもより小綺麗な、相変わらずの、佐倉の姿があった。
「…さ、く、らぁ~~~~~っ!?」
「さっきのリーマンじゃ…?」
「知り合いだったなら早く言ってよ鈴木ちゃん~」
自分でも素っ頓狂すぎる叫び声に笑い転げた。
久々の佐倉はちょっと、なんというか、いつものスーツなのにお洒落な感じがする。
「また会えたね!」
「……約束は守っただろ?」
「え?」
「君が待ってるっていうからだろ」
「……サイン欲しいって言ってたよね?」
「ああ。まあ、書くものないから、軽い冗談でーー」
「そりゃそりゃぁ~~っ!!」
「っておい!?」
「えへへ~。これ、前に奢ってもらったお礼分にはなると思うから!」
嬉しさのあまり佐倉のTシャツに大きくサインを書いたら、
佐倉は大きく息を吐いて、耳を真っ赤にしたまま目を合わせなくなってしまった。
「売る訳ないだろ。全く…」
「てか佐倉どっかいくの?」
「これから結婚式だよ」
「ええ!?その前に牛丼食べてたの!?いや最早驚かないけど!」
「そんなに驚くことか?別に食べて祝うだけだし」
「佐倉すぎて安心したよ~!でもさすがにお嫁さん可哀想じゃない!?」
「…後輩の、な。一応、言っておくけど」
「ってそれ早く言って!?」
びっくりした~!…でもほんと、変わってないなぁ。
このカフェ…兎勝は、商業ビルが建てられる前からずっと、在り方を変えながらも、皆の憩いの場として続いているそうだ。
そんな風に、待ち合わせ場所があることは、今も昔も変わらないんだろうな。
「じゃあそこの~なんだっけ、佐倉くんも一緒でいいんじゃない?」
「ああ~、そうですね!アップ用のやつまだ撮ってないですから!」
「うんうん!それ私も賛成!!」
「俺はまだ賛成してないんだけど。鈴木?」
マネージャーもノリで承諾してくれたっぽいので、
今度は横に並んで写真を撮ってもらった。
ーー私がいつも眺めていた、あの風景をバックに。
そして、この時撮った写真が大ウケして。
CDのジャケ写になったのは、そう遠くない未来の話。




