74話 「まな板にベルト」
「銅貨は…………同価の銀貨にしたら…………どうか?」
一同は銅貨の問題は棚上げすると、次はこの資金をどうすべきか話し合い始めました。
「ヴィクトリアには話をしてあるんだが、将来的には道場、寮……そして常設会場を取得する方向で進める予定だ。その為には当然、利益を蓄えていく必要がある。しかし、それは……まだまだ未来の話だ。一旦、忘れておこう」
一同はそんな未来図を想像しています。常設会場があれば、設営の手間が省けることを喜ぶサルヴァトーレさん。道場があれば、雨を気にせず日夜練習に励めると歓喜するカルラさん。寮があれば、食っちゃ寝でゴロゴロしようと夢想するターリアさん。
「とりあえず今日、全員が興行というものを体験してみて……必要だとか、あったらいいな程度でも構わない。現状、我が団体に不足している物があれば……言ってほしい」
「一つ…………ある」
選手達が迷っている中……イクセントラさんは挙手をすると、発言を始めます。
「いざという時の…………救命設備。今日のカルラは…………少し危なかった」
それを聞いたカルラさん。顔を真っ赤にして反論します。
「そんな事あるわけないのです! ルカのタイガードライバーなんて……まるで効いてなかったのです!」
それは嘘でしょう。そもそもタイガードライバーの前からフラフラだったじゃないですか。まったく……カルラさんは強がりが過ぎますね。
「違う…………ノータッチ・トペ・スイシーダ…………あの時が…………一番危なかった」
それを聞くと……山田さんは息を飲みました。そして……深刻そうに口を開きます。
「ああ、そういう事か。確かに場外へのダイブは……プロレスにおいて最も危険な瞬間の一つだ。実際に事故も多発していたからな」
真摯な顔つきで語る山田さん。その表情からでしょうね……選手達はその話を真剣に聞いています。
「そうなると、救命設備までは厳しいが……次回興行までに担架は必ず用意しておく。ありがとうな、イクセントラ。言われるまで……完全に頭から抜けていた」
褒められると、ちょっとだけ嬉しそうなイクセントラさん。普段は無表情が多いだけに、嬉しそうな顔をすると……大いに可愛く見えるものですね。
「他の意見は……出てこないか」
山田さんはイクセントラさん以外からも意見を募りましたが……それは無言に終わるのでした。仕方ありませんよ。選手の皆さんは自身の試合で精一杯でしたからね。
「すると、担架を用意する以外は……しばらくは貯金だな。しかし、それはそれで面白みに欠けるな」
【堅実が一番だと思いますけどね】
「いや、プロレスラーって……ちょっとお金があるとベルトを作りたくなるんだよ、ほら三億円くらいの」
山田さんは私に向けて発言したのですが、それは選手の皆さんにも聞こえてしまいました。
「ベルトって……何よ?」
ルカさんからツッコミが入りました。
「ベルトとは…………主に女体を拘束するのに用いられる…………革製品を言う」
イクセントラさんはとんでもない答えを示しました。当然、不正解です。団体のお金でそんな物を作るわけがないですよね。
「ベルトってのは、正式にはチャンピオンベルトと言ってだな……その団体の最強の証として腰に巻かれる、絢爛豪華なベルトの事を言うんだ」
山田さんは脱線しそうな会話を、本来あるべき軌道に修正しました。
「それなら…………別に拘束用ベルトでも…………問題ないのではないか?」
しかし、それを許さないイクセントラさん。やはり、話題は脱線するのでした。
「団体の最強の証として…………リング中央で…………拘束される…………その美に…………観客は魅了されるに違いない。特にターリアは…………素晴らしい。別の嗜好で言うなら…………山田も…………その需要はあるだろう」
ターリアさん、全力で両手を振って……それを否定しています。山田さんはもう達観の表情で……遠くを見るのでした。
「ところで、ベルトというのが最強の証なら……ボクの腰に巻かれるべきだと思うのです」
イクセントラさん周辺が派手に脱線する中で、こちらは平常運行でしょうか。カルラさんは自分にこそベルトが相応しいと主張していますね。
「アンタ……今日、アタシに負けたの覚えてない? あ……頭強く打ちすぎちゃって忘れちゃったか? ごめんねー」
ルカさん……カルラさんを煽るようにして挑発していますね。
「ルカの地味な見た目では、絢爛豪華なベルトは豚に真珠なのです! その点、ボクのような華のあるレスラーこそ……ベルトに釣り合うに決まってるのです」
挑発には挑発で返すカルラさん。ルカさんの目つきが鋭くなりました。
「あ? アンタ……誰に向かって言ってるのよ!」
「もちろん……豚に言ったに決まってるのです!」
ああ、こちらも脱線し始めました。しかもこちらは……衝突寸前です。
「そっか、アンタの貧相な体って絢爛豪華なベルトでもないと……ド貧乳が隠せないもんね。言うなら……まな板にベルトかしら?」
「豚が……さっきから…………やかましいのです!」
ルカさんとカルラさん……両者は頭をぶつけ合いながら、ガンくれ合うのでした。
こちらは平常運行のヴィクトリアさんとターリアさんとサルヴァトーレさん。この三名は面倒事に巻き込まれないように、視線を脱線現場から逸らし続け……空気になろうと試みているのでした。
***
「まあ、ベルトの件はしばらく先の話ということで。それに、今べルトを作ったとしてもだな……どうせ俺が独占するだけだろ?」
しばらくして落ち着きを取り戻した控室。話題を変えるべく山田さんはそう語りました。確かに今の実力では……山田さんが飛び抜けていますからね。ベルトを作るにしても、新人さん達に実力が備わってからの方が適切でしょう。
実際、山田さんの発言に異を唱える人は現れませんでした。
「はいはい、それじゃ……今回の興行の MVP を発表するぞー」
山田さんはベルトから大きく話題を転換しました。先程の脱線がありますからね。いつまでもベルトの話題を引きずるのは危険でしょう。しかし……こちらの話題にしても、ルカさんとカルラさんは……自分こそが相応しいと視線でいがみ合っています。
更には、ヴィクトリアさんも……ひょっとしたら自分では? と、期待の眼差しで発表を待っていますね。まあ、確かに今回の興行のヴィクトリアさんは、凄まじい爪痕を残しましたからね。可能性は低くないでしょう。
そして、皆の視線が集まる中……山田さんから発表があります。
「今回の MVP は…………イクセントラ! 君に決めた!」
全員の視線がイクセントラさんに集います。しかし……まさか、選手以外から選出されるとは思わなかったのでしょう。期待を持っていた人達は肩透かしを食った感じで……少し納得いっていないみたいですね。
「今回の興行のイクセントラは……第一試合の場外乱闘や、メインイベント時のノータッチ・トペ・スイシーダの後の選手の容態確認など……完璧でした!」
言われてみれば、その通りですね。今回のイクセントラさんは選手を守りながら、試合が盛り上がるようにレフェリーの仕事を務めてくれました。そのように理由を言われた事で、選手の皆さんも納得の表情を浮かべます。
「じゃあ、ご褒美だ」
山田さんは銅貨の山から、両手で銅貨を掬うと……それをイクセントラさんに手渡しました。
「はい……本日はお疲れ様でした。撤収したら帰っていいぞー」
こうして、イクセントラさんは山盛りの銅貨を手に帰途に着くのでした。




