43話 「師匠のことは……忘れてませんよ…………はい、覚えてますとも…………」
リングシューズの紐を硬く締める山田さん。準備万端ですね。そんな時です……来客がありました。その方は帽子を深く被り、全身をコートに覆ったまま……控室に入ってきます。いかにも怪しい風貌ですね。
【この人……お知り合いですか?】
私の質問に首を振って答える山田さん。じゃあ……ルカさんかイクセントラさんの知り合いでしょうか。山田さんは二人にも、それを尋ねるのですが……二人ともが知らないと返します。そこで……来客は帽子とコートを脱ぐのでした。
すると、そこには……人間の形状をした液体がいました。それを見て驚愕する三人。その驚きを受けてでしょう、人の形をした液体は……その姿を変化させました。
その姿こそ……私達のよく知るスライムだったのです。
「わしだスラ」
発声器官が何処なのか知りませんが……スライムは語り始めました。
「わしの好敵手である山田が団体を設立すると聞いて、居ても立っても居られなく……来てしまったスラ」
スライム師匠の意外な訪問を受け、山田さんとルカさんが反応します。
「師匠! よく来てくれましたね!」
「師匠のことは……忘れてませんよ…………はい、覚えてますとも…………」
感動して涙を浮かべる山田さん。明らかにスライム師匠を覚えていないルカさん。それとは対照的にイクセントラさんは無反応です。いや、何か……言おうとしてますね。
「スライムを…………師匠と呼ぶのは構わない」
そこを即座に納得できるのは、流石は変人といったところでしょう。イクセントラさんは続けます。
「しかし何故…………スライムが街の中に入ってこれた?」
治安に関わる、至極当然かつ重要な疑問が投げかけられました。さて、スライムさんの返答は……
「その為に変身して、変装したスラ。案外、人の形をしてさえいれば……服次第でバレないものスラ」
割とザルだったセパラドスの治安維持。その気になれば……魔物が平然と街中に入り込めることが判明しました。とは言え……大量に魔物が入り込んでくることはないでしょう。流石に人間だって気付くはずです。
「それで、今日は他にも友達の魔物も連れてきたスラ」
スライムさんは控室の外の集団を呼びました。そして入ってくる人の形をした何か達。
各自、身を隠すための服を脱ぎ捨てると……にわとりマンさん、スケルトンさん達、そしてデュラハンさんもいるではありませんか。いったい、この世界の治安はどうなっているのでしょう。
「コケー! 山田の応援に来たコケー!」
「ワテら、あれから必死にプロレスの練習をしているスケ……今日は参考に見に来たスケ」
必死にという言葉を用いるスケルトンさん。彼らにとっては……必死な状態こそが通常営業なんじゃないでしょうか。
「スカイハイという団体…………面白い」
続いて、デュラハンさん。自身の首を体に乗せただけで、悠々と街中へ侵入してきたようです。
「お前も来てくれたのか……首、落とさないよう気をつけてくれよ」
山田さんはデュラハンさんの来訪を喜ぶと同時に、注意を喚起しました。流石に首が取れたらバレてしまいますからね。大騒動になってしまいます。
「この首は、簡単に落ちないよう……ご飯粒でくっつけてきたから安心するといい」
まったく安心できない返答。しかし、そんな事を山田さんは気にしていません。久しぶりの再会に、他の魔物も含めて輪になって喜んでいます。
そんな歓喜の輪を見つめるルカさんとイクセントラさん。目を疑うような光景に……放心状態になっています。
「それじゃあ、わしらは会場で見させてもらうスラ。楽しみにしてるスラ」
そう言うと、スライムさんは再びコートで全身を覆い……他の魔物も連れて控室を後にしました。急に団体客がいなくなってしまった控室は、少し寂しそうにも見えますね。
そんな時です……ルカさんが急に笑い出しました。爆笑というくらいの大きな笑い声です。
「アハハハハハハッ!」
急に笑い出したルカさんを見る山田さん。イクセントラさんは、ルカさんが正気を失ったのかと訝しんだ視線を向けています。
「だって……おかしいじゃない。魔物がプロレスを見に来てて……しかも、その魔物と輪になって喜びあったりとか……。これを笑わなくて、何で笑うのよ!」
発した言葉は、いまだに笑いで震えていました。そうですね、言う通りです。あのような光景を見たなら……笑わないと損でしょう。遂にはイクセントラさんも吹き出すように笑いを発しました。そして二人は……笑い続けるのです。
「あー。面白かった。笑いすぎて……さっきまでの緊張がどっか行っちゃったわ」
ルカさんの言葉に頷くイクセントラさん。良かったですね。先程までガチガチだった二人が、今では笑顔です。それもこれも……山田さんの魔物すら集める人望のおかげですね。
二人の緊張がほぐれ、笑い声を挙げていた時。山田さんは一人……何かを熟考しているようでした。
【何か考えているんです?】
その様子を疑問に思い、私は尋ねました。
「いや……師匠とかにわとりマンとかが変身して街に入ってきただろ? ってことは……魔物でもプロレスラーとしてリングに立てるんじゃないか?」
【街の人に受け入れられるかはわかりませんけど……可能性はゼロではないでしょうね】
「プロレスの表現の可能性を増すためにも、魔物の優れた身体能力を活用出来れば……素晴らしいな!」
【もう一度言いますが、人々に受け入れられるかが……大問題ですね】
「ならば……今日の興行は絶対に失敗するわけにはいかないな! 魔物プロレスに可能性を感じた以上……その前段階としてプロレスが受け入れられなければならない。そうすることで、次は魔物が受け入れられる下地になるんだ」
今日の興行への覚悟を決めた山田さん。すごいですね……今日が旗揚げだというのに、もう次の事まで考えているなんて。
そして、遂に……絶対に失敗できない旗揚げ戦が始まるのでした。




