35話 「やだ……ちょっと待ってよ……心の準備が……」
朝になりました。山田さんは目覚めるとストレッチで体をほぐしています。そして刺殺魔と書かれたスウェットを着ると日を浴びに外に出るのでした。
「今日は……イクセントラって人の家に行ってみるんだったな」
独り言のように呟く山田さん。しかし、その言葉は私には届くのです。
【そうですね、お昼に広場でルカさんと集合する約束です】
私は本日のスケジュールを山田さんに教えてあげました。まるでマネージャーみたいですね。
「そうだったな。なら時間も余裕があるし……少し掃除でもするか」
そういうと、寝るだけの部屋を掃除しに戻るのでした。
***
いざ、掃除を始めると隅々までもが気になるもので……時間は矢の如く経っていきました。そして時間です。山田さんは宿を出ると広場へ向かいました。
途中、イクセントラさんの家を訪問するのに失礼ないよう菓子折りを購入すると……そろそろ広場に到着ですね。
「こっちよ、こっちこっち!」
するとルカさんが片手を挙げて呼んでいました。山田さんはルカさんに歩み寄ると挨拶をします。
「おはようございます!」
「え? 今、お昼だけど?」
「いや、業界用語というか……その日の初の挨拶は、朝だろうが夜だろうが『おはようございます』で身に染み付いてるんだ」
「ふーん。まあ……それがいいんなら、それでいいわよ。おはよっ!」
そんな具合で挨拶も済ませました。そして今日の本題はイクセントラ家への訪問です。
ルカさんは山田さんを先導し始めました。後ろをついていく山田さん。そんな山田さんに、ルカさんは来訪についての注意点を述べます。
「本当に…………ド変態だから気をつけてね」
こういう時、気難しい人だから気をつけて……みたいな忠告はよくある話だと思います。だから、それを受けて……相手との交流を慎重にしたり出来ますよね。
でも、ド変態だから気をつけてと言われたところで…………どないせいって話です。あの山田さんですら、困惑した表情で……ルカさんの後ろを歩いていました。
「着いたわ、ここよ」
ルカさんが足を止めたのは普通の一軒家の前です。その家は外から見る分にはド変態さを感じられません。
「じゃ、アタシが用件を伝えてくるから待ってて」
そしてルカさんは家の中へ入っていくと……少ししてルカさんは戻ってきました。
「入っていいって」
こうしてルカさんに案内されながら、山田さんはイクセントラさんの家の中へ足を踏み入れるのです。
「この部屋で少し待っててほしいみたい」
ルカさんに導かれた先は……応接というには無理がある部屋でした。周囲にはよくわからない物が乱雑に置かれており、ソファーの上にも衣服や小物がとっちらかっています。
「あ……これ、懐かしいわね」
ルカさんは床に落ちていた指輪を拾い上げると、手のひらに乗せ……山田さんに見せます。
「この指輪ね……アタシが魔力を封じたの。もちろん炎属性よ」
そう言いながら、指輪を左手の人差し指に嵌めました。そして指輪側面に触れると……
ボッ
指輪の手の甲側から炎が出てきました。しかし、それは炎と言うにはあまりに小さく……火というのが相応しく思えます。説明するなら……ライターくらいの火を発生させる程度ですね。結局、それは喫煙者に喜ばれる程度の魔具でした。
「欲しいな……これ」
山田さんは興味深く指輪を見つめると、小さく口にしました。
「アタシの小指に嵌めるつもり? やだ……ちょっと待ってよ……心の準備が……」
ルカさんの発言は無視されました。山田さんは他にも興味を引く物がないか、周囲を見回しています。そして……何か見つけたようですね。山田さんはそれを手に取りました。
「これは……半鐘か」
山田さんは小型の鐘をルカさんに見せました。そして、添えつけの撞木で鐘を打ちます。
ゴーーーーーーーーーーーーーン!
半鐘はそのサイズからは考えられないほど巨大な音を鳴らしました。
「うるせぇぇぇぇ!」
山田さんはあまりの音の大きさに叫ぶのですが……それすら、かき消されてしまいました。ルカさんは両手で耳を抑えています。
その時でした……部屋の奥の扉が開くと、そこからはゆらりと女性が出てきました。そして……
「それは…………にわとりマンの魔石の力を封じ込めた鐘」
と、仰るのでした。




