4話 「職業は……プロレスラーです」
【よく寝れますね、こんな状況で】
目が覚めた俺の脳内にすーさんの声が聞こえてきた。
「おはよう、すーさん」
俺は体を起こすと、睡眠によって硬くなった筋肉をほぐすよう伸びをうちながら挨拶を返した。全身の血行がよくなっていくのを感じる。その最中だ、牢屋の片隅に段ボールのような箱が置かれているのに気づいた。
【ああ、それ。山田さんの私服が入ってますよ】
それを聞くと、俺は荷物を開封する。ああ、懐かしい。俺のスウェットだ。手に取った感触に馴染みがある。袖に腕を通した感触も、股下に脚を通した時の伸縮具合までもが昔のままだ。
【なんというか……地味な服ですね。真っ黒じゃないですか】
「それは仕方ない。俺の体型に合った8Lサイズの服だと色、柄ともに種類が少ないからな……結局はこんな感じで単色のスウェットを選ぶしかないんだ」
【なるほど……言われてみれば納得です。お相撲さんの私服とか、そんな感じですもんね】
俺が馴染んだスウェットに身を包み終わると……ちょうど衛兵が現れ、俺を解放してくれる。手間をかけさせちまったようで申し訳ない。俺は衛兵に謝意を述べる。
「正直、スマンかった」
彼は無反応のまま……俺を日の当たる外へと連れ出すのであった。
***
釈放され、街中にほっぽり出された俺。さあ、これからどうするべきか……。顎に手を当て思案しようとした、その矢先だ。俺は自分のスウェットに文字が書かれているのに気づいた。それは前面に大きく、しかも印象的なフォントを用いて書かれていた。俺はその文字を確認する。そこには…………
無職
と、大きく印字されていた。まるで、おもしろTシャツみたいだな。でも、さっき見たときには……こんな文字なかったよね。いつの間に書かれたんだろう。と、不思議がっていたら、犯人の声が脳内に響いてくる。
【あまりにも見た目が地味だったんで……つい、やっちゃいました】
お前さぁ……怒ってやろうかとも思ったが、それはやめておこう。実際、事実だからな。というわけで、俺は何をしたらいいのだろうか……俺は自慢の筋肉で今後の職について考える。
目標は……ない。理想も……ない。そもそも難しいことを考える知性も……ない。ないないづくしだった。
【教養とか常識もないですよね】
脳に響く声は無視する。他にも品性がないだとか追い打ちするのはやめてください。流石に悲しくなってきた。そんな時……俺の脊柱起立筋が語りかけてくる。
「一番必要な…………がないです」
脊柱起立筋は俺に……そう告げた。なるほど、はっとさせられる意見だ。流石は俺の脊柱起立筋! 肝心なことに気づいてくれるのは、いつもお前だ。俺は脊柱起立筋が教えてくれた、最も大切なものがない現状を口にする。
「金が……ない」
***
【はいはい、それじゃ冒険者ギルドに行きましょうねー】
目標こそ定まりはしたが、どうするべきかわからず不審者のような行動をしていた俺に……すーさんからアドバイスが届いた。お願いだから、もっと早く言ってくれませんか。性格悪いですよ。
【面白かったんで黙ってました。それに……以前にも冒険者ギルドに行けばって言ってますよ。まるで私が悪いみたいに他責するの……やめてくださいね】
あぁ、確かに聞いた気もする。でも……すっかり忘れていた。きっと勾留されていたせいだろう。目には目を、歯には歯を、他責には他責をだ。さっきの衛兵さんが悪いっていうことでお願いします。
【人間性もない】
ないないづくしがまだ続いているのか、辛辣なツッコミが返ってきた。脳内に響く声に対し無力なことはわかっているが、聞こえてないフリをしておこう。そして、さも自分で思い出したかのように冒険者ギルドに向かえばいい。こうして、俺は歩みを進めるのだが…………
【どうせ道がわかりませんよね。その道をまっすぐ行ってください。そしたら右……お箸持つ方ですよ】
すごい馬鹿にされている気がする。俺だってお箸持つ方くらいわかるさ。あれだ……俺がラリアットする方の腕だろ。
俺は右と左を間違えないよう気をつけながら、冒険者ギルドへの道を駆ける。段々と街の中心に近づいているのか、住人は増え……建物の密度が上がってきていた。
【えっと……そこの建物ですね】
そして俺は勢いのまま……すーさんの言う冒険者ギルドの扉を開くのであった。
***
意気揚々と足を踏み入れた冒険者ギルド。内部はというと……張り紙が多数貼られた壁と待合スペース、奥にあるカウンターは受付かなにかだろう。簡単に言えば、俺の世界でいう市役所みたいな造りをしていた。
しかし市役所とは全く異なるのは、そこに待つ人々の雰囲気だ。もしここが俺の世界の市役所だったら……待合に座っているのは順番を待つ高齢者達だろう。
しかし、この世界では違っていた。例えば、そこに腰掛けている冒険者は大きな剣をぶら下げているし、あっちの冒険者は槍を片手に談笑しているのだ。他にもあの女は杖を持ってるし……バカでかい斧を抱えた蛮族みたいなヤツまでいる。
【蛮族具合なら、山田さんも負けてませんけどね】
脳内に声が響く。俺はすーさんを無視したまま受付へと歩を進めた。そして…………
「冒険者登録をお願いしたい」
と……いかにも人の良さそうなお姉さんに告げた。
「承りましたー。それでは手続きしますねー。お名前は山田さん……と。で…………ご職業の方は?」
サクサクと、優しく手続きを進めてくれる受付のお姉さん。今思えば衛兵さんもいい人だったし、この世界の人々は優しい人が多いのかもしれない。
【きっと、この世界の神様の徳のおかげなんでしょうね】
俺はすーさんへの無視を続ける。そして受付のお姉さんに質問の答えを返そうとしたが……いや、待てよ。今、俺の職業が問われているのならば、それは見た目にもわかりやすく伝えたほうがいいのではないだろうか。そう、それこそが……この優しい世界に対する俺の返答だ。
俺は円を描くようにして両腕を動かし腹部の前方に揃えると、全身の筋肉に盛り上がれと指示を出す。すると僧帽筋、大胸筋、上腕二頭筋、大腿筋……俺の全身の筋肉達が応え、隆起を始めた。これこそがモストマスキュラーポーズ。見るもの全てに上半身の筋肉の美しさを魅せる……ボディビルディングの有名なポーズの一つだ!
俺はポーズを崩すことなく、お姉さんの質問に答える。
「職業は……プロレスラーです」
「はぁ?」
優しかったお姉さんの顔が途端に曇った。まるで粗大ゴミを見るようかのような視線で俺を見ている。
【wwwwwwwwwwwwww】
脳内にはすーさんの爆笑が聞こえてきた。お姉さんは席を立つと……受付奥、偉い人の方に向かってしまう。どうやら上司と相談しているようだ。何故だろう、俺はクレーマーみたいなことでもしてしまったのだろうか。よくわからない。あ……お姉さんが戻ってきた。
「すいません……もう一度お願いします」
お姉さんは再度、俺の職業を確認してきた。俺は再びモストマスキュラーポーズで答える。
「プロレスラーです」
お姉さんの表情が消えた。
「プロレスラーですね……それでしたら…………」
それからお姉さんは……能面のような顔で、感情を殺したまま登録を進めてくれるのであった。




