44話 「ウィーーーーー!」
そろそろ試合開始です。
イクセントラさんは観客の皆さんにプロレスのルールを説明するため、山田さんとルカさんより早く控室を出ました。そして花道手前まで足を進めた時、背後から呼びかけられました。
「おーい、ちょっと待ってくれ」
呼び止めたのは山田さん。どうやら急いで追ってきたようで、息が上がっていますね。イクセントラさんは立ち止まると、山田さんを待っています。
「ちょっと相談があるんだ…………」
イクセントラさん、山田さんに相談を持ちかけられていますね。その内容を神妙に聞いています。
「それでだな……………………するんだ。逆に……………………の時は……………………してもいいぞ」
二人は数分ほど、内緒話を続けました。どうやら……何か企んでいるようですね。
「なるほど…………それは面白い…………了解した」
どうやら相談内容を承諾してもらったようですね。イクセントラさんの返事を聞くと、山田さんは控室に戻っていきました。イクセントラさんは……再び歩き始めます。
そして観客の見える花道を通ると、遂にリングに登るのでした。
〈ワーワー! パチパチ!〉
リング中央、拡声器を持って立つイクセントラさんに向けて歓声が上がっています。それが収まるのを待つと、イクセントラさんは拡声器を口に当てて、何か発言するようです。
「本日はスカイハイ旗揚げ戦にご来場頂き、真にありがとうございます」
いつもよりハキハキと、丁寧に喋るイクセントラさん。この為に練習したんでしょう。そう考えちゃうと……感動しますね。
「プロレスは相手の肩をマットに3カウント抑えこむ、または相手にギブアップを宣告させる事で……基本的には勝敗を決します。しかし……これが、この世界で初のプロレスの試合ですので……細かい事を気にしないで、お楽しみください」
ルールをずいぶん簡略して伝えたのは……長々と解説するのを避けたからでしょうか。試合前に会場が冷えてしまうのを避ける意図でもあったんじゃないかと思います。
「それでは、これより……プロレス団体、スカイハイ旗揚げ戦…………山田 VS ルカ。六十分一本勝負を開始致します」
***
イクセントラさんがリングインした同時刻、山田さんとルカさんは花道手前で待機していました。そして、山田さんが試合の心構えについてルカさんに教示しています。
「俺は観客の前で試合した経験が豊富だが、デビュー戦のルカは……当然、その経験がないだろ?」
山田さんが語っているのを……ルカさんはソワソワと、緊張しながら聞いていますね。どうやら、会場の歓声が聞こえているのでしょう。一度ほぐれたはずの緊張に再び襲われているようです。
「だが、難しく考える必要はないんだ。今日の試合でルカは何も考えず動けばいい。試合は俺が作ってやるから……ルカは全てを俺に委ねてくれ」
「全てを委ねるだなんて……そんな……その……優しく…………してね」
こんな状況でも赤面するルカさん。案外、この人……大者なのかもしれませんね。そして、いつものように山田さんは無視します。
「まあ、仕方ないか。ルカも緊張してるみたいだし……俺だってデビューの時はガッチガチだったもんな」
「デビュー戦で、どこをガッチガチにしてるのよ! このバカ、変態!!」
その赤面は……怒りか羞恥のどちらでしょうね? ルカさんは山田さんの話を誤解して受け止めてしまいました。いや、もしかすると確信犯なのかもしれません。ですが……山田さんは、もう慣れたもので話を続けます。
「一つ、アドバイスしておくとだな……試合を見せてやろうなんて思うなよ。そんな事考えずに、とにかく動けばいい。そうすると、気がつけば……試合を魅せることになってたりするからな」
最後の忠告だけはしっかりと受け止めたのでしょう……ルカさんは大きく頷きました。
***
「それでは…………青コーナーより…………ルカの入場」
アナウンスと共に、会場にリズミカルな音楽が流れました。これも魔具のおかげでしょう。少しすると、観客の皆さんは……そのリズムに手拍子を合わせてくれています。
そして……ルカさんが入場してきました。
〈ワーワー!〉
〈パチパチパチパチ!〉
〈かわいいぞー!〉
そんな大声援に背中を押されながら、ルカさんが入場してきます。やはり緊張の度合いが高まってますね。左右の手足が同時に出てしまっていますよ。
そしてルカさんは、珍妙な足取りでリングサイドまで辿り着くと、ロープをくぐり……リングインを果たしました。
「赤コーナーより…………山田の入場」
その言葉が終わると同時に……怪しい音楽が流れました。なんだこれ……。観客の手拍子は……まったく合いません。遂には手拍子が止みました。
そして……山田さんの入場です。
〈……………………おじさん、頑張れー〉
あ、孤児院の子から声援がありましたね。
わずかな声援に戸惑いながらも、山田さんが入場してきます。
あっという間にリングサイドに着くと、ロープをまたぎ……リングインを果たしました。
「青コーナー…………体重は秘密…………ルーーーーーカーーーーーー」
ルカさんが選手紹介のコールを受けています。
〈ワーワーワーワー!〉
〈頑張れー!〉
〈もっと肌を露出してくれー!〉
ルカさん……観客の皆さんから、色々な声援を受けていますね。それに対して律儀に頭を下げています。いや……最後の声援は無視していいんですよ。というより、無視した方がいいですよ。
「赤コーナー……286パウンド…………やまーーーーーだーーーーー」
今度は山田さんのコールですね。山田さんはコールと共に数歩前へ進むと……左腕を高く掲げました。そして……
「ウィーーーーー!」
と、叫びました。
〈あれ……知ってる?〉
〈知ってるわけないでしょ〉
どうやら、会場のお客さんにはまったく伝わっていないようですね。山田さん、悲しそうな表情をしています。迷子の子犬みたいな顔です。
「レフェリー……イクセントラ」
最後にレフェリーが自身のコールを行いました。
〈パチパチパチパチ〉
「ちくしょう……歓声の音量的にはルカが最大、イクセントラが中。そして俺が小ってところか」
赤コーナーにもたれかかりながら……山田さんが呟いています。
「まったく……対戦相手ではなく観客にセメント挑まれちまうなんてな!」
どうやら、お客さんの反応に対しての不満を嘆いているようですね。
「いいだろう、やってやろうじゃねえか! 試合後にはお前らを感動の嵐に包んでやるからな!」
嘆きを刺激とし……戦闘意欲を高めた山田さん。その雄々しい表情からは歴戦のプロレスラーを感じますね。
さあ、イクセントラさんがゴングを要請しました。遂に、試合が…………始まります!




